ルミレス・バロッキー
次に会いに行くのはルミレスだったが、ルミレスの提案で買い付けに同行する事になった。
「サリ、この間は市場に行ったんでしょ? 今日はもう少しハラハラしないで済むところに連れて行くよ。関係者ばかりだから気楽についてきて」
ルミレスと共に向かったのは、バロッキーと取引のある商家の倉庫だ。
到着した先はどう見ても倉庫には見えない、美しい漆喰が塗られた建物だった。
ルミレスが来ても市場で会った人々のような激しい反応が見られなかったので訊いてみると、そこで働いているのは、いくつもあるバロッキーの分家の者なのだと知れた。
こんな絵本に出てくる王子様の様な人が、配偶者探しに苦労するなんて、この国は不思議だ。
ルミレスは歳が近いこともあるが、気安い雰囲気があり話しやすい。
茶に近い濃い金髪を洒落た長さで整えて、流行りを取り入れた服を着こなす。
引き締まった体のシルエットは細いが上背があり頼りなさを感じさせないし、エスコートもソツ無くこなし、話も上手だ。
薄い茶色の睫毛が列を乱さずに取り囲んでいるのが、灰色に血の色を散らしたようなバロッキーの瞳でなければ、大抵の少女ならイチコロだろう。
尤も、私としてはもっと筋肉寄りの男性が好みだし、喋る時の軽薄さと、ぐいぐいと詰めてくる距離感は正直、苦手な感じだが。
「バロッキーの人達は何歳くらいから仕事を始めるの?」
私は、話しやすいのを良いことに、ルミレスに思い付く限りの質問を浴びせかけていた。
私のように学校を出る前から仕事を始めるのは稀な事のはずだが、バロッキー家では一番幼いラルゴでさえ仕事があるようだ。
市場では子供が働いているようなところは見られなかったので、やはり、バロッキーが特殊なのだろうが。
「できる仕事があればいつからでもさ」
倉庫に続く小道を歩きながら話を続ける。
「僕たちがちょっと独特な感覚を持っているのは聞いたよね? 竜の血を持っていてもその濃さや感覚の違いで得意分野が違ってくるんだ。それぞれ得意なものがあれば早くからそれを任される」
「ラルゴもその感覚を活かした仕事をしているのね」
「ラルゴは賢いから将来はおそらく事務方にまわると思うけど、今は掘り出した石の選別を手伝ったりしているよ。金と黄鉄鉱を区別するくらいなら鑑定士を呼ぶまでもないから」
愚者の黄金と呼ばれる黄鉄鉱は自然金を掘り当てたい採掘者にとっては厄介な鉱物だ。
金ではないと即座に鑑定出来るなら、子どもでも雇いたい。
「すごい能力ね」
「ヒースのはもっと凄いよ」
「そのようね」
掘り出した物を見分けるのもすごいが、どこに埋まっているか分かるなんて、魔法のようだ。
「そんなだから、力があるバロッキーは仕事場に出るのが早いんだ。遊びの延長でだったら、僕は六歳の頃から仕入れに参加していたよ」
「そんなに早くからなのね」
「特に僕の仕事は好きな物を選ぶだけっていう仕事だからね。難しい事もなかったし。美しいものを見つけたり、出来上がった製品の検品をしたり、そういう事には鼻が利くんだ」
そんなことを話しながら倉庫に着いた途端、いきなり仕事が始まった。
ルミレスの美に対する感覚は鋭い。
商人の買い付けは度々目にしていたが、こんな買い付けの仕方は初めて見た。
ルミレスは彫刻や美術品が隙間なく展示されている通路を、脇目も振らずに目的の品まで歩く。
わりと早足で。
良し悪しをどうやって判断しているのかは分からないけれど、瞬時に決めて紐付きの紙に何かを書きつけては、商品につけていく。
優美な髪留めをザクザクと袋に入れて……かと思えば、いくつか袋から取り出して傍に除ける。
「これは?」
ルミレスが取り出した髪留めを、手に取って眺める。
他のものと同じく繊細に細い金属で編み上げられた細工から細かい猫目石が連なって下がり、シャラ、と軽い音が鳴る。
「これは買わない。美しくないから」
他のものとどう違うのかよくわからない。
素人目に石の品質も変わらないように見える。
ひっくり返して見てみるが、別におかしな所はない。
「作り手が違うんですよ」
いつの間にか来ていた倉庫の管理者は、目を細めてルミレスの仕事ぶりを褒める。
「そもそも、規格に合わない物は置かないから、寸法が違うなんてことあるわけないんです。でも、ルミレスさんにはわかるみたいで……ほら、ここに数字が書いてあるでしょう」
買うと決めた髪飾りには、1と2と4の数字の印が、紐付けされた札に押されている。
片や、袋から出されたものは、全て3の印字がしてある。
3の作り手の物は気に入らなかったようだ。
「ルミレスさんの選別は、品質をあげるのに役に立ちます。3の作り手は細工が早いのですが、何か別の問題を抱えているのかもしれません。話を聞きに行ってみなくては」
管理者は何かを帳面に書きつけて倉庫の奥に戻っていった。
「仕事はすぐ済むから、この後、散歩にでも行こうか」
晴れ晴れとした声でルミレスが倉庫を去ろうとするが、私はこの仕事の行方に好奇心が抑えられないでいた。
「ルミレスが選んだ後、商品はどうなるの?」
「次はハウザーか、父さんが値段の交渉をしに来るよ。今はハウザーが忙しいから父さんを呼ばなきゃならないかな」
「ルミレスのお父さんて?」
「トムズさんの従兄弟で、ライアンていうオジサンだよ。色々な所を旅して売りたいものを探す仕事をしている。でも、あの人、女の子が大好きだから、サリは会っちゃダメだよ」
わぁ、アクの強そうな御仁がまだ出て来るのね。
「それでもまだ……バロッキーの名を使った商売よね? 市場の様子を見る限り、商売相手を探すのも苦労しそうに見えたけれど?」
ルミレスは満面の笑みを浮かべる。
「市場に出るまでに、バロッキーを名乗らない分家を通すんだ。幾重にもね。不自然にならない程度に分野を分けて。バロッキーと名乗るのは本家と一部の分家だけで、竜の血が遺伝している者だけ。竜の血が出なくなる所まで離れれば親子でもバロッキーの関係者と名乗る必要はなくなるんだ」
「バロッキーと直接取引しているのはバロッキーの関係者だけってこと?」
「そう。今みたいな装飾品を作る人達もいるし、それを管理するのも分家の人達さ。ヒースが宝石を掘る時に一緒に働くのも名を隠した分家の人たちだよ」
「そういう仕組みなのね。市場で一般の人達の反応を見てきたから、どうやって商品を末端まで流通させているのか不思議だったの」
「まぁ、エミリア姉さん家はちょっと特殊だから例外ね。おじさんが変わり者でさ。この国の出身じゃないからかもしれないけどさ、バロッキーに友好的なんだ」
やはり、竜に対する拘りは、この国特有の物のようだ。
「仕事上での付き合いがあるのなら、分家からお嫁さんを迎えることは出来ないの?
