宝石


「姉様、羨ましいですわ。私たちだってこんなキラキラな紳士にかこまれて生活したかったです!」


 イオが興奮したように叫ぶ。

 私だって、こんな人ばかりが居る所だとは思いもしなかったのだ。


「そんなんじゃありません」


 ピシャリと言ったが、実際こうだしなぁ。

 夕食には話を聞きつけて皆が食堂に揃った。

 護衛をしてくれたレトさんは、何か急ぎの用事があるようで、送り届けるまでの仕事は完了したことにして、早々にバロッキー邸を出た。

 元々しばらくカヤロナに滞在して別の仕事を片付ける予定だったそうだ。

 またシュロに行くのに護送が必要なら呼んでくれと、滞在する宿の連絡先をもらった。

 カヤロナの近くを拠点にしているのでこの国の事情にも明るいようだ。


 バロッキーの食卓は、そうと意識すれば、美形の見本市となる。


「ハウザーは結婚予定、ルミレスは危険だから近づかないこと。ミスティはあなたたちでは制御できないからお薦めしないわ。狙い目はアルノとラルゴよ」


 一通りトムズさんによる紹介が終わった後に、要約だけ伝える。

 トムズさんが何も言わないでにこにこしているところを見ると、特にこの戦略に異論はないようだ。

 妹たちがちょこんと椅子に座る様子に目尻を下げっぱなしのハウザーは「君たち、僕が後で本を読んであげるよ。どんな話が好きかなぁ?」などと、既に保護者感を発揮している。


