第3話
「神原さん。一つ思ったんだけどさ、教室で話し掛けて来た時もしも偶々同姓同名で、同じ市に住んでいる人とかだったらどうしてたの?」
「え? 五十嵐って苗字、中々居ないでしょ? それに何時もこのお守り代わりの写真を見ていたから間違えるはず無いよ。」
「………そうなのか。五十嵐はまぁまぁ居ると思うけど。」
俺は君が神原って苗字だったの今日の自己紹介の時に初めて知ったんだけどな。
あの時、話し掛けて来たのはしっかりした確信があったからなのか。
「陽介。あまりにもナチュラルに”神原さん”って呼んでたから反応が遅れたんだけど、さっきみたいに”ゆいかちゃん”って呼んでくれても良いんだよ?」
彼女は小悪魔みたいな笑みを浮かべてそう言ってくる。
「それは―――……ちょっと慣れるまで勘弁して欲しいな。」
………さっき写真を見たときに、ポロッと名前が出たのは良いんだが、なんで”ちゃん”まで付けちゃったんだろう。
下の名前を呼び捨てにするのも俺の
そう返すと「えー。離れ離れの間に隔てられた壁が思ったよりもあるみたいだなー」と少し残念そうにしていた。
「まぁ、仕方無い。お互い結構会わないうちに変わっちゃった所があるんだし。」
だけど気づけば六年も離れてたのを忘れるような感じで自然に話せていた。
まぁ、昔結構仲が良かったし多分その事もあるのだろう。
気付けばもうバスは駅のロータリーに入っていた。
朝に来た時とは駅が何処となく雰囲気が違うような不思議な感覚しがつつも、エスカレーターに乗って上まで上がる。朝はあまり見ていなかったんだが、この駅にはカフェがあるんだ……高校生で賑わったりしそう。
切符売り場の隣にあるコンビニからは、自分と同じ制服を来た生徒達が品物の入ったビニール袋を手に持って出てきている。
特に今は買いたい物とかは無いのでそんな様子を横目に見ながら神原さんと並んで歩き、改札を通り右のホームに進む。
階段の付近まで進むと、電車の到着する音が聞こえた。
「あ、不味い。もう電車来てる。」
「えっ、じゃあ急ごう!」
「ああ、分かってるよ。」
階段を一段飛ばしながら急いで降りる。
何とか……っていうか、結構普通に間に合い、まだスッカスカでほぼ同じ制服を着た人しかいない車両に乗り込んだ。
席も朝にこっちに来る時とは大違いで、余裕で座れた。
俺が適当に座ると、隣に神原さんが座ってきたな。
電車が家の最寄駅に着くまでお互い暇だったので、今まであった事を色々と、お互いこの六年どんな事があったとかそんな話をしていると長いと思っていた移動時間もあっという間。気が付けばもう次の駅まで電車は到着していた。
「あ、陽介。最寄駅まであと一駅所に着いちゃったね。」
「そうだな。俺はそろそろ立っておくか。」
「え? もう?」
「神原さんはまだ座ってても良いと思うよ。」
そう言って俺は先から立って席から少しズレ、つり革に掴まった。
俺が席を立つと、丁度止まった駅で乗って来て、俺の前のつり革に掴まっていたお婆さんに席を譲る。
「良ければ座ってください」なんて言葉は俺は不器用だからお婆さんには掛けられなくて只、無言でスッと席から立った。
そんな俺の考えに気付いてくれたのか、お婆さんは「ありがとうねぇ~」と一言、俺に言ってから椅子に座る。
一駅くらい立って吊革に掴まってても大して疲れないだろうし、ずっと座りっぱなしだったから丁度良かった。それにお婆さんにお礼を言われて何か少し良い気持だったな。
大体三分後に下りる駅に着き、神原さんと電車を降りていく。
「陽介って、不器用なところがあるんだね。」
「安心しろ、元々だ。それに一応自覚はあるから。」
そう言うと神原さんは小声で何かを呟いたような気がした。
電車の出発する音や、アナウンスでうまく聞き取れなかったんだけど気の所為かもしれない。改札口の機械に電子定期券を
「そう言えば神原さんの交通手段は自転車?」
不意に気になったことを聞いてみた。そしたらすぐに回答が返ってくる。
「そうだよ。陽介は何処の駐輪場使ってるの?」
「俺はここから歩いて数分の公園の前にある駐輪場。」
「あっ、そこ私と同じ所だー」
どうやら自転車を預けている駐輪場は同じらしい。
