第11話


「ちょっ! 神原さん! ストップ! ステイっ!」


 ダンボールにカッターを入れて切ろうとした神原さんをぐに止める。


「陽介、まだ私一センチも切ってないよ? と言うか下書きの先から一ミリもはみ出してないよ?」

「いやいや、そういう事じゃなくて、刃の進む方向に手を置いちゃ駄目。何かの拍子で手までザクって言っちゃうかも知れないよ?」

「怖っ! 確かによく考えたら怖っ!」


 神原さんは、刃の進行方向に置いていた手をサッと引っ込める。

 どうやらホントにカッターを使い慣れて無いみたい。

 と言うか、神原さんはカッター使った事があるのか?

 …………。流石にあるよな……?


「カッターで物を切るときに押さえたい場合は後ろの方からにした方が安全だからな。ついでに行っておくけど、上から下の方に進ませてね。」

「いやー、実はカッターを使うの初めてだからねぇ〜……」

「…………。やっぱりカッターを使うの辞めとく? 心配だ。」


 慣れてないということはどうやら確かのようだ。

 危なっかしい。アレは下手したら手をザックリとイッてたかも知れねぇぞ……


 「えー、そこは陽介がちゃんと教えてよ、ね?」と。神原さんが云うので「絶対に怪我をしないって保証はしないからな。」渋々カッターを使う事にした。

 理由はここで使う機会逃したら神原さん、大人になってからもカッターの使い方が分からない人になりそうだ……と言うことを懸念して。

 ……何だろう、この保護者感。


 危険だと思ったらすぐに止めて、やり方を教えながら作業を進めて行く。

 すると段々と神原さんも慣れてきたのか大分効率が良くなってきた。 


「一応言っておくけど、慣れた頃が良く一番危ないって言うからね。」

「了解っ! 気を付けるね。」


 夢中で作業をしていると、いつの間にか『文化祭準備期間中の最終下校時間、三十分前となりました。片付けを始め、速やかに下校の準備をしてください。』と言う校内放送が流れ始める。


「さて陽介、そろそろ片付けを始めたほうが良さそうだね。」

「そうだな。じゃ、取り敢えず俺はこのペンキのついた筆とかを処理してきちゃうか。」

「あ、私も手伝うよ。」

「じゃ、頼む。」


 簡易パレット的な感じで使われてた紙皿に残った白ペンキを缶に戻し、筆を洗いに神原さんと外の水道へ筆を持って向かう。


 この高校は私立なのに、何故か校内の廊下とかには水道が無いって謎の高校。

 普通ある筈だよな?

 まぁ、他の高校とか知らんから何とも言えんが。 


 筆を洗ってペンキを落として、水を切りながら、ふと廊下を見ると、ナツがこちらに歩いてくるのを見つけた。


「よぉナツ。文化祭の準備で夏も残ってたのか?」

「おー、久しぶり。ヨウも残ってたんだなー」

「久しぶりつっても三日前にも会っただろ。」

「そうだったねー」


 ナツと話していると、神原さんが、「先に教室に戻ってるね」と一言云い、「分かった」と返した。

 その様子を見てナツは何かを思い出したようで、


「あっ、そうだ。ヨウに一つ聞きたい事があるんだった!」


 「ちょっとこっちに来て」と手招きされ、ナツの横に寄る。


「ヨウ、彼女が出来たってマジか? 今の子がそうなのか?」

「…………。その誰かの戯言ってナツのクラスまで流れてるのか?」

「いや、十組だと知ってんの多分俺くらい。まだそんなに広まって無いと思うよー」

「相変わらず、ナツはこう言う噂だけ耳が早いな。」


 相川にした説明と同じ様な説明を夏にもする。

 神原さんは、家が俺の隣だとか、小三のときに熊本に行って戻ってきたとかその他諸々。


「え? 小学三年生のときに転校したんじゃ、流石に俺でも知らないなー。俺とヨウが仲良くなったのって小四の時だったよね〜」

「そう言えば確かにそんぐらいの時だったな。」


 何となくその時の事をその言葉で不意に思い出してきた。

 ナツとは、偶然地域のちっさい祭りでバッタリ会ったんだっけ?

