6.ナナの日常~嬉しいサプライズ~


 ―――それは、とあるお話。

 ナナ・ネーブルと帰ってきた両親との一コマ―――。


 その日、酒場の休日。

 暇を持て余したカイは、居間で休むナナにとんでもない言葉をぶつけた。


「なあ、ナナ。アロイスが戻ってきたら結婚するのか」


 あまりにも唐突すぎる台詞。

 ナナは飲みかけていたコーヒーを噴き出しそうになった。


「ゲホゲホッ! な、なんで突然! 」

「だってお前らいい年だろうよー。ちょっと遠過ぎる遠距離恋愛だけども」

「そ、そんなの分かんないよ。知らない」


 カイにそっぽを向いて、再びコーヒーを口にする。

 しかし、カイはまたもや有り得ない言葉を呟いた。


「まあ四十代で孫が出来るかもしれないってのも、結構複雑な心境だぜ」

「―――お父さんっ! 」


 ナナは顔を真っ赤にして、テーブルを叩いた。


「な、なんだよ怖いな」

「お父さんが変なことばっかり言うからでしょ! 」

「何も変なことは」

「セクハラだからね、セクハラーっ! 」


 顔を赤く染めたまま、怒ってキッチンに向かう。

 そこには母親のリリー・ネーブルがくすくすと笑いながら昼食の準備を進めていた。


「全く、お父さんにも困ったものね」

「本当に、もーっ。いつも、あんなことばっかり! 」


 ナナもリリーの隣に立ち、飲み終えた空のマグカップを水道で洗い始める。

 最初は怒っていたナナだが、冷たい水に触れるうちに少しばかり不安げで寂しそうに呟く。


「……いつ会えるのかな」


 アロイスが再び冒険者となって一年以上。


 時折、手紙や機会があれば電信連絡で声でのやり取りも途絶えることなく続いているが、それでも会えないことはやっぱり寂しい。


 彼に会いたい、と。


 アロイスが家を去ってから、それを考えなかった日は無い。


「アロイスさんだってナナに会いたいに決まってるでしょ。また遊びに来るに決まってるから元気を出して」


 リリーはナナに優しく言う。

 ナナは「うん」と、それでも寂し気に答えた。


 ―――しかし。


 今日のナナに、嬉し過ぎるサプライズが待っていることはまだ誰も知らない。


 ……あの"御方"を除いて。


 それは、自宅の玄関入口で、既に起きている幸せの事実があった。


「なーにしてるんさね、バカ息子っ! 」

「お、お婆さん」

「アロイスさん、ほらほら、我が家に入るのに遠慮はいらないさね!」


 なんと今日に限り、アロイスが帰ってきていたのである。

 どう入ろうかと迷っているところに、祖母がたまたま居合わせたようで。


「冒険のほうは、もう終わったのかい。ずっと一緒に暮らせるのかい? 」

「それはまだ。ブランの都合で戻ってきたので、二週間ほど滞在する予定ですが」

「一か月に一回は帰ってきんしゃい。じゃないと、ナナも愛想尽かしちまうよ! 」


 あはは、と祖母は高笑いして言った。

 この人は本当に変わらないなと思い、彼女につられて自分も笑う。


「ははは、出来るだけそうします。……ナナの奴、俺に会えて喜びますかね」

「アンタはどうだい」

「年甲斐なく、喜びと怖さが半々に恋愛を楽しんでるという気持ちです」

「それはナナも一緒さね。お互いに言葉にして、もっとお互いを深く知り合うさね」

「言葉が染みます。そうします」


 アロイスは「ゴホン」と咳払い。

 冒険衣服を整え、少し髪型を手直しなんかしたりして、久しぶりに自宅の戸を叩いた。


「おーい、ただいまー」


 ―――今日から暫く。

 このお家には、笑顔が絶えそうにも無い―――。



 ………

 …

 

 【 ナナの日常~嬉しいサプライズ~ 終 】


 …

 ………

 …………


 ちなみに、その夜。

 食卓で酒に酔ったカイに絡まれるアロイスの姿が―――。


「……で、お前らいつ結婚すんのよぉ」


「い、いやそれはですね」


「ナナー、来週には挙式するってぇー! 」


「言って無い、言って無いですから! 」


「じゃあ結婚しないのか。ナナのことは好きじゃないってのかぁ」


「しないとは言ってませんから。それに好きという気持ちは本心で」


「聞いたかナナー! アロイスが愛してるってよぉー! 」


「ちょっとカイさん! 」


 慌てるアロイスにキッチンから聞いているナナは、嬉し恥ずかしそうに笑っていた。


 …………

 ………

 …



 【 本当に終わり 】

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