第34話 修羅場に巻き込まれた男と修羅場に引き込んだロリコン

「ああ、大地ー。こっちこっち」


 1週間を終えて、今日は土曜日。

 俺は何故か翔也に呼び出されて、ファミレスに来ていた。


「おー。何だよ? 急に用事って。先輩のことなら今となってはお前の方が詳しいだろ」

「……確かに真帆ちゃん絡みの用事だけど、今日は別件なんだ」

「別件?」


 どことなく、翔也の視線が泳いでて俺と目が合わないのが気になるけど……なんか飯奢ってくれるらしいし、とりあえずメニューでも見ておくか……ん?

 視界の端に見知った人物の姿が見えたような気がして、メニュー表からそれとなく顔を上げて、窓の外を見る。

 そこには咲良先輩と……何故か、翔也の従妹らしい、確か大庭彩音ちゃんだっただろうか? その2人が立っていて、ファミレスの中に入ってこようとしていた。


「……悪い、ちょっと用事を思い出した」


 全てを察した俺は、席を立ってその場を離れようとしたが、翔也に腕を掴んで止められた。

 

「おい、離せよ」

「ねえ……大地。僕たち、友達だよね?」


 流石に運動が得意ってこともあって、翔也の力は強く、俺が振りほどこうとしても爽やかな笑顔を向けてくる翔也が掴んだ俺の腕は緩む気配が全くない。


「離せ。今日からお前は赤の他人だ」

「あはは! 冗談はよしてよ! 僕たち、今までもこれからも大親友じゃないか!」


 未だに力は拮抗して、俺が動けずにいるとカランカランと音がして、ついには翔也の彼女と従妹がファミレスの中に入ってきてしまった。


「翔也貴様ァ! 嵌めやがったな!?」

「本当に悪いと思ってる!」

「どうして俺がお前の修羅場に巻き込まれないといけないんだよ!?」

「僕1人じゃどうしようもないんだよ! 助けると思ってお願い!」

「俺がいたところでどうにかなることでもないだろうが! この業の深いロリコン野郎! 大人しく幼女に裁かれてろ!」


 俺たちが醜い争いをしているせいで、先輩たちは俺と翔也の席を見つけられたみたいで、ここから逃げるのはもはや無理になってしまった。

 

「お前マジで覚えてろよ……!」

「恩に着るよ……!」


 こんのクソ幼女たらしが……!

 俺は諦めて、翔也の隣に座り直して先輩たちと合流する羽目になった。


「こほん、それでは翔也君」

「は、はい」


 咲良先輩はとても可愛らしい笑顔で翔也の名前を読んだ。既にプレッシャーが半端ない。


「お話、始めましょうか」

 

 更に笑みを深めた先輩は翔也にとっては死刑宣告に等しい言葉を告げた。

 か、帰りてええええええ! マジで俺何でここにいないといけないの!? 


「あ、はは……お手柔らかに……お願いします……」

「それはしょーやの態度次第。今日はどっちが正妻なのか、しっかり決めてもらう」


 モテるって羨ましいと思っていたけど、今度からは認識を改めよう。

 モテるのはモテるなりの苦労があるってことだ。


「ま、まあ! ファミレス来て何も食べないのもあれだし! 何か頼もうぜ! 話はそれからでも遅くないだろ!?」


 他人事とはいえ、流石に当事者でもない俺がこのプレッシャーってことは当事者である翔也はもっと圧を感じてるだろう。

 こいつの自業自得だけど、巻き込まれた以上はフォローぐらいしてやろう……と思う。

 果たしてこの状況に対して俺がどれだけフォローをしてやれるかは知らないけども。


「そ、そうだね! 2人とも、何が食べたい? 今日は僕の奢りでいいから、好きな物を頼んだら?」

「「翔也君しょーやの正妻の座が欲しい(です)」」

「よーっし! 俺決まったし、早速店員呼んじゃうぞー!」


 俺は助けを求めるように、店員を呼ぶベルを鳴らした。

 4人分の注文を伝えると、店員は速やかに去って行って、また居心地の悪い空間に戻ってしまった。


「……あ、彩音ちゃんには悪いんだけど! 僕としては、真帆ちゃんのことが大事で好きだから、別れる気はないよ!」


 い、言った! 翔也が男らしく選んだぞ!


「翔也君……!」


 先輩も頬を赤らめて嬉しそうにしてるし、この話し合いはなんとか終わりそうだな! 血の雨が降る結果にならなくてよかった!


