8.ブラン……夢の果て【中編】
【 そして2082年6月19日 】
ブランの入団面会から1週間後。
場所は、クロイツ冒険団が所有する戦闘用コロシアム。
冒険団が自らを鼓舞し、競い合うために建設された戦闘場である。
クロイツ冒険団が暴れられるように周囲には防御壁が展開され、外部に影響することは無い。
また、本来はコロシアム一杯にクロイツ冒険団所属の観客を迎えるはずだが、今日に限りその姿はなく、観客は極僅かだ。
最も近い特等席に腰を下ろすのは、団長"クロイツ・エーデルシュタイン"。
それに現部隊長"フィズ・アプリコット"。
彼の右腕で部隊長補佐"ライフ・コリンズ"。
また、幹部連の一部も上層の席から見下ろす。
加えて、団長とフィズに挟まれる形であの男もいた。
「やれやれ。オヤジも物好きな事をしやがるもんだ」
「そう云うな。アロイス……お前も弟子の実力がどれほどのモノか気になるだろ? 」
アロイス・ミュールである。
数日前に招待を受取り、この会場へと足を運んでいたのだ。
「俺も暇じゃないんだ。色々と家でやることがあるんだよ」
「ハハハッ。お前の口から"家"なんて言葉が出るとは未だに馴れんぞ」
「わざわざ呼ばなければ、見に来ることなんか無かったてのに」
「弟子の成長を見たくはないのか? それとも、敗北する姿を見たくなかったのか」
「さあな」
「お前はどっちに賭ける。勝つと思うか、負けると思うか」
「……これは賭けが成立しないと思うぞ」
明確な返事ではない。
それがブランへの信頼なのか、単に敗北を見たくないだけなのか。
ただ、隣に座るフィズとライフは、ブランに勝てる見込み無しと考えていた。
「アロイスさん。期待してたら申し訳ないですが、ブランは勝てませんよ」
フィズが言う。
アロイスは「そう思うか」と単調に返事した。
「キャリアも実力の基礎も違う。幾らアロイスさんが鍛えたとはいえ、リーフはモノが違います」
「ああ、確かにリーフは強い。勝てる未来はほとんど見えないだろうな」
「団長の命令で最初から本気で行くように指示されてます。一撃で沈められてしまうかもしれません」
それこそ惨殺現場になり得ると云う。
しかし、アロイスは心配する様子は無く、観客席から、コロシアム中心に立つブランを眺めていた。
そしてブラン本人も、世界を率いる者たちから目を向けられた現場に居ながら、意外にも心と態度は落ち着いていた。
「いや~、凄いメンバーに見られていますね。しかもリーフさんと戦うなんて」
「落ち着いているッスねえ。ちなみにリーフは最初から本気でいくつもりッスよ」
「望むところです。ぼちぼち始めますか」
「何処までやれるか見せてもらうッス」
金色のツインテールを靡かせて、少女は、背負っていた自らの身の丈程ある巨大ハンマーを片手に持つ。
「リミッター解除ッス」
リーフがハンマーに魔力を込めると、柄部からヘッドを覆うように蒼い炎が燃え上がる。
メラメラとした熱風は辺りを焦がすほどに強烈で、明らかに普通に込められた魔力の比では無い。
ブランは「おおっ」とやや下り気味になったが、弱腰ではない。
「へえ、こんなに近くなのに魔力酔いを起こさないッスか」
平然と立つブランにリーフは驚いたように言った。
ドワーフ族が故に強力な筋力と魔力を持つリーフは、自らの魔法が如何に危険か自覚しており、ハンマーに仕込む魔力の限界数値を設定している。
かつて、リミッターを外した状態でアロイスとコロシアムで戦った時には、村一つを消し飛ばすほどの大爆発を起こしたこともある。
「上等です。やってやりますよ」
それでもブランは戦意を崩さない。
帯刀した片手剣を抜き、構えを取る。
「やる気ッスね。何度も言うけど、これは本気の戦いッスよ」
「分かってます」
「死んじゃっても、ダンジョン攻略の失敗処理にされるッス。分かっているッスか」
「死ぬつもりはありません」
「なら、遠慮はしないッスから……いくッスよォ!! 」
最初に仕掛けたのはリーフだった。
燃え滾る炎のハンマーを振り払って、ブラン目掛けて炎の波を撃ち放つ。
だが、ブランも剣の振り払いでリーフの魔法を一発で切り払ってそれから逃れる。
「さすがにこれくらいは避けられるようになったッスか。でも! 」
炎の波に隠れてリーフはブランの足下に迫ていた。
地面に掠めるくらいの低さから真上に向けてのハンマー打撃を繰り出す。
すかさずブランは反応し、剣でかち合った。
「うぎっ……重ッ! 」
リーフの有り余るパワーで押し返されそうになるが寸で耐える。
しかし、リーフの狙いは物理攻撃では無かった。
「……破ッ!! 」
ハンマーに込められた魔力を暴走させて爆発を起こす。
ほぼ零距離による攻撃は、ブランの位置から向こう側を吹き飛ばし、ブランの姿は爆発と土煙に消えた。
「あっ」
リーフの手のひらに嫌な感触が残る。
ブランを吹き飛ばす確実な"手応え"を感じたのだ。
もしかして本当に消し炭にしてしまったのかもしれないと思ったが、その刹那。
「……後ろッスね!? 」
前面に居たはずのブランが、いつの間にかリーフの背後に立っていた。
しかも、小さな首をつけ狙って振り下ろしてきたブランの剣。
すかさずリーフは身を屈めてそれを回避し、後方に転がって距離を置く。
「ああっ、当たったと思ったのに! 」
無傷のブランは悔しそうに叫んだ。
「ブラン、無事だったッスか」
敵ながら何事も無かったようでちょっとだけ安堵するリーフ。
それにしても、どうして無傷だったのかと半分面白く無さそうにした。
「確かに吹っ飛ばした手応えはあったッスけどね」
「危ない所でした。魔法分身で避けたんですよ」
先ほど剣でハンマーと打ち合い、爆発が起こる寸前にブランに嫌な予感が走った。
かつてアロイスと挑んだ高難易度ダンジョンで幾度と感じた"恐怖"である。
反射的に、肉体と精神は逃げることを選んだ。
強力な魔力をその場に残置させ、ブランは爆発と同時にリーフの後方に飛んだのだ。
その場に残ったブランの魔力を消し飛ばしたことで、リーフは『ブランが吹き飛んだ』と誤認した。
「器用な事を出来るようになったッスねえ~……」
一瞬だが、リーフの目を以て本物を倒したと錯覚させる完成度の魔法は、ブランの成長した証だ。
「かなり鍛錬しましたから。だけど、この剣のお陰でもあります。リーフさんの魔力が籠るアダマンタイトの剣……これがあったから必然的に魔法の使い方も覚えました」
かの片手剣はブランの為にリーフが全霊を込めて造った特別品である。
武器の優秀さがために魔法への対抗方法を自然と覚え、今や魔法剣士と相違ない実力を誇っていた。
「……ははーん、相手に不足無しッス! 」
………
…
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