第36話 変態後輩と駆け引き

「んー……」

「どうしたの、大地?」


 放課になって、机にぐでーっとなっている俺に、翔也が話かけてきた。

 既に帰る準備が終わってるってことは、さてはこいつ今からデートだな?


「いやー……ここ数日、あいつが輪にかけておかしいんだよ」

「奇行に慣れてるはずの大地がここまで悩むなんて相当のことだね。何があったの?」


 同棲生活を始めてから、早くも2ヶ月が経って、あの変態の言動にも言いたくはないけど慣れてきて、それでもここ数日の態度には疑問を禁じ得ない。

 

「なんていうか、冷めてるっていうか……べたべたしてこないんだよ」


 そう。ここ数日の奏多は俺に対してどこか冷たいというか、ベッドに潜り込んでくることもしない。

 やられたらやられたで対処に困るけど、そういうことをしていた奴が急に大人しくなるとそれはそれで不気味なわけで……。


「なるほど……それは気になるね。傍で見てても奏多さんの大地好き好き感はよく分かるし」

「いや、何もないならないでいいんだけど……あいつ絶対なんか裏があるような気がするんだよ」


 奏多司という女子はそういう奴だ。

 

「翔也くーん、帰りましょう」

「あ、ごめんね。真穂ちゃん。ちょっと大地の相談に乗ってたから」

「相談ですか?」


 翔也を迎えにきた咲良先輩が小動物みたいに首を傾げた。翔也はそんな先輩の様子を見て、悶えている。

 そのまま成仏すればいいのに。


「はい。なんか最近奏多の様子がおかしいんですよ」


 さっき翔也に話したまま、先輩に伝えると、咲良先輩は腕を組んでむーんと唸り出す。

 一々悶えてんじゃねえよ翔也。


「それって……多分これじゃないですかね?」

「これ?」


 咲良先輩が鞄から取り出した雑誌を見る。

 そこに書かれていたのは……。


「恋の駆け引き、押してダメなら引いてみろ……? あぁ、絶対これだ」


 自惚れるようであれだけど、あいつが俺のことを好き好き言ってるのは学校中に知れ渡ってしまっているし、これ以上ないほどの理由だった。


「小癪なことしてんじゃねえよ」

「まぁ、理由が分かって良かったね。じゃあ、僕たちはデートに行くから」

「それでは雨宮君。また」


 ロリコンとストーカーのカップルは心底幸せそうに教室を出て行った。

 なんだか猛烈にコーヒーが飲みたい。

 顔を顰めながら、鞄を持って立ち上がると、視界の端に馴染みの変態が映った。


 ……馴染みの変態ってなんだよ。意味分かんねえよ、分かりたくもねえよ。

 

 脳内で自分にツッコミを入れながら、変態のいる方に歩いて行き――


「……」


 ――特に話しかけることもなくそのままスルーして、立ち去ろうとしたら後ろから鞄を掴まれた。

 チッ、ダメだったか。


「どうして無視して行こうとするんですかぁ!」


 嫌々振り向くと、そこには見た目だけならやたらと可愛い馴染みのある変態が頬を膨らませて俺を睨んでいた。

 だから馴染みのある変態ってなんだよ。


「いや、俺からお前に話しかける理由がなかったし」

「だからって無視して行くことないじゃないですか! あ、さてはせんぱい照れてるんですねそうなんですね?」

「はいはいウザいウザい」


 まとわり付いてくる馴染みの変態を……それはもういいか、奏多を適当にあしらいながら廊下を歩く。


「それにお前、最近俺に必要以上に関わらないようにしてただろ」

「確かに押してダメなら引いてみろ実践中でしたけども! せんぱいから無視されるとわたしの心が痛いんですよぉ! 具体的にはこの場で脱ぎたくなるぐらいに!」

「それは俺の頭が痛くなるから是非やめてくれ。というかやっぱりそんなことだったのかよ」


 どうして俺から無視されると服を脱ぎたくなるのかについては永遠に分からないだろうけど、実は翔也と先輩に相談する前から理由については大体分かっていた。


「それで、どうでした?」

「何が?」

「ドキドキしましたか?」


 奏多の問いかけに対して、少しだけ歩を緩めながら返事を考える。

 ドキドキしたか、か……。


「ま、確かにドキドキはしたな」

「マジですかっ!? 効果ありですか!」

「あぁ。何かロクでもないこと企んでいて、何かをやらかされるんだろうなと思ったら嫌なドキドキが止まらなかった」

「なんでですかぁ!」


 隣でぎゃんぎゃんと騒ぐ奏多を無視して、歩く速度を元に戻して、下駄箱を目指す。

 あー……ここ最近大人しかったせいで、このうるささに懐かしさと安心感を感じてしまう自分がすげえ嫌だ。


 そう言った意味では、奏多の押してダメなら引いてみろ作戦も成功って言えるかもしれないな。

 調子に乗るから絶対言ってやらんけど。


「待ってくださいよぉ、せんぱぁい!」

「抱き着くな! 暑い! ウザい!」


 やっぱ前言撤回。

 こいつは少しぐらい大人しい方が、いいに決まってる。

 今日からまたベッドに潜り込まれる日常が戻ってくると思うと、頭痛がして仕方がない。


 やっぱ今からでもバイトして、部屋借りて1人暮らしして……。


「バイトもさせませんし、部屋借りて1人暮らしなんてもってのほかですからね? せんぱい」

「ナチュラルに俺の思考を!?」


 変態は今日も安定に行動も発言も変態だった。

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