第16話


 校内に入って委員長は急用の連絡が入ったようで、俺に大量のお菓子の入った袋を渡すなり、人ごみの中に消えて行った。

 人が多く行き交う絶賛、文化祭中の廊下を進み、教室にたどり着く。


「おっ五十嵐、買い出しお疲れ――ってどんだけ買ってきたんだよ!」

「それは俺も思った。文句は委員長に言ってくれ、どっか行っちまったけど。」


 委員長から受け取ったお菓子を箱に移しながらそう言う。

 さっきまでスッカスカだった段ボールに入りきらない位の量があるな。

 もしかしたら初日のストックの量を越してるかも。


「いや、俺は別に文句は無いけど……まぁ、こんだけあれば確実に足りるだろうな。」

「そうだな……そういや相川、俺が居ない間、何か変わった事は無かったか?」

「特にな――……あ゛、さっき神原さんが誰かに呼び出されて、どっか行ってからなかなか戻って来てないぐらいか?」

「わーお。どうやら神原さんは今日も絶賛方向音痴中らしいな。ちょっとここ任せていいか? 探してくる。」

「おう、行って来い!」

「スマンな。」


 やけに人が多い校内。

 学校の中で神原さんの事を探すのは小学生ぶり……六年ぶりかな?

 さいわいいたるる所に一般人を誘導するための一学年の教師が居る。

 その人たちに聞けば大体の位置は分かるだろう。そう思いながら廊下の角を曲がった瞬間、丁度俺の胸のあたりに何かが飛び込んで来た。


 俺にぶつかった瞬間「きゃっ!」と言う小さい悲鳴を上げて、ぶつかった反動でよろけて転びそうになる。

 反射的に俺は手を出して、この人が転ばないように支えた。

 すると、「す、すいません……」と元気なさげな声で彼女は言った。


 聞き馴れた声。

 見慣れた髪色。


「そんなに急いでかどなんか曲がって来て何かあったのか? 神原さん。」

「あ、陽介……良かった……陽介で。」

「おい、良かったってどういう言う意味だ?」


 神原さんは両手で頬を「バチン!」と叩くと、「ううん、何でも無い!」と、いつもの声のトーンで言った。

 俺は「何かあったのか?」と心配して聞き、神原さんは「いや、特に何も!」と答えた。

 何か、様子がおかしい感じがしたが「そうか。何かあったら無理せずに俺に言えよ」と俺は言い、教室に戻た。

 教室に戻ると「五十嵐、見つかったか! 早く手伝ってくれ!」と相川に怒られた。

 俺が少し離れた瞬間、捌くのが大変になるほどの客がラッシュしたらしい。

 

 すぐに仕事に戻ったが、何かさっきから胸騒ぎが収まらない。

 この気持ちの悪い感じは一体何なのだろう。


「ふぅ~終わった……五十嵐、今日のシフトってこれだけだったっけ?」

「あぁ、昨日二回シフトを入れた人は今日一回って文化祭事項委員の奴が言ってたな」


 ロッカーのカメラケースからD40xを取り出して首に掛けながらそう返答をする。


「よっし! やっと今日は一日中遊んでられるぜ!」

「よかったな、相川。」


 仕事が終わった後、何と無く神原さんの様子を伺ってみるが何かやっぱりおかしい気がした。

 まるで何かに怯えているような……そんな印象を受けたな。


「神原さん、大丈夫?」


 声を掛けると「……えっ?」と少し反応に遅れた後「ごめん! ボーっとしてた!」と返ってくる。

 そんな時に神原さんが何時もクラスで一番仲良さそうに話している女子が話しかける。


「ゆいちゃん本当に大丈夫? もしかしてこの後のミスコンの男装部門に出るのやっぱり緊張してるの?」

「ううん! そっちは全然大丈夫だよ!」


 ここで一つ驚きの発言を耳にしたことに気づいた。


「神原さん男装するのっ!?」

「そうだよ~陽介。」

「マジか、知らんかった……」

「五十嵐。本当にこういう情報に疎いな。」

「仕方ないだろ相川。女子グループの話なんてどうやって仕入れるんだよ。」

「俺はダンフェスと男装女装ミスコンと合同の一枚の生徒会申請書だったから、偶々知った。」

「…………。」


 昨日生徒会が配っていた文化祭のタイムスケジュールを見ると確かにミスコン男装の部がこの後に入っている。

 特に誰が女装するだの男装するだの気にもかけてなかったな。

 そう言うのって自分がやらなければどうでもいいって思ってるし。


「さて、ちょっと更衣室まで衣装に着替えたり色々してくる。」


 神原さんはそう言うと「ユズハちゃん一緒に行こー」と足早に何処かに行ってしまった。

 今神原さんに手を引かれてどっかに連れ去られた子って、何時いつだか神原さんが段ボールをはさみで切っていた時に、見かねて俺に神原さんの手伝いを依頼して来た子だっけ?

