5.冒険譚、幽霊屋敷にて【後編】
リザードマンは、掠れた声で、だが確かに人語を口にしていた。
「なんだそりゃ。覚醒でもしたってのか」
彼の前でしゃがみ込み、引きつった表情で見下ろす。
過去に人語を理解する魔獣と対峙した経験こそあったが、彼のように『知性を習得した』パターンは聞いたことが無い。
「半ば知性があるなら、このまま殺すわけにはいかんな。分かるか」
「……俺ヲ喰うノか」
「気色悪いこと言うな。警衛団に引き渡すんだ。どのみち極刑だろうがな」
「ケイエイダン、キョッケイとハ、なんダ」
「いちいち説明させるな。そのまま寝て静かにしてろ」
リザードマンは「どのミチ動けナイ」と床に頭を打つ。
しかし、直ぐに濁った瞳でアロイスを見つめながら、あることを尋ねた。
「ヒトリでキタ、ノカ」
「だったらどうする」
「……ククッ。この主がオレだと言っていたナ」
「違うのか」
「俺は、この場所に来たヒトや魔族を喰うコトを許されたダケだ」
「誰に」
リザードマンは震える人差し指で、真上を指差して言った。
マッシロな強いヤツがイル、と。
「真っ白な強い奴……外で見た謎の光か」
「アイツは俺ヨリもずっとズット、ヒトとマゾクを喰ッテルぞ……」
リザードマンは口角を上げて憎たらしく笑う。
「俺、知ッテイル。お前、ナカマが居る。今頃、ナカマは殺されてイル。悔しいカ、怖いカ! 」
ここぞとばかりに強気に、嫌らしく声を上げた。
ところがアロイスは顔色一つ変えずに答える。
「おいおい、お前が何を勘違いしているのかは知らんけどな……ブランの事を言ってるなら、何一つ心配していないぞ」
両腕を組み、余裕を見せる。
それも当然の話だった。
気弱で未熟なところがあるとはいえ、ブランがアロイスと旅を続けて一年以上。
既にその実力は、自他認める高い水準に位置しており―――。
「……あっ、いたいた。アロイスさん、こんなところに居たんですか! 」
「遅いぞブラン。それで、三階には何があった」
「巨大な悪霊族のレイスが居ました。斬っちゃいましたけど」
屋敷の主である悪霊族"レイス"を倒したブランは、姿の見えなくなったアロイスを探して地下に辿り着く。
怪我一つ負わず、アロイスと同じく余裕綽々のままに。
「光の正体って、冒険者を喰い殺していたレイスだったんですねえ……って、この部屋なんですか!? てか、そこのリザードマンも何なんですか!? 」
人骨や遺体を踏まないようにして、アロイスに急いで近寄る。
リザードマンは自分のみならず主が敗北したことを知って、悔しさに顔を滲ませた。
「馬鹿ナ、マッシロなアイツが負ケルなんて! 」
唐突に喋り出したリザードマンにブランは「うわっ」と退いた。
「しゃ、喋ってるし。なんですかコイツ! 」
「俺も驚いたよ。幽霊屋敷の正体は大体理解したが……おい、お前」
アロイスはリザードマンの頭部に人差し指で触れて、軽く力を込める。
「元々ここに住んでいた連中はどうした。レイスやお前がこれほどの屋敷を造れるとは思えん。殺して奪ったのか。答えろ。知っている事を正確に吐け」
たった一本の指先にも感じ取れた明確な『強さ』にリザードマンは恐怖し冷汗を垂らす。
「……最初のエモノダッタ」
「喰ったのか」
「三匹、ヒトを喰ッタ。男、女、子供」
「絵画に描かれていた三人だな。いつの話だ」
「百年近くマエに」
「家族たちの遺品は無いのか」
「イヒンとはナンダ」
「身に着けていた服やアクセサリのことだ」
アア、ソレナラ……。
リザードマンは奥を指差して「アソコダ」と答えた。
「そうか、ご苦労」
答えを聞いて直ぐ、アロイスはリザードマンの脳天に"デコピン"を食らわせた。
それでも強烈な一撃は意識を奪うことは容易で、リザードマンは一瞬で気を失ってしまったのだ。
「どれ、そこにあると言っていたな」
アロイスは立ち上がり、家族の遺品とやらが散らばる場所に近寄り腰を下ろすと、血と泥に塗れたアクセサリをガシャガシャと漁った。
「何を探しているんですか。供養でもするつもりですか? 」
「他人に見られていい恰好はしないな。時々、冒険者は墓荒らしと同じだと思う」
「否定は出来ませんよ」
「他人の遺産と分かって貰うつもりは無かった。だが、腑に落ちない事がある」
「なんですか? 」
ブランが訊く間にアロイスは
「……あったぞ」
と、血と錆びに汚れた指輪を拾い上げた。
