第2話
数人の反応を受け取った岡村先生は次の瞬間にこやかな笑みを浮かべて、新しいクラスになった日に一番緊張するであろう”ある事”を始めようとした。
そのある事とは――――…………
「さて、始業式まで結構時間があるので、出席番号一番の人から軽く自己紹介をして頂いて……良いですか?」
すると少し間が開いた後、「あ、もう自己紹介を始めちゃっていいんですか?」と一番の男子生徒が中途半端な感じで立ち上がる。
「えぇ、それではお願いします。」と岡村先生が笑顔で返し、男子生徒は自己紹介を始めた。
自信なさげだったが、物事って何でも誰かが始めれば後の人がついて行く。
例えるなら南極で冷たい海の下に居る魚を取るペンギン達は、ある個体が海に潜るとその後を追って行くような感じ……
何時も俺は”五十嵐”と言う名字から出席番号が三番目以降になった事はない。
だが今回の出席番号は二番。
早い事に変わりはなく、前の人には悪いが少し気が楽になる。
さっき自分の席を確認したついでに自分の前の席の人の名前も確認しておいて、最初にホッとした事が、『今年は出席番号が一番じゃなかった。』だし。
今俺の前にいる彼の名前は
苗字が”あ”から始まるとかなり高確率で出席番号が一番になりそうだ。
そんな事を考えていると相川君が自己紹介を始める。
「えっと……
相川君の自己紹介が終わり、次に俺が自己紹介をする。
一年に一度。毎年やっていてもこの紹介って言う物は俺は慣れない物だ。
受験とかのテストでも受験の面接でも緊張しなかったのに、何故かこういう時だけ緊張する。
座って自分の番が来るまで周りの物音がよく聞こえる気がするが、立った瞬間静まり返る様なこの感覚は苦手だ。
「五十嵐です。写真と読書が好きです。同じ読書好きの方がいてお勧めの本とかを紹介してくれるとめっちゃ喜びます。これから一年間よろしくお願いします。」
結構簡潔にすんなりと自己紹介が出来た気がした。
自分の自己紹介が終わり、次の人の自己紹介を聞いてすぐにあるミスを犯したことに気付いた。
あ。やべ。緊張してて下の名前まで言うの忘れてたな。
その俺と相川君のミス……のようなモノが後々、クラス全員「○○です。」で始まって、苗字だけで自己紹介をしてしまうと言う流れを生み出してしまった。
まぁ問題はないだろう。どうせ仲良くなるまで殆どの人は苗字呼びなんだし。
そう思った矢先、気が付けばあのさっきの女子生徒の自己紹介の番が来ていた。
「神原です。ついこの前までまで熊本の方で暮らしていて、最近引っ越してきました。流行とかあまり乗れていない所があるかも知れませんが、よろしくお願いします。」
あの人最近まで熊本の方に住んでたのか。そして自己紹介にちょっとした冗談も加えてるな。最近はSNSの発達で流行に距離なんて関係なさそうだし。
ここで少しあの流れを作ってしまって少しだけ後悔した。
別に恋愛的な方で気になっている訳では無いんだが、何故か下の名前が気になる。
何処かで会ったような気がしたんだが俺の記憶の限りでは神原なんて苗字の知り合いは居ない。
それに最近引っ越して来たばかりらしいから知って居る筈が無いんだが、不思議と懐かしい感じがしたのは何故なのだろう。
この奇妙な取っ掛かり……第一印象が気になって仕方なかった。
そうしていると、校内放送が鳴り始める。
『えー。おはようございます。入学式の行われる第一体育館への移動ですが、えー、一組から八組が初めに移動し――移動が終わりましたら、九組から十六組が移動をするという形になります。』
当分移動まで時間がありそうだと放送を聞いて知った。
『えー、放送があるまで七組から十六組の生徒は教室で待機していてください。』
放送を聞いて驚いたことはこの学校って一年生は十六クラスと言うことだったな。
今まで俺の通ってた中学校は九クラスで一クラス四十人ぐらいだったのが一クラス四十人で十六クラスって……多い。
高校なんだし当たり前なのかもしれないけど。