 俺に話しかけて来た人は大体印象で覚えている。


「五十嵐、神原さんと森宮さんの男装ミスコン見にいかねぇの?」

「別に見に行くけど? すげー気になるし。」

「何かお前もボーっとしてなかったか?」

「考え事はしていたな。あの神原さんといつも仲がいい女子って森宮って苗字だったんだなーって。」

「そういや五十嵐は森宮柚葉の事も知らないんだったな。」

「何か有名なのか? 相川。」

「いや? 入ってる委員会が緑化委員ってぐらい。」

「特になんもねぇじゃん」


 そんな他愛もない会話を中庭に移動しながら交わしていると、心なしか昨日よりも人が多い気がする会場に着いた。

 特に何事も無く始まったんだが、何だろう。

 女装部門は身長の小さい男子が明らかに女子っぽい。

 身長の大きいくて体のゴツい男子はちょっと男性ホルモンが多いのか、見た瞬間反吐が出た。明らかにネタ枠の運動部。

 男装部門は普通にボーイッシュなイケイケ女子ばかり。何の違和感もないかも。


『さーぁて! お次の男装ペアはァァァ―――神原アンンンドッッ森宮ペアだァァァ!!』


 放送部のやけにノリッノリな放送が流れる。

 そしてステージの上に森宮さんと――……ん? アレってもしかして神原さんか?

 ステージの上に上がって来たのは何時もの明るい栗色のロングヘヤーとは違う黒いとの髪の人物。

 化粧をして伊達メガネのような物をしていて、少し身長は何処の厚い靴を履いているらしい。

 服装は完全にお洒落しゃれな男性大学生が来てそうなものを着ている。

 どっかにこういうモデルの人居そうって位、格好いい感じの人。

 つーかアレ本当に神原さんか?

 

 ファインダーを覗いて、カメラを望遠鏡のように使ってみた。

 ………が、今カメラに着けているレンズだとここからの距離だと勿論限界がある。


 そう思った瞬間、その人は何もない所でコケて、森宮さんにギリギリで支えて貰いっていた。

 反射的にシャッターを切る。

 うん。あの少しドジっぽい感じ……間違いない。アレ、神原さんだ。

 何時もの長い髪はどうやらあの黒いかつらの中に上手く入れたみたい。

 コケた所も、その表情もうまく取れてる。後で神原さんに見せてやろう。

 ステージの上で決めポーズをしていたので自分なりに上手く撮っておく。


 そうして何やかんやで女装男装ミスコンは終わった。


「五十嵐……思ったよりも今日の野外ステージは昨日と違うベクトルでクオリティが高かったな。」

「だな。つーか昨日クオリティが高かったのってほぼ相川のダンスチームだろ。」

「そいつは嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか~」


 相川とそんな話を交わしていると、男装ペアがこっちに向かって来ていた。


「陽介―すっごい緊張したよ~」

「お、おう。お疲れ、えーっと神原……さん?」

「陽介、何で疑問形なの?」

「何と無く。今の神原さん、モデル雑誌に凄い出てそうな感じでかっこいいから。」

「かっこいいかぁ~……そっち行っちゃうのね」

「ん?」

「何でもなーい」


 何か知らんけど、話しているうちにさっきの不安そうな感じが消えているように感じた。

 やっぱり単純に男装ミスコンに緊張してたってことか?


