第10話


「えー、今日のロングホームルームは皆さんお待ちの文化祭のクラス展示についてです。なので皆でどんどん意見出しちゃって。」


 軽い感じで始まり、岡村先生がにこやかに「あ、委員長と副委員長この場を頼むね。」と言う。

 委員長と副委員長が前に出て黒板に副委員長が〈文化祭の出し物〉と書いた。


 それから数十分間わいわいと、騒がしくなりながらも次々に意見が出始めたな。

 カジノ、射的、謎解きリアル脱出ゲーム、迷路、フィーリングカップルなどその他諸々。


 その中から、他のクラスと被ってボツになったり、反対意見が出て、幾つか削れた結果。

 迷路と謎解きを合わせた「謎解きはモヤシ炒めの後で」とか言う題名の良く分からん物が誕生した。

 題名の元ネタが何のやつなのかは、えて良く考えないようにしよう。

 所詮しょせん文化祭の出し物の題名なんてそんなもんだろうし。


 簡単に内容を説明すれば、机で迷路を作り、天井を低くして綺麗にしておいた床を這いつくばって進む迷路らしい。

 特定の場所に場所に問題を出す人を三人配置してそれぞれ”も・や・し”の消しゴムハンコを持たせておいて、正解したらハンコを押して貰える感じみたいだ。

 迷路は定番だが、天井を低くして床を這って進むものは新感覚みたいだな。


 ただ、名前が謎すぎる。もやしって……

 この名付けたのは女子の誰からしいが。

 題名にもやしが入っているのは多分、岡村先生が初めて作った料理がもやし炒めだったとか何だとか、そんな話を聞いてからが多くなったんだっけ?


 そんな事を考えていると、相川がタイミング良く話しかけてくる。


「五十嵐、またモヤシだってよ。岡村先生の授業がある度にこのクラス段々カオスになってね?」

「分かる。もやしの話も世界史の授業が脱線したときに出た話だったよな………バルバロイは普通に授業で出た単語なんだけど。」

「まぁ、内容自体は面白そうだし何か良さげだな。」


 そうして、LHR中に話がまとまり、クラス展示がどんな物になるのか完全に決まったらしい。


 明日から段々と準備が放課後などに始まっていく事になった。

 

