第12話 変態とアホとGW3日目

「せん……ぱい……」

「お兄ちゃん……くぅ……くぅ……」

「……暑い、ってか狭い……」


 雫は結局俺の家……というよりも奏多の家だけど、泊まって一晩を過ごした。

 俺がツッコミを放棄したあとも、2人で風呂に入って競り合い、風呂から出て髪を乾かしあいながら競り合い、俺が部屋に戻っても付いてきて競り合い……1週回ってお前ら仲良しだろ。


 そして、当たり前のように俺のベッドの両隣に潜り込んできて、そのまま眠りに落ちた。

 そのせいで俺は相も変わらず全裸の変態と、涎を垂らしてアホ面をさらしているアホの妹に挟まれて寝ることになってしまった。


 ……え? 抵抗? 眠いのにわざわざツッコミをする気力なんて湧かなかった。


「動けねえ……」


 俺の両腕は現在進行形で変態とアホの抱き枕にされているので、下手に動かせば変なところに当たりそうで動かせない。

 ……いや、奏多サイドに至ってはこいつが全裸なせいで肘が既に胸に当たってんだけど。 

 ……雫は……まあ、その……頑張れ。


「とりあえず雫の方から抜け出せばいいか……」


 こいつの残念ボディに触れたところで全く興奮しないし。そもそも実妹で興奮なんかするかよ。

 奏多の体に触れないように手を抜き取り、雫の方に体を寄せて体を起こして、そっとベッドから下りた。


「……おはようございまぁす」

「起きてたのか?」

「はい、割と前から。あわよくば襲ってくれないかと期待していました」

「襲うか! 妹もいる前で!」

「……つまり、2人きりになったら……ごくり……」

「ごくりじゃねえ……そもそも俺にその気があったらとっくに襲ってるっての」


 いつも部屋に2人でいて、全裸でベッドに入ってきてるのに襲ってない俺の理性を褒めてほしい。理性耐久の種目がオリンピックにあれば金メダル狙えると思う。


「むー……せんぱいはわたしの何が不満なんですか?」

「強いて言うなら変態なところ」

「男の子ってえっちな女の子が好きなんじゃないんですか?」

「ええい、やめい! 胸を寄せるな谷間を強調するな!」

「なるほどぉ……効果はあるみたいですね」


 そりゃあるに決まってる。思春期の高校生男子の性への興味の強さを舐めるなよ? 

 でも、それ以上に性欲への抑止力となってるのが童貞ということ。

 童貞はそもそも異性に対してがっつくことが出来ない。

 逆に言えば、一線を1度でも越えてしまえば、味を占めて、セックスへの敷居が下がり行為をすること自体に何の抵抗も感じなくなるだろうな。


「せんぱいがもし、女の子にすぐ手を出すような軽薄な人だったら、そもそもわたしは一緒に住んでいないと思いますし……そんなせんぱいが好きなので、わたしは体を許してるんですよぉ」


 寝起き特有のとろんとした目をして、更に締まりのない笑顔でほにゃりと笑う奏多。

 

「……いいから早く服着ろ」

「わぷっ。もうっ、投げないでくださいってばぁ」


 床に落ちていた服と、下着を奏多に向かって下投げで放ると奏多の頭に当たってパサリと落ちた。

 危なかった……正直、今の笑い方はちょっとグッときた。


「あとそこのアホを起こしてくれ。涎で布団が浸食される前に」

「りょうかいですっ」


 俺はその間に飯でも用意しとくか……今日はちょっと忙しくなりそうだからな。

 どうせ雫が遊びに行きたいって言い出して、奏多もそれに便乗して、俺が引っ張り回される展開になるんだろ? 俺は知ってるからな?


