若い春【4月10日をテーマにショートショート】

一隻の船は東へ、もう一隻は西へ行く。同じ風を受けて。

進路を決めるのは風ではない、帆の向きである。



海の向こうに浮かぶ白いヨットを見つめながら、

私は、この誰かが言った言葉を思い出していた。


この小さな船着き場は私のお気に入りの場所だ。

広い日本海が見渡せ、海風が気持ちいい。

ここは佐賀県の田舎、小さな漁師町。私はこの町が大好きだ。


何時間座っていただろうか。

そろそろ日も落ちてきたので、家に帰ることにした。


「ただいま~。」

明るく玄関を開けると、台所から甘い醬油の香りがしてくる。

そういえば今夜はカレイの煮付けだって言ってたっけ。


高校の卒業式が終わり、春休みになってからというもの

私の毎日の楽しみは、すっかり母の手料理になってしまった。


しかも最近は私の大好物ばかり作るので、体重計に乗るのがちょっとだけ怖い。


母が私の大好物ばかり作るのには、理由がある。


私はデザイナーになるため、東京の専門学校に行く。

つまり、あと少しでこの町を離れることになっているからだ。


教科書には載っていない、私自身の想い。

帆の向きは、自分で決めた。


今日の食卓も、とてつもなく豪華だった。

春から中学生になる弟も、毎日のご馳走に大喜びしている。


私と会わない間にすごく大きくなるんだろうなと思うと少しだけ寂しい気持ちになる。


食事中、賑やかなのが私の家族の特徴だ。


漁師の父も、じいちゃんも、母も弟もおばあちゃんだって、みんながお喋り好きだ。

私の夢について初めて打ち明けたときも、

みんな、思い切ってやってこいと背中を押してくれた。


そんな元気で明るい家族がいるからこそ、

今日も私は寂しい気持ちにならずに眠りにつくことができる。


・・・


数日後の出発の朝。


私は船着き場で最後の深呼吸をしてから、母の車に乗った。

新幹線が出る佐賀駅までは、車で四十分ほどだ。


飛行機に乗って一瞬で去ってしまうのはなんとなく寂しい気がして、あえて新幹線を選んだ。


運転席の母は、いつもより口数が少ない気がしたが、

それでも楽しそうに笑っていた。


駅につき、切符を買う。母とはしゃぎながら駅弁を選ぶ。


新幹線に乗らないのに、なぜか母も私と同じものを買っていた。

家に帰ってから食べるのだそうだ。


出発の時間が近づき、二人で改札に向かう。

別れの挨拶をしようとしたところで、

母がバッグから何かの箱を取り出し、渡してきた。


箱の中に入っていたのは、きれいに整理されたたくさんの手紙。


「100枚あるの。」

と母が言った。

「100枚もあるの!?」

思わず吹き出してしまった。


「1日1枚読むのよ。 最初の100日くらいは寂しいだろうから

用意しておいたの。今日の分からスタートね。」

母もつられて笑っていた。


その笑顔を見たとき、急に涙があふれ出た。


それに気づいた母は、今度は優しく笑って、

「今日の分、1枚目を見てみなさい。」と言った。


出てくる涙をこらえながら最初の手紙を見てみると、

 《 とっとと行ってきなさい!元気でね! 》

と書いてあった。


その文字を見た私は大きく笑って母に抱き着き、

改札まで駆けていった。


・・・


上京して、ちょうど1ヶ月が経とうとしていた。


専門学生としての生活は思ったより楽しく、

夢に見ていたデザイン漬けの毎日を送ることができている。


しかし、初めての一人暮らしはなかなか大変で、

今だって寝坊をしてしまい急いで支度をしているところだ。


出発の直前、行ってきますの代わりに今日の手紙を読む。

 《 部屋は整理整頓しなさいよ!家具もオシャレにね! 》

私は少し散らかった、未だに殺風景な部屋を見渡した。



「部屋のオシャレを決めるのはインテリアではない。

住む人間の性格だ。」


そう笑って、私は家を飛び出した。


ーーーーーーーーーーー

4月10日は、

教科書の日

100の日

ヨットの日

インテリアを考える日

駅弁の日

女性の日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!

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