「サリ、斡旋業を自分の妹で始めるのはどうかと思うぞ」


 ヒースとハウザーは苦い顔をしている。


「そう? 早い者勝ちの優良物件を先に押さえられるなら、自分に利のある身内に紹介するのは当然だわ」

「俺だって可愛い女の子を紹介してもらいたいのに、なんでだよ」


 ミスティがむくれている。


「ミスティの食指が動くならそうするけど。自分で少女のように着飾るのは好きでも、年下の少女を愛でる趣味はないでしょ?」

「そりゃ、ないけどさぁ。じゃぁ、アルノはどうなのさ?」

「私を巻き込まないでくれ」


 槍玉にあげられたアルノは困り顔だ。

 仕事が終わらず、今日も本家に泊まり込みらしい。


「だって、ミスティを本当の弟にするのも何だか変な感じだしね」

「俺もサリが義理の姉だとか、ちょっと無理」


 ミスティは憎たらしくベーっと舌を出す。

 私の両隣に座った妹達がコソコソと耳打ちする。


「姉様、ミスティさんは男性でしたのね?」

「あんまり艶やかでしたから、女性かと思っていましたわ」

「そうよねぇ。妹がもう一人増えるのもなんだかおかしな話よねぇ」


 ふふふと笑ってやる。


「なんか言ってやってよ、ルミレス!」


 ルミレスに助けを求めるなんて愚かなり。


「ミスティなんかいいほうだよ。サリ、僕に対する当たりがキツくない?僕は危険じゃないんだよ、可愛いお嬢さん達」


 いつものように女性を虜にするような笑みを向ける。

 最近のルミレスは、危険というより、相手をするのが面倒くさいのだ。


「ルミレスさんは王子様みたいですわ」

「絵本の挿絵みたいですの」

「ありがとう、お姫様達」

「……誰にでもお姫さまっていうタイプの王子様ですのよね?」


 今までの行いが全部自分に返ってきているのを反省中のルミレスには、妹たちの言葉のナイフはよく刺さる。


「サリとあんまり似てないと思ったけど……よく似てるね」

「私が育てましたから」

「ルミレスの知っている双子とはだいぶ違うでしょ?」

「……そ、そうだね」


 どうやら、ルミレスはリリィとリリアをまだ口説き落とせずにいるようだ。


 少しぼーっとしているラルゴは、頬杖をついて付け合わせの野菜を突いている。

 行儀悪く見えないのがこの子の不思議な所だ。


「……イオの目は、瑠璃のようだよね……」


 ぼんやりとラルゴが漏らすように呟く。

 小さい声だったはずなのに、皆がラルゴの方を見る。


「……青いけど……水宝玉とも違う。……深い青……岩絵具につかう宝石の瑠璃みたいな色……」


 イオの方を見もしないで、相変わらず野菜をつつきながら、心此処にあらずとポツリポツリと言葉を漏らしている。

 イオの周りの空気が凍り付いていくのが見えたのは、私とカルメだけだろう。


「……それで、取り出して薬液に浸して飾るんですの?」


 眉を盛大にひそめたイオの冷え冷えとした声が食堂に響く。


「え?」


 ラルゴは我に返って、口を押さえる。


「ごめん。僕、何か失礼な事を言った?」


 言ってない。

 ラルゴは全然悪くない。


「え? 目を取り出してって……君、何を猟奇的な事言ってるのさ?」


 片眉を上げて理解できない、というような仕草をする。

 火に油は注いだようだ。

 二つに結ってあるクルクルと巻いたブルネットがフルフルと震える。


「イオ、やめて」


 カルメがイオを窘める。

 イオはハッとしてから、バツが悪そうにモゴモゴと謝り、手を洗いに行くと席を立ってしまう。


「イオは、どうしたの?」


 恐る恐るラルゴが訊ねる。

 私が何かを言う前に、カルメが椅子から腰を浮かせ話し始める。


「っ、あのっ、イオと私は、シュロでは稀な目の色で。わりと変態の人に狙われやすいので……」


 カルメは孔雀石の目をすこし伏せて俯く。

 瑠璃と孔雀石、ブルネットとプラチナブロンド。

 シュロにはうちの双子を宝石のように欲する変態が少なからずいるのだ。


「……それで、私たち、普通の学校にも通えないでいたんです」


 幼い頃、イオは、二人を手に入れようとしていたコレクターにそれと知らずに屋敷に招かれ、秘密の部屋を覗いてしまったことがある。

 善人を装った医者だった。

 えぐり出されて薬液に漬けられた、何対もの眼球は、今でもイオを苛んでいる。

 宝石に喩えられることは、イオにとっては恐怖を思い出すものでしかなかった。

 ラルゴは全然悪くないんだけど。


「姉様は必死に私たちが行くための学校を守っていてくれていたんです。私たちは全然、姉様の生活がわかってなかった。借財の返済以外に学校の運営費を捻出するなんて、普通の生活が送れるはずないのに」


 べ、別に、そんなことは言わなくてもいいのよ。

 好きでやっていたんだし。


「私たちをうんと高く買いたいという人もいたと思うんですけど。姉様はそういうものからも私たちを守ってくれていたんだと思います」


 ハウザーとヒースが泣きそうな顔してるからもうやめてあげて。

 こういうの苦手なのよね。

 はぁ、とため息をついて立ち上がる。


「カルメ、シュロに帰りたくなければそこのアルノを口説いてなさい。泣き落としも有効よ。しばらく結婚するつもりがないらしいから、手強いけどその分口説き落とす時間はあるわ。その気がなくても娶ってあの変態から保護してくれるくらいのことはしてくれるはずだわ」

