第17話 職員会議

 十月も後半になり、渥美はeスポーツクラブの設立の要望書を健太から受けとり職員室の自分の席に戻りました。

 渥美はこの要望書を受け取る際に健太が言った言葉を思い出しました。

「先生から登校は進学校だからテレビゲームクラブは必要ないという考えが主流です。つまり反対する勢力が大きいと言う認識を持ちました。そこでそれに打ち勝つ理論構築を考えて来ましたと彼が言いました。

 まず一つに、そこで僕の考えですが、携帯電話の進化を思い出して欲しいのです。それは、ポケベルからガラ系の携帯電話になり今ではスマートフォンです。

 その中でSNSやラインが出てきてそれを見るのが遅いとか返信が遅いと言って学校でイジメ問題が起き世の中を騒がせました。

 その原因は携帯電話の進化に学校の決めごとが遅れていたと思いました。私はそこに先生方は世の中の進化を止めているように見受けられました。

 私たち生徒は、携帯電話などの進化を予想してリスクを教えて欲しいのです。私たちは先生よりも若いのです。

 そこでゲームはダメだという人がスマホのゲームをしています。今ではスマホで誰でもゲームができる環境下にあるのです。

 まずはそれを認識して欲しいのです。eスポーツをダメだと言うならスマホのゲームを中止していますか。

 それは黙って見ているだけですか。私たちが、要望書でeスポーツというゲームをやりたいと手を上げました。 

 それがダメだと言うならスマホのゲームを禁止して下さい。それは出来ない。クラブとしてやるのはダメだと言うなら、国体の正式種目になり愛知県でやるアジア大会に正式種目にするのは何故ですか。

 その理屈を説明して欲しいのです。これだけメジャーになっているモノをダメだというのではなくリスクを顕在化して対応策を教育界が取るべきだと思います。

 そして、次に僕はそこで十一月の文化祭に第一回桃花台高校プヨプヨ大会を企画しました。これはスマホで出来るネトゲのeスポーツです。この件は既に文化祭実行委員会に要望書を提案しました。これは多くの人が既にeスポーツに親しんでいるゲームです。それを改めて認識する為に文化祭で行います。

 それから渥美は改めて桃山の作成した要望書を見ました。そして、パソコンを立ち上げてUSBを差し込んで三部印刷しました。

 それを持って向井学年主任の処に行きました。

「向井先生、eスポーツクラブ設立の要望書が提出されました。それをお持ちしましたから見て下さい。」

「もう出てきたのですか、早いですね」

「はい、それで二部渡しますから教頭先生にも見せて下さい」

「ありがとうございます。渥美先生は見ましたか」

「はい、一通り見ました。直す箇所がありましたらアドバイスをお願いします」

「分かりました。ではこれから見させて下さい」

「では後ほど声を掛けて下さい」

「はい分かりました」渥美は向井先生に要望書を渡して自分の席に戻りました。

 そこで桃山が作成者の意見として述べたことを思い出しました。桃山は正論を積み重ねているだけです。彼の意見は教師として意見を唱える内容ではありません。

 彼はまともなことを言っています。教師は教室で過去の歴史に学んで新しいことに挑戦していくことが生徒に必要だと教えています。

 桃山はそれを言っているのです。ところが教師側が、いざ先生同士のことになると反対意見が出るのです。

 そこには常に責任論が存在し、ミスしたら誰が責任を取るのですか。その責任を俺が取るという先生が本校にはいないのでしょう。

 渥美はそれを思ったら少しさびしい思いをしました。そして、渥美が席に戻ってしばらくしてから向井先生から声が掛り二人は応接室に入りました。

「渥美先生、eスポクラブ設立の要望書として一応預かります。今の段階では部員が不足しています。だから先生方の協議用です。後日見直し版を検討して下さい」

「はい、それに添付資料として前回ネットから印刷した資料を付ければいいと思いました」

「そうですね、eスポーツの説明がないといけませんからね」

「それでクラブとしてパソコン三台とありますが、その他にも小物がいるようですがそこまで書かれていません」

「パソコン三台ですか。中古でもいいのです。モニターを二十七インチで三台揃えたいと言っていました」

「まあ、それはクラブとして認可したらの話です」

「それで作成者の桃山君が意見を述べました。

 進学校にテレビゲームクラブはいらないというのなら日本のゲーム業界が一大産業に成長していることを認めないのですか。

 それでも任天堂やソニーを否定できないでしょう。つまり進学校だからこそゲーム業界を見て、世界を夢見る若者の為に作るべきではないかというのです。

 そして、ゲームは否定しないがクラブはダメだというのならば、国体の正式種目になりました。二〇二六年に愛知県で行われるアジア大会に正式種目になっていることから高校のクラブがダメだといえないではないですか。

