7.ブラン……夢の果て【前編】
【 2082年5月2日 】
この物語はアロイスとブランの冒険から2年後の物語である。
二人は別れ、ブランは独り"冒険団クロイツ"に向かう―――。
……
…
この日のブラン・二コラシカは、これ以上なく気を張っていた。
気持ちの入れようは、アロイスに弟子入りした出立の日と相違ない。
何故なら、今この瞬間。
ブランは追い続けた夢の為に。
『クロイツ冒険団本部』
その入団試験のために、団長クロイツ・エーデルシュタイン本人と面会をしていたからだ。
「……ンで、お前さんはアロイスと冒険してきて、何か変化はあったのかい」
閉じた左目に走る縦の傷。
堀深いシワ。
鼻の下から顎にかけて伸びた白髪交じりの黒ヒゲ。
団長クロイツから放たれる強者たるオーラは、ブランの全身をビリビリと痺れさせる。
「は、はい。今日までアロイスさんに約4年間面倒を見て貰い、自分自身、ようやく冒険者としての力量がついてきたと自負しています」
恐々とした返答。
クロイツとのやり取りは、アロイスと挑戦し命を脅かしたダンジョンよりも緊張した。
「ほう。冒険者としての力量ねぇ……」
クロイツは面会途中だと云うのに、葉巻を加えて火を点ける。
態度はブランとまるで対照的にリラックスしているようで、葉巻のハーブ色濃い香りを堪能する。
「ま、二人の活躍はよく聞いている。届かんわけがないわな。お前さんも相当な経験や実力を積んできたのは想像に容易いさ」
2年ほど前から、ブランはいよいよアロイスの右腕として台頭してきた。
まだ幼さの残るあどけない顔つきでも、培った経験はその辺の冒険者を遥かに凌駕する。
最早、ブランはクロイツ冒険団エース・クラスと比べても劣らないかもしれない。
あのアロイスとの冒険に生き延びただけでなく、五体満足で居れることがそれを物語っていた。
「お前さんは、本気でウチに入りたいのか」
「はい。それが俺の夢でした」
「そうかい。なら……支部の最下層からの入団となってもか? 」
「えっ」
クロイツ冒険団に所属する人数は数多く、一軍役である本部と二軍以下の支部に分かれている。
更に本部のうち本隊に所属出来るのはほんの一握りのみで、本隊のほとんどのメンバーは支部から経験と実績を積んで昇ってきたわけだ。
「お前さんは実績からすりゃ本隊……フィズやリーフの直属に入れても文句垂れるやつは居ねえだろうが、俺ぁ特別扱いする気はない。それでも入りたいか? 」
クロイツ冒険団支部の最下層。
そこからのし上がるのは並大抵の話じゃない。
この話は割と考えさせられる。
既にブラン・二コラシカの名前が冒険者達に馳せている今、クロイツ冒険団に入隊するメリットは少ない。
ある程度のダンジョンなら余裕で攻略出来るだろうし、他の冒険団ならネームバリュー込みで喉から手が出るほど欲しい逸材であり、恐らくは特別待遇で迎え入れることだろう。
だが―――。
「構いません。いずれ団長さんから本隊に迎え入れたいと言わせて見せますよ」
敢えて強気の態度を取った。
その回答に、クロイツは、この日初めての笑みを浮かべる。
「ほう~……そうか。そうか、そうか。なるほどな」
葉巻の火を灰皿に押し付け、やや前のめりになって、面白そうに口を開く。
「強気な態度、気に入った。ならよ、賭けをしねえか」
「え、賭けですか……? 」
子どものように目を輝かせるクロイツから飛び出したのは、とんでもない言葉だった。
「正直、お前さんの経験を以て最下層が不満だってのは少なからず分かってる。隠すことはねえ、不満なら不満と言えばいい。だからよ、チャンスをやろう。俺ンとこのヤツとコロシアムで戦え。勝ったら本隊階級付きで迎え入れてやる。だが、負けたらウチで飼い殺し……支部の支部で一生新人扱いだ。さァどうだ、受けるか」
本隊エースか、一生新人の飼い殺しの二択とは……。
なんて提案をしてくるんだ、この人は。
「ハハハ、俺はイヤな奴なんだ。お前が入ろうって思ってるのァ、こんな冒険団なんだぜ」
いやはやブラック企業も甚だしい。
ただ、ブラン・二コラシカは何処までも冒険者だ。
そこに好機がある限り、首を横に振ることは無かった。
「分かりました。受けます。その話、受けて立ちます! 」
やってやると粋がる。
俺はもう昔の俺じゃない。
世界一の冒険家アロイスの弟子なんだ。
どんな困難でも乗り切ってみせる、と。
「おお、そうかぁ」
クロイツは、語尾にハートマークを浮かべて嬉しそうに言う。
そのうえで部屋の外に向かい、大声で叫んだ。
「やっぱり受けて立つってよ。ほれ、入って来い!! 」
……なんだ?
もしかして、最初からこれを入団試験とするため準備でもしていたのか。
まあいいさ。
誰が来ても、今の俺は決して負けない。
―――と、思っていたのだけれど。
部屋に入ってきた相手を見て、頬は引きつり、戦慄してしまった。
「やあやあ、面白い事になってきたッスねえ~! 」
元気よく黄色い声を上げたのは"副団長リーフ・クローバー"だったのだ。
「は……えっ。戦う相手って、リーフさん……なんですか? 」
茫然自失。
クロイツは、
「だからウチのヤツと戦わせると言ったろ」
と、イヤらしく笑った。
「……俺、一生飼い殺しかもしんない」
ブランは、白目で呟いた。
………
…
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