「サリ、冗談はやめてくれ。私は本当に……」

「冗談は言ってません。至極本気です。私、冗談でアルノに妹を任せるなんて言いませんよ」


 アルノにはある意味、絶対の信頼がある。

 必要があれば保護することに私情は挟まないで行動してくれる。

 それが竜の血に選ばれたものでなくたって、心配はない。

 パトロンでも政略結婚でもなんでもバロッキーの庇護はこの子たちにとって新しい可能性になるだろう。

 もちろん私情を挟んで保護してくれるのが一番だけれど。


「ア、アルノさん、私カルメと申します。幾久しくよろしくお願いします」

「幾久しく……って、サリ、子どもに何てことを! ちょっと待て」


 行ける気がしてきたわ。カルメ、頑張りなさい。


「私は失礼して、イオを見てきます。ラルゴも来る?」

「行く」


 私はラルゴを伴って早足で食堂を出る。


「アルノさん、私もう十一ですわ!あと五年もすれば成人です!」


 後ろでアルノに立ち向かう妹の勇ましい声が聞こえる。

 私は扉を閉めるときに、トムズさんがいい(とても悪い)顔でうなずくのを見た。



 イオは、応接室にいた。

 屋敷の中で知っている部屋がそこだけだったのだろう。

 しょんぼりと座っている。

 ラルゴはぎゅっと拳を固めて、イオの隣に腰を下ろした。

 私はお呼びではなかったかもしれない。

 二人の向かいの端に離れて腰掛けた。


 ラルゴの葛藤を表すように、静寂がつづき、やっとラルゴが切り出す。


「僕も学校に行けないんだ」

「……どうしてですの?」


 すこし泣いたのかイオは鼻声だ。


「……僕の目がバロッキーの目だから」

「え?」


 瑠璃の目を見開いてラルゴを振り返る。

 ラルゴは少し長い前髪を掻き上げて、秀でた額を晒す。


「僕の目に赤い色が見える?これがね、竜の血の色なんだ」


 ラルゴの深い緑色の目でいつもはほとんど目立たない赤い色が一瞬赤みを増したように見えた。


「竜の血?」

「カヤロナでは、忌まわしいものなんだ。それで皆と一緒には学校に行けない」


 イオは魅入られたようにラルゴの目から視線を逸らさない。


「どう?恐ろしい?」


 憂いを帯びたかすれた声で訊く。


「いいえ……ちっとも」


 イオは瞬きもしないでラルゴの目を見続ける。


「そう。よかった」


 耐えられなくなったのか、ラルゴはそそくさと視線を逸らし、あらぬ方を見る。

 甘酸っぱいわ!私ここにいていいの?

 口を尖らせてイオが続ける。


「シュロには黒とか褐色の目が多いのです。私たちの目の色はたぶん母様の遠い先祖のせいだろうって」

「そうなんだ?サリの目も?」

「まぁ、幾らかは影響があるのかもね。私のは眼鏡でもかけていれば気付かれないくらいよ」

「そうだったんだね」


 だからって、バロッキーに対するこの国のやり方に、慣れや理解があると思われては困る。


「幸福の象徴だとか、富を得られるとか、勝手なことを言う人たちばっかりでしたわ。この目のせいで恐ろしい思いばかりしてきたのに」

「うん」


 イオの意図することがラルゴには手に取るように理解できるのだろう。

 深く頷く。


「みんな私たちの目の事しか話さないんですのよ! 宝石のようだって。目なんかよく見えればそれだけでいいのではなくって?」


 力説するイオに、ラルゴはくしゃりと表情をくずして微笑む。

 いつもの少年らしさに、ジェームズさん譲りの妖艶さが滲む。

 ラルゴ、今後、王子様を冠するのはルミレスではないわ! ラルゴこそが本物の王子様ね!


「ごめん。君は自分の目があまり好きではなかったんだね」


 しゅんとするイオに優しく問いかける。


「そうね、でももういいの。私たちだけ大変だった訳じゃないって教えてくれてありがとう。ラルゴもおなじなんですのね」

「確かに色々大変なことはあるけど。でも、僕は……この目が嫌いなわけじゃないよ。それにバロッキーを誇りに思ってる」


 少し考えるような顔をした後に、ずっと明るい声で言う。


「君はその目が嫌いかもしれないけど、それでも君の目は美しいよ。それはもう、どうしようもない事なんだ」


 言ってしまって、わかりやすく赤面する王子!

 なにこれ、少女小説かしら?!


「次から君の目を醜いって思えって言われても、僕にはもうどうしようもないよ。竜の血ってそういうものなんだ」


 つられてイオも頬を染める。


「もしかして君の事が大嫌いになったら、君の目も嫌いになるかもしれないけど。どう? 僕が嫌いになるようなこと言ってみる?」


 私、今決めた。


「ふふふ、やめておくわ! 私もラルゴに嫌われるの嫌みたいなの」


 私たちには守ることしかできなかったけれど、イオの救いはここにあるのかもしれない。


 二人の笑い声を聞いて、今現在、完全にお邪魔虫としてここにいる私は、ラルゴを義理の弟にしようと画策するのであった。

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