第4話 魔法をかけます。


 最後のお客さんは結婚記念日で、奥さんの誕生日が8月だったらしい。


 少しだけ珍しかったのは、星座石を振りかけるのがケーキではなくカクテルだった。


 旦那さんがバーテンダーをやっている人らしく、奥さんの前でシェイカーを振っていた。


 グラスに注いで、最後は君が魔法をかける番だとタクリカ語で言った。


 正直、すげえカッコ良かった。


 そのカクテルはカプチーノみたいに泡が表面に満ちているもので、プリンセスメアリーという作品。


 しかも、奥さんと同じ名前だという。白いカクテルに真っ赤なカーネリアンが映えて、素人目に見てもかなり綺麗なカクテルだった。


「こんな素敵なものを貰えるなんて、もう一度プロポーズされたようだわ」とタクリカ語で奥さんが言った。


「君が望むのならば、何度でも受けて頂こう」とタクリカ語で旦那さんが言った。


 まるでヨーロッパの映画のワンシーンを見ているみたいで、少しだけ笑いそうになったのを必死で堪えた。


 帰り道はキズナに乗りながら、そのワンシーンを何度も思い浮かべては、ヘルメットの中で一人ニヤニヤしていた。


 奥さんと同じ名前のカクテルや料理を作れるとか、最高にカッコ良すぎたのだ。僕も真似してみたいとは思ったが、そもそも相手が居ないと思うとニヤけていた顔は引きつってしまう。


 事務所に戻って桜井社長に星座石を返して、今日の業務は終了した。


 小伊瀬りもの姿が見えなかったが、用があるから先に帰ったらしかった。僕もいい加減、腹の虫がわさわさしてきた。


 お疲れ様です、と言って外に出る。駐輪場に行くとキズナの隣に、同じアクアラボビット社のソルクというバイクが止まっていたのに気が付いた。これは小伊瀬りもの機体で、小柄な彼女に良く似合った小さい種類のものだった。


 その時、生徒端末から着信音が鳴った。見ると、小伊瀬りもからメッセージが入っていた。コンビニのイートインに来なさいと記載されており、言われるがままに店内へとお邪魔した。


 四席しかない小さなカウンターで、彼女はココアを飲んでいた。僕の姿を確認すると小伊瀬りもは座るように、しかめた顔で促した。やはり何かしてしまったのかもしれない。


「お疲れ」と言った彼女の声色は、決して穏やかなものじゃなかった。


 何を言われてもいいように、僕は心を落ち着かせる。目を閉じて考えてみたけれど、全く心当たりなんてものは無かった。


「それでは私が、これから魔法をかけます」


 いきなりの言葉に目を開くと、彼女の前には小さなバスケットがあった。そして、その手には緑色の宝石と、グレーダーが握りしめられていた。


 輝きを纏った緑の天然石を、小伊瀬りもは丁寧にグレーダーですり下ろしていく。バスケットの中身は綺麗に敷き詰められサンドイッチで、その上に緑色の輝きが奇跡のように降り積もっていく。


 やがて彼女の手の中の天然石の輝きは消えて、普通の固いものへと変化していった。それでも削り落ちた細石は、軟化されたまま輝きを保っているのが我々の能力なのだ。


「……はい。あんた、かに座だったわよね?」と小伊瀬りもは、バスケットを僕へと差し出した。


 何が何だか理解出来ない僕は、とりあえず差し出されたサンドイッチを口にした。星座石を食べるのは誕生日以来だけど、相変わらずパルミジャーノみたいな食感だと思った。


「私の手作りなんだから、よく味わって食べなさい」


 ふわふわの卵は少しマヨネーズが効いていて、クリーミーな味わいだった。時折、星座石の小気味よいシャリっとした食感がアクセントとなるから、この具材を選んだっていうのか。


「……うまい」


「当然でしょ?」


 彼女は得意げに鼻を鳴らすと、今日一番機嫌の良さそうな声を出した。


「……幾ら払えば?」


「……はぁ?」


 先ほど戻ったと思った眉間に再びシワが寄ったのを見て、まずいという言葉が頭に浮かんだ。口にすると、サンドイッチがまずいと思われそうだったのだ。


「あんたが私の手料理、食べたいって言ったんでしょう!」


 小伊瀬りもの言葉を聞いて、僕はますます頭を抱えそうになった。そんなこと、いつ言ったっけか。


「もういい!」と言って彼女は席を立ったから、僕は慌てて呼び止める。我々の能力は同じクラスの銀髪の治癒と同様、一日に無理なく使える回数が定まっている。もしかして彼女がタブレットを持ちだしたのは、自分の配達件数を見られたくなかったせいなのかもしれない。


「旨かった。……ありがとう」


 怒りの所為かもしれない。耳まで真っ赤になった顔を、彼女はこちらへと向けた。


「……また、あした」


 意外に思ったのは、声には怒気というものが全く無くて、むしろ少しばかり弾んでいるように聞こえたのは気のせいなのだろうか。


「うん。また明日」


 だから、僕も素直に返事が出来たかもしれない。彼女は真っ赤な耳のまま、そのまま振り返らずに店を後にしてしまった。今日は二度も彼女を怒らせてしまったが、明日は上機嫌だといいなとか思った。


 そして帰宅した僕は、同室の馬鹿にまで怒られてしまった。「名前が書いてあったやろ」とか言われたが、悠というのはメーカーの名前かと思ったと言った。馬鹿に馬鹿かと言われてしまったのだった。


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