第5話 変態後輩と俺の朝
「まーたこいつは毎朝毎朝……」
俺はいつも通り俺のベッドに潜り込んできて、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てる奏多を見て、寝ぼけ眼のままため息を吐いた。
どうせまた全裸なんだろうけど、もはやいつも通りの光景になりすぎて逆に安心感があるのがやばい。
「おいこら起きろ。起きないと遅刻するぞ」
「んー……せんぱいがキスしてくれたら起きますぅ……」
「だったらそのまま永眠してろ」
とりあえず顔を洗って……飯食って、歯を磨いてから着替えるか。
それまでにあいつが起きてなかったら……うん、置いていこう。俺も遅刻したくないし、その為には犠牲も必要だ。
「せぇんぱぁい……わたしの下着が見つかりませぇん……どこですかぁ?」
「知るか! そもそも全裸でベッドに潜り込んで来るのが悪いんだろ! バカ! せめて身体を隠してこい!」
「もー。せんぱいもいい加減慣れてくださいよぉ。まあ、そんなうぶなせんぱいが好きですけど」
「慣れてたまるか! 慣れたらそれこそ終わりだろ!」
全裸のまま平然と俺の前を横切ろうとする奏多から目を逸らして、入れ替わるように部屋に戻ると、ベッドの下に手を伸ばして直視しないように下着や衣服を軽く掴んで部屋の外に放り投げた。
……あれ? これって慣れじゃね?
「女の子の下着はもっと丁寧に扱ってくださいよー。服もー」
「だったらちゃんと服や下着を着て衣類として扱ってくださいよー」
顔洗ったら目が覚めて、変態じゃなくて普通の美少女が立ってねえかな……チッ、ダメか。変態のままだわこれ。
「おら。パンは焼いといてやるからとっとと顔洗ってこい」
「はーい。せんぱいは面倒見がいいですし、いい旦那さんになりそうですねー。わたしの」
「決めつけよくない。俺の無限の未来を1つに固定するんじゃない」
相変わらず主張が激しいことで。
しばらくすると、洗面所から顔を洗う音と、パンが焼ける匂いが漂ってきた。
コーヒーもついでに入れておいて……時間があるし、スクランブルエッグとベーコンでも焼いておくか。
奏多は朝がとにかく弱い。なので朝の家事は大体俺がやるようにしてる。
朝が弱い上に、女子はスキンケアや髪のセットがとにかく大変で時間が取られるとかなんとか。
「いい匂いですねー……わたしには劣りますけど」
「朝食と何を張り合ってんだお前。いいからとっとと食え」
「むーっ。せんぱいはわたしと食べ物の匂い、どっちが――」
「――食べ物」
「食い気味な上に負けました!?」
朝食のベーコンの匂いに勝てるわけねえだろ。最強は味噌汁だけど。今日は洋食だから用意してないだけ。
「……んー、コーンポタージュも用意しますね」
「そういう余裕あるんだったら毎朝ちゃんと起きろよ」
「せんぱいに起こしてもらうのがいいんじゃないですかー。わたしは幸せ者ですよー」
「……うっせ。俺は先に着替えてくるから」
「あ、わたしもいきます」
「来んでいい! 何しれっと一緒に出かけるみたいな感じで来ようとしてんだ! なんでマジで付いて来てんだお前!?」
コーンポタージュの用意はどうしたんだよ! 呼ぶだけ呼んでおいて用意しねえとかコーンポタージュ君にぬか喜びさせてんじゃねえよ! ……何言ってんだ、俺。疲れてるな。
「いえ、ヘアピン落としちゃったみたいで」
奏多は寝る時に前髪を止める為に星形のヘアピンを付けている。
確かにそれが頭に付いてないな……そんな外れやすい物付けて寝るなよ……。
「ほら、あったぞ」
掛け布団を捲るとあっさりと見つかった。
「わー流石せんぱいですね! わたしのことは落とし物でさえお見通し!」
「普通分かるわ! ベッドに潜り込んできてんだからベッドの上か下かに落ちてるに決まってるだろ」
「せんぱいはベッドの上と下、どっちでするのが好きですか?」
「相変わらず話題が二転三転していくな!? ……もう見つかったんだから、出てけよ。俺は今から着替えるんだからな」
そろそろ頭痛薬と胃薬を用意しておいた方がいいかもなぁ……。
頭痛をこらえながら、ため息を吐く。
「あ、お構いなく」
「俺が構うんだっての!」
「大丈夫ですよ、わたしは恥ずかしくないですから!」
「恥ずかしいのは俺! というか男の裸を見て少しの恥じらいも持たないってのはどうかと思うけどね!」
「恥ずかしがった方がせんぱいの好みなら、そうしますよ? あー。こほんっ! きゃあ! せ、せんぱい! 女の子の前でいきなり服を脱がないでくださいよ!」
「キモッ……」
おっと、思わず本音が出てしまった。
……だって、完全に演技だってのが分かるし、もうこいつのイメージが変態で固定されすぎて半端じゃない違和感がある。
「ひどいですよぉ! わたしはせんぱいの好みに合わせたいだけなのにぃー」
「いいからコーンポタージュ作るなり、着替えるなりしてこい!」
「はーい」
ようやく1人になれた……とりあえずとっとと着替えるか。
学校指定のブレザーに腕を通して、スラックスに履き替えてから朝食の匂いが充満するリビングに戻る。
「コーヒーの苦みが染みるな……さてはこれいつもの銘柄じゃないな?」
残念なことにいつも飲んでる銘柄だ。じゃあこの苦みの正体は、ああ。現実か。
苦みを足してくる嫌がらせの様な調味料だな……。
「じゃーん! お待たせしましたぁ!」
焼けたトーストにバターを塗っていると、ゆるい感じのクリーム色のセーターを着た奏多がリビングに戻ってきた。
「おい、髪。寝癖付いてる」
「じゃあご飯食べてからせんぱいが直すの手伝ってくださいよぉー」
「なんでだよ……」
「だって後ろ側直すのって大変なんですもん」
くそっ、思ったよりちゃんとした理由で何の反論も出来ねえ!
「……分かったよ」
「わぁい! せんぱい大好きですー!」
「もうそれこそ聞き飽きたからなんか特別感無くなってきたな、おい」
当初は言われる度に照れていたけど、なんかもう手のかかる妹が兄に甘えるようなもんだと思ったら流せるようになってしまった。
「いいんですよ。大好きは何度だって伝えても! それで気持ちが消えちゃうわけじゃないんですから! むしろ、言って伝えていった方がいいに決まってます!」
「……なるほどな」
ちょっと感心してしまった。なんか負けた気分だ……。
「あれ? もしかして、わたしに惚れちゃいましたか?」
「……バカ。そんな簡単に惚れるかよ。……ただ、ちょっとは見直したかもな」
「えっへへー。じゅーぶんです!」
ああ、くそ……やっぱり、負けた気分だ。
トーストを囓りながら、俺に向かってVサインをする奏多を見てしまったら何も言えなかった。
文句も何もコーヒーと一緒に飲み下した俺は、奏多の寝癖を直してやって、満面の笑みの後輩と一緒に登校するのだった。
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