第26話
次に目が覚めたのはそれから四時間程経った後だった。
突然スマホの通知音が鳴り、目が覚める。
起きたく無くても通知が
何の通知なのかスマホを操作して確認する。
それは優生花からのメールの受信音だった。
アプリを開いて送られて来たメッセージを確認すると『今、外に出て来れる………?』と、送られて来ていた。
既読を付け、『分かった。別にいいけど何かあったの?』と返すと、『直接話したいことがあるの。だから今すぐ出てきて。』と直ぐに返ってくる。
何か嫌な予感がする。この嫌な予感がなんなのか、優生花が俺と直接会ってまで話したい重要な事……それは容易く想像が出来る。
靴を履き、玄関の鍵を開けて外に出ると、すぐそこに何処か不安そうにスマホを両手で握っている優生花が居た。
「陽介……! 病気だったってどういう事のなの!?」
優生花は怒っているようだけど、声では何処か不安げな感情を隠せていない……
「…………。母さんが言ったのか。秘密にしておいてって言ったのに……」
「ねぇ、どうして隠していたの………!」
不安を隠すようにしているようだけど、彼女の声は話しているうちに段々と震えてきている。
「別に……ただ変に心配されたくなかっただけだ。」
「そりゃ心配するよ!! 心配されたくなかったから黙ってたの!?」
そう問い詰めてくる彼女の顔を照らし出しているのは、家の前にある街路灯だけで少し薄暗い。
が、頬と目元は段々と赤くなっていくのは分かる。
……こんなに今にも泣き出しそうな優生花を見たのは小学校の頃以来だったような気がした。
「もし、もっと早く知っていたら優生花は俺に何か出来る事はあったの?」
「それは……勿論、何かしら私にも出来る事があったはずでしょ!」
「……ふぅ。やっぱりな。」
思った通りの返答が帰ってきて、ため息を漏らしてしまう。
普段の俺ならこんな対応は優生花に取らなかっただろう。
ただ、この時は自分が病人で、あの寺林先生が言っていた事が紛れもない現実なんだと確信したことにより、心が弱って病んでしまって居たのだ。
「母さんから俺の事を聞いたとき、どうせ直ぐに居ても経っても入られずに知らべたんだろ?」
「…………」
優生花は黙り込みながらもゆっくりと頷いた。
「やっぱりな……なら話は早い。これは俺もまだ完全に受け入れられて居る訳では無いのだが、俺はグレート四に分類される実例の少ない脳腫瘍を患っている。」
息が今にもつまりそうだ。
自分の脳腫瘍の事を自分で説明するたび、自覚が段々とハッキリしたものになってしまう。
だがここで説明をやめる訳には行かなかった。
もう知られてしまったんだ。どうせならしっかりと詳しく話してしまった方が気が楽になってしまう気がした。
そのまま俺は説明を続けた。
「五年後のたった生存率は8%程らしい、普通の腫瘍はすぐに手術になる筈だったんだが、俺はあまりにも珍しい症例の為、そうならなかった。直ぐに退院できたのはそれが理由。」
彼女は頷きながら……黙りながらも聞いてくれる。
そんな俺の嫌いな重苦しい空気が流れる中、俺は話を続けていく。
「俺だって病気の事を病院の先生に初めて聞いたときは流石に動揺したよ。でもね、優生花にだけはこの不安を与えたくなかった。」
「……………」
時間の流れがやけにゆっくり流れているような、今の俺にとって一番ありがたくない感覚がする。
早く、何時もよりも早く時間が流れてくれ……と思いながら、俺は話を続けていく。
「俺はあと数日後に手術を受けるか受けないか決める日が来る。」
「……………」
「どうすればいいのかもう自分でも分からなくなっちゃったんだ。何の為に生きているのか分からなくなってきちゃったんだ。」
「そんな事言わないでよ……陽介……。」
「…………。ごめん。今の俺はちょっと疲れちゃってるみたいだ。生きている意味、生にしがみつく理由が見えなくなっちゃてるみたい」
よくイラストとかで心を模したハートマークが胸の中心描かれる事がかなりある。