「……しょーや、これ」

「……婚姻届? しかも翔也君の名前と小むす……彩音ちゃんの名前入りの?」

「よーっし翔也! ドリンクバー行こうぜ!」

「そ、そうだね!」


 俺たちは2人揃ってドリンクサーバーの前に。


「おい婚姻届けってなんだよ!? しかも印鑑まで押されてんじゃねえか!」

「し、知らないよ! 昔せがまれて名前だけ記入したけど、印鑑なんて遊びで押すわけないじゃないか!」


 ていうか先輩明らかに小娘って言おうとしたよな!?

 

「もしかしたら、僕の両親に手を回されてる可能性がある……!」

「怖えよ! あの子まだ小学5年生ぐらいだろ!? しっかり外堀埋められてんじゃねえか! お前、おじさんとおばさんに彼女出来たこと言ったか?」

「言わないよ! 親にわざわざ彼女のこと言うのなんてプロポーズして結婚が決まる前の段階ぐらいでしょ!?」


 確かにわざわざ彼女が出来たことなんて自分から言ったりしない! もし、俺に彼女が出来て、言ったとしても寝ぼけるなって一蹴されそうだし!


「でも、お前の気持ちは揺らがないんだろ?」

「……ああ。僕は真帆ちゃんが好きだ。彼女を差し置いて、他の子を大切にしようだなんてそんなことは絶対にしたくないし、出来ないよ」

「だったら、もう一度ちゃんと言うしかないな」


 例え結果として、彩音ちゃんが泣くことになったとしても、これだけはちゃんと言わないといけないんだからな。


「……ただ、1つ心配なことがあるんだけど」

「心配なこと?」

「僕、夜道で彩音ちゃんに後ろから刺されないよね?」

「………………」


 あり得そうなことすぎて、俺は黙るしかなかった。

 とりあえず……飲み物注いで戻るか……。


◇◇◇


 注文した料理も食べ終え、長居をするのもあれなので、会計を終わらせて店の外に出た。

 この場で俺が喋ることなんて何もないし、あとは翔也がちゃんと気持ちを伝えるだけで済むんだ。

 結果として、翔也が後ろから刺される羽目になったとしても……!


「あのさ……さっきも言ったけど、僕が1番大切に想っている人は、真帆ちゃんなんだ……だから、ごめん彩音ちゃん。元はと言えば、僕が誤解させちゃうようなことを言ったりしたのが原因だけど……ごめん」


 翔也は頭を下げて、ハッキリと彩音ちゃんからの好意を否定してみせた。

 

「…………」


 彩音ちゃんは翔也の下げられた頭を何も言わずにじっと見ているだけだ。

 その物静かな瞳の奥で、一体どんなことを考えているのかは、俺たちからは全く読み取れない。


「あ、彩音ちゃん!?」


 静かに見ていただけの彩音ちゃんだったけど、予備動作も無しに弾かれたように急に走り出して、横断歩道を渡ろうとする。

 

 ――その横断歩道は、たった今赤信号になったばかりだというのに、だ。

 車側の信号が青になって、車が動き始める。

 運転手はスマホを触っているせいで、彩音ちゃんの存在に気が付いていない。


「クッソ!」

「大地!?」

「雨宮くん!?」


 俺は持っている限りの脚力をフルに使って彩音ちゃんに追いつくと、勢いを緩めないようにそのまま掬い上げるようにお姫様抱っこにして、横断歩道の向こう側まで一気に駆け抜けた。


「うおわっ!?」

「きゃっ!?」


 そして、勢いのまま茂みに突っ込んだ。

 あちこちを擦った感触があったけど、抱きしめていた彩音ちゃんには見た感じ怪我はなさそうだった。

 無意識に怪我をさせないように体が動いたらしい。


「大丈夫か? 怪我とかしてないよな?」


 それでも念の為に声をかけて確認すると、彩音ちゃんは呆けた表情のまま数秒間俺の顔を見て、こくりと静かに頷いてみせた。

 ……ふう、ひとまず良かった。


「大地! 彩音ちゃん!」


 ホッとしていると、後ろから翔也の声が聞こえた。

 信号が変わって、俺たちを追ってきたみたいだな。


「大丈夫ですか!?」


 遅れて咲良先輩の声もする。

 

「俺も擦り傷ぐらいの怪我しかしてませんし、彩音ちゃんには怪我はないと思います」

「それは良かったです……じゃなくて! いきなり飛び出したら危ないじゃないですか! 結果としては2人とも無事だったかもしれませんけど……1歩間違えてたら命を落としてたかもしれないんですよ!」