 小一のときに一回だけ同じクラスになってたから知り合い程度だったし、話を交わしたりしてて気づけば仲良くなってだよな。


 そんな事を思い出しているとチャイムがなり始める。

 これは、最終バスが出る十分前のチャイムだ。


「おっと、もうこんな時間か、お互い頑張ろうぜ、ヨウ。」

「そうだな、じゃナツも文化祭準備、頑張ってな。」

「おう!」


 筆を教室の隅に期間限定で設置された画材スペースに置いて荷物をまとめ、結構余裕を持ってバスに乗れた。

 文化祭があるのは9/15から16日の土・日の二日間。あと二週間だ。


 家に帰り、着替えて何時ものように数十分二階の自室のベットでごろごろしてから今日の学校の課題を終わらせると、ある事に気づいた。

 課題用のノートの残りのページが少なくなっている。


「あと二ページだし、新しいのを出すか……」


 ストックしてあるノートを取り出そうと引き出しを開ける。

 しまった。ノートのストック補充するの忘れてたな。


 私服を部屋の箪笥たんすから出して、青ジャージから着替える。

 思い立ったら即行動。百均にノートを忘れる前に買いに行こう。


 着替えを終えて、下に降りると廊下で弥生とすれ違った。


「あれ? ヨウにい、私服なんか着てどっか行くの?」

「ちょっと百均にノートとかいろいろ買いに行ってくる。」

「じゃ、私も付箋とかマーカーペン買いについて行っていい?」

「別にいいけど?」


 そう答えると弥生は「おかーさん、ちょっと百均行ってくる。」と台所で夕飯の準備をしていた母さんに声を掛ける。

 母さんからは「気を付けて行ってらっしゃーい。」と返って来た。


 百円ショップに着くと、先ずは勿論ノートを手に取る。

 下の棚に置いてある二つのタイプのルーズリーフをしゃがみながら比べている弥生がある事を聞いてきた。


「ねえ、ヨウにい、ルーズリーフってA版とB版ってあるけど何が違うの?」

「う~ん、確か一行一行の間の幅の大きさが違うんだった様な気がする。」

「ふーん、そうなんだ。」

「あ、軍手って何処に置いてあるんだろ。」

「あっちの方で見たよ。」


 弥生が店の奥の方を指さす。


「そっか、ありがと。」

「ヨウにい、何で突然軍手?」

「今文化祭の準備をしててさ、危なっかしい人が居るから念の為。」

「そうなの。」


 そんなやり取りの後、何か使えそうなものが無いか店の中を少し見て周った。

 さて、ノートに軍手、他には何か買っておいた方が良いモノって何もないよな。

 そう思いながら棚の商品を手に取りながら見たりしていると、見覚えのある茶色いフワッとしたロングヘアーが横を通りかかった気がした。


「ん?」

「どうかしたの? ヨウにい

「今、知り合いがいたような気が―――したんだけど気の所為せいだったみたい。」


 何と無く見えた気がする方向に行ってみたけど、俺の思うような人物はいなかった。

 やっぱり俺の思い違いか。


「で、弥生はさっきから何をそんなに買うのか迷ってるの?」

「このUSBで繋げて使う小型扇風機。あの部屋夏場めっちゃ熱いから。」

「この前手持ち扇風機買ってなかったっけ?」

「あー、そう考えると必要ないかも。あと、私の部屋に欲しい物って言ったらカレンダーと、時計かなぁ」

「カレンダーならさっき見たぞ。」


 俺はノートと軍手の他、何故か切れない刃で一部くぼんでいるっていう手品用のカッターも買ってしまった。

 安いと何故かついつい衝動買いしちゃうよな、こういうとこで。

 品物を持って会計の列に並ぶ。 


「ねぇ、ヨウにい、今私の分を払えるくらいお金に余裕ある?」

「ん? あるけど?」

「後で払うから一緒に会計しちゃって。」

「もしかして財布でも忘れたのか?」

「いや~、持って来たんだけど、癖でお金の入ってない古い方を持って来ちゃってさー」


 弥生の手には確かに、最近買い換えたはかりの新しい財布では無くて、見慣れた使い古しの財布があった。

 そう言えば弥生、最近……って言っても昨日買って貰った新しい財布に中身全て移動させてたな。

 まぁ、しょうがないか。


「分かった。じゃ、先に帰ってていいよ。」

「ううん、外で待ってるねー」

「了解。」

 

 数分間待つと列が進み、会計を終わらせて外に出る。

 弥生は自転車にまたがりながらスマホをいじって待っていた。


「あ、幾らぐらいだった?」

「多分大体五百円ちょい位なんじゃない?」

「取り敢えず早く帰るか。」

「うん。」


 家に入ると台所から魚の焼ける良い匂いが漂ってきた。 

 魚の焼ける匂いって結構特徴があるよな。何って言うか特徴的な。


 その予想は当たって、その日の夕食のおかずには焼き魚が出てきて、勿論おいしくいただいた。

 夕食の後、領収書をちゃんと確かめながらお金を返してもらった。



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27中11話目


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