第24話


 何もかも信じられない中、この後の検査の時間を伝えられ、寺林先生はと母さんには病室から出て行ってもらった。

 今ただ一人になりたかった。

 自分の中のなんとも例えがたい不安、ぶつけ所の無い怒り、不信感。

 それらが俺の中で渦巻いていた。

 ただただ信じられない。


 その形の無い感情を文字という器に入れてノートに吐き出し、整頓する。

 気が付けば俺は一つのノートにひたすら文字を書き続け周りの時間さえも忘れていた。

 少し気持ちが落ち着き、そのノートを閉じて引き出しにしまったい、一旦また眠る事にした。

 嫌な事があったときは取り敢えず思いっきり眠る。

 また目を開けると、直後、ベットを仕切るカーテンが捲られる。


 捲られたカーテンからヒョコっと優生花が現れた。

 優生花を見た瞬間、さっきまであった気持ちの悪い感情は一旦何処かへ完全に消え去った。


「陽介!! よかったぁ~目が覚めたんだね!」


 優生花は俺を見た瞬間、ここは他の患者も居る病室ということを忘れたらしい。

 声が大きかった。


「優生花、ここ一応他の人もいる病室だからな。」


 注意すると「あっ……ごめん……」とここがどういう所なのか思い出したらしく、急に声を小さくした。

 そう言えば優生花が今着ているのは学校の制服だ。

 学校帰りに急いで駆けつけてくれたのか、学校指定の薄青のシャツは少し汗ばんでいる。

 シャツは少し汗ばんでしまって居るが、それ以外は涼しげな感じだった。

 多分病院に入る前に軽く顔から首筋の汗は拭いておいたのだろうな。


「陽介のお母さんから陽介の目が覚めた、って連絡が来たから急いでそのまま来ちゃった。」

「なんか心配かけたみたいだな。ごめん。」

「気にしなくていいんだよ。陽介が無事目を覚ましたんだし!」

「そうか。」

「ところで、陽介のお母さんから手術したって聞いたけど大丈夫なの?」

「ああ、急性硬膜外血種の手術の事か。正直気を失ってたし、手術を受けたって実感がないんだよな……」

「そうなんだ~まぁ陽介が元気そうで良かったよ」


 少し間が空いてから「急性ナントかってなに?」と聞かれた。


「急性硬膜外血種って言うのは頭蓋骨にヒビが入って頭蓋骨内の硬膜と頭蓋骨の間に段々と血が溜まっちゃうやつ。放置すると溜まった血にの圧力で死ぬらしいよ。」

「そうなんだ――って結構危なかったんじゃないの!? というかなんでそんなこと知ってるの!?」

「急性硬膜外血種は医療小説とかドラマでかなり出てくるからな~」


 優生花と話していると時間の流れがやけに早く感じる。

 あっという間に検査の時間になり、優生花には家に帰ってもらった。


 検査を受け分かった事は、俺の脳にできた腫瘍がグレート四に分類されるの膠芽腫こうがしゅ相当のまだ実例の少ない腫瘍らしいと言う事。

 進行の早さは膠芽腫こうがしゅよりも圧倒的に遅いらしいが、それでも5年生存割合は10%ほど………

 寿命はやはり多く見積もって一年。

 その他にも色々詳しく説明をされたがやはり信じられない。


 事実なのかどうか、実感をするにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 もし事実だとしても、優生花には自分の口からは伝えられない気がする。