 ――はい、振り回されました。


◇◇◇


「やだっ! 雫やっぱり大阪に帰りたくないよ、どうにかしてよお兄ちゃん!」

「悪いな妹よ。お兄ちゃん未来から来た自称ネコ型のあいつじゃないからどうにも出来ん」

「そんなことないよっ! 雫はお兄ちゃんを信じてる!」

「そんな信頼ドブに捨ててしまえ」


 雫の提案で俺は予想通り、外に連れ出され振り回されることになった。

 奏多1人でも手を焼くっていうのに……どうして雫の世話まで焼かないといけないんだ……。


 そして、案の定……雫は家に帰りたくないと駄々をこね始めてしまった。

 まあ親父の転勤でこっちにいる友達と離ればなれになってるわけだし、俺もいなくて寂しいのかもしれない。


「司さん! お部屋余ってるなら雫を住まわせてよぉ!」

「え? 嫌ですけど……せんぱいとのスイートタイムが無くなりますし」

「元々そんな時間なかっただろ……こっちに住むなんてそれこそ親父が絶対に許さないって」

「家出して徹底的に抗戦するよ! お母さんに教えてもらった切り札を使って!」

「切り札?」


 親父用の? 何それ俺も知りたい。


「最近お父さんべたべたしてきてキモいし、なんかちょっと臭うよって言えば1発だってお母さんが言ってたよ!」

「やめとこう。確かに1発で親父の命を刈り取りかねない」


 なんてえげつない事を教えてんだ……もしかして、母さん父さんのこと何かしら恨んでたりする? え? 俺今離婚までの過程に関わってんの?

 もしかして親父が隠してたエロ本の存在でもバレたのか?


「いいから帰っとけって……学校とかどうするんだよ? あと生活費とか」

「うっ……学校はやめてアルバイトしながら生きていく……とか!」

「とかじゃねえよ。お前の年齢で雇ってくれるバイトなんかないぞ」

「だったら……か、体を売って……」

「体を……? ハッ」

「ああ!? お兄ちゃんが雫の体を見て鼻で笑った!?」

「お前を相手にするなら、俺は洗濯板でも興奮できる自信があるね」


 ま、ある一定の層には需要あるかもだけどな。


「せんぱい! 見るならわたしの体を見てください!」

「やめろ脱ごうとするな! 天下の往来で何しでかそうとしてんだ!?」

「誰かに見られるかもと思うと……やっぱりちょっと興奮しますねぇ」

「クソッ! こいつ露出もいけちゃう口か!? なんて守備範囲してやがる!?」

 

 こいつはいつも俺の予想を悪い方向に裏切ってくれやがる!

 ……そんなことよりも今は雫だな。

 涙目で頬を膨らませる中3の妹に向き直る。


「ほら、部屋も無いし、お金も無いだろ? 帰るしかないぞ」

「やだやだっ! だったらお兄ちゃんの部屋に住む!」

「あのなぁ……ん、親父から電話だ」


 やっぱりこれっぽちも出たくない。


『――もしもし?』

『雫は……まだか……』

『声が死にかけ!? あー、いやすまん。雫の奴、帰りたくないって言い始めてさ……』

『さては俺を亡き者にして母さんと雫でハーレムをとか考えてるんだな?』

『それあんたの考えだろ! 母親と妹でハーレムなんか作るか!』


 亡き者にとは幾度となく考えたけど!

 ……まずい、また話が脱線してる……親父を納得させ、雫を帰らせる為には……!

 

『なあ親父、雫がスマホ買ってくれるなら帰ってもいいって言ってるぞ?』

『ダメだ。彼氏なんか出来て連絡を取り合うなんてことになったらどうしてくれる? 死ぬぞ、俺が』

『知らねえよ!』

『それに家に直接電話をかけてきた男に俺が対応して虫除けが出来なくなるだろうが』

『あんた一体何やってんだ!? いい歳こいて!』


 実の親父が大人げなさ過ぎる!


『……よく考えてみろよ。雫とLINEでやり取りしたくないのか?』

『今すぐ最新機種を用意すると雫に伝えておいてくれ』

『了解、切るぞ』


 やっぱ親父は雫関連に関してはチョロすぎる。


「雫ー?」

「何? あ、雫帰らないからねっ!? お父さんに何を言われたのか知らないけど――」

「今すぐ帰ってきたら、親父が雫にスマホ買ってくれるってよ」

「わーい! 雫お家帰るぅ! お兄ちゃん、司さん! またねぇ!」


 雫は猛ダッシュで走っていった。

 ……あいつのチョロさは親父似だな、間違いない。


「せんぱい、雫ちゃんの荷物家に置きっ放しですよぉ?」

「……ほっとけ、どうせ駅まで行って切符買おうとして財布が無いことに気付いて戻ってくるから」


 数十分後、涙目の雫が家のインターフォンを鳴らしたのは言うまでもない。

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