「さて! 私達はそろそろ制服に着替えてくるね〜柚葉ちゃん行こっ!」

「えー、当分この服装でも面白いのになぁーゆいちゃん普通にカッコイイからこのまま持ち帰っちゃいたい位なのにぃー」


 そんな森宮さんの言葉をガン無視して「ほらほらー、行くよー」と、また何処かに連れ去っていった。


 数分後、いつもの見慣れた服装、見慣れた髪色の神原さんが戻ってきた。

 化粧って凄いんだな。ま、基礎値の関係もあるだろうけど。


「陽介ただいまー」

「取り敢えずお帰り……と言っておくか。」

「今日も一緒に回ろっか!」

「まぁ、別に暇だからいい――あっ、そういやそろそろアレが売り出される時間だ。」

「アレってなに?」

「化学部が毎年売り出しているブルーベリーとイチゴのジャム。ついでにカルピスもどき。」

「カルピスもどきってナニソレ。」

「某乳酸菌飲料に似せて、この高校の化学部が毎年作ってる乳酸菌飲料。」


 俺は一応、後付で「カルピスもどきの味はやっぱ自販機とかで売っている某乳酸菌飲料の方が上だね。ジャムは普通に美味かった。」と言っておいた。

 そのジャムとカルピスもどきはセットだと少し安く売っている。

 結構人気があるみたいで、発売前にすぐに並ばないと変える確率は低い程。

 去年中学生のときに一回文化祭で買ってたんだよな。


 今年も母さんに買って来いって頼まれてたので、販売をしている化学室にむかう。


 三階の科学室の入口に着くと、まだ販売時間前だと言うのにも関わらず小さい列が既に出来ていた。

 前に並んでいるのは大体七~八人位。

 人数ならまだ早かった方だ。多いときは八メートル位の長い列が出来てたし。


「陽介、結構ジャムとって人気みたいなんだね。思ったよりも人が並んでる。」

「そうみたいだな。まぁ、生産数の問題もあるから列が出来るのは仕方ないか。」


 たかが高校の一つの部がフィールドワークと言う名目で、何処かの工場を借りて作るレベル。

 ジャムとかは一年中道の駅やスーパーなどで売るためではなく、あくまで文化祭用だしな。

 大量に作っても余らしてしまうなどのリスクがあるから、確実に全て売れるほどの量しか作ってないのだろう。


 少し待っていると発売時間になり、列が少しずつ前に進んでいく。

 ジャムの販売。一家族一セットまでと言う看板を横目に化学室の中に入った。

 化学室の中に入り順番が来るのを待っている間、中を見回す。

 化学室の机には様々な実験道具が置かれている。


 ガラスを溶かすほどの高火力ガスバーナーに、恐らくテルミット反応の実験を行う為であろう装置。

 あの装置は去年見たな。やっぱ今年もやるんだろう。


 あと、その他に置いてあるモノと言えば、液体窒素などを入れる専用の大きいボンベ。

 何故か分からんが、小さめの水槽いっぱいに作られたスライム。

 そして暇なのか、そのスライムをずっとねくり回している白衣を着た化学部の男子生徒。


 どんだけあの男子生徒スライムが好きなんだ? それとも単なる暇人なのか?

 そう思っていると、何かその生徒は先生に怒られて、どっかに連れて行かれてしまっていたな。

 今気付いたんだが、化学室に居る化学部の生徒って全員白衣を着ている。多分強制なんだろう。

 俺も入学してから買わされた、一年次には全く使わない白衣が部屋の箪笥たんすの中に眠っているんだっけ?

 化学部はどんな活動をしているのか知らんが、確かに一年から白衣を使う機会が豊富にありそうだ。


 そんな事を考えていると、ついに列が進み、お目当ての品を手に入れられた。

 俺が買ったので気になったのか神原さんもついでに買っていたな。


「陽介、この後どうする?」

「う~ん……俺は取り敢えず化学部の展示をちょっと見たあと、お祭りムードの校内をプラつこうかな?」

「それも良いねぇ~」


 少し、壁に貼られた科学部お手製手書きの掲示物を見てみる。


 濃硝酸50mlに濃硫酸100mlを混ぜた液をビーカーに入れて、そしてその中に綿を入れ、一晩ビーカーごと氷で冷やす。

 一晩おいた物を水洗いして乾燥させると綿火薬めんかやくの出来上がり?

 火薬って……これまた随分と物騒なモノのレシピだな。


 それに濃硝酸と濃硫酸を混ぜた液? 王水か?

 いや、違うな。王水は硝酸を一に塩酸を三の割合で混ぜた液だよな。 

 まぁ、濃硝酸に濃硫酸。どちらも危険物の取り扱い免許証が必要そうだ。

 そう考えると、材料が手に入らないだろうと言う前提で掲示しているのかも知れないな。



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27中16話目



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