 それでもダメだと言うなら納得できる理屈を教えて下さい。それからダメという前にリスクを提示して下さい。そのリスクに学校はどう対処しようとしているのか教えて欲しいと言われました。

 その為に文化祭に第一回桃花台高校プヨプヨeスポーツ大会を行うのです。これについては既にご存知の事と思います」

「渥美先生、ソフトの考え方とハードの施策でプヨプヨeスポーツ大会ですか。すごいことを考えますね。その桃山君はどういう生徒なのですか」

「彼はバレー部でイジメに遭っていた生徒です」

「あの生徒ですか、小難しそうですね」

「そんなことないですよ、賢い生徒です。

彼は反対意見の多い先生の中でクラブを作る為の議論が足りないから議論をする為に材料を提供してきたのです。彼が先生の議論を誘導しようしているのです」

「渥美先生は本当にそう思うのですか」

「桃山君は要望書に真剣に取り組んできました。そのために歴史であったことを勉強して今や未来に生かそうとしているのです。

それが分かるのです。先生としては嬉しい生徒です」

「そうですか、買いかぶりすぎではないですか」

「それを言うなら彼の質問に答えが出せますか。彼は将来起きるリスクを教育現場がどう対処しようとしているか指導して下さいと言うのです」

「先生の中で議論が出来ていないこと知って、私たちに議論用のボールを投げてきたのです」

「そうなのですか」

「私はそう理解しています」

「渥美先生、私に一度桃山君に合わせて下さい」

「いいですよ」

「どこかで声をかけます」

「ともかく要望書が出ましたから先生の議論を重ねましょう。それで賛成、反対の意見を聞いて要望書をどういう扱いにするかを決めたいと思います。

 それでもし要望書が通ればクラブの設立を認めることになります。渥美先生は近在の高校でeスポーツクラブのある高校を調べて下さい。

 そして、相手校に出向いてクラブ活動について顧問の先生と意見交換をして来てくれますか。

 初期投資や部室等この企画書に書かれてないことにも調査して欲しいのです」

「分かりました。内内で動きます」

「それでは職員会議に掛ける前に桃山君と一度お話しさせて下さい。その後職員会議の議題にあげます。そして、事前に教頭に私からこの資料を渡します」

「お願いします」

それから数日後、渥美先生が視聴覚室兼部屋に入って来て桃山を呼びました。それで着いてくるように言いました。

「先生何処に行くのですか」

「実は要望書を職員会議で先日議論しました。それでまだまだ賛成反対の意見を検討します。そこで桃山君が先日言った意見で向井先生が興味をもったので君と一度話がしたいそうです」

「向井先生は学年主任でしたね。何の話でしょうか」

「まあ緊張しなくっていいからね」

「はい、分かりました」そして、二人は職員室に入って行きました。

「向井先生、桃山君を呼んできました。何処で話をしましょうか」

「そうですね、応接室が空いていたらそこに行きましょう」

「はい、空いています。桃山君も来て下さい」それで三人は応接室に入りました。

「桃山君の要望書を見ました。よく出来ていました。高校一年生で要望書を学校に提出すのは今まで聞いたことがありません。

 そこで桃山君と一度話がしたくなりました。それでは固くならずにリラックスして下さい」

「はい、ありがとうございます。僕は新しいことを始めるには賛成と反対の意見が出ると思います。

 ここは、お堅い学校のことですから声を出しただけでは犬の遠吠えで誰も動いてくれません。

 そこでダメもとで議論を進める道具を提供するのが必要と考えました。それでクラブ設立の企画書を思い出しました。

 父に相談したら会社では稟議書になるそうですが、それは生徒が書くことは許されないと思いました。そこで企画書から要望書にしました」

「そうですか、桃山君はそこまで検討して要望書を持ってきたのですね」

「はい僕は要望書を書いていて、まずダメダメと言われると思いました。新しいことを行うにはバックにPTAとか金持ちの親がいて校長に一言言ってというかネゴゼーション出来ればいいのですが、僕の場合はそれがありません。

それでダメダメと言う先生に五分五分の立場で話をする為には書面を提出するのは効果的だと考えました」

「渥美先生が君のことを誉めていました。今その話を聞いて私も君の考えは正論でいいと思いました。

 彼が誉める意味が分かりました。それで要望書になったのですね。先日職員会議を開いてその件を議論しました。それでやはり反対の意見が三年生の先生方から出ました」

「やはり反対意見が出たのですか」

「そうです。でもそれは君の想定内ですね」

「はいそうです」

「渥美先生がクラブ員の意見として携帯電話の進化の過程でラインによるイジメ問題を例にして教師の動きが遅れていると君は言いました。その経験をeスポクラブの設立に活かして欲しいと言うは君の意見ですか」

