第38話 変態後輩と約束
「翔也、お前って今日デートとかだったりするか?」
今日の授業が全て終わり、放課後。
手早く帰る準備を済ませた俺は、鞄に荷物を詰めている最中の翔也の席に行き、そう切り出した。
「いや、今日はなにもないよ。テスト週間だからね。真穂ちゃんもテスト勉強に集中したいんだって」
「そっか。3年なんて特に大事な時期だからな」
「うん。一緒に勉強しませんかって誘われたけど、僕を教えながらだと手間もかかるし、邪魔したくないから断ったよ」
咲良先輩、今年で受験だったな。
翔也好みのロリ容姿だから、つい最高学年だってことを忘れてしまいがちになってしまう。
「それで、大地の用は?」
「ああいや。良かったら俺と一緒に勉強しないかって誘いなんだが」
「え? それはもちろんいいんだけど……」
翔也がなにを懸念しているのかは分かる。
恐らく、奏多さんはいいのか、ということだろう。
「あー、まあ、それは帰りながら話す。早く行こうぜ」
翔也の顔から言いたいことを汲み、帰る準備をするように促す。
翔也は不思議そうな顔をしていたが、とりあえず俺の言う通りに荷物を詰め終えた。
「それで、奏多さんは……」
廊下を歩きながら、改めて口火を切ってくる翔也に対し、口を開こうとすると、
「せんぱーいっ!」
「うおっ!?」
明るい声と共に背中に軽い衝撃。
噂をすればなんとやらで、話題の中心が奴が抱きついてきたらしい。
「はぁ……お前先に帰るんじゃなかったのか」
ため息を吐きながら振り返ると、俺の背中に顔を埋めて、ついでに匂いを嗅いでいた奏多がにぱっと笑みを浮かべて見上げてくる。
「せんぱい成分を補給しに来ましたっ! これで今日も頑張れそうですっ!」
「はいはい。さよか」
「わたしが抱きついているのにせんぱいがなにも言ってこない? ……はっ!? これはもしかしてもっと抱きついていいという遠回しなおーけーサイン!? そうと分かれば、ぎゅーっ!」
「解釈が都合良すぎる! 違うわ! 言っても聞かないから諦めてるだけだっての!」
強く抱きつかれたことで、背中側からより鮮明に柔らかさが伝わってくる。
俺は努めてその弾力や奏多の体温を意識外へと追い出しつつ、抱きつく変態を力ずくで引き離す。
「あぁんっ! せんぱいの意地悪!」
「1回我慢してやったのに意地悪もなにもあるか! 十分寛容な方だろうが!」
「我慢は身体に毒ですっ! それにわたしが1回だけで満足するとでも思ってるんですかっ! 今夜は寝かせませんからね、せんぱい!」
「聞いてる奴がいたら確実に誤解される言い方はやめてもらおうか!?」
「5回もしてくれるんですか!?」
「言ってねえよめんどくせえな!」
心の底から叫びつつ、深々とため息を吐いた。
こいつ、これでよく学校で素を隠し切れてるもんだな……。
そんな俺たち2人のやりとりを傍で見ていた翔也が、不思議そうに首を傾げた。
「本当になにがあったの? 大地が奏多さんに甘いのは前から分かってたけど、抱きつかれたりして文句を言わないのは大地らしくないよね」
「誰が誰に甘いんだよ。……まぁ、色々と理由があるんだよ」
頭をかきつつ、翔也の疑問に応じた。
翔也はまだ疑念を持ったままの目で、俺たちを見てきたが、それは一旦置き、俺は奏多に向き直る。
「ほら、こんなことしてる時間ないだろうが。早く帰れ」
「はーい、分かりましたよ……わたしにとってはせんぱいと過ごせる大切な時間なのに……せんぱいも早く帰って来てくださいね?」
「分かったから早よ行け」
不満たらたらだったが、奏多は俺と翔也にぺこりとお辞儀をし、一足先に階段の下へと消えていった。
「それで、本当にどういうこと?」
「あー、実はな……」
俺は数日前にあった事の発端を話し始めた。
「せんぱい。ちょっといいですか?」
テストまで残り1週間と半ば程度となったある日。
晩飯を食い、俺が勉強の息抜きに寛いでいたところに、どこか真剣な面持ちの奏多が声をかけてきた。
