9.ブラン……夢の果て【後編】


 考えていた以上の成長を見せるブランに、リーフは嬉しそうに笑う。

 再びハンマーを構えると、一目散にブランに突進した。

 小柄で縦横無尽の素早さと強烈な物理のパワー、変幻自在の魔法。

 どこから攻撃が刺さるか分からない動きにも、ブランはやや圧されながらだが必死に抵抗を見せた。


「うぐっ……はやっ、重っ……! 」


 ブランとリーフ、二人の打ち合いは幾度も繰り返され、強い衝撃波がコロシアムをガンガン揺らす。


「フフッ、ここまでやるとは。でもこのままじゃ勝てないッスよ! 」

「そんな事を言っても、防御するだけで手いっぱい……! 」


 それでもブランは良くやっている方だ。

 観客席から見るフィズは「へえ」と感嘆した。


「アロイスさん、ブランの奴かなり強くなりましたね」

「それなりにはな。リーフが楽しみに重点を置いてるお陰で助かっているだけだ」

「全開じゃないかもしれませんが、本気なのは本気ですし……よくやってます」

「ああ……、ほら、そろそろ決まるぞ」

 

 短くも熾烈な戦いに、決着は近い。


 リーフは「行くッスよ」と叫び、片手で握っていたハンマーを両手で持ち替えた。

 すると、青一色だったハンマーの炎は七色に変わり、強大な魔力の渦がコロシアム内部を包む。

 それを見たクロイツは髭を摩りながら面白そうな笑みを浮かべた。


「ほー。アイツめ複数属性の魔力をハンマーに込められるようになったのか」


 それには、アロイスも興味を持ったように返事した。


「リミッター解除に併せて持ち合わせる全種の魔法を撃てるようになったか」

「あれを裁くには余程の技量が無いと厳しいぞ。ブランの奴、ホントに死ぬかもな」


 ここに限りクロイツは真面目な顔つきで、低いトーンで言う。

 だが、アロイスは軽く流した。


「何とかなるだろう」

「おいおい、それほど信用してんのか? 」

「あー……じゃあさっきの話だ。一つ賭けをしてくれないか」

「何? 」


 アロイスは、ブランとリーフをそれぞれ指差して提案する。


「ブランが耐えたら俺の勝ち。ブランの本隊入部を認めてくれ」

「リーフが勝ったらどうする」

「その時にはブランは死ぬかもしれんが……代わりに俺が本隊に戻ってもいい」

「お前、来月には結婚控えてんだろ。それを捨てて賭けるってのか」

「俺がそんな賭けをする意味が分かってくれるだろう」

「……まさかな」


 この時点でクロイツはブランの敗北は信じて疑わない。


 その間に、リーフは七色のハンマーを振り上げる。


 ブランは体勢を整えて、剣を構えた。


「リーフの本気の本気、受けてみろッス! 」

「望むところです」


 リーフは「えいやぁっ! 」怒号で轟く。

 振り下ろしたハンマーが地面に着弾すると、かくも美しい魔力が解放された。


 火、水、風、雷、土、闇、光。

 

 解放された魔法は、巨大な虹の竜形を成す。

 竜は天高くと飛び上がり、大きな口を開きながら、ブランへと襲い掛かった。


「……うおぉぉぉぉっ!! 」


 ブランは自ら鼓舞して全身全霊と共に、虹の竜を剣で受け止める。


 通常の魔法であれば対処も余裕だろうが、様々な属性で七色に移り変わる竜撃は徐々にブランを傷つけていく。


 身を焦がす火炎、凍るような水流、引き裂く風刃、全身を貫く豪雷。


 土は隕石のように竜の身から降り注いで物理的にも攻撃を仕掛けてくる。


 光と闇は剣や槍の形状を変化して、動作の読めない動きで隙あらば身を切り刻む。


 僅かな隙を見せれば、一瞬のうちに全身は粉微塵となるだろう。

 


