第16話

「……やっぱ、優って身体能力おばけだな」


「おばけ言うな。そう言うお前もかなり速かったじゃんか……」


「5秒台出しておいてよく言うよ……」


「で、でも、月野くんも6秒前半はすごいと思うよ……」


 体育で50メートル走が終わった後、僕は来た時と同じ四人で教室に戻っていた。


「クラスでもトップレベルだったし……」


 日野さんが褒めてくれる。

 それだけでも嬉しい。

 反対側から優の視線が突き刺さってくる……


「まぁ、中学のときはちゃんと運動してたからね」


 褒めてもらって少し恥ずかしかったので、謙遜しておく。


「そうそう。こいつ中学の時はサッカー部で走りこんでたんだよ。それなのに高校に入って部活に入らないとか言い出して……」


「いいんだよ……部活は疲れるし」


 僕はそう言って、ずっと日野さんの向こうで黙り込んでいる伊東さんの方を見る。


 話に入って良いのかわからないとかじゃないよな……と思って見たが、そんなことはなさそうだ。


 じっとこっちを見て何かを考えているようだった。

 耳がちょっと赤いのが気になる。

 あと、鼻息が荒いのはなんなんだ?

 伊東さんのキャラがつかめない。


 とにかく、僕は伊東さんに話しかける。

 話題は当たり障りのないものだ。


「そういえば、伊東さんは今日のお昼どうするの?」


「……食堂に行ってみたいと思っています」


 伊東さんは急に話しかけられたことに驚いた顔をしてから言った。


 すると、すかさず、優が「じゃあ、一緒に行くか?」と提案した。


「え……良いんですか?」


 優の言葉に伊東さんは少し嬉しそうな顔をする。

 意外と乗り気みたいだ。


「僕も、いいとおもうよ。一緒に行こう」


「はい。楽しみです」


 そう伊東さんに言うとどうしても間にいる日野さんが目に入る。


 日野さんはぷくっとほっぺたを膨らまして拗ねた感じで、「私は誘ってくれないんだ……」と呟いていた。


 そういうつもりじゃないのに……ていうか、そんなに食堂いきたいのか? と思う。


「お弁当があるかと思ったんだけど……一緒に行く?」


「……昨日、食堂で食べたのがお弁当より美味しかったから、これからは毎日食堂にしようかな……って」


「僕はお弁当羨ましいけどな……日野さんのお弁当美味しそうだったし」


 僕がそう言うと日野さんはちょっと目をそらす。


 そして、「……そんなに言うんなら、今度月野くんの分も作ってきてあげても良いよ」と小さく呟いた。


 僕は聞き逃さず、「え! 本当⁉︎」と反応した。


 それはめちゃくちゃ嬉しい。

 思わず、ここ最近で一番大きなリアクションを取ってしまうくらいには。

 食堂も美味しいけど、たまに家庭の味的なお弁当が食べたくなる時があるのだ。


 でも、どういう風の吹き回しだろう。

 日野さんがそんな提案をしてくれるなんて。

 まだ、初めて話してから数日なのに。


 また、優がジト目で見てくる。


 たしかに、日野さんのお弁当なんて皆んなが羨ましがるものなんだろう。


 そう思うと、自分だけいい思いをしているように感じて、気まずさを誤魔化すように「じゃあ、この4人でお昼ごはん食べるってことで」と言った。

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