 先輩は今まで見たことがないような真剣な表情で怒る。

 

「ご、ごめん……なさい……」


 あまりの剣幕に彩音ちゃんはびくりと肩を跳ね上げて、瞳に涙を浮かべて謝罪の言葉を口にした。


「先輩。彩音ちゃんも無事ですし、本人も反省してるみたいですから、俺の顔に免じて許してあげてください」

「僕からも、お願い。真帆ちゃん」

「うっ……2人からそこまで言われたら、私ももう強く言えないじゃないですか……分かりました、私からはもう何も言いません」


 先輩は俺たちの意見を聞いて折れてくれた。

 俺は立ち上がり、体のあちこちを触って怪我の位置を確認する。

 あー、むき出しになってた腕の擦り傷が多いな……多分、膝も若干擦りむいてるかもしらない。

 あれだ。今は痛くないけど、怪我を目で見て認識した瞬間痛みがくるやつ。


「あ、あの……お兄さん。助けてくれて……ありがとう、ございます……」

「ん? ああ、俺も咄嗟に体が動いただけだから。本当にどこも怪我とかしてないか?」

「は、はい。お陰様で……。しょーや、これ」

「婚姻届け? これを僕に?」


 つっかえつっかえになりながらも、彩音ちゃんはお礼の言葉を口にして、翔也に婚姻届けを手渡した。


「うん。もうわたしには必要のない物だから……捨ててもいいよ」

「……そっか。ごめんね」

「ううん、わたしが悪かったのは……もう、分かったから」


 実際の年齢は聞いてないけど、小学5年生にしては大人びて聞き分けのいい子なことは間違いないと思う。

 恋愛絡みというか、昔からよく遊んでくれていた憧れの従妹の兄ちゃんが別の人に取られそうになって意地になってただけなのかもしれないな。


 合法幼女VS違法幼女の修羅場に巻き込まれて、大分体を張ったけど、無事に収束しそうで良かった。

 はあ……本当に疲れた。


◇◇◇


 次の日。

 昨日のアクション映画染みた動きのお陰で、普段使わない筋肉を使ったのか、見事によく分からない部位が筋肉痛になった俺は、ソファに体を沈めて体を休めていた。

 ちなみに、例の変態後輩は今日は午前中は部活の助っ人に行っている。

 多分そろそろ時間的に帰ってきてもおかしくないはずだ。

 時間を確認する為に、時計を見上げた瞬間、来客を告げるインターフォンが軽やかに鳴り響いた。


「奏多……じゃ、ないよな。自分家のインターフォンを鳴らすわけないし。はーい、今出まーす」


 どうせ宅配便か何かだろうと、インターフォンに付いているカメラを確認せずに扉を開けた。

 すると、腹部に何かが勢いよくしがみついてくるような感触がして、数歩ほどたたらを踏んで下がることになってしまった。


「お兄さん、会いたかった……!」

「って彩音ちゃん!? どうしてここに!?」


 しがみついてきた物体の正体は、翔也の従妹である彩音ちゃんだった。

 予想外の来訪者すぎて、戸惑いを隠せない。


「しょーやにお家の場所を聞いて、改めて昨日のお礼をしに来たの……!」


 俺に抱き着いたまま、きらきらとした目で見上げてくる彩音ちゃんに一体どういう反応をすればいいんだろうか?


「と、とりあえず昨日のあれでどこか怪我したりしてなかった?」

「うん。お兄さんのお陰……! それに、今日はお兄さんに言いたいことがあって……」

「な、なんだ?」

「あのね、わたし……お兄さんのことが好きになっちゃったみたい……!」

「……うん!?」


 え、あれ? 今、俺……告白されてる!?


「誤解の無いように言っておくと、人としてじゃなくて異性として、らいくじゃなくてらぶ」

「聞き返す前に選択肢が潰された!?」


 というか今時の小学生ってこんなにませてるのか!? 誰か教えて詳しい人!

 予想外の来訪者に予想外の展開が俺を襲い、軽くパニックになっていると、ドサッと何かが落ちる音が聞こえて、反射的にそっちを見る。


「……せ~ん~ぱ~い~? 一体どういうことなんですかぁ? わたしを差し置いて、浮気ですかぁ?」


 そこには、買い物袋を地面に落とした奏多がどす黒い何かを纏い、笑顔で立っていた。

 どうやら……幼女が修羅場を俺のところに運んできてしまったらしい。

 頬を引き攣らせた俺は、また予期せぬ修羅場に巻き込まれることになってしまった。

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