彼女の初登校と春休み

 四月八日。

 今日は入学式の次の日。

 今日からちゃんと授業がある。


 今日から高校一年生。私は真新しい制服に身を包んで朝食を食べていた。

 トーストにジャム、コンソメスープとサラダ、私はやっぱり朝は洋風のものに限ると思う。


 今日から学校が始まるということもあって私は少し浮き立っていた。理由はそれだけじゃないんだけど。

 

 今日から私は幼馴染の春樹──ハル兄と同じ高校に通う。だから今日は一緒に登校する約束をしてるんだ。


 私は朝食を食べ終えて、準備をする。



  ***



 私は約束の時間ピッタリに家を出た。

 本当はもう少し早く出るつもりだったけど、思いのほか準備に時間がかかってしまった。


 エレベーターを降りると、エントランスの外にハル兄が立っているのが見えた。


 待たせちゃったかな? 急ご!


 ハル兄を見つけて嬉しくなった私はまだマンションのなかなのに小走りになる。

 エントランスを抜けて、ハル兄に手を振る。


「お待たせ~! ごめん! 遅れちゃって!」


 ハル兄は手を振り返してくれる。

 恥ずかしいのかな? 控えめに振ってるのかわいいなぁ。


「いや、俺が早く来すぎただけだから」


 ハル兄はそう言ってくれる。ふふ、やっぱり優しいなぁ。

 ……おっと、そうそう感想を聞かないと。


「春樹さん春樹さん。私の制服姿を見て何かご感想は?」


 私はくるっと回りながらそう言ってみせる。


 今日ハル兄に制服姿を見せるために、今まで絶対着てるとこハル兄に見つからないようにしてたのです! 私偉い!


「え、あ、いやちょっ」


 ……? ハル兄の反応が予想と違う。

 普通に「かわいい」って言ってくれると思ったのに、なんかやけに顔が赤いぞ?


「どしたの? そんなに顔真っ赤にしちゃって?」


 私が聞くと、ハル兄は目を逸らしながら言う。


「……いや、スカート、短い。……パンツ、見えてる」


 ………………へ? 嘘!? そんなはず! ちゃんと見えないように折ってきたのに! あ、回ったからだ! うわ! 私のバカ!

 あーもう恥ずかしい! 何やってんの私!


 私は急いでスカートを押さえる。多分もう手遅れだけど。


 私はしばらく恥ずかしさが抜けず、その場で固まっていた。

 


  ***



 その後、しばらくしてなんとか落ち着きを取り戻したものの、やっぱりまだ少し恥ずかしい。

 それと、なんでさっきから一言も喋らないの? 気まずい……。

 そんなことを思っていたら、ハル兄がやっと口を開く。


「桜、綺麗だよな」


 !? ……!? 突然何言ってるのこの人! 綺麗だなんて!


 私がハル兄を見上げていると、ハル兄がこちらを向いて目が合った。

 私は思わず目を背ける。そして気づく。

 桜って花のことだ! 確かに満開で綺麗だけどさ……!


 私は文句を言ってやろうと口を開く。けど文句が出てこなかった。


「そそ、そうだね! 『桜』ね! 花ね! 綺麗だよね! うん!」


 気が動転して、すっごい早口になってしまった。

 落ち着け、私。ほら、深呼吸。


 …………よし、落ち着いた。


 ああ、ダメだダメだ。ハル兄には好きな人がいるんだから。変に期待して喜んでも私が好きな訳じゃないんだから……。


 私は春休みのことを思い出す。



  ***





 その日は私の両親もハル兄の両親も夜遅くまで仕事で、せっかくだからハル兄と一緒にいたかった私は、一人は嫌だと言ってハル兄の家で夕食を食べていた。


 そして、夕食を食べ終わった後、リビングでくつろぐ私にハル兄が声をかけた。

 そして真剣な面持ちで言った。


「なあ桜。実はさ、俺、好きな人がいるんだ。…………俺、その人のことがずっと好きだったんだ。いつも元気いっぱいで一生懸命なとことかさ、すっげぇ……好きなんだ」


 …………? ハル兄に? 好きな人?


 訳が分からなかった。だって今までそんな話聞いたことがなかったから。


 てことは、私、失恋した? あれ、おかしいな? 告白もしてないのに? あはは、おかしいな……?


 私はこぼれそうな涙を我慢して笑顔をつくる。


「そっ、か……。……うん、がんばって告白してね。私、応援してるから」


 そして、もうこの際だ、と私の思いを告げることにした。


「だ、だからさ……俺と──」


 ハル兄はなにか言おうとしてたけど、これ以上聞くと絶対涙が溢れてしまうと思った。

 だから、話を遮って自分の話を続けた。


「──私もさ、好きな人がいるんだ」


 もちろん、ハル兄のことだ。

 ハル兄の顔を見ると泣いてしまうと思ったから、私は俯いたままで話す。


「私もさ、長い間ずっとその人のことが好きでさ。優しいとことか大好きでさ。うん……ずっと、ずっと好きだったんだ」


 ああ。多分伝わってないけど、言えて良かった。私はこれで満足。

 私は精一杯の笑顔を作ってハル兄に笑いかけた。



  ***



 けど、私はあの後考えを改めたんだ。ハル兄のあの言い方じゃまだ告白していない様子だった。

 なら、ハル兄が告白する前に私がその人より魅力的になってハル兄を惚れさせればいいんだ!


 私は誰よりハル兄と一緒にいる。だから、ハル兄の好みくらい知ってる。

 それをできるように磨いていこう。

 ハル兄を惚れさせるんだ! 自分磨きをがんばって!


 私はそう心に決め、ハル兄のとなりを歩いた。

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