第3話 後輩は変態で妹はアホ

「せーんぱいっ。お帰りなさい! わたしをご飯にしますか? わたしとお風呂にしますか? それともぉ……わ・た・し?」

「全部の選択肢にねじ込んできやがった!? 主張激しすぎんだろ!? ってか待て、お前今さらっと自分をご飯にするかどうか言ってなかったか? 3択に見せかけて実質2択じゃねえか!」


 家に帰ってきた俺を待っていたのは、満面の笑みの変態と、理不尽なほどに主張が激しい選択肢だった。

 今帰ってきたばかりなのに、外にいるより疲れたんだけど……もう面倒なんだけど。


「更に言えばおはようからお休みまでもというプランを付け加えます!」

「オールキャンセル! 俺は1人の時間を大切にしたいタイプなんだ!」

「なるほど……せんぱいは1人でするのも大事……と」

「何の話だ!?」


 いや分かりたくない! 分かってたまるか!


「まあ言っておいてなんですけど、まだご飯もお風呂も用意出来てないんですけどね」

「じゃあ何で言ったんだよ!? さっきまでの時間全部無駄じゃねえか! 返せ! 俺の時間!」


 よくよく考えればまだ16時ぐらいだし、この時間帯に飯も風呂も用意されてるわけなかったわ! ついつい反応して真面目に受け取っちまった!


「すみません、言ってみたかったもので」

「……はあ、もういいから俺は部屋でゆっくりする」

「ご一緒にわたしはいかがですかっ?」

「いらねえよ! 何ポテトもいかがですかみたいなこと言ってんだ!」


 ったく……俺が落ち着けるのは部屋で1人で本読んだりゲームしたりしてる時だけだな。


「……なんでお前俺のあと着いてくんだよ」

「だって1人になるの寂しいんですよぉ。かまってほしいんですよぉ」


 上目遣いでしおらしくなるとかずるいだろ……こいつ見た目だけはゆるふわ系で可愛いからうっかり騙されそうになるわ。


「お前そんな調子だと学校で敵だらけなんじゃないか?」

「いえ、そのあたりはしっかりとわきまえてます! 人に合わせて嫌われないようにしてますから!」


 抜かりねえな……この顔で世渡り上手とか怖すぎる。その気になればどんな男も手玉にとれそうだ。


「ふふっ」

「なんだよ? 何がおかしいんだよ?」


 何故か急に口元を押さえて笑い出した奏多を俺は訝しんだ。


「いえ、なんだかんだ言いながらも結局ちゃんと相手してくれるせんぱいは優しいなぁって思いまして!」

「それは……ほら、あれだ。お前そうでもしないとしつこいだろ」

「せんぱいのそういうとこ、だいすきですっ!」

「……バカ言ってないで、夕飯の準備進めろよ。買い物とかあるだろ」


 真正面から好きって言われるのは、変態相手でもやっぱり照れる。


「はーいっ。照れてるせんぱいも可愛いなぁ」


 聞こえてんだよ……正直、こいつが変態じゃなかったらマジで好みどストライクなのがすげえ負けた気分で釈然としねえ。

 

「風呂掃除はやっておいてやるから、買い物行ってこい」

「えー……一緒に行きましょうよぉ……せぇんぱぁい。荷物重いんですよぉ」

「分かったからくっつくな! ちょっと部屋に戻って準備してくるから待ってろ」


 わーい、と喜ぶ奏多から離れて、俺は自室に戻る。

 準備ってのは口実で、俺は心を落ち着けようとする為だけに部屋に戻ってきた。


「……悪くないとか思ってんじゃねえよ。俺は普通の恋愛がしたいんだ……あいつ変態、落ち着け俺……」


 あいつは結婚条件が付き合って即子作りを有言実行しようとするような奴だ。つうか俺だって男だから割とぐらつく時だってあんだよ。

 ……ん? なんか掛け布団の下に固い感触があるような? 気のせいか?


「………………ああ、やっぱりないわ。あれにときめくとか。気の迷いでしかないわー」


 腰掛けていたベッドの薄い掛け布団の下には、ブラとパンツが置かれていた。

 やっぱり変態は変態だな、うん。

 荷物は持つだけ持ってやるけど、一気に落ち着いたわ。


◇◇◇


「もうこんな時間か、お前先に風呂入れよ」


 夕飯を食べてからしばらく寛いでいると、いつの間にかいい時間帯になってる事に気が付いた。


「せんぱい、わたしの残り湯で何かをするならわたしと一緒に入りましょうよ」

「なんで残り湯で俺が何かをすること前提なんだよ!? 俺が先に入ったらお前何もしないって誓えるか?」

「せんぱいの使用済みの下着を拝借するのもダメですか!?」

「ダメに決まってんだろ! 背中流すとか言って乱入してくるのも無しだ!」

「ちっ、先読みされましたか」


 こいつ舌打ちしやがった……!


