第5話 手を繋ぐ

 博物館を出ると回りは真っ暗で道路沿いには昔のガス灯の様な街灯がオレンジ色の光を 灯していた。タクシーに乗ってロープーウェイの駅に行き、ゴンドラの中から遠くに見える街の灯りを眺めながら地上に戻ると、次の仙城駅までの列車が1時間半後まで無かった。時刻表の前で彩芽さんと顔を見合わせたあと、タクシーに乗ろうと仙城浮島駅の駅舎を出ると見事なまでに何もない場所で、建物はちらほらあっても店舗は皆無だった、時間を見ると7時13分で、辺りは等間隔で設置された水銀灯が線路沿いの一本道を照らしていた。

 最初に提案したのは彩芽さんだった。

「歩いて行きます?」

「へっ?」思わぬ提案に少し驚いた。

「歩いて、行きます?」少しゆっくりと彼女は繰り返した。

「ボクは全然いいですけど、彩芽さんは寒くないでか?」

「全然大丈夫ですよ、浮島で鍛えられてますから。」と片腕を上げ力瘤を作る真似をして言った。 



 彩芽さんの提案で歩いてきたはいいが、この道は30分歩いても全く建物が見えてこなかった。辺りは静まり返っていて2人でする取り留めのない話し声と彩花さんの草履のコツコツと言う音だけが怪しいほど響いていた。彩芽さんが手を擦るのが見えた。

「寒くないですか。」

「ええ全然寒くないですよ。」とは言っていたが体を少し縮こませて歩いているのを見て私はハーフコートを脱いで彼女に掛けた。最初はびっくりした様子で「大丈夫。」と言っていたが無理やりそのままにすると。

「ごめんね。」と言って少し黙ってしまった。

少しの間無言のまま歩いてから彼女は再び口を開いた。

「歩こうなんて言ってごめんなさいね。」

「彩芽さんが謝ることなんてないですよ、ボクも行くって言ったんですから。」と言って少し静かな時間が流れた後「…手、繋ぎませんか。」と唐突に言う彩芽さんは少したじろいだ。

「でっ、でも私の手冷たいし。」

「だからですよ、手を繋いでたら少しあったかくなるから。」とボクは彩芽さんの手をぎゅっと握った。彼女の細く柔らかい手はとても冷たく私の手で温めてあげなければと思い強くにぎった。すると今まで無かった気恥ずかしさがどこからともなく襲ってきて、顔がだんだん暑くなってきた。顔を冷やそうと頭を上げると、私達が歩いている真っ直ぐ続くこの道の先にまん丸のお月様が登っていた。この幸せな時間が一生終わらなければいいのにと思った。

 結局15分ほど歩いた所で、タクシーが走ってきて。それに乗って8時過ぎに仙城駅に着いた。列車はもう無かったため、駅の近くの宿泊施設に泊まる事にした。オフシーズンなのに、大きな会社の社員研修が近くであるらしくどこも客室はいっぱいだった。

 電話帳で近くの駅の近くの宿を探すが全くなかった。公衆電話で片っ端に掛ける事8件目だった。電話越しに喋る相手は女将なのか、おばさんの声だった。

「はい、一部屋空いていますよ。」

「あの、ふた部屋用意とか出来ないですかね〜。」と電話で話していると、後ろから受話器を奪われた。びっくりして後ろを見ると奪ったのは彩芽さんんだった。一通り予約をし終わるとガチャリと受話器を戻した。

「いいんですか一緒の部屋で?」

「何言ってるんですか、列車では私の寝顔を見てるんだから今更です。」

「そうですけど。」

「ここまで迎えに来てくれるそうですよ、それにご飯も出るそうなので、楽しみましょ。ね。」

 送迎のワゴンは15分後に来た。住宅地を越えて、竹林の一本道を通りその一番奥にひっそりと建っていたのが今日泊まる旅館だった。旅館に着いたのは9時過ぎだった。大きな日本庭園がある平屋建ての旅館は、隠れ家的な高級旅館で内装は暗く落ち着いた照明でモダンなインテリアがセンス良く飾ってあった。通された部屋もモダンに統一された和風の部屋で、ガラス戸から見える庭は借景の様に部屋にマッチして見えた。

 荷物を部屋に置いて、2人で座椅子に座るとコンコンとノック音がした。「はい。」と答えると。

「お茶を持って参りました。」と言って着物を着た品のいいおばあさんが入ってきた。

「私は、この部屋を担当させていただく女将の斎藤と申します。」と言いながらお茶を卓に置いた。

「お願いします。」

「お食事はお風呂に入られてから召し上がりますか?」

「彩芽さんどうしますか。」と彩芽さんの方を見ると、足を横に崩し色っぽくうなじが開いていた。

「そうですね〜、疲れたから先にお風呂が入りたいです。」

「承知しました、では露天風呂が、ありますので、行く時はカウンターの者に部屋番号をお申し付けください。連絡を受け次第お食事と、お布団の用意をさせていただきます。」と言ってそろそろと出ていった。

 この旅館の露天風呂も食事も全て最高だった。晩酌をしながら少し寄酔った彩芽さんとの会話は特に楽しくてこのまま死んでもいいとさえ思えるほそだった。晩ご飯を食べ終わり、襖を開けると、目の前には二つの布団が寄せてひいてあった。

「彩芽さんこれ、まずいですよね。」

「大丈夫ですよ、私一輝さんの事信じてますから。」と言いながらのそのそと何気なく布団に入っていった。昨日もそうだったが彩芽さんは酔うと少し豪快で楽天的になる様だ。

「ああー、あったかい、一輝さんも早く寝たほうがいいですよ。」と言われて私も布団に入った。

布団に入ってからはしばらく沈黙が続いたが先に口を開いたのは彩芽さんの方だった。

「ねえ、一輝さんってどんな子供だったの?」

「彩芽さん酔ってます?」

「茶化さないでください、なんか知りたかっただけです。」少し真剣な感じがした。

「そうだなー、普通の地方の中流家庭だと思います。父はサラリーマンだし母は専業主婦だったし。ちょっと人と違うのは母が小学校の時に亡くなった事ですかね。」

「お母様は亡くなられたの?」

「はい、小学生の時なのであんまり覚えてませんけどね。普通すぎてあんまり面白くないでしょ。」

「そんな事は。」

「それで、普通に高校に行って 公立の大学に入って、就職をして4年目で辞めて今って感じですかね。彩芽さんはどうなんですか?」と聞くと彩芽さんは少し間を開けてから口を開いら。

「私は薩島のコシキ浮島出身で、私立の女子校に小学校から大学まで行って。それからは家事手伝いをしていました。」

「なんで一人で旅なんかしてるんですか。」

「それは秘密。」

 再び沈黙が流れた後彩芽さんが「手を繋ぎませんか?」と呟き。私は彩芽さんの手をそっと握る事で返事をした。その手はさっきとは全然違いとても暖かかった。

 また昨日と同じ夢を見た。暖かい光の中で誰かに撫でられる夢、ただ昨日と違うところがあり、何故か私は泣いていて、光の中の人は手で涙を拭いとってから何処かへ行ってしまうのだ。声を出して呼び止めたくても、声が出ない。何度も何度も試みてみてなんとか声を出すのだが、その時にはもう誰も居なくなっていて、そこで目が覚めた。 隣に寝ていた彩芽さんはどこにもいなくなっていて、昨日使った、旅館の浴衣が丁寧に折り畳まれていた。 旅館の人に確認したら彼女は朝早くに私の分までの料金を払い旅館の送迎車で出て行ってしまったそうだ。

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