「うあああああぁぁっ!! 」



 それに打ち勝つためコロシアムに響くブランの魂の叫び。

 だが、終ぞ未曾有の攻撃を前にして、その時は訪れる。


「く、くそうっ……ここまで…………なら……」


 必死に抵抗を見せたブランだが、ついに虹の竜の口へと呑み込まれた。

 観客席に座る大多数が「おおっ」と声を上げ、立ち上がる。

 しかし、特別席に座るクロイツを始めとしたメンバーだけは、微動だにせず言った。


「……参ったね、こりゃ」


 クロイツが言うと、フィズやライフも首を小さく左右に振った。


「おいアロイス。お前がそこまでアイツを信じられた理由はなんだ」


 またクロイツが訊く。

 アロイスは半分ばかり見開いた目で、鼻息をフゥーっと鳴らし、答えた。


「決まってるだろ。俺の弟子がそう簡単に死ぬなんざ思っちゃいないさ」


 言う通りだった。


 やがて竜が天に姿を消した後、コロシアムの真ん中には、深い傷を負ってなお、未だ剣を握ったまま立つ"ブラン"の姿があった。


 クロイツは"やりやがった"と俯いて笑う。


「にゃろめ、最初に魔法を打ち消そうとしたのを急遽守りにシフトして耐えやがった」

「……俺との冒険で一番に教えたのは"生延びる術"だ。防御面を徹底的に磨かせたんだ」

「だからと言ってそう簡単な話じゃない。お前、アイツとどんな冒険をしてきたんだ」

「ブランが死にかけたのは一度や二度じゃないとだけ」

「変哲ない新人冒険家が今や秀才に牙を剥けるくらいの経験をさせてきたってか」


 リーフに一矢報いる実力を得たブランの努力たるや想像に絶する。

 そして、攻撃を耐えたブランを前にして、リーフも称賛しつつ……"勝利"を伝えた。

 

「あやや……。ブラン、よく耐えたッス。今回の戦い、ブランの勝ちッスよ」

「そんな事は無いです……もう、腕も上がりませんから、さっさとトドメを……」

「ん~、そうもいかないッス」

「なんでですか……」

「こうなっちゃったッスもん」


 リーフはドスンッ! とハンマーを地面に置いた。

 すると、ハンマーのヘッド部分にピキピキとヒビが入ったかと思えば、無惨にもハンマーは砕けてしまった。


「武器が壊れちゃったら、もうお手上げッス」

「も、もしかして、わざと……」

「いやいやー。リーフの負けは負けッス。にゃはは♪ 」


 笑ったリーフは、元気よく観客席側に手を振り、クロイツとアロイスに叫んだ。


「リーフの武器壊れちゃったから、もう戦えないッスー! リーフの負けッスよー! 」


 それに答えるように、クロイツは仕方ないという表情で右手を上げる。

 隣のアロイスも親指を立てて合図してから、席から立ちあがった。


「俺は帰るぞ。あと、ブランの事は宜しく頼んだ」

「もう行くのか。ブランに伝えることはあるか」

「また酒場に遊びに来いって伝えておいてくれ。それじゃあな」


 アロイスはそれだけを言い残し、さっさとコロシアムから出て行った。


「やれやれ、忙しない奴だ。んじゃー、どうすっかなあ……フィズ! 」


 呼ばれたフィズはアロイスの座っていた席に移り「なんでしょう」と返事した。


「お前がブランの面倒を見るか? 」

「構いませんよ。あと、思ったんですが……」

「なんだ」


 フィズは小声で耳打ちする。


「戦闘実力でいえばライフより上をいくかもしれませんよ」

「あー……そんな事は小声の必要はねえ」


 目の前に居る副団長補佐ライフ・コリンズを前に、堂々と伝える。


「おーい、ライフ」

「は、はい」

「お前分かっちゃいるだろうが、お前よりあっちのほうが強ぇぞ」

「……そ、そうでしょうか」

「このバカたれが」


 認めないライフにクロイツは苦言を呈する。


「お前、最近鍛錬サボったり調子の乗ってるって話は知っているぞ。ああ、アイツの実績次第じゃお前と交換って事も有り得るからな……? 」


 ライフは「はい? 」と表情を引きつらせた。


「ちょっと待って下さい……え? 」

「半年後のコロシアム戦でお前が負けるようなら、確実に交代だ」

「そんな!? 」

「お前だって当時の補佐ぶっ倒したから入隊一年余りでフィズの補佐になったんだろ」

「それはそうですが……」

「ウチは実力主義だと知ってるな。嫌なら励まんか! 」

「は、はい! 」


 一括されると、ライフは「鍛錬します」とコロシアムから出て行った。

 それにフィズは申し訳なさそうにしてクロイツに御礼を言った。


「すみません。アイツは直ぐに調子に乗るようなやつで……」

「本来、それを正すのもお前の仕事だろが」

「俺自身でまだ甘い部分があるようです。精進します」

「おうよ。しかし、アレだなァ……」


 クロイツは懐から葉巻を取り出す。

 火を点け、煙を空に噴き上げながら、楽しそうに言った。


「ククク、悪戯にコロシアムで戦わせたつもりだったんだがな。アイツめ、思った以上の弟子を育ててくれたもんだ。ブランが入ってウチは変わるぞ。これからまた面白くなりそうだ」


 ブラン・ニコラシカ。

 新人時代、アロイス弟子時代を経て、クロイツ冒険団へと入団。

 彼の新たな冒険人生が、これから幕を開けるのである。

 一つの夢叶えた男が見据えるその先。


 ブランの次の夢。


 コロシアムから出て行ったアロイスを見て、つゆ想う。


 次の夢は遥か遠い、困難の道だとしても。


 いずれ、貴方を越してみせる事だと……。


 ………

 …



 【 夢の果て 終 】

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