第一章 立てる者は骨でも使え その4
テリオスが
「炎の神ウルカヌス様、その
ミラの言葉に合わせて、他の子供達も手を合わせて祈りを
彼女の母親は正式な神官でこそなかったが、葬式や結婚式、お祭りの際には神に祈る役をこなしていたので、
そうして、簡略ながらも
「さて皆さん、私は少し買い物に行ってきます。村を守るようボーンゴーレム達に命じておきますので、余程の事がない限りは大丈夫だと思いますが、何かあればこれを
虚空から今度は紙の
そこに
「おじさん、空中から何でも取り出せるのに、お買い物をするんですか?」
「いや、これはとある場所にある私の倉庫から、必要な物を取り寄せているだけで、無から有を生み出しているわけではありませんから」
「そうなんですか」
苦笑するテリオスの説明に、ミラは頷きながら少しだけ残念に思う。
無知で無力な彼女達からすれば、まるで万能の力に見える魔術とて、何でもできるわけではないらしい。
(死んだ人を
動く死体や骸骨、または幽霊のような魔物としてなら、再び現世に呼び戻す方法はあるのだろう。
けれども、以前と何も変わらない生きた人間として蘇らせる方法は、この世のどこにも存在しないに違いない。
(冥界から恋人を連れ戻そうとして失敗した
ふとそんな事を思い出して、
「で、どうする?」
村を囲むように散らばっていくボーンゴーレム達を見ながら、トリオが尋ねてくる。
それに、ミラは少し考え込んでから答えた。
「とりあえず、家のお掃除でもしようか」
麦粥をたらふく食べてから二度寝をしたのもあるが、やはり霊薬の効果が大きいのだろう。
病み上がりとは思えない力が
それに体を動かしてでもいないと、また悲しみが押し寄せてきてしまう。
「そうだな、随分と汚れちまったし」
トリオが同意したのを見て、他の子供達も頷き、九人はそれぞれの自宅に向かった。
「ただいま」
ミラは誰もいないガランとした家に声をかけ、改めて寂しさを感じながらも中に入る。
そして、まずはベッドの横に散らばる食器を拾い上げた。
「ハチミツ、もう残ってないんだ」
大好物が入っていた素焼きの
緑腐病にかかって
とはいえ、そのお陰でテリオスが来るまで体力が
ハチミツとそれを残してくれた母親が、ミラの命を救ってくれたのだ。
「ありがとう」
ミラは小瓶を水で洗ってから棚にしまうと、今度はベッドと向き合った。
「中の
母親が消えた後は看病してくれる者もおらず、起き上がる事もできなかったので、シモの始末ができなかったのだ。
異臭を放つベッドを見て、ミラは
「そういえば、服や体が
汗や尿による汚れや異臭が、いつの間にか消え失せていた。
おそらく、彼女を自宅から村長宅へと運ぶ間に、テリオスが何らかの魔術で汚れを落としてくれたのだろう。
「やっぱり、魔術って凄いな」
何でもは不可能だが、大人が何十時間も働かないと築けない土壁を一瞬で生み出し、
自分なんて
「いいな」
魔術でも死者の
自分にテリオスほどの力があれば、村の皆を救い出せて、母親が今も隣で笑顔を浮かべていたに違いない。
そんな馬鹿馬鹿しい仮定と後悔に
「掃除しよう」
大きめの袋に藁を詰めただけの
もう何年も前におねしょをして以来の作業に、ミラは懐かしさを感じながら没頭した。
そうして日が傾いてきた頃、洗い終わったベッドの袋をロープにかけ、自宅の中を掃除していると、外から良く焼けた
「パンの
誰かがパン焼きかまどを使ったのだろうかと、気になって外に出てみると、いつの間にか帰ってきていたテリオスが、
「ただいま戻りました。まずは食事にしませんか?」
「うわーいっ!」
匂いに
「焼き立ての白いパンだ! こんなに沢山どこで手に入れたの?」
「王都で購入してきました。評判のお店だそうなので、きっと
「イチジクに