その事が今痛いほど分かる。
胸部の中心辺りがが締め付けられるような、気持ちの悪い違和感が滲み出てくる。
優生花はそんな俺の話をずっと黙って聞いてくれていたが、最後の一言を聞いてようやく口を開いた。
「陽介。そんな事言わないでよ。私ね、引っ越した時不安でしょうがなかった。だけどそんな時は陽介のくれたこの写真を何時も見ていたんだよ。陽介は今まで私の事を何度も不安から救ってくれた。」
優生花の目からは光が一筋頬から下へ延びていた。
それが涙だと気づくのはかなり遅くなった。
「陽介。人は何の為に生きているかなんてまだ私だって分からない。だけど、私は陽介のお陰でこれまでいろいろな事が出来た。」
今度は泣きながら優生花が話し続ける。
「恋をすることも、一緒に大好きな人と過ごす事も、何もかも貴方と一緒だったから出来た事もあった。だから急に大切な人が私の前から居なくなるなんて、そんなの……そんなの―――………」
優生花は「やだよ……」と呟きながら手で目から染み出る物を
優生花が、俺の目の前、そしてこの場所で涙を流したのは六年前のあの日を思い出させた。
何も変わっていない。その一つだけで病んだ心に一筋の光が差し込んだように少しだけ晴れてきた気がした。
「陽介。私だってなんで生きているのか分からないよ? でもね、陽介のお陰で私は生きているの。だからこれからも生きるための可能性を捨てないで……」
その瞬間何かが見えた気がした。今まで靄がかかって見えてなかったものが見えるようになった気がした。
手術を受けるか受けないか。
受けて死ぬか、受けて生きるか、受けずに死ぬか。
どちらにせよ俺の余命は手術の日で決まっているような物だ。
やはり死ぬのは怖いかも知れない。怖い……それはきっとまだやり残した事が有ると言う証拠だ。
まだ俺は生きていたい。優生花と一緒に生きていたい。
その気持ちに気づき、ふと俺の頬にも何かが伝う感じがした。
……………………………………………………
あの日から数日後。
俺は「死ぬ前に優生花と夜の街のイルミネーションを見てみたい」と、珍しく俺から行き先を指定した。
勿論、街に出ているときに突然俺が脳腫瘍の所為で倒れてしまうという可能性はゼロではない。
だけど優生花はそれを承知して一緒に行ってくれると言った。
あぁ、俺が死ぬ前にという単語を言ったとき、優生花に「なんでもうすぐ死んじゃう事が前提なのっ!」と怒られてしまった。
本来脳腫瘍と分かった時点で入院して治療は開始するらしいが、この俺の
でも念の為との事もありあまり遠くには行けなかったけど、電車で近場のイルミネーションが綺麗だと言う街に見に行ったあの日の事は今でも忘れられない。
もしこの世から俺が居なくなってしまっても、俺の見た、俺が綺麗だと思った瞬間の風景を残そうといつも通り、一眼レフD40xのシャッターを切る。
このD40xは大体今から十二年前の物だからやっぱり最近の物とは少し性能が劣っていしまっている。
コレは俺の腕の問題なのかもしれないが暗くなった景色を取るのは難しい。
だけど、優生花だけは綺麗に写せた。
真っ暗な夜空を背景に、大きな街路樹に付けられた青や白の光。
どうしてこうも綺麗なのだろう。
今思えば余命宣告を受けた日から景色がやけに美しく見えてきてしまって居たのかもしれない。
優生花に、「陽介、また今度来ようよ」と言われ、約束をした。
次の日から俺は手術までの数日間、病院に入院する事になった。
……………………………………………………………………………………………………
手術までの数日間、色んな人が見舞いに来てくれた。
親友の松下夏に相川将司。同じ写真部の男子メンバーの皆。
色んな人が来てくれた。それが嬉しくもあり、しかし悲しくもあった。
病院生活は恐ろしく暇だった。
そして暇すぎてスマホで音楽を聴いているとあることに気づく。
命関係の歌。偶に凄い刺さるのがあって精神的にも病みそう。
