第15話 ロリコンとストーカーの恋路

「……翔也」


 立ったまま俯いて動かない翔也に声をかけると、緩慢な動作で俺を見る。

 その顔にさっきまでの楽しそうな笑顔は影も形もなかった。


「……見てたのかい? あまりいい趣味とは言えないな」

「悪いな、たまたまお前らが歩いてるのが見えたから、後半ぐらいしか見てないけどな」


 俺は先輩が走って行った道を見る。


「……咲良、泣いてたな」

「……………………………………ああ」


 長い沈黙の末に、翔也はようやく返事をした。

 それはよく耳を澄ませないと小さすぎて聞こえないほどのものだったけど。


「単刀直入に聞く。お前、どうして咲良を振ったんだ?」


 翔也は俺の問いに再び沈黙してしまった。

 ……そうかい、お前が答えないって言うなら……俺が言ってやる。

 

「――まさか、本当に自分がロリコンだから付き合えないなんて言ったんじゃねえだろうな?」

「……そうとしか、言い様がないだろ。……ぐっ!?」


 その言葉が発せられた瞬間、俺は翔也の胸ぐらを掴み、フェンスに叩き付けるように押しつけた。


「何ふざけたこと言ってんだてめえ! 自分が何をしたのか分かってんのか!?」

「……」


 翔也は何も答えず、ただ唇を噛み締めた。

 

「お前はロリコンだから、12歳以上は恋愛対象に見られないから……そんな理由で咲良の真剣な気持ちを踏みにじったんだぞ!?」

「そんなことは分かってるさ! だからこそ、真穂ちゃんの真剣な気持ちに僕が答えられるわけがないんだよ!」


 翔也は俺の手を振り払い、睨むように空を見る。

 

「真穂ちゃんが本気で僕の事を好きだっていうことなんか、痛いほどに伝わってきたよ……」

「だったら!」

「そんな本気の想いに……小さい子が好きだから、告白されたから恋愛感情を抱いてないけど付き合おうなんてこと出来るわけないだろ!」


 ……こいつ、そんなこと思って答えを出したのか?

 告白されたけど、相手の気持ちが真剣だと気付いてしまって……自分の中に恋愛感情があるか分からない以上、気軽に付き合うことは出来ないと?


「……はぁ。ひとまず、ただロリコンだから恋愛対象外なんて理由で振ったんじゃなくてホッとしたよ」

「ははっ……もしそうだったとしたら?」

「迷いなくそのイケメンフェイスをぶん殴ってた」

「手厳しいね……」


 近場にあった自販機まで歩いて行って、飲み物を2本購入して1本を翔也に放る。

 危なげなく片手キャッチを披露してみせた翔也は一気に半分ほど飲み干して見せた。


「ふぅ。久しぶりにあんなに叫んだから喉が痛いな」

「悪かったよ。いきなり胸ぐら掴んだりして」

「いや、僕が誤解されるような性癖をしてるのが悪いんだから」

「それもそうだな」


 ……ついでに言えば、もう1つ気がかりな事がある。


「お前、ちゃんと振った理由について咲良に言ったか?」

「……いや、僕もいきなり告白されてテンパってたから……どう言ったかよく覚えてないけど、多分言ってない」

「やっぱお前1発殴らせろ」


 このロリコン野郎……! 今最大級にやっちゃいけないことやりやがったな!?


「……どうしよう、大地」

「そんなもん呼んでもう1回ちゃんと話すしかないだろ?」

「さっきの今で……真穂ちゃん僕の呼びかけに答えてくれると思うかい?」

「……」

「そこで黙らないでよ! 益々不安になるじゃないか!」

「知るか! 元はと言えばお前がちゃんとしなかったのが悪い! そもそも昨日あんなに楽しそうにデートのプランを考案してたやつが好きかどうか分からないなんて言うなよ!」


 公園内でぎゃいぎゃいと高2男子2人で騒いでいると、スマホが震えた。

 ……奏多?


『もしもし? せんぱい?』

『おう、どうした?』

『さくら先輩を捕まえたんですけど……さっきの公園に戻ればいいんですかねぇ?』


 あっけらかんと言ってのける奏多に、唖然としてしまった。

 ……え? 俺こいつに帰れとしか言ってないよね? もしかして俺が何をやるかを判断して独断で咲良先輩を追ったってこと? ……有能すぎない?


『せんぱぁい?』

『お、おう悪い。さっきの公園に連れてきてくれると助かる』

『らじゃー、ですっ♪』


 スマホをポケットにしまって、翔也に今から咲良先輩が戻ってくるということを伝えた。


「……流石、大地のことに関して……奏多さんの右に出る者はいないって感じだね」

「怖すぎるんだけど……もはや勘とかそういうのを超越してない?」


 やはり、変態か……。


「……翔也」

「……どうしたんだい、大地?」


 咲良先輩が来る前に、確認しておきたいことがある。

 

 ――それは……。


「お前、咲良と一緒にいて楽しいか?」

「うん。それはもちろんだよ。僕がロリコンってことを差し引いても、すごく魅力的な女性だ」

「これはデートって言えるか分からないけど……今日のデート、楽しかったか?」

「もちろん。僕がロリコンじゃなければ、とっくに僕から告白していたと思うよ。まだ知り合って1週間も経ってないのに、不思議だね。まるで僕の好みを全て知られてるみたいだよ」