 それから数日間、小説や気まぐれで普段あまり読まないラノベ読んだり、カメラを弄ったりして心を落ち着かせていた。

 やがて俺は手術を受けられるまでの猶予日を伝えられ、退院した。

 時折ときおり眩暈めまいの頻度が多くなったと感じるがそれ以外は本当に何事もなく学校に通えて普通の生活を送れている。

 やはり、あの余命は自分でも信じられない。だが、医者が出鱈目でたらめなことを言うとは思えない。

 きっと何かの間違い………そう思いたかった。


……………………………………………………


 放課後の誰もいない図書室。

 少し前まではこの時間帯はまだ窓から夕陽が差し込んできたはずだが周りはもう真っ暗になってしまって居た。


「よーうーすーけっ! 何ぼーっとしてんの?」


 そんなやけに静かな空間の中、君の声がやけに大きく聞こえた。


「………ん? ああ、ちょっと考え事をしててね。」

「どうしたの? なんか最近悩んでいるような顔して?」

「そんな感じに見えたのか?」

「うん。見えた。」


 昨日、今日の昼の図書委員がサボって少し溜まった本を抱えて優生花はそう言ってきて、ドキリとした。


 反射的に「それは気の所為だよ。」と言った。


 決して言えない。

 まだあの余命宣告は間違いの可能性が残っているんだ。

 優生花には余計な不安を与えたくない。 


「気の所為かな? 最近フラついた、と思ったらすぐに壁に捕まってるところをよく見るけど。」

「よく見てるな。最近ちょっと貧血気味で目眩が時々起こるだけだよ。」

「そうなの?」

「ああ、多分貧血なだけだよ。………さて、さっさと本棚の整頓終わらせちゃおうか。」

「うん。りょーかいっ!」


 それから本棚を整頓し始めて二十分ぐらい経った。

  本棚の整頓を黙々としていると、不意に優生花が話しかけてくる。


「そう言えば、陽介の部屋ってどんな感じなの?」


 なんて急にそんな話題が出たのか気になったが、すぐに理由が分かった。

 優生花の手の上には部屋コーディネートの本があったからだ。


「俺の部屋なんて特に何もないよ、ローテーブルにベットと本棚付きの勉強机、桐のクローセット位しかないから。」

「そうなんだ〜陽介って本が好きだから、机の上に小説とかたくさん並んでそうだよね。」

「いや、そうでもないよ。どちらか言うと漫画とかの方がかなり多いかな。」


 ふと自分の部屋の漫画で埋め尽くされた本棚を思い出す。

 何時も古本屋に行くと、安くてついつい買てしまったりするをかなり後悔しかけているんだよな……

 安いのは大体三十巻を超えるやつばっかりだしスペースを結構持ってかれる。

 最近小説に切り替えたけどまだ量漫画の方が多い。


「ふ~ん。陽介、もしかして―――イケナイ漫画とかもあるの? あ、この本ここの棚じゃない本だ。」


 優生花は生徒がしまう本棚を間違えてか、適当に突っ込んだのかのどちらかと思われる本を見つけ、その本を手に取る。

 そして他にも別の本棚の本が無いか良く確認をしている。


「こらこら。女の子がそう言う事を言うもんじゃ無いぞ。因みに俺の部屋にはそう言う本は置いてねぇから。」

「あれ? そう言うって事は何か違うこと考えてない?」

 

 少し小悪魔的に微笑みながら優生花はこちらをじっと見ている。

 久しぶりに見たな、この何か企んでいるときの表情。

 取り敢えず「…………別に。」と返しておいた。


「別にって何〜?」

「あ、この本、貸出期限票の欄が埋まってる。新しいの貼らなきゃ。えーっと新しいの貸出カウンターの何処の引き出しだったかなー」

 

 話の手綱を優生花に握られる前にこちらでしっかりと握っておく。

 こういう時は話が振られる前にどうにかするのが一番だと分かっていた。

 

 貸出期限票を取りに行こうとカウンターの方に体を向けると、本を二冊持って少し落ち着きのない様子でカウンターの前をうろちょろしている中学部の男の子を見つけた。

 おそらくあの本を借りたいのだろう。

 新しい貸出期限票を貼る予定の本を片手に少し駆け足でカウンターに向かって行く。

 

「あ、逃げた。」

「安心しろ仕事だ。逃げたんじゃない。」


 カウンターでパソコンを操作して男の子から聞いたクラス、名前などの情報を入力し、本のバーコドを読み込んで貸出の手続きを終える。

 今日は今の子でやっと貸出数四冊と言う表記が画面に映し出されていた。

 相変わらず利用者が少ないな。


 そんな事を思っていると、優生花が本を数冊抱えてカウンターに来た。


「陽介、今の子って中学生だよね?」

「多分そうだな。赤いネクタイしてたし。」

「珍しいよね。」

「確かにな。」


 この高校は、私立なのに中学の校舎には図書室が無い。

 その為、高等部の三階に位置する図書室の一角に、中学部の図書コーナーが設置されている感じとなっている。

 その為、中学生の子はこの図書室に来るしかない。だが、こっちまで来ると時間が掛かるので、授業のスケジュール的にこちらまで来たいと思う子は少ないらしい。


 だから中学部の子が来るのはかなりレアケースだ。


 新しい貸出期限票をさっきの本に貼り、元の本棚に戻し、スクールバスの時間を潰すだけで、適当にしまわれた本達を正しい順番に並ていく。

 並べていると図書室を管理している司書さんの「四時三十分になったから、仕事は終わりにしていいよー」と言う声が聞こえた。


「んー。今日のお仕事終了っ!」


 優生花は両手を組んで上の方に挙げ、思いっきり伸びをした。

 その瞬間、女の子特有のとある所の膨らみのラインがはっきりして、俺は反射的に優生花に背を向ける。


「………? あ、そう言えば陽介、次の駅行きは何時バスだっけ?」

「確か五時バスのはずだ。」

「そっか。じゃあ、三十分もあるね……」


 凄く中途半端なところで仕事の時間が終わったので優生花が「もう少し本棚の整頓をしておいちゃおうよ。」と言ってきたので「五十五分にはここを出て並ばないと乗り逃しちまうかもしれないぞ。」と返した。


「そうだね、気を付けようか。あ、私腕時計のアラームを掛けておくから安心して。」

「ここは図書室なので本来はそう言うアラームなどは切っておくべき何だが……まぁ、それは人が居る時のルールだな。」


 今日はもう図書室に残っている生徒は俺らしか居ないみたいだし、まぁ……そこは気にしなくてもいいか。


 それからあまり時計を見ずに優生花と本の点検をしていった。

 自分ではあんまり時間が大して経ってないと思っていると、丁度この図書室の真下にある事務室から司書が戻って来たようで「あなた達まだ居たの!? 図書室を閉める時間だし、もうバス出ちゃうわよ!!」と言う声を聴き、時間の感覚が元に戻る。



「えっ!? そんなはずは、私の時計はまだ――………」


 優生花は時計を確認しようと左手の袖をほんの少しあげ、デジタルの文字盤を確認する。

 よく耳を澄ませると確かにスクールバスのエンジン音が聞こえる。


「不味い、優生花、まだ間に合うかもしれないから走るぞ!」

「あっ! うん! 司書さんお疲れ様でしたー!!」


 急いでカウンターの後ろから荷物を取り、図書室の扉を開いて昇降口に向かう階段を何段か飛ばして降り、急いで下駄箱で靴を履き替え、バスに向かう。

 結果で言うと勿論間に合わなかった。

 一分も待ってくれないスクールバスの運転士は時間ジャストでバスを発進させ、結果、俺らは歩いて帰ることになったようだ。


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27中24話目

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