第2話:魔法犯罪心理学


***



 ──古戦場霊園から東に5キロ。人口1万の街スケールガルド。

 商人や金貸しの事務所が立ち並ぶ、街の東部──第3街区にて。


「スー! 隣町から走ってきたぞ!」

「一応、マフデトに話は通しておきましたわ。こちらも、状況を整理しますわよ」


 スケールガルドの顔役的商社「エスターク商会」の事務所の前で、二人の少女が落ち合う。彼女たちは路地裏に入り、声をひそめて言葉を交わす。近隣は憲兵隊が封鎖しており、人通りは薄い。

 蛇の尾を持つ白髪双角の少女の名はマイ。キマイラ族と悪魔族のハーフである。腰には魔剣を提げており、斜めに掛けたマジックバックには、盾や弓も入っている。白基調の防刃服は、魔王軍の幹部や黒騎士というよりも、人間族の冒険者や勇者を思わせる。

 有翼で目付きが鋭い金髪巻き髪の少女の名はスー。スフィンクス族の母と悪魔族の父を持つ。マフデトやマイが武闘派であるのに対し、スーは情報の集約や推理を得意とする。


「エスターク商会の会長エビル・エスタークの証言によると、──午前中の取引が終了した昼休憩の間、売り上げの一部を徴税人ペント・スネイサーの馬車に乗せたところ、8人の人物が車を包囲。徴税人1名と御者1名、警備員2名を組み伏せ、車ごと強奪。街の憲兵隊が到着する前に、人気が少ない住宅街の路地へ逃げ込み、金貨が詰まった袋を持って逃走。馬車は、袋小路に置き去りにされていた。こんなところですわ」

「どれくらいのお金が盗まれたんだ?」


「過去一ヶ月の定期市で稼いだ利益の三割で、小金貨6000枚。……だいたい、中産市民階級の半月分に相当しますわ」

「人間族が関わったっていう証拠は?」


「徴税人と御者、警備員たちは、口を揃えて犯人は人間だったと言っていますわ。強盗犯はフード付きのマントで素性を隠していたようですから、信憑性については微妙ですけど」

「んぅー。犯人は本当に人間なのか?」


「それはまだ分かりませんわ。ただ、犯人が人間であることを望んでいる市民は、山ほどいますわ」

「……戦争は終わったのにな。……」


 マイは、しょぼんと蛇尾を垂らす。


「何はともあれ捜査ですわ。馬車が見つかった、住宅街の袋小路に行きますわよ」

「スーマイ探偵団、出動!」


 マイは、意気揚々と昼下がりの街に繰り出す。

 スーは、ヤレヤレという風に嘆息する。


「……わたくしたちは魔王軍の特務機関『リブラ』ですのよ!」





 ──スケールガルド中部。2階建て以上の住居が並ぶ、第2街区にて。

 現場には、蜥蜴族の憲兵隊兵士が4人一組で、見張りに当たっている。

 被害に遭った荷馬車は既に撤去されているが、現場に続く道は、蜥蜴族の憲兵隊兵士2名によって塞がれている。


「私たち、こういう者です……」


 マイは憲兵の前に立つと、特に意味のない渋い声を出しながら、自分がリブラの一員であることを示す「羊の頭蓋と天秤」の紋章付き身分証を提示する。


「リブラよ。そこを通しなさい」


 スーは、リブラのエンブレムが入ったネックレスをちらつかせる。


「天秤屋か。あんまりはしゃぐなよ?」


 蜥蜴族の男は、二人を現場に通した。


「この辺か?」

「そうですわ」


 マイとスーは、昼でも仄暗い袋小路に立つ。道幅はおよそ2メートル。左右には3階建ての貸家が建っている。正面には高さ3メートル超えの塀がある。これは、第2街区と第1街区──市議会や高級宿、富裕層の別宅といった街機能の中枢とを隔てるための壁である。


「壁を跳び越えれば、エリート様の第1街区。……あの潔癖な連中が、賊の侵入を見逃すとは思えませんわ」

「じゃあ、賊はどこに消えたんだ?」


「さぁ。憲兵隊のポンコツどもは、近隣住民の証言を真に受けて、賊が転移魔法を使ったと抜かしているようですけど」


 スーは、左右の建物をぼんやりと見つめる。出入り口はそれぞれ一カ所。各階にバルコニー。貸家自体に、不審な点は見当たらない。


「違うのか?」


 マイの疑問に、スーは溜息をつく。


「……一つ。魔法が万能であったとしても、魔法を使う者は万能ではない。二つ。高名な魔法使いほど、戯れに悪事を働かない。その蠢動には必ず意図があり、数を重ねるごとに、醜い心を晒すことになる。ですわ」

「?」


 首を傾げるマイを見て、スーは頭を掻く。


「例えば、8人の徒党が盗みを働くとして。その中に一人、転移魔法が使える者がいたとして。盗んだ金貨を、この魔法使いが一人で持ち逃げをしない保障はどこにありますの?」

「全員魔法使いなら良いんじゃないのか?」


「それだって同じことですわ。誰が、いつ、抜け駆けをするか分からない。どんな魔法を隠し持っているか分からない。そんな仲間と一緒に完全アウェイの急ぎ働きなんて、わたくしには怖くてできませんわ」


 スーは肩をすくめた。


「どれだけ魔法が使えても、どれだけ有能な魔法使いを雇えても、例えば疑心暗鬼という呪いからは、逃れることができない。相手の心理を読むことで、ある程度の犯人像を絞り込むことができますわ」

「さすがだな、スー!」


「褒め称えるのは犯人を捕まえてからですわ。……さて。仲間は8人。後ろからは追っ手。大量の金貨を持って、行き止まり。正面の塀を乗り越える以外の逃げ道は、2つだけ。これはもう、この辺りの住民が、事情を良く知っていると見る他にありませんわ。……──皆様方っ! 転移魔法などという下手くそな言い訳は捨てて、正直に、ありのままを証言なさいっ!」


 スーは天を仰ぎ、大声を張り上げた。

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