 そりゃ、あの人お前のストーカーだし……1年以上かけたストーカーのおかげで、大体の好みは把握しちゃってるんだろうよ。


 ……それは口が裂けても言えないけど。


 ま、あとは翔也がちゃんとそれを先輩に伝えるだけだよな。


◇◇◇


 数分後、目を赤く腫らした咲良先輩と、俺を視界に入れるなりピースサインをして見せた奏多が公園に姿を現した。


「真穂ちゃん……その、僕は……」

「翔……也……君。さっきは驚かせてしまって……ごめんなさい……迷、惑でしたよね?」


 咲良先輩はまた泣きじゃくり始めてしまった。


「ご、ごめんなさい……泣いていたら、翔也君がもっと困ってしまいます……! すぐに、泣き止みますから……! また、翔也君に……迷惑をかけてしまいますから……!」

「ち、違うんだ! 真穂ちゃん! 真穂ちゃんの気持ちは嬉しかった! 迷惑なわけがない! 今日だってすごく楽しかったんだ!」

「……え?」


 翔也の言葉に、咲良先輩はその大きな目を更に大きく、丸くして……翔也を見上げた。


「さっきの言葉には続きがあって……その、いきなり告白されたせいで、頭が真っ白になって伝える事が……出来なかったんだよ」

「……翔也君?」


 1歩1歩、翔也が確実に咲良先輩に近づいていく。

 俺と奏多は固唾を飲んで見守り続ける。


「真穂ちゃんの真剣な気持ちはすごく嬉しいよ。だからこそ、まだ好きだって断言出来ないし中途半端な気持ちの僕が、その気持ちに応えることが出来ないんだ」

「……はい」


 翔也は言葉を選ぶように、視線を宙に彷徨わせ始める。

 自分が今、1番言うべき事を……伝えるべき事を考えているんだと思う。


「……僕は、ロリコンだから……すぐに真穂ちゃんの気持ちに応えることは難しいかもしれない」

「…………」


 咲良先輩は涙で目を潤ませたまま、ジッと翔也の言葉の続きを待つ。

 

「――でも、もし……僕が、真穂ちゃんのことを好きだと思えたその時は……改めて僕から告白するよ! こういう言い方は卑怯かもしれないけど、それまで待っててくれるかい?」

「……嫌です」

「えぇ!?」


 えぇ!? 翔也振られた!? いや、そんなわけないよな!?


「待ってるだけなんて、そんなの嫌です! 私からもガンガン攻めて、翔也君が1日でも早く告白してくれるようにアプローチをかけていきますから……覚悟してくださいねっ!」


 びしっと、人差し指を翔也に突きつけて、咲良先輩は笑った。

 ……そして、自分が何を言ったのかを理解して、すぐに顔を真っ赤にしてしまった。


「……ははっ。真穂ちゃんには適わないなぁ……大地」

「……なんだよ?」


 手招きをされ、俺は翔也の元に近寄った。


「ありがとう。大地がいなかったら、きっと僕はとんでもないことをしでかしていた」

「……気にすんな。俺もたまたま通りがかっただけだったし」


 まあ、どうせ遅かれ早かれ情報が回ってきてたと思うけど。

 ……あ? 耳貸せってことか?


「まだ何かあるのか?」

「うん。僕にあんなこと言ったからには、大地も変態だからなんて理由で遠ざけてないで、奏多さんとちゃんと向き合ってあげなよ?」

「……………………善処することを前向きに検討しておく」


 わざわざ小声でそんなこと言ってくんなよ。


「あの、翔也君……もう1つ、伝えておきたいことが……」

「ん? なんだい?」

「……私のこと、嫌いになりませんか?」

「あははっ、さっきの今で嫌いになるわけないじゃないか!」


 翔也の笑顔にホッとした顔をして、咲良先輩は深呼吸をして、微笑んだ。


「私が後輩だって言うのは……嘘ですっ♪」

「……………………………………………へ?」

「私、今年で18になりますっ♪ 約束しましたよね? 嫌いにならないって!」


 先輩のカミングアウトに、翔也は固まってしまった。

 ま、そりゃそうなるよな。


「じゃ、俺たちは帰るな。奏多、帰るぞ」

「はーいっ! ではっ!」

「だ、大地!? 待ってくれ! 説明を求める!」


 翔也が何か叫んでいた気がしたが、俺と奏多は公園を後にした。


×××


「よかったですねー、お2人が上手くいきそうで」

「……そうだな。これからの翔也次第だけどな」


 年上の合法ロリという事実をちゃんと受け止められるかが問題だけど。

 夕暮れというよりは、もう夜に近い空の下を、俺たちは並んで歩く。


「それにしても……お前よくお前咲良先輩を連れてきたよな」

「せんぱいがろりこん先輩の所に行った時点で、なんとなくそうした方がいいのかなって思いまして! あ、褒めてくれてもいいんですよ! えっへん!」


 ……ま、そうだな。

 今回はこいつがいたお陰で迅速に解決することが出来たんだし……。


「……よくやってくれたな」

「ふぇっ!? せ、せ、せんぱいっ!?」


 俺は感謝の言葉を述べて、奏多の頭を軽く撫でる。

 亜麻色の髪の毛はさらさらで、いつまでも触っていたいようなそんな手触りだった。


「ど、どうしたんですか!? あ、いやもちろん嬉しいんですけど! 遂にホテルですか、初夜ですかっ!?」

「話が飛躍しすぎだ! ……ただ、今回はこれぐらいはしてやってもいいかもなって思っただけだからな!」

「せんぱぁいっ! 大好きですっ! さあ、ろりこん先輩たちに負けないようにわたしたちもイチャイチャしましょう!」

「だぁっ!? くっつくな! 調子に乗るなぁ!」


 波乱続きだったし、めちゃくちゃ濃いGWだったけど……そんな感じで、俺たちのGWは終わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る