まぁ、大体の人はあそこの駐輪場を使うだろうけど。
駐輪場に着いて、預けていた自転車を引き取ってから外に出ると、神原さんはある事思い出したらしく俺に聞いてくる。
「ねぇ陽介。昔、よく一緒に行った”栃木屋”ってまだある?」
懐かしい単語を久しぶりに聞いた。
”栃木屋”。それは俺が卒業した小学校の近くにある商店街の駄菓子屋の名前だ。
商店街って言っても、今は殆ど住宅に変わってしまって名残はあまり残ってない。
ここ最近あっちの方に行ってなかったのもあって、久しぶりにあの思い出の駄菓子屋に行ってみたくなった。
「ああ、あの駄菓子屋か、そう言えば俺も最近は行ってなかったけどまだ元気にやって居る筈だよ。」
「じゃ、行って……みない?」
「…………。まぁ、じっちゃんは配達で偶に居なかったりするけど、確かに行ってみたいな。」
「じゃあ行こうよ!」
そう言うと神原さんはその駄菓子屋のある方とは逆の方に自転車を進めようとしている。
一体何処に行こうとしているのやら。
「おーい、そっちじゃないよ。駄菓子屋はこっち。真反対。」
「えっ!? あ~……やっぱり景色が昔と違うからかな~間違えちゃった。」
「いやいや、小三の時にこっちの方あまり来てないでしょ。と言うか、もしかして相変わらず方向音痴?」
「いっ、いやいや、そんな訳無いじゃん。そんな訳……」
どうやら図星の様だ。
小学校の時よく校内で迷っていて、毎回探しに行ってたのを思い出す。
昔はどうしてこんなに迷うのだろう? と、気になりもしたがどうやら今もその謎は解けなさそうだな。
「神原さん、こっちだよ。付いて来て。」
そう神原さんに言い、自転車を漕ぎ始めた。
自転車を漕いで俺は車道を走り、神原さんは歩道の隅を走って並列走行のグレーゾーンのことをしながら進んでいると、俺はある質問を投げられる。
「そう言えばあの駄菓子屋って何で栃木屋っていうんだっけ? ここって埼玉県じゃん。」
「えーっと、確かそれは店主のじっちゃんが栃木県出身だったからその名前にしたって聞いたよ。」
「そうだったんだ、何かすっきりした~」
そうして数分自転車を漕いでいると、外見が一階は白色で、二階からは赤茶色。入口の上には”栃木屋”と書かれた昔っからあるあのピラピラした屋根が着いている建物を見つける。
外には金券が出てくる十円玉を入れて弾いて遊ぶ、昔ながらの駄菓子屋には一台はあるであろうアレが置いてあった。
「うわぁ~陽介! この駄菓子屋なっっつかしい~、よくこの辺りに自転車を止めて買ってたよね~」
神原さんは懐かしいこの場所に来れて興奮しているのか、少しはしゃいでいるらしい。
「そうだな。入口に
「そうなんだ! ねぇ、このカーレースって十円玉ゲームやってから入ろうよ。コレすっごい得意だったやつだから!」
「俺はコレが苦手なんだが……折角だしやるか。」
通行の邪魔にならないように駄菓子屋の建物に寄せて自転車を止めて、財布から十円玉を数枚取り出す。
まず一枚入れ、十円玉のある所のレバーを横に倒して弾く。
1段階、2段階までは良いんだが、そこから先がさらに難しい。
そう思った束の間、十円玉がハズレの穴に落ちた。
「…………。」
「じゃ、次は私の番〜」
神原さんは十円玉を入れて、パチン、パチンと、テンポ良くレバーを横に倒して弾いていく。
するとあっと言う間に横三センチ、縦七センチ程度大きさの、赤色と白色のプラスチック板で作られた金券を入手する。
どうやら金券が出てくる二つの穴に一回ずつ十円玉を落としたようだ。
「…………。」
「はいっ、陽介の番。」
もう一枚十円玉を取り出し、入れてレバーを弾く。がやっぱり失敗した。
また十円玉を一枚無駄にして、神原さんに交代する。
するとまた彼女はテンポ良くレバーを弾いていき、今度は青と白の金券を………
そして俺は何度か挑戦してやっと白券が一枚出てくる。
確か、白が二十円券・赤が五十円・青が百円。
俺は百円使ってゲットしたのがやっと二十円。
もう少しやって青券を出せば、使った分が戻って来そうだが、駄菓子屋に入る前にこのゲームにかなり無駄金を使っちゃいそうなので辞めた。
ギャンブル依存症の人の気持ちってこんな感じなのか?