「古い指輪ですね。だけど、薄っすらと魔力があるような」
「魔具の一種だ。しかも魔力を漂わせているのは、まだ道具として生きている」
「何に使うんですか」
「こっちだ。ついて来い」
アロイスは気絶したリザードマンを肩に担ぎ、ブランと二人で一階に戻る。そのまま向かったのは、最初に階段で目立っていた巨大絵画の前であった。
「こんな森の中に屋敷がある話もそうだが、一階を調べている間に妙な事に気づいた。この屋敷の造りのことだ。柱や壁の位置関係を見ても、一階と二階の間に大きなスペースがあるように思える。隠し扉のように変な地下室があることを踏まえれば……」
そう言いながら、指輪の内側にある刻印に触れて魔力を込めると、指輪の外側から直線状に細い輝きが放たれた。それを絵画の男が身に着ける"同じ指輪"に当ててみれば、絵画は縁の部分から蒼い炎に包まれ燃え上がり、その向こう側に"広い部屋"が現れる。
「魔法具による隠し部屋、か」
「こ、こんなに広い部屋がまだ! 」
「……やっぱりな。見てみろ」
最早、その場所に足を踏み入れるまでも無かった。
絵画の内側には、古代金貨や黄金の財宝が山積みされていた。
ブランは「凄い」と目を輝かせたが、アロイスは対照的に冷静に言った。
「ブラン。喜んでいるところ残念だが今回は俺らの成果物とするのはどうかな」
「え……あ、はい。個人の所有物だからですよね」
「半分正解だ」
「どういう意味です? 」
アロイスは「簡単だ」と答える。
ここにあるほとんどが盗品だろう、と。
「と、盗品!? 盗まれたものってことですか」
「目視しているだけでも、歴史から失われた美術品がチラホラ見える」
「……待って下さいよ。じゃあ、この屋敷と家族って」
所詮は百年以上前の話。
例え絵画の中の彼らが盗賊一家、その隠れ家であったとしても、全ての物語は憶測に眠るばかりである。
「本当の答えは闇の中だ。古代ダンジョン品ならまだしも、美術品としての盗品なら、俺らに捌けないし寄贈品扱いになるだろう。ま、完全とはいえないが屋敷の謎は解いたわけだ。あとは俺らの仕事じゃない。別の冒険者が場を荒らす前に、警衛団にでも伝えよう」
再び指輪に魔力を込めて絵画の縁に光を当てる。
今度は赤い炎が燃え滾り、燃え落ちたはずの絵画が元の姿に戻り、幸せそうな家族が姿を現した。
「凄い仕掛けですね。絵が元に戻っちゃうなんて」
ブランが絵の表面に触れると、確かな油絵のザラザラとした触感が残る。少し強めに押し込んでも、向こう側はただの壁があるだけ。自分一人では、この仕掛けを解くことは出来なかったと思う。
「でも、正直残念です。宝があるダンジョンを攻略したのに何も残らないなんて」
「今回の攻略は警衛団から表彰対象になるんじゃないか。俺は出席するつもりはないが」
「ほとんどアロイスさんが謎を解いたんですから」
「……ジンの奴が出てくるだろ、そしたら」
ジンとは、アロイスを執拗に警衛団に誘う警衛団元帥である。
世界の中心である大国家『セントラル』を指揮しており、故に彼は世界を指導者と言っても過言ではない。
なお、ブランとてジンには感謝しきれない恩もあって……。
「久しぶりにジンさんに会いたいですねえ。俺の人生を変えてくれた一人ですし」
「アイツに諭されなけりゃ、俺も弟子を取るなんて考えなかったよ」
「……感謝しています。でも、一つだけいいですか、アロイスさん」
「なんだ」
中々怖くて聞くことのできない話をぶつけた。
「アロイスさんは、俺と旅が出来て楽しいですか。それだけが不安です」
それを聞いたアロイスは「お前……」と溜め息を吐いた。
「俺は根っからの自己満足で我儘な自由主義。それを知ってるだろう」
「我儘かどうかは分かりませんケド、冒険者で自由主義というところは勿論」
「……なら俺がお前と居る理由くらい理解しろ! 」
バンッ、と強くブランの背中を叩く。
ブランは嬉しい痛みに笑顔を浮かべた。
「まだまだ、これからもご指導の程宜しくお願いします! 」
「お前をクロイツにエースとして迎えるまで指南は終わらんぞ」
「……お、お願いしますっ! 」
―――二人の冒険活劇はまだまだ続く。
彼らの物語は、また別のお話で―――……。
………
…
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