名も無き通りすがりの場合
キキィィィィ
と言うブレーキ音の直後、
ドンッと言う鈍く、重い音。
『いやぁぁぁ!!』
母親と思われる女の叫び。
目の前の横断歩道でよちよち歩きの幼児が右からきたバイクに跳ねられた。
信号が変わる否かのタイミングで幼児が飛び出したのだ。
横断歩道で信号待ちしていた数人の人間は唖然としている。
横たわる幼児の頭その周囲は、血の海ができた。
俺は時間を惜しみ急いで能力を使う。
(タイムリープ!)
時間は5秒前へ。
キキィィィィ
再びブレーキ音、俺は急いで駆け出す。
最前列で信号待ちしていなかったことが悔やまれる。
俺は幼児を庇うような形で抱き抱えた。
幼児もろとも俺の体をバイクはふっ飛ばす。
着地が悪く、幼児はまたも頭を打ってしまった。
『いやぁぁぁ!!』
(だめだ、タイムリープ!)
キキィィィ
俺はまた駆け出す。
今度は幼児の背を思いきり後ろから押す。
幼児は、バイクを免れる。
俺は右側面を思いきり追突され、吹っ飛ばされる。
『いやぁぁぁ!!』
母親の悲鳴。
幼児は助かったかと思いきや、なんと反対車線も車が来ていた。
その車の下敷きになってしまった。
(くそ…タイムリープ…)
俺は気を失うすんでのところで時間を戻した。
(今度はあの子を左に突き飛ばすんだ。バイクの進行方向に突き飛ばせば…なんとかなるはずだ…!)
キキィィィ
俺は駆け出し、幼児の体を左手で、左横に凪ぎ払った。
『いやぁぁぁ!!』
バイクは俺を突き飛ばした後横転し、回転しつつその前輪が幼児の頭部に激突した。
(タイムリープ!)
キキィィィ
ドンッ
『いやぁぁぁ!!』
俺は思考を巡らすため何度か幼児を助けることを止め、5秒ごとにタイムリープを繰り返した。
タイムリープは5秒経過しないと使えない。
つまり最初の起点以前には戻れない。
(考えろ、考えろ…0秒地点ではバイクはブレーキをかけ始めてるんだ。バイク自体を押し倒せばなんとかなるか…?)
熟考してる間にも何度も幼児は轢かれ、その都度タイムリープを繰り返した。
(よし、次やってみよう!)
キキィィィ
俺は急いで幼児よりやや右方向、バイクに向かって駆け出した。
が、俺の右側で信号待ちをしていた人だかりのせいで何度やっても一瞬だけタイミングが遅れてしまう。
(くそ!!せめてこの人だかりがなければ……いや……そうだ…これしかない…タイムリープ……!)
キキィィィ
もう何度目のブレーキ音か。
俺は力を振り絞った。
持てる力全てを動員し、俺の右斜め前側にいる数人の体を力一杯押した。
人だかりは車道に押し出され、そしてバイクをなぎ倒した。
数名を巻き添えにして。
大人数名の圧力で横倒しになったバイクは幼児の体を掠めはしたが、大怪我には至らなかった。
代わりに、最前列で信号待ちをしていた老人が横転したバイクの横で血を流して倒れている。
『うわぁぁぁ!!』
今度は聞きなれない男の悲鳴だった。
幼児の母親は我が子に駆け寄り抱き締めている。
幼児は、元気よく泣いている。
『良かったんだ…これで良かったんだ……』
時間はもう、事故前には戻せなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます