8_光の午後@3

「この穴に、ケーブルを差し込んで」


 全国展開しているカラオケ店の個室で、米仲はマニュアル片手にモニター下の機器と格闘していた。普通は薄暗い室内が今日ばかりは明るい。


 僕は壁際のソファに座り次々と映り替わるプロモーション映像をぼんやりと眺めていた。入室当初は音声付きだったが、気が散る、と苛立った米仲の手により数分前に音量を奪われている。

 けど、映像だけでも、それなりに騒がしく感じるから不思議だ。


「このアイドルグループの紹介、四回目だ」


 空っぽの頭で鳩時計の鳩の鳴き声よりも、無味乾燥な報告をする。米仲は僕の声に反応し立ち上がり、モニターを数秒間見つめた。


「アイドルなのはすげぇ。けど、可愛くねぇ」


 バッサリ斬り捨てたのにはむしろ安心した。悪魔との取引で得たダブルエレキは、テーブルの上に裸で並んでいる。


「出来た! これで音出せるぞ!」


 米仲は振り向き親指を立てる。くだんのアイドルグループの紹介映像、六回目途中の出来事である。


「ホントか! じゃあ、まず米仲からどうぞ」


「悪いな」


 米仲はモニター下の機器に接続されたケーブルをギター本体に繋ぐ。そしてギターを首から掛け、構える。


「おお、米仲。それっぽいぞ」


「ホントか?」


 もともとの風貌がバンドマン寄りだったのもあり、その姿は様になっていた。


「じゃあ早速、鳴らすぜ」


 米仲は左手でギターの弦を押さえ、右手でピックを持つ。


「動画撮る?」


「いや、要らない」


 僕の冗談は冗談で終わり、米仲の顔には真剣さと少しの恐怖が混じっていた。米仲がゆっくりと右手を上げる。


「ロッックンロール!!!」


 右手が稲妻の様に垂直に落とされた。音は遅れずやってきた。


 びんっ           


 カッカッ 


 痛ってええええええ 


 説明すると,一番目の音は室内のスピーカーから届いたギター音。自転車のベルよりも響いてなかったが、紛れもなくギターを弾いたときに発生した音だ。


 二つ目の音は、ギターの弦に弾かれたピックが宙を舞い、テーブルに着地した音。ギター音が瞬間的過ぎたことにより聞き取れた奇跡とも言えるカッカッ、だ。


 んで、最後の絶叫は米仲によるもの。流石、長年使っている声帯だけあって、その音は他二つとは別格の安定性を誇っていた。

 今回の音出しコンクールの優勝は米仲の声帯に満場一致で決定だ。


「痛てぇよ。この楽器噛みついてくるぞ」


 米仲は痛みを飛ばすように右手を何度も振っている。


「大丈夫か? もう一回やる?」


「いや、俺の処女演奏は終わった。大人しく舞台から降りる」


 米仲は自身のギターからケーブルを抜き、僕の方へ差し出してくる。ケーブルはギター・ベース共用のものを買った。僕は立ち上がり、ベースを首からかけ、ケーブルを受け取り、差し込む。


 差し込む。


 差し込めた。


 肩の力を抜き、体をほぐす。


「よし、弾くぞ」


 ベースを構える。腰にベースがあたる。ピックを挟む指が汗ばむ。一度、ピックを左手に預け、右手をシャツでぬぐう。


「あんまり強く弾くと噛みついてくるからな。気を付けろよ」


 ソファに座った米仲がアドバイスをくれた。

 軽く、軽く弾こう。


 正しいやり方なんて分からない。左手で数本の弦を押さえ、右手でピックを掴む。一番上の弦にピックを乗せる。

 じっと、見つめる。三角形のピックはどんな音を聞かせてくれるのか。 


 鼻で息を吸う。吐き出す代わりに、手首を下に振った。


 ぼんっ   


 随分と重たい産声だった。ピックは飛んで行かなかったが、熱が急速に冷めていくのを感じた。


 これ無理だ。


 やっぱり僕は楽器を弾きたいわけじゃなかった。

 なんだその音、と米仲がゲラゲラ笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る