 そして、今日も一日が何事もなく終わり、家に帰ろうと下駄箱に向かっていると、後から愉快な声が聞こえてくる。


「あっ! 陽介っ一緒に帰ろー」

「ん? やだ。」

「えーっ……」

「安心しろ。冗談だ。つーか家が隣なんだし、同じ時間に学校終わるんだし、俺がわざと避けない限りどうやっても一緒に帰る判定になりそうじゃないか?」


 相川とかその他の人々は、俺がいつも神原さんを誘って一緒に帰っているような誤解を受けていたが、どちらかと言うと神原さんが付いて来てるだけの様な気が……


「ふふっ、陽介に避けられたら私、傷ついちゃいそうだな〜」

「多分俺から避けることはあんまないと思うよ。」


 そう言いながら、自分の下駄箱の扉を何時も通り開ける。

 すると、何やら俺の下駄箱の中に何か雑に四つ折りにされた紙が乗っていた。

 少なくともロマンのあるもんじゃないだろう。

 嫌な予感をいだきつつ、取り敢えずその紙を開いてぱっと読む。

 普段から読書をしているのでそう時間はかからなかった。

 と言っても、短い文が書かれていただけだったから、誰でも一瞬で読み終えることができるだろう。


『俺の女に近づくな。』


 うん。きっと相川とか別の人の下駄箱と間違えたんだな。

 俺は人と必要最低限の関わりしかしてないし、誰かの彼女に手を出した覚えなんてない。


「んっ? 陽介、何それラブレター?」

「ラブレターがこんな乱雑に折り畳まれてるかよ。神原さん、この辺にゴミ箱ってあったっけ?」

「そこにあるけど?」


 神原さんがゴミ箱を指差す。


「あ、ホントだ。」


 昇降口前のゴミ箱に謎の手紙をぐしゃぐしゃに丸めて投げ入れ、学校のロータリーに止まっているヒガマツ行きのスクールバスに乗込む。

 ヒガマツというのは東松山を略称したモノで、大体この駅を使っている人は東松山を松山か、ヒガマツと呼んでいる。


「陽介、さっきの紙ってなんって書いてあったの?」


 バスが発車してから少し経つと、さっきの手紙の内容が気になったのか、後ろの席に座っていた神原さんがそう聞いてくる。


「ああ、あれね。校舎裏で待ってます。だってさ」

「えっ……?」

「安心しろ。冗談だ。内容は誰かに近づくなって感じだったが、それが誰なのかは明記されて無かったし、多分俺に向けたもんじゃねぇよ。」


 多分急いでて間違えたんだろうな。

 あんなかどと角が揃ってない折り方だったんだし。


「陽介へ向けたやつじゃないんだ――って! ソレ捨てちゃってよかったの!?」

「多分大丈夫だろ、どーせ本来の受取人もすぐ捨てただろうし。ほんとに文句があるなら手紙なんて使わずに直接言う筈だ。」

「まぁ、確かにね。」


 そんな会話をしながら数分後、バスが駅のロータリーに着き、バスから降り、話しながら改札を通ってホームへ階段を降りた。


「ねぇ陽介、やっと高校生ぽい学校のイベントがやっときたね。」

「文化祭の事か?」

「ザ、高校生っ! って感じしない?」

「確かに高校生っぽいな、つーか、高校生っぽいイベントって他になんかあったっけ?」「う〜ん……なんだろ?」


 パッと思い付かないのか、神原さんは腕を組んで考えこんだ。


 よく考えれば高校生っぽい学校行事って文化祭以外すぐに思いつかない気がする。

 体育祭は―――自分が出なきゃいけないのだけ前半に入れておいて、自分の出番が終わった後は寝てるか本を読んでるかだけだったからな。

 でも、一応高校生っぽいイベントに入るか?

 

『まもなく、2番線に急行池袋行が参ります。黄色い線より内側でお待ちください』


 丁度、電車が駅に到着するアナウンスが放送され始める。

 その数秒後、時刻通りに電車がくる。

 まるでプログラミングされたように来た列車に適当に乗り込み、何時も通りに時間が過ぎた。


……………………………………………………


 その次の日、放課後から残れる人は手伝うという形で着々と文化祭の準備が始まって行った。

 残って作業をしているのは大体八人。

 その中から写真部の人数を引くと、残ったのはたった五人。


 クラスの殆どの人は部活だったり、部活というだけ言って帰る……所謂いわゆるバックレをかましている。

 

 生憎、写真部の活動日は一週間に一回。

 それも土曜の午後一時半から三時頃まで。

 しかも、写真部はこのクラスだけで俺を入れて三人いる。

 神原さんと相川と、俺。

 俺だけ部活だと言ってサボるのも直ぐにバレるし、そんな下らない事はしたくない。

 まぁそもそも、サボろうとなんて微塵も思ってないんだけど。


 あと、もうちょっと人が欲しいと思ってしまったがよく考えればまだ下準備だからそんな大掛かりな人数は必要ないか。


 机の大きさぐらいの一枚のダンボールに白ペンキを塗りながらそう思う。

 因みに流石に制服で作業をしているは居なく、今教室にいる人はこの高校の青いジャージを着ている。

 