「そうです。僕は中学で生徒会長をしました。その時にラインによるイジメ問題が起きてスマホ時間の問題などでばたばたしました。その時の経験があるからです。

 学校では知らないことを勉強して覚えるのです。覚えたことは人生の中で活かしていくのがその人との力量です。

 学校という現場で温故知新が言葉だけで実践されていないように思えたのです」

「つまり机上の勉強だけで実践の場で生かされていないと言うのですね」

「大きなことを言う気はありません。ただ中学で生徒会長をして高校には行って痴漢に遭い、イジメのあるクラブを辞めたら虐めに遭ってこの理不尽なことが現実で、そこで悩み苦しんできました。

 高橋先輩が写真でイジメの現場を撮ってくれたから救われました。今はその恩を返しているのです。

 私はゲームをしません。ゲームをしない僕はeスポーツクラブについて調べました。愛知県の県立高校ならこの時期にクラブを作るのに追い風が吹いています。僕はその風に乗らないとダメだと思い要望書を書いて渥美先生に相談したのです」

「eスポーツクラブをつくるのに今は追い風が吹いているのですか。桃山君は風を読むのですか」

「そうです、愛知県でアジア大会を行うのです。そこにeスポーツは正式種目に採用されます。

 生徒がそこに向かって高校でクラブを作って盛り上げようとしているのです。

もしそれに反対と言う声が愛知県の教育長の耳に入ったらどうなりますか。

 そんなことは僕が言わなくっても、先生ならわかりますよね。こんなに力強い風はありません。ぼくはそう思います」

「桃山君は怖い人です。伝家の宝刀を持っているのですか」

「学校が作ることは賛成するが議論が足りないからしばらく待ってと言う事。そしてソフトとハードの準備に時間がいるからしばらく待てと言うなら分かります。

しかし、進学校だから反対なんておかしいと思います」

「そうですか、桃山君と話していると高校一年生とは思えません。不思議です」

「先日Cクラスの不登校生の柏木貴志くんが学校に戻ってきました。

 そして、今日放課後にeスポクラブの見学に来ました。部活はメンバー募集のポスターを作成していました。

 不登校の生徒は家でゲームしているのです。それを知ればその被害者を救う手立てが見えてきました。

 これで三人の不登校生徒を救いました。それはeスポーツクラブを作り一緒に全国大会を目指そうと言って呼びかけました。先生が家に電話しただけでは彼らは学校に戻りませんでした。

 しかし、僕は足で通って一緒にeスポーツで全国大会を目指そうと何度も呼びかけました。彼等はそれに応えてくれたから学校に戻って来てくれました。

 もしクラブをダメだと学校が判断したらまた彼らは引きこもりに戻ります」

「桃山君の尽力には感謝します。そうですか、三人の不登校生を復学させたのですか。ありがとう。

 そして、桃山君の考えていることはよく分かりました。渥美先生、教師の私たちは追い風に逆らっているのでしょうか」

「そうですね風まで考えていませんでした。桃山君には敵わないです」

「桃山君は風をどうして感じるのですか」

「まずは自分を消すことです。自分のエゴばかり言っていたら風は感じません。

自分を消すことができるとそこの空気が分かります。空気が分かれば自然に風が分かります。

 空気を読むことが大事だとサラリーマンの父から言われました。それも中学の生徒会長をして身に付けました」

「いい経験をしてきたのですね」

「昨日の職員会議で三年生の先生から反対意見が出ました。そこで次回までに反対の根拠を出すようになっています。まだ少し時間が掛りますので我慢して下さい」

「分かりました。当分の間は視聴覚室を使わせてもらいます。もちろんパソコンは使いませんから安心して下さい」

「分かりました」

「桃山君ありがとう。もういいよ、下がって下さい」

「はい、ありがとうございました」それで桃山は応接室を出て行きました

「桃山君は渥美先生の言う賢い子です」

「はい、彼の言うことに無理がありません。そこに大人のエゴが入るから可笑しくなるのです。進学校だからテレビゲームクラブは必要ないと言う先生に対して反対を通すと言う事がどういう事かを彼は考えていたのです」

「第三者が聞けば彼の方が理にかなったことを言っているように見えます。国の指導で国体、県の指導でアジア大会ですか。それに反対を教師は出せません。

 むしろ盛り上げるために何をするのかが大事ですと桃山君は言いたいのです。まさに私たちは逆風の中で議論しているのです」

「彼と話しているとすがすがしさを感じました。彼は実践と言う武器を持って話しますから強いです」

「そうですね不登校生を三人復学させたことは先生なら大ホームランです。それを高一の生徒が一人でしたのです」

「彼には頭が上がりません」

「そうです。それに中学で生徒会長をやってきたのが彼の視野を広げるのにいい経験だったのでしょう」

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