血縁的にだいぶ遠い家もあるのでしょう?」
本家に迎え入れられれば、実家に有利な者もいるだろうに。
「分家はバロッキーから恩恵を受けている。それは間違いないんだけど、バロッキーになりたいわけではないんだよ」
ルミレスは何でもないように言う。
「彼らはね、バロッキーに労働力を提供して、十分な代金を受け取る代わりに、市井の人々から迫害されることを免れているんだ。僕らが分かりやすく皆から嫌がられてあげているからね」
なんだかもやっとする話だ。
「それに、分家も一枚岩ではなくてね。バロッキーになりたくないけど、バロッキーの血を便利に使いたいっていう奴らもいる」
「……ヒースに酷いことをしたのも分家の人?」
気になってしかたないから、きいてしまおう。
「え?ヒースから聞いたの?!」
まぁ、ヒースもいたけど。
「えーと、アルノから、かしら?」
「アルノかぁ。……サリは何なんだろうね?面白いね」
ルミレスは何かを見透かすように目を眇める。
「バロッキー家の生まれではないのに、誰よりも強く竜の特質を持っていたヒースを、分家の誰かが利用しようとしたというのは聞いたわ」
「実際、使い方を間違えば国が傾くような力だからねぇ」
バロッキーが国を離れる選択をすれば、国は間違いなく財政に問題を抱える事になるだろう。
「僕ら、その時は分家からのお嫁さんだって大歓迎だったんだ。アルノの所は別だけど、分家と本家との婚姻はしばらくなかったから、血もだいぶ遠くなっているはずだしね」
そうして少し苦い顔をする。
「でも、ヒースにあんなことがあって、やっぱり外から迎え入れる他ないな、って事になった。ハニートラップの向かう先が僕とかだったら、そんなに問題にならなかったんだろうけどね。ヒースを狙って来たとなれば本家の誰もが分家との婚姻に嫌悪感をもってしまう」
狙われたのがヒースだったから、バロッキーは一丸となって分家を拒むことになったのだ、と聞こえて、なんだか笑ってしまう。
「バロッキーの人達は、ヒースの事になると冷静ではいられないみたいね」
「竜の血が呼び合うんだろうね。出所が不明でもヒースを本能で仲間だと思うし、ヒースが大好きなんだ。君もヒースが好きになるよ」
それはバロッキーの誰もが認める所のようだ。
なんだこれ、結局、惚気だった。
「みんなヒースに過保護でもあるわよね」
「そう?」
え?それは自覚がないの?
「それはそうとして、本家と分家については納得できるような、出来ないような……」
市場で感じたバロッキーに対する激しい嫌悪や恐怖と、ここで働く分家の人々の穏やかなやり取りとが落差がありすぎてやはり、違和感を覚える。
「バロッキーにはバロッキーの誇りがあるんだ」
その意図はまだよくわからない。
「竜はね、自分が好ましいと思う物がちゃんと手元にあれば、割といろんな事が気にならない質なのさ」
目がキラリと光り、とびきりの笑顔で顔を上げる。
散歩と称して倉庫の周りを散策する。
母屋へ着くと、庭にお茶の用意がしてあった。
異国から来たのだろう、見事な花柄があしらわれた茶器には不思議な香りのお茶が温まっていた。
少し酸味があり、後味が甘い。
贅沢だな、と堪能していると、ルミレスは話を切り出した。
「あのね、サリの事は家族的な意味で大好きなんだけど、僕は子供を産んでもらう子は決めてるんだ」
どっちにしろ、ルミレスがヒースが大好きと言った時点でこちらからもお断りだったが。
「恋人がいるの?」
お茶の銘柄が気になるが、ルミレスの話もきいてやらねば。
「うーん、恋人とはちがうかな。顔と体が美しいの」
嬉しそうにニコニコと笑っているけど、言ってることは、下衆っぽくなかっただろうか?
「その子達に会ってくれない?」
「ええ?!」
私が驚いたのは、会ってくれと言ったそこじゃない!
今、その子『達』って言った!
「二人いるんだよね」
もしかしたら、ルミレスは夫候補かもしれない。
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