「豚のハムですね。皆さんは病気のせいで随分と痩せてしまったようですから、お肉を沢山食べないといけません」
小さく
そんな仲間達を見て、いつの間にかミラの横に来ていたトリオが呆れた顔で呟いた。
「あいつら、さっきはあんなに怯えていたくせに、食い物で簡単に
「仕方がないよ」
皆を
ボーンゴーレムの件で招いた不信感を
だがどのみち、彼の力に頼らなければ、大人達を失った自分達は生きていけないのだ。
力を持たぬ
「ほら、私達も行こう」
ミラはトリオの手を
すると、彼は少し赤くなりながらも大人しく従った。
「お、おう」
「あらあら、青春ね」
「えっ?」
急に真横から声がして、驚いてそちらを見れば、黒猫がいつの間にかミラの肩に乗って、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
「仲良しなのは結構だけれど、減った人口を増やすのは三年くらい後になさいよ?」
「えっ……あっ」
「な、何言ってんだこの猫っ!」
一拍遅れて意味を理解し、頰を染めるミラの横で、トリオも真っ赤になって叫んだ。
「俺がミラにそんな事をするわけないだろっ!」
「そうだよ。私みたいな白髪の女の子に、トリオ君が変な気持ちを抱くわけないよ」
トリオのような茶髪とも、母親のような赤毛とも、他の誰とも
村の皆は優しかったから、彼女の変わった髪色を貶したりする事はなかったが、一度だけ王都のお祭りに連れて行って貰った時、道行く人々から奇異の視線で見られ、「お
そんなトラウマもあって全力で否定したミラの横で、トリオが
「お、おう、変な気持ちなんて、絶対に……」
「
「うるせえっ!」
全く
そんな二人の姿に微笑みながら、ミラはテリオスを追って村長宅に入った。
「お手伝いしますね」
「はい、ありがとうございます」
パンと果物の籠を受け取った子供達が、居間に走っていくのを見送りながら、ミラはテリオスと共に台所へ向かう。
「では、この豚のハムを切って頂けますか?」
「はい」
手渡された大きな肉の
そうして、子供達が取り合って喧嘩をしないよう、小皿に分けていたところで、ふと覚えのある甘い香りが漂ってきた。
「これはっ!?」
驚いて顔を上げれば、テリオスがお湯を
「おじさん、それは……」
「体に良いと聞きますので、ハチミツ湯を作ろうと思いまして」
フラフラと歩み寄ったミラに、テリオスは壺の中に詰まった黄金の蜜を見せてくる。
「ですが、私では適切な分量が分からないので、よければ貴方が──どうしました?」
「……えっ?」
テリオスの心配そうな声を耳にして、ミラはようやく自分が泣いている事に気がついた。
「ひょっとして、ハチミツを食べると具合が悪くなる体質でしたか?」
「いえ、違います、大丈夫です」
ミラは慌てて涙を拭い、テリオスに向かって笑い返した。
「ハチミツは大好きです」
好物であり、思い出の味であり、そして空っぽになって、もう二度と口にできないと思っていた黄金の蜜。
それはひょっとしたら、亡くなった母親の代わりを求める、
ただ、失ったと思っていたものを、テリオスが与えてくれた事が、涙が出るほど嬉しかったのだ。
「ちょっと
「はい、どうぞ」
テリオスが差し出した木のスプーンを受け取って、ミラはハチミツを
途端、舌の上に
「ハチミツって、みんな同じじゃないんですね」
「はい。
ずっと昔、
「ちょっと違うけれど、このハチミツも美味しくて好きです」
「お口に合ったようで何よりです」
白い歯を鳴らして笑うテリオスから、ミラは壺を受け取って、甘すぎてくどくならないよう注意しながら、お湯の中にハチミツを垂らしていく。
そうして、出来上がった料理と飲み物を持って、お
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