第35話 変態後輩VS背伸びしたい系幼女

 6月も中旬を過ぎると、夏の気配があちこちに現れ始める。

 梅雨も近づくし、熱さを感じ始める時期だ。

 そんな気温も上がり始める時期だというのに……。


「……」

「……」

「……」


 ――どうしてこの部屋こんなに寒いんだろうなぁ……クーラー効き過ぎじゃね?

 いや、現実から逃げていても事態が好転するわけでもないし、そろそろ現実に向き直ろうと思う。


 この寒さの正体は、突如俺の家にやってきた幼女と自称俺の許嫁を公言して回る変態後輩がテーブルを挟んで座り、睨み合っているせいで引き起こされてしまった、局地的なブリザードだ。

 

 ……俺何も悪い事してないよな? 家を追い出されて奏多の家に仕方なく転がり込んで、車に轢かれそうになった彩音ちゃんを助けただけのはずだ。

 俺は睨み合う2人の間の位置で座り、冷や汗を流し続けていた。


「……それで、そちらが昨日せんぱいに命を助けられて好きだった別の異性を見限ってほいほいと乗り換えた幼女ちゃんでいいんですね?」

「そう。お姉さんこそ、お兄さんの善意と優しさに付け込んで自分の好意をただひたすらに押し付けてるって噂のお姉さんでいいんですよね?」

「「――はぁ?」」

 

 怖え……お互いに終始笑顔でジャブを打ち合って、1歩引かない。

 ジャブって言うか……全体重乗せたボディブローにしか見えなかったんだけど……。

 彩音ちゃんのそれはどこからの情報なんだ? 翔也か? あのクソロリ野郎。

 電話をかけてやろうかと思ったが、それだと逃げられる可能性があるし、あの野郎への復讐は学校に行った時でいい。


「大体、幼女ちゃんはまだ小学生だよね? 年相応の恋愛をしておけばいいものを、どうして年上を好きになってわざわざ振られにいくんですか?」

「周りの男子なんて子供にしか見えませんから。それに、私は来年で中学生になりますし、お兄さんとの歳の差なんて、社会に出ればないようなものじゃないですか?」


 彩音ちゃん小学6年生だったのか……それにしても、大人びすぎてるんだけども。


「ふふん、社会に出ればそうかも知れませんが……現時点ではその差は大きすぎるというものです! 幼女ちゃんが3歳年を取っている間に、わたしは18歳! つまりはせんぱいと結婚が出来て、子作りをして、幸せな家庭を築けるということです!」

「その計算だと俺は高校卒業してすぐにお前と結婚させられることになるんだが……」


 監獄への収監かな?

 正確には女性が結婚出来るのは16歳から。

 というか小学6年生相手に取るようなマウントじゃない。


「はっ!? それはつまりせんぱいは大学に行ってしっかりとわたしを養えるようになってからわたしと添い遂げたいということですか!?」

「1mmたりとも掠りもしない考察ご苦労様。褒美としてもう黙ってていいぞ」


 これ以上は彩音ちゃんの教育に悪影響が出そうだしな。


「大事なのは年齢じゃなくて相性だと思います! わ、私の方がお姉さんよりもお兄さんを気持ちよくさせてあげられる自信がありますし!」

「ストップ! あまり小学生の口から生々しい言葉を聞きたくない!」


 既に変態の悪影響が!? クソッ、即効性だったか!

 彩音ちゃんがませてるってレベルじゃなくなってきてるような気がする! そういう知識は君にはまだ早い! 本の読み過ぎだ!

 それか少女マンガか!? 場合によっては少女マンガの方が過激だったりするらしいし!


「ふふーん! そんな貧相な体つきでどうやってせんぱいにご奉仕するつもりなんですか!」

「将来性はバカに出来ません! 私のお母さんはおっぱい大きいですし、遺伝的に考えれば現在のお姉さんよりも大きくなるはず! 既に体型が決まりつつあるお姉さんよりもスタイル良くなる可能性大です! それに私、クラスじゃ1番発育いいんですから!」

「わたしだってまだまだ成長期ですよ! 大体せんぱいはロリコンじゃないんですよ!」

「今はそうじゃなくても、そうなる可能性があるじゃないですか!」


 確かに、俺はどこぞの翔也と違って幼女好きというわけじゃない。

 彩音ちゃんは確かに容姿はいいと思う。

 黒髪ボブで前髪は姫カットと呼ばれる切られ方をしている髪型、それにとろんとなって眠そうな目に垂れ目の可愛らしい見た目だ。

 けど、年齢的にやっぱりあれだし、妹としての目線なら可愛がれる感じ。


「ダメです! せんぱいはロリコンでもなければ、シスコンでもないんです! わたしにぞっこんなんです!」

「何ちょっと上手いこと言ってんのお前!? 違うわ!」


 俺はなにコンでもねえよ! そんなネタになるような特殊性癖なんかもってない! ……と思う!