 初めに一部の人は青いジャージを着るなり、「うわー、青いジャージってなんか違和感あるぅ。」と、口々に言っていたな。

 どうやらその人たちは中学生の時、赤や緑色のジャージだったらしい。

 俺は、中学生から青ジャージ。

 しかも家着にしているものと同じような色だからなんの違和感も感じ無い。

 なんか俺、青に縛られてるな。

 ついでなんだが、今の一年の一つ上も青ジャージなんだが、ただ、文字の一部が学年色になっている。

 一年生は青、二年生は緑、三年生は赤らしい。


「陽介、このダンボールって白ペンキを塗り終わったらどうするの?」


 隣でもう一枚のダンボールに白ペンキを塗っていた神原さんが聞いて来た。

 そう言えば、しれっと俺の隣に居たな。神原さん。


「塗り終わったら。あの、新聞紙が引いてある床の辺りの壁に斜めに立て掛けて乾かしておけば良いんじゃない?」

「分かったー、ついでに陽介の塗ったやつも持ってっとくね〜」


 そう云うと、神原さんは両手に白ペンキ付きの段ボールを持って立て掛けに行った。 


「五十嵐ぃ、ペンキ塗り終わったらこのダンボール切るの手伝ってくれぇ。ぶ厚くて何より、かっ、たっ、い゛っ。」


 相川はどこから持ってきたのやら、と思う殆ど厚い、業務用だろうと思われる段ボールを切るのに手こずっている。

 ああ言うのはホントどこから運ばれて来たのやら。

 そういや、文化祭のダンボールの使用量はエグいほど有るんだよな。

 開催する方に立ってみると良く分かる。

 調達は学校が近所のスーパーから提供して貰ってたりするのだろう。


「相川、ちょっと待ってろ、カッター持ってくるから。」 

「おう!」


 教卓の上に置かれていた、ご自由にお使い下さい的なハサミ、カッターなどの刃物シリーズからカッターを一本借りようとする。

 だけどカッターを借りるのはやっぱやめた。

 もっと良いものを見つけたから。


 その良いものを持って相川のもとに向かう。

 

「あれ? 五十嵐、カッターを借りに行ったんじゃなかったのか? それって――――」

「そ、糸鋸いとのこ。ダンボールだからカッターで切るって発想を変えたほうが良いと思って。」


 相川が、カッターで必死に五分ぐらいギコギコ切って進んでいるのは大体三センチにも満たないくらいだ。

 このダンボール、軽く一センチは超えてると思う。

 こんな厚さのダンボール何に使うんだよ……


 相川が切っていた辺りから糸鋸を入れ、軽く引いていくとあら不思議。

 あっと言う間にどんどんダンボールが切れていく。


「うわぁ、その発想はなかったぞ、五十嵐。って言うか糸鋸なんかあったのか?」

「普通にあったぞ、刃と別々にされてたから分かりづらかったのかもな。」

「よし、取り敢えずあとは任せろ。俺も糸鋸使いたい。」

「分かったじゃ、交代だな」


 糸鋸を相川に渡す。

 道具が変るとホント効率がかなり違うな。

  

「あ、五十嵐君。手が空いてたら、ゆいちゃ……あ、神原ちゃんの方手伝ってあげてー」


 相川に交代した後、俺が名前すら覚えてない女子生徒に神原さんの手伝いを依頼される。

 中学校の時は名札があったからまだ覚えやすかったが、元々人の名前を覚えるのは苦手なんだよな……


「あ、分かりました。」


 ふと、視線を神原さんの方に向けると―――……何やってんだアレ。

 視線を向けた先にはハサミで段ボールを切ろうとしている神原さんが居た。 

 あの大きいハサミなら切れないことはないだろうけど、アレじゃ効率が悪い気がする。 


 カッターを二本教卓から拝借して神原さんの前に行く。


「なーに、やってんの、神原さん。カッターの方が早くねぇか?」

「そう言われても、カッターとか苦手なんだよぅ〜」

「使い方教えてやるから。ほら。」

「分かった。」


 差し出したカッターを神原さんはすんなり受け取る。

 取り敢えず、カッターで段ボールを切る前に下に適当なダンボールを敷いとくか。床が傷つきそうだし。


 床に要らないダンボールを敷いて切ろうとして分かった事なんだが、神原さん。結構物理的に不器用みたい。

 さっきなんてこんな事があった。



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27中10話目


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