14_安い蕎麦屋は素晴らしい@2

「おやっさん見たのかよー! マジかよ!!」


 意外な事実に気づけば立ち上がり、頭を抱えていた。


「最初に言ってくれよ! 人が悪ぃなぁー! しかも、面白かったって!」


「すまんすまん。黙ってた方が色々面白いかと思ってな。んで、案の定面白かったわけだ。この時間も、コスセロも」


 おやっさんは終始笑顔だった。完全に一本取られた。


「どうだ? まだ見てないなら、明後日にでも一緒にいかんか?」


「いや行かねぇよ! この短時間で答えが真逆になるわけないだろ! しかも皆して何で明後日なんだよ! もう四人で行って来いよ!」


 三馬鹿の顔が脳裏に浮かぶ。そこにおやっさんの顔を加える。教授と学生、はちょっと厳しいな。よくて、親戚に一人はいる自称面白叔父さんとおいっ子達ってところか。


「まぁまぁ。座った座った」

 おやっさんは両手を扇ぐ様にして着席を求める。二、三言いたいことはあったが、ここは店の主に従う。


「流行りモノ嫌いはあんちゃんの持病みたいなもんだ。それはあんちゃん自身もよく分かってるだろ? だけどな、繰り返しになるが、その作品が多くの人に認められたからってあんちゃんに実害があるわけじゃねぇべ? あんちゃんの幸福が取られたわけでもねぇべ? その作品の成功は簡潔に言うと、あんちゃんとは無関係。パンダの名づけと同じだ。パンダの名前が、ピサロだかザンギフだかになっても、応募しなければ他人事。だろ?」


 おやっさんは首をわずかに傾け、問いかけてくる。


「確かに。実質コスセロに俺は毛ほどもたずさわってない。でも、俺も繰り返しになるけど、だからこそ、自分の利益にならない同業者への全方位的な拍手喝采にイラついている」


 例の鑑賞後インタビューCMが頭で再生される。


「感動しました!」

「もう最高!」


 どうせ巨大なパンケーキを食べた時も同じセリフを吐くのだろう。


「感動しました!」

「もう最高!」


 ブームに乗っかった普段アニメ作品を見ない人たちが、コスセロを心から「面白い」と感じ、「面白い」と発言するのは正当な権利だ、と頭では分かっているのだが、その言葉の一つ一つがアニメに一家言ある俺の心に薄雲を張る。


 そのレベルで物言っちゃうの?


 英語がさっぱりな大学生に「この曲が人生の一曲だ!」と褒められた海外ミュージシャンの心境だ。


「それ数合わせに適当に作った『蟻食いたい!』って歌ってるだけの曲なんだけど、それでいいの? 大丈夫?」


 もしくは


「白人至上主義の歌詞だけど、ええのか? イエロー?」


 評するに値しない奴からの好評は、混乱を招くだけだ。


「アニメきもーい」が突然

「アニメすごーい!」になっては困る。


 万人向けが本当に万人に受けてはならない。


 モダンなカフェがファミレスに乗っ取られて誰が喜ぶ? 


 誰でも行ける場所が、何処にでもあるのはいかがなものか。


 頭が熱暴走し、血迷っている。俺は正しくない。


 俺はコスセロがうらやましいのか? 


 いや、違う。


 そうじゃないし、そうなったら負けだ。

真の敗北だ。


 なら何故、こうも熱心に否定する? 


 気に食わないから。


 それはいじめっ子の理論だぞ、塵芥ちりあくた

 なぁ、塵芥よ、もしもコスセロが不発でよくあるアニメ映画と同じ結果に終わっても、お前はコスセロを口撃したのか? 


 なぁ、答えろ。ルサンチマン。


「あんちゃん、スゴイ顔してるけど大丈夫か?」


 おやっさんの声で我に返る。思考の深みにはまっていたらしい。どうも、俺はコスセロについて思う時、スゴイ顔になる習性があるようだ。


 同じ日に異なる二人から心配されるスゴイ顔。一体どんな顔なんだ? 頬に穴でも開くのか?


「あ、あぁ。平気平気。コスセロについて考えてた」


「だから、あんな顔になってたのか。んで、何か見つかったかい?」


 疑問形ではあるが、その言葉には確信めいたものを感じた。

 全く、この人には、四方八方、過去未来、人の心に服の下、どこでも好き勝手見通せる第三の眼でもついてるのか。


「己の小ささに酔いしれてたところ」


 背もたれに寄りかかり、天井の木目と見つめ合う。


「おやっさんの言う通り、コスセロは俺の幸福を奪って出来たわけでも、俺に直接的な被害を与えたわけでもない。コスセロもパンケーキも俺の関係してないところで勝手に始まったし、終わる時もそうなんだろう。噛みつく権利を行使して喉笛をぐしゃりとしたい気持ちもあるが、おやっさんと色々話して結論がでた」


「否定にそこまで労力を割くなら、小説に回した方がマシだ」


 コスセロの成功が俺と無関係なのと同様、誰かの打ち切り、興行不振、爆死といった失敗も俺とは関係ない。要するに、作品を産み出した奴しか審判は味わえない。新しいひとつを産み出してやっと悲喜する許しが下りる。


「だろうな。お前さんの本分は生産だからな」


 姿勢を戻すと、おやっさんは深くうなずいていた。


「うん。だから、今後は否定するんじゃなくて無関心で抗議していく。吠えない代わりに、金も落とさないスタイルだ」


 爽やかに白くない歯を見せて笑う。

 おやっさんは目を閉じ、右のてのひらをおでこにあてる。


「この病気は、根と業が深い」


 この店では今の時代には珍しい、顔の見える相手と純粋で後腐れのない会話ができる。

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