第4話 浮島

 久しぶりに夢を見た、暖かい光に包まれその奥で誰かが私を見ていて、優しく頭を撫でてくれるそんな夢を。…

 目を覚ますと目の前には彩芽さんの顔があった。シートの前にしゃがんで昨日転んで怪我をした傷を優しく撫でながら。

「よく眠れたみたいね。」

「…」何も言えずに彼女をじっと見つめた。

「どうしたの?」

「あ、いや、おはようございます。」と言うと彼女は席に戻った。

「おはよう。私昨日は少し酔っちゃって迷惑とか掛けてなかったかしら。」

「そんなこと。」

「すごくよく眠っていたわね。」

「なんか久しぶりによく眠っちゃって。」と言いながら目を擦ると、おアールグレイのいい匂いがした。

「ゴメンね、私お腹がすいて先に朝食をいただいてきちゃったわ。」

「そんな、気にしないでください、ボクこそ寝過ぎちゃって。」と言いながら枕元を探りながら腕時計を見つけ10時であることを知った。

「朝ごはん終わってるか。」と呟きながら朝食の時間が9時半までである事を思い出した。

「大丈夫よ、朝食を食べにいったついでにサンドイッチを貰ってきたから。」といわれ座席の間にあるテーブルを見るとお皿の上にサランラップがかかったサンドイッチと白い魔法瓶のポット、ティーカップが置いてあった

「あ、すいません何から何まで。」と急いで体を起こした。

「そんなに気にしないで、こっちこそ色々してもらってるし。」と彩芽さんは右手を振った。

「それより朝食、食べれる?」

「はい、なんかすっごくお腹すいちゃって。」

「良かった。」と言いながら彩芽さんは、ポットから紅茶をカップに注いで私の目の前に置いて、私はそれを一口飲んだ。こんなに幸せが続いていいのだろうかと思いながらラップを開けてサンドイッチを両手で持ってにかぶりついたのを見ていた彩芽さんがこちらを見ながら「ふっふっふ。」と笑った。

「なんですか?」

「なんか可愛いなって、両手で一つのサンドイッチを食べるのが。リスみたい。」と言われ、私は少し膨れた様な顔を作り。

「見ないでくださいよ。」といって、数秒の後2人で同時に可笑しくなって笑った。

 11時27分に列車は定刻通りに仙城駅に着いた、車掌にこの駅で降りることを伝え、チケットの払い戻しができないことを確認してホームに降りた。

 浮島とは字の如く空に浮いた島で、100年ほど前に起こった戦争の最中、宮原研究所と呼ばれる特殊兵器研究所が行った怪光線の実験中に起こった事故によって発生した発見された物質による技術を使った防空気球の一種で、大きいものは直径1キロ以上にもなる巨大なものまであった。

戦争が終わり平和になると都市の近くにあった浮島は、長距離を移動するのに多くの物資と予算が必要だった為、都市の上空にあるものだけは岩石等の落下物対策として、海の上空などに移動されそれ以外にあるものは真下を立ち入り禁止にした。それから間も無くして、浮島への物資輸送が航空機から新しく作られたロープーウェイになると、富裕層の別荘が立つ様になり、避暑地の定番となった。仙城にあった浮島は国内でも有数の大きさと、富裕層の豪華な別荘が文化財になったりしているため観光地としてとても有名だった。

 仙城駅で荷物をコインロッカーに預けた。

 仙城駅から浮島までローカル線の観光列車が出ていて、二両のディーゼル車が駅の間を直通で結んでいた。時期じゃないためか列車にはお客が数えるほどしかいなかった。列車が発車して少しすると海沿いに出て海側の進行方向を見ると、遠くに巨大な岩の様なものが浮かんでるのが見えた。その上面は 遠目から見ると鬱蒼とした森があり下面は岩肌が剥き出しだった。近づくと浮島の周りに何本もの紐の様なものが垂れ下がってそのまま海の中まで繋がっているのが見えた。仙城浮島駅に着くと、垂れていた紐のようなものの中の特に細い一本が駅に直結していてロープーウェイの駅に繋がってる事がわかった。ゴンドラに乗り込むと中には浮島にある観光ホテルや温泉旅館の広告がいくつも貼ってあり中央には達磨ストーブがひとつ置いてあった。