手術の予定日が一日、また一日と近づいてくるのが怖くて仕方なかった。
そんな中、優生花はそんな人よりもずっと長く一緒に居てくれて、励ましてくれていた。
そして手術の当日。
不安で何も考えられなかった。
いや、もしかしたら何時もよりもかなり多くの事を考えて、頭の整理が追い付いて無かっただけなのかも知れない。
そんな中、父さんが「屋根裏の物置からコイツを見つけたんだ」と、懐かしいものを俺の病室に持って来てくれた。
それは、俺が初めて使ったカメラ………あの日のインスタントカメラだった。
少しの時間だけ優生花以外の人には病室から出て言って貰った。
二人だけになった病室。
他の人が居なくなってしまった事からなのか、優生花は目から涙をこぼし始めた。
あぁ………不安なのは俺だけじゃないんだな。
「優生花、泣かないでくれよ。あっそうだ。父さんがさっき懐かしいものを持って来てくれたんだ。」
「………懐かしいもの……?」
「ほら。コレ。」
涙を流している優生花を横目に、俺はケースからあの日のインスタントカメラを取り出した。
「…………! 陽介っ、それって!」
「懐かしいよね。」
「折角だからあの日みたいにお互いの写真を撮らない?」と俺が言い、カメラを構える。
「ほら、優生花。早く泣き止め。泣いていると寂しい写真になっちまうぞ。」
何処かでこの言葉を言った事がある気がした。
そうだ。この言葉はあの日、優生花に言った言葉と同じだった。
「う……うん! ……って、その言葉前にも私に言ってたよねっ!」
「あぁ、俺も言ってから気づいた。」
「何それっ、ふふっ……」
優生花が自然と笑った瞬間を逃さなかった。
一瞬でシャッターを切り、写真が出て来た。
すぐに写真を撮って裏側だけが見えるように額に入れる。
「あっ、陽介。撮るなら撮るって言ってよ。」
そう言いながら優生花は俺の手からインスタントカメラを取った。
「撮るって言っちゃったら自然な笑顔じゃなくなっちゃうだろ? はははっ。」
今度は俺が笑っている時に写真を優生花に撮られた。
優生花は「やり返し。」とはにかむような笑顔を浮かべていた。
二人で笑いあった。
その後は二人が写った写真を撮ろうと言う事になり、あの頃には知らなかった自撮りと言う撮影方法も使った。
気が付けば手術に対する不安や恐怖は消えていた。
そして、二人っきりになってからどの位経っただろうか?
包み込みながら「大丈夫。きっと大丈夫だから」と俺に言ってくれる。
俺も両手で包み込み返し、「きっと戻ってくる」と伝える。
不安なのは俺だけじゃないんだ。
長い時間抱き合った。ずっとこうしていたかった。
だが手術の時間は刻一刻と近づいてしまう。
やがて手術の時間となってしまった。
「優生花、もし俺が目を覚まさなかったら俺の事諦めろよなっ!」
コレは念の為だ。
俺の事をこんなにも心配してくれるのは嬉しいが、俺の所為で優生花が自分で幸せと呼べる人生を送る事が出来なくなるのだけはお断わりだ。
暗い声で言ったら余計心配するだろうと思っていつも通りの明るい声色で言う。
「もうっ! そんな冗談やめてよねっ!」
しかし、俺の日ごろの行いに寄り、冗談だと受け流されてしまった。
だが、優生花の目からは涙がまた流れ始めている。
その様子を見て、伝わってしまって悲しいと言う感情とそのほかの感情が混ざり合った。
咄嗟に………優生花を安心させようと思い反射的に言葉をかき集め、たった一つの言葉を紡ぐ。
「安心しろ。泣くな。きっと戻って来る……約束だ。」
最後に優生花は思い切り抱き着いて来た。
気づけば俺と優生花の口びるが触れ合っていた。
「ちゃんと戻ってきてよね。」
「あぁ、じゃないって来るよ。お互いの撮った写真をお披露目するのは俺の目が覚めた後でだ。」
そう言い残して病室を出た。
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