俺はまだ雰囲気が少し緊張ムードなクラス内で、ただボーっとして居たり、本を読んでいたり何時も通りの事をして時間を潰す。
そうしていると、再び放送が流れて岡村先生が号令をかけ、ビニール袋に入れられた体育館シューズを持って廊下に出て体育館へ向かう。
普通上履きで校舎の外を歩いたりしたら怒られたりするもんだが、この高校は靴に履き替えなくても良いらしい。
外を歩いた上履きで校内を歩いても良いと言う珍しい物がある。
ただし、体育館は体育館シューズに履き替えないといけないみたいだ。
一言で言うと、少し変わっているよな。
体育館の入口でシューズに履き替え、上履きをビニール袋に入れる。
中では結構バラバラのグチャグチャで、人が彷徨っていて、何処の辺り向かえばいいのか分からない感じだったな。
そんな中、教室で覚えておいた数人のクラスメイトを見つけ出し、何と無くで固まっていると段々と他の人も集まってくる。
気が付けば岡村先生も到着していて、それから数分後にクラスメイトが全員集まり、他の組も整列してきて、やっと入学式が始まった。
初めは校長先生とかのありがたぁーい話などを聞いておくが、教頭・学年主任・その他の先生の話と来て、段々面倒になったので、最後の方はこの後は「家に帰って何しようかな~」とかを考え始めてた。
そんな事を考えているとあっという間に時間が過ぎて行って、気付けばもう入学式も終わっていた。
これは個人差があると思うが、入学式とか始業式・終業式とかの教師の話なんて真面目に聞いている人もいるかもしれないが、結構少ないだろう。
あんなに居るの教師達は話しが一つも被らずに、あの長ったるい話を出来る事に関しては少し関心が出来る。
移動が始まり、元々居た教室に大勢の生徒達が戻って行く。
朝に駅のホームから移動した要領で人の流れに乗り、体育館から出て行った。
教室に戻ると何時の間にか戻っていた先生が配ったのであろう、これから使う教科書類がクラスメイト全員の机の上に乗せられている。
自分の机に戻り、机の横に掛けておいたリュックに置かれた教材をしまう。
結構重いし机の後ろに設置されたロッカーの中にある程度おいて行っても良さそうだな。
ゾロゾロとクラスメイト達が戻って来て、席に着き、先生が
不意に、黒板の横の掲示物が貼られるボードに今日のバスダイヤが貼られていて確認した。
………
あんだけの生徒達が一気にスクールバスを使って帰るんだし、かなりの行列になるに違いない。
結構並びながら本を読むのもアリなんだが、流石に今日みたいな太陽の日が強い時にそれは何と無く避けたい。
白いページが太陽の光に照らされて無駄に読むのが疲れるし。
かなりの行列になるのに気づく生徒は少ないのかチャイムが鳴ると同時に殆どの生徒が教室から出ていく。
残っているのは数名。ロッカーを弄っていたり、行列になるのに気付いているのか、先生の居ない教室でスマホを弄っていたりする生徒。
中学校が同じなのかその他なのか、スマホ片手に連絡先の交換で教室の片隅に群がっている女子達。
そんな景色をボーっと眺めていると、何故かある女子生徒……確か神原さんが俺の方に近づいて来ていた。そして急に話しかけられた。
「あの、もしかして五十嵐君って新座市ってところに住んでる?」
あまりにも唐突に話しかけられて、一瞬混乱もしたけど、不思議に思いながらその質問に対する返事を返す。
「そうですけど……?」
何で俺の住んでる市を当てられたんだろうという疑問符が浮かぶ。
ここから結構離れているのだから。
「……っ!! じゃあやっぱ”ようすけ”だったんだね!」
「…………。ん?」
一瞬反応が遅れた。
いきなり、住んでいる市を当てられて、そして今、いきなり自己紹介の時に名乗るのを忘れた下の名前で呼ばれた。
少し驚きはしたけど、何でかこの人に下の名前で呼ばれるのは慣れている? と言うか久しぶりな感じ……がする。
もしかして俺の知り合いなのだろうか?