「どうした?」
ソファに座っている俺から少しだけ離れた距離にぽふんと腰を下ろした奏多に、俺は怪訝な顔を向ける。
いつものこいつならうっとうしいぐらいべたべたしてきたり、夜の誘いの1つでも放り込んできそうなものなんだけどな。
「実はお願いがあって」
「お願い? なんだよ、改まって」
どうやら本当に真面目な話らしい。
声音にも真面目な感じが混じっていたように思えて、俺は無意識に背筋を伸ばす。
「次の期末テストでわたしが学年1位になったら、わたしのお願い1つ聞いてほしいんです」
その言葉に俺は無言で考え込む。
いつもならロクでもないことを言い出すつもりだろ、と突っぱねるところだが、今のこいつは真面目っぽい。
それに、俺の脳裏には未来さんに言われた奏多からその内大事な話があるかもしれないという言葉がよぎっていた。
なんとなく、その話が奏多の家族についての話なのは想像がつく。
こいつは自分の家族のことについてまったくと言っていいほど話さない。
若くして起業をし、社長となった未来さんが家族から独立したかったと言っていたことや、奏多が本来は未来さんの部屋であるこの部屋で1人暮らしをしていることから、訳ありなんだろうなとは思っていた。
……まぁ、もしかしたら俺みたいに突然家を追い出された特殊ケースってことも否定は出来ないけども。
「……分かった。学年1位を取ったらだな」
「はいっ、ありがとうございますっ! せんぱい大好きっ!」
なんで家族の話をするのに学年1位を取ったらなのかは気になるが、こいつにとってもそれぐらい覚悟がいるのかもな。
感極まったように距離を詰めて抱きつこうとしてくる奏多の頭を片手で遠ざけながら、俺はそう思ったのだった。
「ってことがあったんだよ」
「なるほどね」
話し終えると、翔也はふむ、と頷き納得したようだった。
「けどそれで大地が奏多さんに抱きつかれて文句を言わないのとどう繋がるの? 落ちた?」
「落ちてねえよ。……ただあいつ、学年1位を取るって決めてから毎日夜遅くまで勉強してるし、部屋であまりべたべたしてこなくなったんだよ」
たまにさっきみたいに先輩成分とかいう訳の分からない物質を充電しに来たりはするけども。
「あいつが俺のことを、その……まぁ異性として大好きだってことは嫌でも分かってるんだよ」
「そうだね。他人から見ても、それはよく伝わってくるよ」
「だから、あいつがその好きな相手にいつものようにくっついてこようとしないぐらい頑張ってるなら、たまには好きなようにさせておこうと思っただけだ」
「ふふっ、やっぱり奏多さんには甘いよね」
「うるせえ。ほら、勉強出来るとこ行くぞ」
あいつが頑張ってるのに、俺だけ頑張らないのは気分が悪い。
俺も、期末テストでなるべくいい点が取れるように頑張らないとな。
そして、期末テストが全て終わり、順位表が配られた放課後のこと。
「せんぱいっ! やりましたよ、ほら!」
奏多が1位と記された紙を誇らしげに掲げてきた。
「お前マジで取りやがったのかよ……」
元々学年で5番以内に入るぐらいは勉強が出来るのは知っていたが、それで本当にトップを取ってくるとかハイスペックが過ぎる。
「ふっふっふ、わたしすごく頑張りましたっ! では、せんぱい。約束通りわたしのお願いを聞いて下さい!」
「なんだ?」
……こいつ家族のことを話すにしてはなんか浮かれすぎてないか?
もしかして、俺はなにかとんでもない勘違いを……?
俺が一抹の不安を抱き、そう考えるのと同時に奏多が口を開き、
「わたしと一緒にお風呂に入ってくださいっ!」
「……………………は?」
声高に予想だにしないことを言われ、俺はぽかんと口を開けてフリーズしてしまったのだった。
許嫁未満の後輩との同棲生活。ただしその後輩は変態です。 戸来 空朝 @ptt9029
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