第6話 変態後輩と登校

「せんぱいせんぱい! 見てください、かっぷるですよ!」

「ほーん、で?」


 学校に向かう途中、奏多は信号待ちのカップルを見てテンションを上げていた。

 なんで朝からそんなハイテンション? 寝起きがあれな癖して……というかカップルなんて道端のアリぐらい珍しくもなんともねえだろ。


「もうっ、わたしたちの未来の姿があそこにあるんですよ!? しっかりと目に焼き付けて参考にしましょうよ! あ、でもわたしたちがなるのは許嫁だからあれもよりもワンランク上ですね!」

「そのまま眼球が焼け落ちてしまえばいいのに。あと見知らぬカップルと張り合うな、すぐマウントを取りに行こうとするな」


 当然、俺はまともに取り合わずに学校への道を歩き続ける。

 朝から他人のイチャイチャなんか見ても気分が悪くなるか、塩を撒きたくなるだけだ。

 

「わたしたちも周りから見たらかっぷるに見えてるんですかねぇ……えへへ」

「……そうだろうな」

「あれ? せんぱい、やけに素直に認めましたね? 嬉しいですけど、どうかしたんですか?」

「どうも何も……学校に行けば嫌でも周りの男子共の呪詛が聞こえてくるからな。付き合ってるって見られてるのは確かだろ……面倒くせえ」


 同棲自体はバレてないだろうけど、いつも一緒にいて付き合ってる認定されてるのは確かだ。

 こいつが俺のクラスに顔を出す度に男子共は色めき立って、俺に対しては殺気立ってるからな。

 カッター……とか、シャベル……だとか、裏山……だとか、断片的に不穏な単語が聞こえてくるし、そろそろ俺の命は危ないかもしれない。


「それに、一々こんなところでツッコミ入れてたら1日が持たないからな。省エネは大事だ」

「せんぱいはわたしにツッコむ為にエネルギーを溜めてるんですね……なんかいやらしいです」

「よーっし、後輩! 今すぐ口を閉じようか! お前のせいで周りを歩く女子高生たちが俺の方を見て軽蔑の視線を向けてやがるからな!」


 省エネ、終了!

 自分でもこんなすぐエンジンがかかったことにびっくりだわ!


「いいんですよ! せんぱいを好意的な目で見てる女の子はわたしだけでじゅーぶんです!」

「俺がよろしくねえよ!? 流石に多方面から女子にゴミ扱いされるとかしっかり自殺することを選ぶわ!」

「そうなったらわたしは来世までせんぱいを追っていきます! 必ず幸せになりましょう!」

「世代と時空を越えてもなお俺と添い遂げる気か!?」


 やだ、この後輩マジで怖い! ヤンデレが過ぎる!


「だから諦めてわたしと許嫁になりましょうよぉー」

「断る。というか何でカップルじゃなくて許嫁なんだよ」

「んー……かっぷるだと絶対じゃないって感じがするので? だったら恋人関係と言えるものの最上位である許嫁でいいかな、と思いまして」

「許嫁だって絶対じゃないだろ」

「いえ、わたしなら絶対です。ちゃんと婚姻届を書いて、次なんて考えたくもありませんよ。結婚の約束までした男性と別れた後、どうやって人を好きになれと言うんですか?」


 こいつ恋愛に関しては本当に拘りが強いな……まあ、言わんとせんことは分かる。

 お互いに愛し合って結婚したのに、一時の気の迷いで浮気なんかする奴の気がしれんし。恋愛をその場の気分で出来る奴ほど質の悪い奴はいないな。


「というわけでせんぱい、えっちしましょう!」

「なんでだよ!? どうしてそうなった!?」

「いえ、ただわたしがそういう気分になっただけです。結婚とか恋愛の話してたらムラムラしてきちゃって」

「相変わらずどういう性癖してんだよ!? 恋バナとかする時どうするつもりだ!」

「え? それはあとでこっそりトイレに行って――」

「言わんでいい! というか言わないでくださいお願いします!」


 いくらこいつが変態でも異性のそういう事情なんか知りたくねえ! 生々しいにもほどがある!


「冗談ですよ、5割は」

「半分は本気なのかよ!?」

「あ、あんな所にちょうど良く公衆便所が……」

「うるせえ! 行くぞ!」


 ダメだこいつ早くなんとかしないと手遅れに……いやもう既に手遅れだったわ。


「……はあ。お前会話の合間合間に下ネタ挟まないと呼吸出来ないわけ?」

「我慢してると息苦しいじゃないですかぁ。これでも学校では文武両道、才色兼備の優等生の美少女で通ってるんですよぉ? ずっとそれだとストレス溜まるんですからね?」

「それは同情するけど自分で美少女だの言う自画自賛はクソうぜえ」


 事実、こいつは変態ではあるけど、その他のスペックがめちゃくちゃ高い。

 勉強も運動も両方出来る。やればこなせてしまうタイプだ。


「マジでお前がそんなスペック持ってるのが納得いかないんだけど……」

「せんぱい、変態は人に出来ないことを平然とやってのけるから、変態なんですよ?」

「変態だって自覚があるなら多少はブレーキの踏み方も覚えようか!」


 少しはそのハイスペックさを有効活用してくれ! 


「せんぱい以外の前じゃこんなこと言わないですって。TPOは大事です!」

「その気配りはとてもありがた迷惑だちくしょうが!」


 ハイスペックさをそんなとこだけに有効活用しないでくれ!

 

「……俺、絶対将来ストレスで禿げると思うんだけど、どう思う?」

「そんなせんぱいも大好きですっ!」

「ブレねえなおい!」


 家族と住んでいた時も親父のふざけた発言に翻弄され、家を離れたら今度は変態に翻弄される……なんつう人生だ。

 俺はただ、普通に恋愛して、普通に生きていきたいだけなんだけどなぁ……。

 どうやら、神様はそれすらも許してくれないらしい。


 隣で、何が楽しいのかにこにこと笑う後輩を見て、俺は今日もため息を吐いた。

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