 自分でもちょっと自信なくなってきた!


「……だったら、既成事実を作ってみせるのみです!」


 彩音ちゃんはそう叫ぶと、衣服を脱ごうとし始める。

 

「いやいやいや! 俺が犯罪者になるから! ちょっ!? 本当に落ち着いて!」

「私の裸でお兄さんが興奮したらそれはもう脈ありってこと! お姉さんに勝つ術はもうこれしか……!」

「むむっ! これはわたしも負けてはいられませんね!」

「何に張り合ってんだお前!? 脱ぐな!」


 何で幼女と後輩が服を脱ごうとするのを止めてんの俺!? これどういう状況だよ!?


「俺は急に服を脱ぎだしたりしない普通の感性を持った子が好きだなぁ!」

「やっぱり服を急に脱ぎだすのなんて大人の女性とはいえないと思う」

「そんなことしたら痴女ですよね!」

「お前らなぁ……」


 でも良かった……奏多はともかく、小学生の彩音ちゃんの裸なんて見てしまったら社会的に終わるところだった……。

 あと奏多、俺のお前への評価は言うまでもなく、片足の膝ぐらいまでは痴女に突っ込んでるからな? 今更取り繕っても遅えよ。


「ところでせんぱい、お昼どうします?」

「おーそう言えばそうだったな。お前も腹減ってるんじゃないか?」

「そうですねー意識したらどんどんお腹が空いてきました……今日はサッと作れるものでいいですか?」

「なんなら今からコンビニで何か買ってくるか? 体動かしたんだから疲れてるだろうし今から作るのも面倒だろ?」

「いえいえ! いつ如何なる時だろうと、わたしのご飯を食べてせんぱいの喜んでる顔を見られたら疲れなんて吹っ飛ぶというものですよ! ちょうど買い物も済ませてありますし!」


 今は13時だし、ちょうど昼時だ。

 彩音ちゃんの来訪で少しどころじゃなくバタついてしまったけど、流石に空腹を誤魔化せなくなってきた。


「……なんか今のお兄さんとお姉さんの会話夫婦みたいだった」

「ふっふっふっ……このようにわたしとせんぱいは硬い絆で結ばれているのです! ぽっと出ロリが入り込む隙間なんて微塵も残されてはいないんですよ!」

「彩音ちゃんごめんな。このお姉さんちょっと頭がおかしくて虚言癖があるから気にしないでくれ」

「ん……気にしない。わたしがお兄さんを好きという気持ちは揺らがない。むしろ強大な壁があるほどわたしは燃えるタイプ……!」


 そこは鎮火してほしかったところだ。

 

「良かったら彩音ちゃんも食ってくか? このお姉ちゃん頭はおかしいけど、料理の腕は確かだから」

「いいの? 迷惑になるのに……」

「迷惑ですけど!」

「ちょっと黙ってろ」

「はい、とても興奮します!」


 何でだよ、黙ってろって言ってんだろ。

 1人でボルテージを上げ始めたうるさい変態は無視するに越したことはない。


「あのな、彩音ちゃん。君の気持ちは凄く嬉しいんだけどさ……今すぐに付き合うどうこうはやっぱり考えられないんだ」

「……そう。ごめんなさい……」


 しゅんっとなって俯いた彩音ちゃんの頭に手を乗せて、優しく諭すように続く言葉を口にする。


「でも、俺たちが大人になって、もしまだ俺が誰とも付き合ってなくて、彩音ちゃんが俺のことを好きでいてくれるなら、その時もう一度告白してきてくれないかな? その時は俺も1人の女性への気持ちとして真剣に悩むからさ」

「……うん! お兄さんやっぱり大好き!」


 この言い方はちょっとずるいし、都合が良すぎるけど、俺にはこう言う以外にないような気がした。


「はいカット! 録音完了しました!」

「……お前何やってんの」

「いやーせんぱいが優しく頭を撫でながら、優しい声を出すなんて……なんて妄想が捗るシチュエーションでしょうか! ……今日のおかずはこれですね……」

「……お兄さん、私この変態のお姉さんからお兄さんを奪えるぐらいには大人の女性になってお兄さんを必ず迎えにきますから」

「……あぁ、うん。本当……そうしてくれると助かる……」


 小学生の前で、性的な興奮を覚えてる変態よりも、ちょっとませてて背伸びしたい系の幼女と付き合った方が賢い選択なんじゃないかと思った。

 その後、普通に3人で飯を食べて、俺と連絡先を交換した彩音ちゃんは決意を新たにした表情で帰って行った。


 マジでなんだったんだこの時間……。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る