9_光の午後@4

「メンバー探そうぜ」


 ジャジャ、と米仲が句点代わりにギターを鳴らす。


 一通り音出しを楽しんだ僕達(主に米仲だが)は、ソファに座り一息ついている。突発イベントに勢いだけで乗り込んだ午後に、室内の冷房が涼しい。


 ソファは身を沈めようにも、頑として反発する固い材質と信念を持っていた。でも、今は足を休ませられるだけ儲けもんだ。目を閉じると淡い眠気がやって来た。

 対面のソファにはギターを抱えた米仲が座っているだろう。


 今朝には想像もできなかった午後に、僕はいる。


「おい、人の話聞いてるか? てか、起きてるか?」ジャジャ。


 米仲は全く板に付いてない音色を生み出す。どうやら語尾にギター音を付けるのが、楽しくなってきたらしい。


「起きてるよ。けど、これから寝るところ」


 このまま涼しい空気を吸って眠りに落ちたら気持ちいいだろうな。でも、それは叶わぬ願望だろうな。米仲が叫ぶか、音程の分からないギター音を響かせるだろうな。


「起きろおおお!ベースマーーーン」ジャジャジャジャぴ~~~ん。

 

 セットでやって来た。正面からは、突如システムダウンした巨大ロボットを呼び起こさんとする主人公のようなセリフが響き、室内上部に備えられたスピーカーからは、ついに音程を外したギター音が全速力で直進してきた。


 起きる決め手になったのは、最後に着弾した調子はずれの「ぴ~~ん」だ。

反射的に笑ってしまった。


「メンバーって、あてはあるのか?」

眠い目を擦る。


「ない」


 僕の午後を極彩色に染めた男は、混じりっ気のない、澄んだ返答をしてきた。


「たださっきも言ったろ? 俺は誘うのには慣れてるんだ。そして」


「お断りされるのにはもっと慣れてる。だろ?」


 未来を選択した店で聞いた、米仲の過去の傷痕きずあとだ。


「分かってるじゃん。だから、今回もメンバー勧誘は任せてくれ」


 米仲は胸を張った。けれど筋肉質ではないので、ただ背筋を伸ばしただけにも見えた。そういや、午前中に勧誘していた僕が午後に勧誘される側になるなんて。人生に感心せざるを得ない。


「じゃあ任せた。ドラムとボーカルとベースの三人よろしくな」


「ベースはお前だろ。ベースマン」


「野球小僧に踏みつけられてそうな名称はやめてくれ」


「やっぱり、僕が弾かなきゃダメ?作詞専任だとありがたいんだけど」


 楽器も弾けないの?


 プロじゃなきゃだめだよ。


 ありがたいお言葉が頭蓋ずがい内で反響する。しばらくはこの忠言にりつかれそうだ。


「せっかくベース買ったんだからよ、まずはやってみようぜ。それに楽器やることで新しい視点で作詞できるぜ。きっと」


 米仲は未来でも見てきたかのように力説する。


「それはそうかもしれないけど……。でも、自分のやりたい分野に集中した方が皆幸せだし、クオリティも高くなると思うんだ」


 これは僕の持論だ。

 僕みたいに作詞が好きな奴がいるんだから、作曲が好きな奴、演奏が好きな奴も当然存在する。

 なら、その好きな奴等を集めて、好きな箇所を任せればいい。


 そうすれば、わざわざ苦手な場所に手を出す必要はなくなるし、好きなものに関わるんだから、自ずと出来も良いものになる。


同じずぶの素人でも、興味の無い奴が一から取り組むより、興味を持ってる奴が取り組んだ方が上達も早いだろう。


 残酷な例外には目を背ける。


 それに都会には過剰に腐るほど人がいるので、作曲バカも、演奏バカも、ピチピチの若い奴から退くに退けなくなった奴、異臭を放つ腐りかけの奴まで多様な種類が生息しているはずだ。 


 音楽バカの池に「オリジナル」という餌を垂らせば、各分野から五匹くらいは釣れる算段だ。


「うーん。一理あるが……」


 米仲はツンツンした頭髪を指先で転がしながら悩む。


「だろ? だろ?」


 追い打ちをかけ、米仲を土俵際まで押しやる。あと少しだ。


「そうだ」


 徳俵に足のかかった米仲が、閃きの声を漏らす。毛先から指先が離れる。


「歌詞、見せてくれよ」


 米仲の目がきらりと輝く。


「歌詞?」無意識に声に出ていた。


「おう。まだ全部見てなかった」


 米仲が右手をこちらに伸ばす。


「全然、いいけど」


 リュックを開き中を漁る。冷気を跳ね除け、体温が上昇するのが分かる。ダレた心にうるおいが戻って来た。


「これが、歌詞。全部の」


 空中分解した言葉を添えてクリアファイルを渡す。


「楽しみだな」


 米仲はパンパンに膨張したクリアファイルから歌詞の束を引っこ抜き、テーブルの上に置いた。次いで首からギターストラップを外し、ギターを左隣のソファに寝かせる。


「じゃあ、失敬して」


 紙の山の山頂部分が掴み取られる。彼の瞳に、僕の言葉が映った。

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