ルミレス・バロッキーの独白

 僕は娼婦を母として生まれた。

 バロッキーでは珍しいことではない。


 父ライアンが見初めた娼館の女に協力を依頼して僕が生まれた。

 父の審美眼は確かで、母は妖精のように美しい人だった。

 幼い僕が肖像画に初恋したほどだ。

 バロッキーは多額の謝礼を渡して子供を産んでもらう事があるのだが、その際に母親の権利も全て買い取ってしまう。

 バロッキーの子を産んだなんて吹聴する者はまずいないが、産んだ子に未練が残る者は稀にいる。

 そういったトラブルを避けるために厳しい人選の後、契約が結ばれる。

 だから、僕は母に会ったことがない。


 父は僕をバロッキーの本家で育てたが、決して人に預けっぱなしにはしなかった。

 僕を可愛がったし、きちんと教育も手掛けた。

 父というよりは悪友といった関係ではあるけれど、うまくいっている。

 父の手ほどきを受けて、僕は他の兄弟達と比べて竜の血の扱いが上手くなった。

 竜の血を活かすには、竜の血に逆らわない事だ。

 血が求めることを存分に満たせば、自ずと力は発揮される。

 父は僕を仕事に連れ出し、美しい物をどっさり見せてくれた。

 竜の血に頼った物の見方や選別法も教えられた。

 女性を愛でることも覚えた。

 父も僕も美術品以上に女性を愛でるのが好きだったので、幼い頃から連れ立って娼館に出入りしていた。

 父はどこで手に入れたのか、琥珀か鼈甲か何かでできた瞳に被せて瞳の色を誤魔化す物を用意していた。

 バロッキーの者だと知られなければ、金持ちの道楽に付き合ってくれる女は沢山いた。

 そのことは育ての母であるイヴには内緒にしてある。

 流石に今更、父と二人で説教されるのは嫌だ。


 一方、ヒースは僕とは逆に竜の血に抗いながら生きている。

 僕が物心つくかつかないかの頃にバロッキーの森に捨てられたヒース。

 バロッキーの者たちは皆ヒースを好ましいものとして捉えている。

 それは、ヒースが良い奴である事が主な理由だが、本当はそれだけではない。

 濃い竜の血に同じ血が反応しているのだ。

 僕には、近くにいるだけでヒースとの血の呼応をやけにくっきり捉えられる。

 竜が群れを成していたかどうか、今は知る由がないけれど、案外群れで子育てをしたりする生き物だったのかもしれない。

 バロッキーに来て数年はヒースは笑わない子供だった。

 幼い僕は、血が欲するままに濃厚な竜の気配との繋がりを求めてヒースに付き纏い、構い倒した。

 その甲斐あってか、思春期に差し掛かる頃には、少し抜けているだけで穏やかで明るい今のヒースが出来上がっていた。

 まぁ、これはイヴを始め、揉みくちゃになって育った僕たち「兄弟」がすこぶる健全だったからに他ならない。


 皆がそれぞれにヒースと仲が良かったが、僕とヒースは竜の血の使い方の秘密を共有する事でつるんでいた。

 ヒースは濃すぎる血を完全に持て余していた。

 金気に当てられて方向感覚を失ったり、知らないうちに様々な生き物がついてきて馬小屋が動物小屋になったり、僕より年上の癖に心配な事件をしょっちゅう起こした。

 だから、僕はヒースに僕の知りうる竜の血の使い方の逆を教えたのだ。

 父から内緒で教えられた血の使い方の逆を。

 竜の血を活発にさせないためには竜の血に抗う気持ちを持つこと、血の欲求に応えないこと。

 小さなコツを教えていくうちにヒースは落ち着いて生活出来るようになっていった。


 ヒースはバロッキーの中では何も違和感の無い存在になった。

 それでも金属や宝石を探す力は普通以上になってしまうので、採掘現場で働くことを提案したら、あっという間に仕事場に馴染んでしまった。

 ヒースが現場で指揮をとるようになって、バロッキーの採掘精度は格段に上がった。

 宝石の純度も高くなり、無用の大規模掘削をしなくて済むようになり、ヒースはそこそこの報酬を得るようになった。


