潜って、飲まれない。【4月11日をテーマにショートショート】
揺れる水面。反射する太陽。少し冷たい風。
東京都高等学校新人水泳競技大会、女子自由形50メートル決勝。
私は、大きく息を吸い込んだ。
飛び込み台の先をつかんで、スタートの準備をする。
合図が鳴り、一斉に飛び込む。
世界はたちまち静寂に包まれ、必死に前だけを目指す。
・・・
私は、昔からスポーツが好きではなかった。
運動が苦手というわけではなく、むしろ得意だったが、
それよりも、スポーツに付随する勝ち負け、
そしてその勝ち負けに付随する、露骨な喜びや悲しみを表現することが得意ではなかったからだ。
小学生のときから、かけっこはわざと3位。
1位だと喜ばないといけないし、
2位だと悔しがらないといけない。
3位が私には居心地がよかった。
そんな私が水泳に出会ったのは小学二年生のころだ。
家の最寄り駅である八王子駅、
中央線のホームでスイミングスクールの広告を見つけた。
水着を着た笑顔の子供たちがたくさん写っていたその広告を
何をこんなに喜んでいるのだろうと、じっと見つめていた。
すると、隣でそれに気づいた母が嬉しそうに目を輝かせ、
気付くとその週末には、スイミングスクールの体験に来させられていた。
母はずっと私に習い事をさせたがっていたようだ。
なぜ私がすんなり体験にきたかというと、
そもそも、水泳が結構好きだったからだ。
というのも、水泳、というよりプールの授業は保育園の時からあったが、
その内容はみんなで宝探しをしたり、渦を作ったりと、
勝ち負けのない平和なものが多く、私の性に合っていた。
そしてなにより、水中に身体を沈み込ませたときの
静かなあの世界が子供ながらに大好きだった。
そもそも、アツいことが得意ではない私には、
最初から水泳が向いていたのかもしれない。
そして、その日の体験は自由に水と遊ばせるのが目的だった
らしく、私にとってとても楽しい内容だった。
というわけで私は、その日のうちに入会を決めた。
しかし、入会すると始まるのが競争形式の練習だ。
その練習がものすごく私にとっては苦痛で、
競争がある日はクラブを休んだり、少し怪我をしているフリをして、1人でゆっくり泳いでいた。
でも、競争の練習も考え方を変えれば楽になった。
自分が好きな静かな水中の世界で、前だけを見て泳ぐ。
周りは一切気にしない。
そもそも、かけっこでわざと3位を選ぶくらいの私にとって、
順位なんてどうでもいいのである。
そうすると、不思議なことにどんどん泳ぎは早くなり、
色々な大会でも優勝するようになってしまった。
自分と向き合いながら、必死にゴールを目指す。
そして、その自分だけの時間を思いっきり楽しむ。
周りは気にしない、それが私のスタンスだ。
・・・
大きく伸ばした指先がゴールの壁に触れる。
水中の世界から勢いよく飛び出る。
周りを見渡したが、他の選手はまだ少し後ろにいた。
この大会の新記録を更新したらしく、大きな歓声が聞こえる。
華々しい高校水泳生活のデビューだ。
それでも相変わらず、私のガッツポーズは控えめだった。
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4月11日は、
メートル法公布記念日
中央線開業記念日
ガッツポーズの日
これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!
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