アナタのやりたい事、できる事

 頭にハテナでも浮かべているのでしょう。困惑した様子で、小首を傾げる桜子さん。

 そして腕を組んで、もんもんと考え始めました。


「どんな風に……うーん、分からないコン」


 やっぱりですか。

 お姉さんのようになりたいと息巻いていた桜子さんでしたけど、どうも気になっていたのです。

 お姉さんのようになって、アナタはいったい何をしたいのかと。


「桜子さん、アナタはお姉さんが通っていたから、うちの学校を選んだのですよね。ではそこで、いったい何を学びたいか、ハッキリ言えますか?」

「………………」


 やはり口を閉ざして、黙ってしまう桜子さん。これも答えられませんか。


 僕はまだ教師になって、十年にも満たない若造ですが、この手の生徒は何回か見てきました。

 例えばどの学校に入りたいかはハッキリしているのに、進学した先で何をしたいかは決まっていないというように。一見すると目標が決まっているようで、だけどその先で何をしたいかは見えていない。この年頃の子には、よくあることです。

 僕がかつて、そうであったように。


 返事ができずにいる桜子さんの顔色が、だんだんと悪くなってきます。まるで面接官の問いに答えられない受験生のように、真っ青になって。

 だけど僕は別に、責めているわけでは無いのです。


「そう深く考えないでください。僕はただ、確認したかっただけですから。君は家族の皆さんから、お姉さんの真似をするのは止めるよう言われたそうですね。それはきっと、落ちこぼれだから無理だと言いたかったのではありません。お姉さんにとらわれずに、ちゃんと自分のやりたいことを見つけてほしい、そういう意味だったのではないでしょうか?」


 おそらく。いえ、きっとそうです。

 

 優秀なお姉さんと比べてしまうのは、仕方がないでしょう。ですが、だからといって彼女が桜花さんのようになる必要が、どこにありますか。


 桜花さんができるのに桜子さんができない事があるのと同じように、桜子さんだからできる事だって、きっとあるはず。それを見つけて伸ばしていってほしいと、僕も思います。


 だけど桜子さんはしょんぼりと項垂れたまま、顔を上げようとしません。


「やりたいことなんて、そんなの無いコン。お姉ちゃんに近づくためだけに、頑張ってきたんだコン。なのに」


 うーん、どうやらショックが強かったみたいですね。今までひた向きに頑張ってきたのに、目標を見失って戸惑っているのでしょう。

 ですが、そう悲観することはありません。


「僕は別に、良いと思いますよ。お姉さんを目標にしていても」

「コン?」

「憧れのお姉さんに近づこうとするのは、悪いことではありませんからね。それはそれとして、自分のやりたいこともちゃんと見つければ良いだけの話です。それならきっと、お姉さんも納得してくれるはずですから」

「でもワタシ、やりたいことなんて」


 大丈夫、大丈夫。

 耳の生えた頭を撫でながら、笑いかけます。


「だったら、これから見つければ良いのです。学校は、そのための場所でもあるのですから」


 答が分からないなら、探せば良い。そのためなら、僕はいくらでも協力しますよ。

 かつての僕に、桜花さんが道を示してくれたように。



 あれは高校二年生の秋。僕は教師になるのだと決めていたものの、成績が伸び悩んで、焦っていた時期がありました。

 いくら勉強しても、上手くいかない。これじゃあダメだ。いくら頑張っても、結果が出なければ何の意味も無い。

 そんな風に思って、自分を追い詰めていましたっけ。だけどそんな時、桜花さんに言われたのです。


 ――頑張っても、結果が出なければ意味が無い。君は将来、自分の生徒にそう教えるつもりなのかい? それが、君がなりたい先生の姿なのかい?


 頭を殴られたような衝撃がありました。

 僕の家は、両親とも教職についていて、幼い頃から自分もそっちの道に進むべきと考えていましたけど……。

 その時初めて気づいたのです。自分はどんな先生になりたいのか、全く見えていなかったことに。


 だけど、結果が出なければ生徒の頑張りを否定するような、そんな先生にはなりたくない。それだけはハッキリしていました。


 そしてそんな僕に、桜花さんはさらに言ってきました。


 ――闇雲に頑張っているだけでは、大切なものを見落としてしまうよ。まずは自分が、どうなりたいかをよく考えると良い。きっとそれは成績を上げるよりも、ずっと大事なことだと思うよ。



 あの日、僕の中で何かが変わりました。それからはまた、たくさん悩んで、一度は教師でなく、別の道に進もうかとも考えました。結局最後はまた、教師になろうと思い直したのですけどね。

 だけど今度は漠然となりたいと思うのではなく、どんな教師になりたいか、明確なビジョンが見えていました。

 迷ったり、やりたい事が見つからない生徒がいたら力になる。そんな先生に、僕はなりたいと思ったのです。


 不思議なものですねえ。あの時、桜花さんから大切なことに気づかされた僕が、今度はその妹の桜子さんを、導こうというのですから。


 桜子さんの頭から手を離して、じっと彼女を見つめます。


「桜子さん。君は、学校は好きですか?」

「うん、好き。大好きだコン。クラスのみんなといたら楽しくて、お山では無い素敵が、たくさんあるコン!」

「それはよかった。これからたくさんのことを学びながら、何をやりたいかをゆっくり探していきましょう。きっとお姉さんの後を追うだけでは気づかなかったことも、見えてくるはずです」

「うん。やってみるコン」


 小さく、だけどしっかりした声で、返事をしてくれた桜子さん。

 彼女が桜花さんに憧れてうちの学校に来たのは、将来のことを考えると、もしかしたら遠回りなのかもしれません。

 狐の事情はよく分からないので、その辺のことは何ともいえませんね。


 だけどきっと、それでも良いのです。その先で何か、得るものがあるのなら。

 遠回りではあっても、無駄になんてさせません。この子が将来、うちに来て良かったと思えるような、そんな学校生活を送らせてあげたいですよ。


「桜花さん。アナタの妹は、責任もってお預かりします」


 桜子さんに聞こえないくらいの声で、僕は小さく呟きました。

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