第2話 相棒


 寮に戻ってヘルメットとグローブを手にする。喉が渇いたので冷蔵庫を開けると、悠と書かれたシュークリームを発見した。


 悠って珍しい名前のメーカーだと思い、包装を取って口にする。カスタードの甘味が口一杯に広がり、僕の体力が満タンに近づいたのを実感する。


 知らない名前の会社だったが、旨かったので後で馬鹿にも教えてやろうと思った。しかし、こんなシュークリーム。いつ買ったっけか。


 三口でシュークリームを平らげて、これまた悠とか書かれたメーカーの缶コーヒーを飲み干し、ブーツを履いて家を出る。


 階段を下り、駐輪場の相棒に挨拶代わりのキスをする。うんともすんとも言わなかったので、仕方なく僕は生徒端末をメーターパネルにかざす。エンジンが作動して、元気一杯の鼓動がこっちまで伝わってくる。


 相棒はアクアラポビット社のレガーメというバイクだけど、僕は敬意を込めてキズナと呼んでいる。彼の上でアスファルトを蹴り上げている時は、どこか繋がっているような気がするからだ。


 キズナのアクセルを少し開ける。彼は呼応するかのように、元気の良いうなり声をあげる。ヘルメットをかぶり、グローブを装備する。互いが信じあっているからこそ、僕はキズナに全てを預けることが出来るのだ。


 寮を後にして広い道へと躍り出る。五月の心地の良い気温は、まさしくバイク日和と言っても過言じゃない。


 軽自動車を追い越して、トラックに顔をしかめながら、モールから出てくる乗用車に道を譲る。赤信号で停車すると、前の車の後部座席に乗った男の子が手を振った。


 僕も笑顔で右手を上げるが、きっとヘルメットで表情は分からないだろう。男の子の手を見ると、グーにした手の親指と小指を立たせていた。


 何かのハンドサインなのかもしれないけど、僕には理解が出来なかった。


 モノレール沿いにゆっくりと走って、一軒のコンビニの駐輪場へとキズナを止める。エンジンを切って、スタンドを上げて、ヘルメットを脱ぎ取った。


 そのまま建物の裏口の階段を上り、事務所の施錠を生徒端末で解錠する。ドアを開けるなり、不機嫌そうな顔の女子が僕にタブレットを差し出してきた。


 自分と同じ能力を持つ、同僚の小伊瀬りもだった。


「遅い! いま何時だと思っているの?」


 小伊瀬りもが差し出した端末の画面を見ると、始業時間の十分前だった。


 大体この時間に来るのというのは、彼女も分かっている筈なのに。何ゆえに今日に限って、言われないといけないのか。


「……まぁ、帰りね。あと、また指名入ってた!」


 彼女が表示をメールリストに切り替えると、確かに僕の名前があった。明後日行われる依頼人の叔父の誕生パーティとやらで、場所はいつものホテルの会場だった。


「この人はいつもアンタを指名するけど、ホモなの?」


「知らんよ。てか何で、いつもお前はそんな不機嫌なの?」


 僕の言葉に呆れたような顔をした小伊瀬りもは、タブレットを奪い返すとヘルメットを取って事務所を後にした。


 参ったなと、思わず苦笑いをする。端末を持っていかれると、今日の配達先が分からないじゃないか。


「何でキミは、いつもそんな鈍感なの?」


 声に振り向くと、スーツをびしっと決めた女性。僕のバイト先の社長、桜井まつりさんだった。無煙タバコを咥えて、愉快そうに鼻で笑っていた。


「……なんか、まずいことしましたかね?」


 全く心当たりは無いんだが、知らぬ間に彼女の気に障ることでもしていたのかもしれない。


「キミは本当に、そういうとこ弟にソックリだ。自分で考えなさい」


 桜井社長は割とブラコンじみた面があり、弟の話を時々持ち出すきらいがある。


 社長の弟は世界最強の有名選手で、テレビで何度か見た時はあるけれど。会ったことも無い人の話をされても正直困るのだ。


「というわけで、ほら今日の注文」


 渡された予備のタブレットを開き、本日の配達天然石を確認する。サファイアが三つで、カーネリアンが一つ。


「……何故、カーネリアン?」


 今は五月だから、サファイア以外の注文が入るなんて意外な注文だ。今月はサファイ屋さんだな、なんてキズナに話かけてたくらいなのに。不思議に感じながらも、今日の配達先を生徒端末へと転送した。


「りももそうだが、キミも入って一か月だ。そろそろ誕生日以外の案件も任せようかと」


 上手く行けば時給を上げると桜井社長が言ったから、僕のやる気は最大値近くへと変動した。うまくいけばキズナに、もっといい燃料を与えてあげられるかもしれないのだ。


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