 そんなある日、取引があった分家の商家から一人の少女がやって来た。

 美しい子だったからもちろん僕は即座に口説いたけれど、見向きもされなかった。

 彼女の目的はバロッキーと婚姻を結ぶことではなかった。

 ヒースの評判を聞き付けて商家から送り込まれたのだ。

 バロッキー家と直接の姻戚関係が無く、竜の血を持つ都合の良い存在であるヒース。

 首尾よくヒースに近づいた彼女は、調子よく話したり気さくに笑ったりした。

 童貞且つ女性といえばエミリアくらいしか交流の無かったヒースは、呆気なく翻弄され、心を傾けかけた。

 もしかしたらあの時、ヒースは生まれて初めて竜の血の問い掛けに応えようとしていたのかもしれない。

 しかし、少女はヒースの黒く輝く爪を見て逃げ出した。

 ヒースの血の濃さの程度を知らなかったのだろう。

 こんな話は聞いていない、化け物の相手はできないと罵って帰って行った。


 それからヒースは外では肌を隠すようになり、うちでも滅多に手袋をとらなくなった。

 ヒースの噂を聞きつけてヒースに近づいてくる者もいたが、ますます女性に関して頑なになったヒースは、以後どんな美しい女と出会っても竜の血の問いに耳を傾けるようなことはしなくなった。

 サリが来るまでは。


 これまでと何が違ったのだろう。

 サリはピンと伸ばした背が美しい、銅色の髪の乙女だ。

 僕のよく知る女の子達のように、にっこり笑うことは稀で、いつも少し思い詰めたような顔をしている。

 激しい意思を宿した瞳が、ヒースと話している時は少し優しくなるのを微笑ましく思う。

 女の子に慣れていないヒースのことだ、可愛い女の子に触れられたらよろめいてしまうのは仕方がない。

 それでも今のヒースは彼女の手を振り払うだろうと思っていた。

 竜の爪を外から来た者に晒すのを恐れていたから。


 サリは何も知らずにやって来た。

 別の国から来たのだから当然と言えばそうなのだが、それにしても無防備なような、捨て鉢なような……どこか危うくて、心配になってしまう。

 自分を生贄にして借金返済だなんて、娼館の子たちを思い出して切なくなる。

 まぁ、彼女らだってバロッキーに嫁ぐ事が自由になる条件だったにしても、娼館で働き続ける方を選ぶに違いないんだけど。

 サリはともかく、ヒースの中で何かが動き出したのは明らかだ。

 ひょんなことで怪我をして、大人しくサリに手当されてから、ヒースはずっとサリの気配を追っている。

 サリがヒースの竜の血に命を吹き込んだのだ。

 あの様子なら、サリをすり潰してクッキーに混ぜたって捜し出すだろう。


 ヒースは自分が運命に出会った事がわかっているだろうか。

 抑えつけて見えはしないけれど、瞳の竜の血が内側で紅く輝いているのがわかっているだろうか。

 浮かれている竜の血が、周りにうっすらと影響を及ぼしている。

 ハウザーはついに一歩踏み出したし、頑ななアルノはサリをヒースの番と認識したらしい。

 番と呼ばれるような相手に出会えるバロッキーはかなり少ない。

 出会っても結ばれるとは限らない。

 父も僕の生みの親に執心だったが、番とまではいかなかったのだと言う。

 竜の血が問いに答えなかったのだと。

 そもそも「それとわかる」ってなんだ?

 番に出会うとそれとわかるらしいが内容がよくわからない。

 もし僕が番に出会ったら誰よりも敏感に「それとわかる」はずなんだ。

 愛しい人の一人や二人いないわけじゃない。

 でも、手放す前提の恋に竜の血は答えを出さない。

 まあ、それもいいかな、と父を見ていると思うけど。

 美しさだけに固執する僕は、もしかしたら番から一番遠い所にいるのかもしれない。

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