「私、浮島出身なの。」ロープーウェイの座席に座り次第に小さくなる地上の物体を見ながら言った。

「えっ?」横に座っている彩芽さんの顔を見ようとするがよく見えない。

「勿論ここじゃないのだけれどね、。」

「もしかして彩芽さんってお金持ちだったりして。」

「実家が少しだけね。」

「何となく、そんな感じはしました。」

「どこの浮島も同じ様なものね。」

「彩芽さんってどこ出身なんですか?」

「薩島です。」

「薩島の浮島って確か大きなところがありましたね。なんて言ったかな、えっと、カシコとかコシキとかいう。」

「コシキ浮島。」

「そうそれ。」と言って彩花さんを見ると、細い指で窓ガラスの結露に何度もなぞる様に『コシキ』と書いていた。

ゴンドラが浮島に近づくにつれ紐の像がはっきりとしてきて、巨大な鎖だということが分かった。

「彩芽さん、あの紐みたいなのって鎖なんですね。」

「ええ、浮島は動かすのがとても大変だけど、それでも上空の風で少しずつ位置がズレてしまうからあんな風に、鎖を使ってつなぎとめているの。」

「へー、じゃあ鎖がな無かったら海外旅行とかもただで行けそうだ。」

「そうね、浮島も雲みたいにどこかへ行きたいと思ってるのかも。」

「そうだとしたらどこか可哀想ですね。」

「そうね。」そんなことを言う彩花さんは遠く地平線の彼方を見つめている様だった。

 地上を離れて約15分ほどで浮島にはついた。ロープーウェイの扉が圧縮空気でプシューと音をさせながら折り畳まれると、一気に寒い空気がブウォーっと入ってきてゴンドラの隅々まで空気を冷やした。浮島側の駅は瓦屋根の日本家屋で正面から見ると真ん中に観音開きのガラス戸が有り、左右両方のガラスに刷毛で書いた様な跡の達筆な金色の文字で仙城浮島と書かれていた。

ロープーウェイのプラットホームから待合所に入り少しだけストーブで暖を取った後外にでた。高度が高いので地上よりも遥かに寒く風も強かったのでハーフコートの襟を縦た。

「彩芽さんは寒くないんですか?」特に寒いそぶりを見せない彩芽さんに聞くと少しニコッとして。「浮島はどこもこんなものだからなれちゃったわ。それに風が強いから、どこの浮島も冬の移動は車が基本なの。」

 遠くから見ると鬱蒼とした森が広がっている様に見えたが、駅の周りは石畳のロータリーで、駅のタクシー乗り場には確かに何台ものタクシーが停まっていた。駅で浮島の地図をみると、浮島は中央に行くごとに標高が高くなっていて、この浮島の頂上には天体望遠鏡がある博物館になっていたので行ってみることにした。

 タクシーに乗って博物館行き料金を払う時、値段にびっくりした。初乗りなのに地上の二倍もする為だ、運転手と話をすると、浮島は燃料が高い為値段も上がるのだそうで、浮島と地上を結ぶロープウェイに車を乗せるゴンドラがあり車への給油は地上でするのが常なのだそうだ。

 博物館はかつて華族とよばれた特権階級が立てた建物で、その人物が集めた標本や資料化石などが展示してあるとパンフレットに書いてあった。煉瓦造りの左右対象で中央の最上部には天体観測用のドームがある姿の写真はパンフレットに書いてあったが。実物を見るとこの建物を建てた人物がどれだけの財力を持っていたのかを想像するのが難しい位の広大な建物だった。入り口でチケットを買い、中に入るとまた驚きだった。三方に分かれていて正面には階段があり2階につながっているが、壁の至る所に蝶や蛾、色鮮やかな昆虫や毒虫の標本が壁一面に飾られていたのだ。館内を順路に沿って行くと一部屋一部屋が大きく大量の剥製や化石、古い実験器具などが所狭しと飾られていた。彩芽さんはそれらの一つ一つを丁寧にながめ時々足を止めながら 館内を回っていた。特に彩芽さんは蝶や蛾の標本に関心があった様でよく足を止めていた。