俺の知り合いにこんな人は居なかったような気がした。
元々俺は人の顔と名前を一緒に覚えるのが苦手だったから第一印象であだ名をつけて覚えたりするんだし。
関わって来たヤツは名前を覚えられるが、関わんない奴は名前も憶えないし。
そんな事を考えていると彼女は「……私の事覚えて……無い?」と照れた様子で聞いてくる。
思い当たるような人物が浮かばない。
幾ら記憶を漁っても知り合いにこんな人が居た覚えはない。
下の名前で呼ばれるなら覚えて居る筈だし、こんな結構顔の整った人を忘れる筈ない……と思う。
自己紹介の時にそれに最近まで熊本の方に住んでたらしいのに。
少し記憶を漁ってみたが、おもいうかばなかったので、「すいません。ちょっと………」と返す。
すると少しがっかりした様子で神原さんは肩を落とした。
「う~ん。私の事やっぱ分からないかぁ~……まぁ私は、名前を朝に座席表で名前を見たときに確信に変わった感じだし、しょうがないかー。じゃあ、ヒントをあげるね。」
すぐに彼女は気持ちを切り替えたようで、俺にヒントを出し始める。
「ヒント 一。最後に会ったのは六年前だね。」
「六年前?」
特に思い当たらない。
六年も前なんだし覚えてないの方が正しいだろう。
「その様子はまだヒントが必要そうだね。ヒント 二。」
そう言うと神原さんは、制服の内ポケットから縦十センチ、横六センチ位の小さなあるを取り出す。
そのあるモノがなんなのか直ぐに分かった。
それは、俺が小学生の頃、かなり好きだったインスタントカメラの写真。
その小さな写真の淵を見た瞬間、俺が写真の事が好きになった一つの切っ掛けを思い出す。
「まさか……」と思いながら差し出された小さな写真を受け取り、覗くと、一人の少年と同い年くらいの少女が映っている。
一瞬目を疑ったが、その少年は間違いなく小学三年生だった時の俺だ。
この写真は二枚あって、もう一枚は俺の部屋に置いてあるものと間違いない。
そして写真を見た後、顔を上げると昔の記憶の中のある人物にヒットする。
「もしかして、ゆいか……ちゃん?」
思わず口からポロッとその言葉が零れ落ちる。
後で、「何で”ちゃん”まで付けちゃってんだろう……」と後悔するのはまた後のお話。
俺のその言葉を聞いて彼女は笑顔を浮かべる。
「そ、大正解! 神原 優生花だよ!!」
彼女の言う言葉の意味を理解するのに驚きで時間が掛かり、一瞬思考が停止する。
時間が止まったような変な感じが凄い。
やっとも思いで情報を処理し終えると真っ先に出たのは「……え? えっ!? え――っ!!」と驚きで言葉がそれだけしか出てこなかった。
確かに写真と見比べてみると面影も残っている。だからさっきこの高校で初めて見た時に何処か懐かしいと感じられた訳か。
あの
少し無理やりにでも落ち着きを取り戻そうとする。軽く気取られないくらいの深呼吸でも気休め程度にはなる。
「…………。あ、えっと、結構変わったね……あっ、勿論良い意味でだよ。」
「いやー陽介も結構変わったよね。陽介のお母さんから同じ高校に通う事になったらしいって聞いていたけど、まさか同じクラスになるなんてね。」
「え? 母さんに聞いたの? 俺は全く聞いて―――…………」
不意に朝、家を出ていくときに母さんが言っていた『あっ、陽ー、今日凄いニュースがあるんだけど―――』という言葉が頭を過ぎった。
…………。まさか凄いニュースって……うん。母さんの事だから間違いなさそうだ。今日早く起きてたんだからもっと早くにそういう話をして欲しかったな。
いや、どうせ早く着いてたんだから少しぐらい聞いておけば良かったかも。
今更、後悔をした束の間「ねぇ、これから一緒に帰らない?」と神原さんに誘われた。
反射的に「ああ、別にいいけど。」と返事を返す。
どうせ夏は用事で一緒に帰れず、帰りは一人になると思っていたし、帰路がほぼ同じ。
荷物を
さっき見たバスダイヤ表と照らし合わせると結構人が減ってきて、そろそろ次のバスが来る時間になっていた。
神原さんと本当に久しぶりすぎる雑談をしながら下駄箱の方に向かていく。
外に出ると丁度東松山駅行のスクールバスが来ていたところだった。
人もあまり並んでいなく、すんなり椅子に座れる位の人数で丁度いいタイミングだ。
さっそくバスに乗り込み椅子に座る。
今回も朝に乗ったタイプと同じ物の様だ。
そして少しするとバスが駅に向かって走り始めた。
「あ、陽介。連絡先交換しない?」
後ろに座っていた神原さんにそう言われたので「ん? 別にいいよ。」と、制服のズボンのポケットからスマホを取り出して、最近殆どの人が利用する連絡アプリを起動させる。
神原さんのやっぱり同じアプリを入れていて、QRコードを出されたので読み取る。
「あっ、出てきた。この鳥のアイコンのだよね?」
「そう、それ。灰色のオカメインコのやつ。神原さんのはこのチワワのアイコンの?」
「うんそれ。」
確認が取れたので追加を押す。そう言えば彼女は相変わらず犬が好きなんだな。
「やったー近所で連絡できる人をげっとー!」
「げっとーっておいおい。やっぱり結構変わったね。」
「そんなに私、変わったところある?」
キョトンとした表情で聞いてきた。
その感じは昔と殆ど変わらない感じが六年前の記憶から蘇ってくる。
やっぱり六年と言う月日は、人を結構変えたり、変えなかったりするところもあるみたいだ。
「あるな。例えば昔は結構恥ずかしがり屋で――あっ、引っ越しの時みたいに大泣―――」
「わ――! ちょっとそっからはストップっストップっ!」
「そんなに隠したい事なのか?」
「そこら辺は引っ越してからかなり努力して改善したところだからっ!」
この様子だと、どうやら引っ越した後に何か黒歴史が出来たようだ。
大方、その黒歴史を思い出しちゃいそうだからこの話はしないで欲しいって所か?
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27話中2話目
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