彼の初登校と春休み

 四月八日。

 今日は春休みが終わって二日目。

 今日から本格的に学校が始まろうという日だ。


 今日から高校二年生。俺は着慣れた制服に身を包み、朝食を食べていた。

 米に味噌汁、卵焼き、とこれぞ和、といった朝食。

 別段変わったことはない。しかし今日、俺は少し浮き立っていた。

 なぜなら、今日から一つ年下の幼馴染──桜が同じ高校に通うからだ。



 俺と桜は同じマンションに住んでいて、俺の住んでいる部屋の上に桜が住んでいる。

 家が近い、と言っていいのか分からないが、まあ近かったため昔から仲が良かった。



 今日から同じ高校に通うということで、一緒に登校する約束をしていたのだ。

 俺はさっさと朝食を食べ終え、準備をする。

 時計を確認すると、まだ約束の時間には少し早かった。


 早い分にはいいだろ。もう行くか。


 俺はかばんを手に持ち、家を出た。



  ***



 マンションを出た先で十分ほど待っていると、桜が走って来るのが見えた。

 トコトコという効果音がつきそうなかわいい走りだった。

 そして、笑顔で手を振ってくる。


 手を振られたら振り返すべきだよなぁ。

 でも男子高校生が思いっきり手振るのって抵抗あるよなぁ。

 

 俺はそう思い、胸の辺りで小さく手を振った。


 桜は嬉しそうな顔でこちらまで来ると、


「お待たせ~! ごめん! 遅れちゃって!」


 そう謝ってくる。約束の時間ピッタリなのに。


「いや、俺が早く来すぎただけだから」


 俺の言葉に桜は微笑む。

 かと思うと、その顔ににやにやと少しいじわるそうな顔を浮かべた。

 そして、桜はくるっとまわりながら聞いてくる。


「春樹さん春樹さん。私の制服姿を見てなにかご感想は?」


「え、あ、いやちょっ」


 桜さん! パンツ! パンツ見えてる!


 桜はスカートを短く折っていて、回った拍子にパンツが見えていた。

 ……シマシマのだった。

 俺は顔が熱くなるのを感じる。


 本人は見えていたのに気づいていないらしく、きょとんとした顔をしていた。


「どしたの? そんなの顔真っ赤にしちゃって?」


 良くない! そういう無自覚なの!

 俺は上擦った声で言う。


「……いや、スカート、短い。……パンツ、見えてる」


 俺がそう言うと、桜は頭にはてなを浮かべた後、真っ赤に顔を染めてスカートを押さえた。



 ああもう! 無防備すぎだろ! かわいいんだけど! てか俺を殺す気か! 殺す気だろ! 女の子なんだから気をつけろよそういうの!



 俺はしばらく頭が回らず、その場で固まっていた。




  ***




 あの後、しばらくしてある程度心は落ち着いたものの、まだ少し時間がいりそうだ。

 それと、さっきから無言なのが辛い。

 俺は深呼吸をして、なんとか話を繋ごうと口を開く。


「桜、綺麗だよな」


 今、俺たち二人は並んで川沿いを歩いている。

 俺たちの通う高校は比較的家から近い。自転車か徒歩かと言われればギリギリ徒歩を選ぶくらいの距離。

 川沿いには桜がたくさん植えられていて、満開に咲き誇っていた。

 綺麗に咲き誇る桜は、『春』という感じがして好きだ。


 となりを歩く桜に目を移すと、ばっと目を背けられた。

 かと思うと早口でまくし立てるように言ってきた。


「そそ、そうだね! 『桜』ね! 花ね! 綺麗だよね! うん!」


 ……? なんだ? なんかおかしいこと言ったか?

 俺は少し考え、自分の過ちに気づく。

 桜が綺麗、だけだと花の『桜』じゃないようにも取れる!

 あー何やってんだ! 俺! バカか! バカだわ俺! やってしまった……! あーもう……!




 ……一通り後悔した後、ため息をついた。


 ああ、ダメだダメだ。桜には好きな人がいるんだから、こういう軽率な行動はやめないと。俺は桜を応援するって決めたんだ。


 俺は思考を切り替え、春休みのことを思い出す。



  ***



 その日は桜の両親も俺の両親も夜遅くまで仕事ということで、一人は嫌だという桜と一緒に夕食を食べていた。


 そして、夕食を食べ終わった後、俺はなぜだか今しかないと思って、桜に告白をしたんだ。ずっと抱えてたこの思いを伝えようと。

 でもあの時の俺はヘタレてたんだ。後悔してもしきれない。


 俺はリビングでくつろぐ桜に声をかけた。


「なあ桜」


 俺は顔を上げ、桜の目を見る。


「なあ桜。実はさ、俺、好きな人がいるんだ。…………俺、その人のことがずっと好きだったんだ。いつも元気いっぱいで一生懸命なとことかさ、すっげぇ……好きなんだ」


 俺は桜の目をまっすぐ見てそう言った。これでも精一杯がんばったつもりだった。

 でも、どうしても名前を出すのは恥ずかしくてできなかったんだ。


 桜は、動揺しているようだった。しかしその後、深呼吸をしたかと思うと少し寂しそうに言った。


「そっ、か……。……うん、がんばって告白してね。私、応援してるから」


 ……あれ? これ伝わってない? な、なら最後のもう一押し……!


「だ、だからさ……俺と──」


「──私もさ、好きな人がいるんだ」


 桜は俺の話を遮り、そう言った。


 ………………………………は? 嘘だろ……? 好きな人? 桜に?


 俺は頭が回らなくなっていた。

 俺は今、告白した直後にその人の好きな人の話を聞かされるようとしてるのか? ……? …………?


 桜は混乱している俺に気づいていないのか、そのまま続けた。


「私もさ、長い間ずっとその人のことが好きでさ。優しいとことか大好きでさ。うん……ずっと、ずっと好きだったんだ」


 桜はそう言った後、寂しげに笑った。

 俺にはその笑顔はもう頭に入って来なかった。



  ***



 ──こうして俺の恋は終わったんだ。告白したとも思われず。

 でも、俺はまだ未練がましく桜のことが好きだ。

 だから、せめて桜の幸せを願おうと思っている。桜の恋を応援するんだ!


 俺は桜とはただの幼馴染だ。そう思うことにして、女として見ないんだ。

 さっきみたいな発言にも気をつけよう。

 桜の恋路を応援する! 間違っても邪魔しない!


 俺はそう心に決め、桜のとなりを歩いた。

 

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