青く輝く蝶々をじっと見てる彩芽さんに「蝶々とか好きなんですか?」と聞くとハッとこちらを向き。

「ええ、少し。とても綺麗よね、殺された後もこんな狭い箱に入れられてピンで刺されて可哀想な気がするわ。」

「そういう発想は無かったな。」

「変な事言う女だと思わないでね。」と少し上目遣いで言われてドキッとした。

そのあと再び彩芽さんは蝶々の方をじっと見た。

 その後も何時間もかけて館内を周り、ある部屋に着いた。そこはある華族の夫婦の寝室だった。部屋にある説明のフリップを読むと、その夫婦は夫人が15歳で旦那が30歳の時に許嫁同士で結婚した。夫婦は決しは決して愛情がなかったわけではなく、相性が悪かったわけでもなかった。旦那は夫人のことを深く愛していたが、ある時夫人が手首を剃刀で切りそのまま亡くなってしまったそうだ。その後の調べで夫人には結婚をする前に誓い合った相手がいたとのことだった。その事件以来、旦那は科学に没頭する様になり、50歳で亡くなるまでにこのコレクションを収集したそうだ。彩芽さんはそのフリップを真剣に読みながら。呟く様に「離婚することができない時代だったのね。」と言った。何故か話しかけるのが出来ない雰囲気を醸し出していてた。

 順路の最後は天文台のドームだった。ドームの中は薄暗く、大きく古い緑色の望遠鏡に向かって光が当てられていた。望遠鏡の周りをぐるりと回ると、外側の壁に簡素な鉄の階段が螺旋のように上がっていき半球の屋根の付け根辺りに外に出る扉がありその扉を開くと赤く滲んだ広い空と海が現れた。ドームの周りをぐるりと廻る展望台で、海とは反対側に回って行くと今度は陸の地平線の向こうに太陽が沈みかけていた。風が強く吹き付け寒いはずなのに夕日の光は心を暖かくして横にいる彩芽さんも手すりから身を乗り出して、夕日を見ていた。

 一輝さんに誘われた時から、浮島に行くのは少し気が乗らなかった。それは保守的家族との関係や子供の頃の嫌な思い出、悩みなどを思い出してしまいそうだと思ったからだった。多分一輝さんなら嫌だと言えば嫌な顔せずそうしてくれるのは想像がついたけど、彼の額の傷を見てしまうと申し訳ない気分になりつい受けてしまった。浮島の事を忘れるためにあまり得意ではないお酒を飲んだら、いつもよりうまく話が出来て、人と一緒に食事をすると言う事がこんなに楽しかった事だと思い出し、ついお酒が進んでしまった。

 でも酔いが覚めてくるとなんとなく不安になって、朝早くに起きてしまった。昨夜、シャワーを浴びてからの記憶が曖昧で、多分すぐに眠ってしまったのだと思うのだけれど、何故か布団が掛かっていて、カーテンも閉められていた。カーテンを開けると、目の前には一輝さんが本を持ったまま眠っていて読みながら子供みたいに眠ったのだろう。何故か私は彼を見ていると落ち着いた、久しぶりに感じた男の匂いは嫌な気がせず、彼の顔は何故かずっと見ていられた。朝日に照らされた彼の頭を撫でながら昨日怪我した傷跡を触れた。彼のために朝食を食堂まで取りに行き、戻ってきてもまだ眠っていた。いつのまにか彼の横にしゃがんでいて瞬く間に時間が過ぎていた。彼は目を覚ましサンドイッチを食べる姿までの全てが愛おしいかった。でもやっぱり浮島にくると少し気分は沈んだ、博物館の主人だった人のお話も全部暗く見えた。でもあの景色で、彼のあの喜んだ顔と夕焼け空で全ての私の懸念は全て吹き飛んだ気がした。でも忘れてはいけない、彼を好きになればなるほど別れが辛くなると言う事を。

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