別の道。【4月12日をテーマにショートショート】


人間が生身で宇宙に出たらどうなるでしょうか。


地球の大気は、気温や気圧を維持したり

私たちを太陽光の紫外線から守ってくれたりしています。


しかし、宇宙空間ではそのような大気の保護はありません。

そこに無防備の状態で飛び出すと、真空、極寒、紫外線や放射線といったものに直に晒されることになります。


おそらく、1分か2分後には死亡してしまうでしょう。


・・・


「そしたら、宇宙旅行なんて夢のまた夢じゃないか。」

飯田は、テレビの画面にぼやくように言葉を投げた。


俺と、この冴えないチェックのシャツを着た黒縁メガネの飯田という男は、

この東京大学宇宙研究サークルの同期である。


「まあまあ。今の時代、いろいろ進歩は早いから。」

と俺はなだめるように言う。


「進歩は早いって言ったって、人間の身体が変わるわけじゃないじゃん。

紫外線なんて、子どもに絶対浴びさせちゃだめだなんて騒ぐ人がいるくらいだし。」

と、飯田はまだぶつぶつとぼやいている。


「そうだな。技術に進歩してもらうしかないな。」

俺はとりあえず飯田に同調した。


このサークルは、大学に入学したときに俺と飯田で作ったものだ。

しかし、3年たった今もメンバーは俺たちだけ。


サークル活動というと、この寂れた部室で、たまに宇宙の話をすることくらいである。

そもそも、こんなサークルに部屋が与えられていることが奇跡だと思っている。



「そろそろ、本気出してみないか?」

突然、飯田がこっちを振り返って俺に言う。


本気とは何だろうか。何をするのだろうか。

俺には、彼が何をしようとしているのかが分からない。


「え、何をしたいの?」と、聞いてみる。

「宇宙のこと。」

「具体的には?」

「んー、宇宙に携わっている人のサポートをするとか?」

「なるほど。例えば?」

「んー、宇宙食を作るとか?」

「いいんじゃない。」

「今俺らはすぐに宇宙開発に貢献できないけど、すでに宇宙の近くにいる人を手助けすることで、宇宙開発にすこしでも貢献できないかと思って。」

「だからいいんじゃない。って言ったじゃん。」


こうやって飯田の聞き役になって頭を整理してあげるのが、俺の役割でもある。


こうして、この日から東京大学宇宙研究サークル初の本格活動、

「宇宙食開発プロジェクト」が始まった。


いざ調べてみると、もちろん既存の宇宙食は無数にあった。


しかし、美味しさまですべてが一級品とは言えないのが現状だった。

だから俺らは、とにかく味にこだわることにした。


そして俺らは、開発する食品を一つに絞った。

素人が未開拓領域に手を出すときには、

まずは一点突破することが大切になってくる。


選んだ食品は「パン」だ。理由はシンプル。

「なんとなく作りやすそう」だからだ。

技術格差が付きにくそうな領域、即ちどこを一点突破するかという考えも同じくらい重要だ。



そして、俺らは改めて自分たちが東大生であったということを思い出した。


とにかくストイックなのだ。


あの血みどろの受験戦争をかいくぐった時のように、

俺らはスイッチが入ると誰にも負けないほど物事にのめり込めてしまう才能があることをすっかり忘れていた。


俺らの活動がメディアに取り上げられ、

パンが商品化されるまでには、そう時間がかからなかった。


実際に商品化されたパンは、宇宙飛行士たちに絶賛され、世間の話題を呼んだ。


もちろん、宇宙で美味いものが地球で不味いわけがなく、

パンは地球でも「東大生が作る宇宙一美味いパン」として爆発的な売り上げを記録した。


サークルの名前は、東京大学美味しいパン研究サークルに

名前を変え、部員は100人を超えた。半数以上が女性だ。


・・・


俺と飯田の今の夢は、「世界中に美味しいパンを届けること」だ。


何が言いたいかというと、手段と目的の逆転や夢の変化は決して悪いことではないということだ。


やりたいことや夢が変わっても、

やりたいことが見つからなくても、

「芯がない」と批判されるべきではない。



大切なのは、その人がその状況を楽しめているかどうかだ。



ーーーーーーー

4月12日は、

世界宇宙旅行の日

東京大学創立記念日

パンの記念日

子どもを紫外線から守る日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!

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