「いいから早く入ってこい」

「ちぇー……」

「ここで脱ぐな! 脱衣所に行け!」


 全く、油断も隙も無い……! 

 奏多が風呂に入ったことを確認した俺はようやく気を緩めることが出来た。

 どんなボケや下ネタに対してもツッコんでしまう自分の血が恨めしい。


 お、電話か。


『もしもし?』

『あ、もしもしお兄ちゃん!? 元気ー!?』


 うるさっ!? 

 あまりの爆音に思わず耳に当てたスマホを遠ざけた。


『……雫、そんなに大声じゃなくても聞こえてるから』

『お兄ちゃんと電話出来るのが嬉しくてつい!』


 俺の妹、雨宮雫あまみやしずくは……兄の俺から見ても、かなりブラコンの部類に入る無類のお兄ちゃんっ子だ。

 どこへ行くのにも着いて来ようとするし、本当は俺と離れて暮らすのも反対して親父と絶縁しかけたぐらいには、兄離れが出来ていない中学3年生。

 年齢の割に子供っぽ過ぎて将来が心配だ。


『とりあえず何の用だよ?』

『お兄ちゃんの声が聞きたかっただけ!』

『そうか。じゃあ切るな? お兄ちゃんこれからやらないといけないことがあるから』

『早いよっ! まだお兄ちゃん成分が不足してるっ! このままじゃ呼吸が出来ない!』

『お前俺の声を耳から聞いて呼吸してんのか。斬新な呼吸方法だな』


 聞いて分かる通り、我が妹はアホの子だ。それもかなりのレベルで。オリンピックがあったらメダルを狙えるほどに。


『お兄ちゃんが住んでる部屋ってどんなの? 広い? 雫が住めるスペースはある?』

『その言い方だと、まるでお前がこっちに引っ越してこようと目論んでるように聞こえるのは気のせいか?』

『雫は大マジだよ! 絶対高校はお兄ちゃんと同じとこ受けてそっちに舞い戻ってお兄ちゃんと一緒に暮らすの!』

『じゃあまずは親父の説得を頑張るんだな』


 まず受ける高校がこっちなのでダメだろ? 雫が家を出ることなんて親父が許すわけないからダメだろ? いくつ説得すればいいんだろうな?

 親父が雫を溺愛し過ぎて、未だにスマホすら持たせてもらえないからな。男と連絡を取り合えないようにだとか。


『手伝ってよぉ~! お兄ちゃ~ん!』

『無理。親父が俺の話をまともに聞くわけがない』

『うぅ~……それなら今度お兄ちゃんの部屋に遊びに行ってもーー』

「――ダメですよ」

「うわぁお!? びっくりしたぁ!」


 いつの間にか背後にバスタオル1枚を巻いただけの奏多が立っていた。

 ビックリしすぎてリアクションが下手な芸人みたいな声を上げてしまったじゃねえか。


「ねえ~、せんぱぁい。わたしを差し置いてどこの女と連絡を取ってるんですかぁ?」

「相手は妹だ! お前が思ってるようなことはなにもない!」

『お、お兄ちゃん!? 今の声、誰の!? 女の人の声だったよ!?』


 ああもう! 面倒なことになった!


『実はこの家には幽霊が取り憑いていてだな……俺は今その幽霊と暮らしてるんだ』

『そ、そうなの!? てっきり彼女かと思ったよ!』

『許嫁未満ですよー。生きてるピチピチの乙女ですよー?』

『あ、こらっ! お前!』


 余計なこと言いやがって!


『お、お母さーん! お兄ちゃんがいいなずけっていう漬物の幽霊さんと同棲してるー!』

『意味が分からないけど状況は分かる言葉がピンポイントに入ってやがる!? ええい、切るぞ!』


 騒ぎ立てる妹の声は電話を切ったことによって聞こえなくなった。

 騒ぎの元凶になった後輩に文句を言ってやろうと振り返る。


「お前なぁ……ってなんでバスタオル外してやがる! 服を着ろ! 頼むから着てください!」

「じゃあせんぱい、下着選んでもらってもいいですか?」

「じゃあって何!? そんなもん選ばせんな!」


 家族に伝わったであろう間違った情報と、目の前の変態の相手に頭痛がしてきた俺は風呂場に急いで逃げた。

 あ、着替えと下着忘れた……ちっくしょう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る