そう思いながらもスライド式の磨りガラスの扉を開けて店内に入る。
中に入ると懐かしの駄菓子の並んだ棚があり、アイスの入った冷凍庫、ジュースの入った冷蔵庫。
店の中の一角には、かなり高そうなお酒がいくつも並んでいる。
半分ほど忘れかけていたが、ここって元々お酒とかを売っていたけど、後から駄菓子屋になったって聞いた事がある。
入ってすぐ横のレジで、真っ白に生え揃った白い髪の店主、じっちゃんが新聞を読んでいたが、俺が入ってくる気配に気付いて顔を上げる。
「おぉ陽くんか、久しぶりだねぇ。いらっしゃい。」
じっちゃんは何時も通り、優しげな表情で迎えてくれる。
入り口で立ち止まるのもアレなのでじっちゃんの前まで店の中に入っていった。
「お久しぶりです。最近来れてなかったんですけど、配達とか店番とか元気でやってましたか?」
「あぁ、勿論元気でやってたよ〜、只なぁ、長らくやってた配達の仕事とかも流石に年でねぇ、今はやめちまったんだ。」
「そうだったんですか、と言う事は店にいる時間が多く……?」
俺がそう言うと、その事を肯定するようにゆっくりと頷いた。
頷いた後、ふとじっちゃんの視線が俺の後ろの方に一瞬向かった気がした。
その次の瞬間、じっちゃんはかなり驚く発言をした。
「ところで陽くん、今一緒に入って来た子はもしかして、ゆいちゃんかぃ?」
じっちゃんの発した言葉に思わず一瞬、耳を疑った。
「………っ!? えっ! おじちゃん私の事覚えてくれていたのっ!?」
さり気なく駄菓子の並んだ棚を眺めていた神原さんは驚きの声を上げる。
これは俺も驚いた。
まぁ、じっちゃんなら覚えていてもおかしくないけど。
俺は正直、神原さんは六年前とは大分変わってたから分からないと思っていたんだが、相変わらず凄い記憶力。
「いやぁこんなに
じっちゃんは神原さんの手に握られた三色のプラスチックの金券に目を向けている。
そう言えば昔もよく金券を取ってたな。
「それに陽くんと良く一緒に来てたじゃないか。もしかしや……と思って、その二つでピンと来たんだよ。」
どうやら、じっちゃんは若い頃に探偵でもやっていたのか? と言う程の推理力を発揮していたらしい。
「じっちゃん相変わらず凄い記憶力に洞察力ですね。」
「ほんと凄い。」
「そんなに驚くことかぃ?」
じっちゃんは、「このくらい朝飯前だよ」と言いたげな顔で優しく微笑んでいる。
じっちゃんと少し話をしてから折角、駄菓子屋に来たので、駄菓子を買って行こうと商品の並んだ棚を眺めて何を買おうか選び始めた。
ねり飴、10円ガム、チョコやグミ、ラムネ菓子などの定番物。
ここで売っている大体が、小遣いの少ない小学生でも買う事のできる手頃な値段。
五百円も有ればでここで貰えるビニール袋いっぱいにお菓子が買えた記憶がある。
「ねぇ、陽介。今思ったんだけど、この金券システムってお店が大赤字になる……なんてこと無いよね……?」
ふと神原さんは、そんな疑問をつぶやいてきた。
確かに昔は何とも思わずに、金券付きの駄菓子で、アタリが出たら喜んで直ぐにその金券分駄菓子を交換していたな。
金銭感覚がまだ幼かったのかもしれない。
角度を変えて見れば、ここは下手すればタダで駄菓子を配っているって見方も出来るじゃないか……?
よく考えてみると結構赤字が付いたりしそう。
「……う〜ん。どうなんだろう? じっちゃん、お店って結構赤字だったりするんですか?」
するとじっちゃんがその疑問に答えてくれる。
「そりゃぁー赤字な時だってあるよ。だけどねぇ、子どもたちが喜んでくれればそれでいいと思っているんだよ。」
「じっちゃん……よっし。ここは大人買いしていくか!」
財布の中にはまだ今月になって貰ったばかりの小遣い四千円が入っている。
平均的な高校生の小遣いの中で、少ないのか、多いのかは分からん。
流石に四千円全て使うわけではないが、もう、昔は出来なかった
結構細かい菓子類も勿論の事、昔好きだった懐かしの駄菓子をいくつも手に取っていく。
「陽介、凄い多っ!」
「折角来たんだし、昔出来なかったことをやって見るのも良いかな……と思ってね。」
「じゃあ私もっ!」
そう言うと、神原さんも幾つも手に取っていく。
この辺りは複数の小学校の近くなので品物を買い過ぎると、アレなので勿論程々の量だ。
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