3.冒険譚、幽霊屋敷にて【前編】



「―――来ちゃったよ、ここに」


 英雄冒険家を夢見るブラン・二コラシカは、脚を震わせながら言った。

 隣には、彼の師であり、既に『英雄』の名を欲しいがままにしているアロイス・ミュールが不敵に笑う。


「なんだ、怖いのか」

「幽霊屋敷ってのは、苦手でして……」


 彼らが立っていたのは、未踏破ダンジョン『フォレスト・シップ』と呼ばれる幽霊屋敷であった。

 森の深淵に存在した幽霊屋敷は、鬱蒼とした木々に覆われて陽の光も届かない。放置され、朽ちた巨大な豪邸は、暗がりの森に深き森に眠りにつくばかりである。


「幽霊ってのは、冒険者にとっちゃ友達だろ。お前がゴーストを怖いとは知らなかったぞ」

「急に飛び出して来るような相手は苦手なんですよ……って、ほらぁっ! 」


 ブランは大声で屋敷の三階の窓を指差す。

 アロイスもその指先を追って見ると、窓際に淡い白光が一瞬チラついたのが見えた。


「……なんだ今の光は」

「ゴースト系の敵ってこれだから嫌なんですよお。びっくりする! 」

「強い魔力の明かりでは無い。かといって魔石ランプのようにも見えなかったな」

「こんな状況で冷静な分析は……さすがですけど」

「とにかく入ってみよう。それとも、逃げ帰るか? 」

「うくっ……。い、行きますけどそれは」


 ―――じゃあ、先頭を切って入れ!

 バンッ! とアロイスに背中を叩かれたブランは、やや逃げ腰の姿勢のまま、屋敷の玄関に近づいた。


「開くしか無い……か」


 玄関の両開きの扉は、長年放置されて森が浸食した所為で緑に覆われて酷い有様だ。しかし、かつて栄華を誇ったであろう欠けた黄金の装飾の残り香からは、豪家だった頃の趣が感じられる。


「ええい、野となれ山となれだ! 」


 覚悟を決めて、両手でドアを押し込もうとする。

 だが―――。

 扉に触れる寸前に、あろうことか、扉はギギギと音を立てて"ひとりでに"開口した。まるで、獲物を待っていたかのように。


「ひえええっ、勝手に開きましたけど!? 」

「歓迎されてるじゃないか。さあ、入ろう」

「アロイスさん……さすがの落ち着きと言いたいところですけど! 」


 扉が開いてからは、興味がそそられたのか今度はアロイスが先行して屋敷に身を投じた。

 内装は外観から想像できた通り豪華絢爛で、室内には甲冑や石像などの装飾物が並び、床には赤色の絨毯。正面には大きい階段と、その正面上部には家族と思わしき巨大な絵画が飾られていた。


「造りは珍しく無いが、確かに噂通り豪華な屋敷だな」

「ダンジョンにしてはかなり綺麗な部類ですね」

「レリックとは違って、比較的新しいユニークダンジョンはこんなものだ」


 通常、ダンジョンは古代戦争時代から遺されたレリック・ダンジョンが多いが、ここ最近になってから、近代において何らかの理由で遺跡化したダンジョンを特異遺跡ユニーク・ダンジョンと呼称した。


「そもそも、どうしてこんな場所に豪邸があるのかすら不思議ですよね」

「絶えない噂話は何度も耳にしただろう」

「闇取引用のシンジケートとか、何らかの実験場だったとか……ですね」

「どのような理由にせよ、この場所に赴いた冒険者の末路は凄惨なものだった」

「二度と戻らないか、口々に『何も知らない』と言うばかりですね」


 この幽霊屋敷においては、所謂、禁忌とされている節があった。

 いずれにせよ、この屋敷に何かが起きていることや、宝物が眠っている可能性は非常に高い。


「白い光が見えたのは三階だったか。まずは三階への階段を探そう」

「二階に上がるのは簡単なんですけどねえ」


 正面の階段から二階に足を運ぶ。途中、横目で見た埃の被った絵画には、立派な黒ひげを生やした男性と、その隣で笑顔を浮かべる嫁と娘らしき女性が描かれていた。


(幸せそうな家族だなあ。この人たちが住んでいたってことなのかな……)


 だとすれば、彼らの豪邸が幽霊屋敷と呼ばれるまで荒廃してしまった謎が深まるばかりである。

 首を傾げるブランだったが、その時―――。


 カタカタ、と。


 通って来たばかりの一階から妙な物音が聴こえた。


 ……何の音だ?


 アロイスは振り返り、二階廊下から一階のフロアに目線を落とす。


「今の物音、妙な鳴らしだったな」

「だ、誰か居るんでしょうか」

「ダンジョンという手前、先に冒険者が入って居る可能性はあるが」


 妖しい光に始まり、奇妙な物音。確かに普通のダンジョンと比べて、幽霊屋敷と呼ばれる所以らしくある。


「俺は音のした部屋を探して来る。ブラン、お前は三階に上がる階段と光の正体を探ってこい」

「ひ、一人でですか! 幽霊ってのは本当に苦手なんですけども……」

「任せるぞ。行けるな? 」


 この男に任せられると言われれば、ハイと頷く他は無いだろう。


「分かりました。やります」


 小さく首を縦に振ると、アロイスは背中をバンと叩いて

「宝を見つけて来い」

 と、激励の言葉を口にして、一階に姿を消す。


 アロイスが消えてから、しん……と静まり返った屋敷の中。

 独りになり、寂しさと恐怖を胸に感じながらも彼の期待に応えられるように、震える足で一歩を踏み出した。


(今のところ、魔獣の気配があるわけじゃない。魔力も感じない。危険があるわけじゃないんだ、俺がやってやる)


 歩く度に軋む木の床を鳴らし、言われた通り『三階への道』を見つけるために手当たり次第にあちこち部屋を調べるが、階段どころか、梯子のような昇降口すら中々発見できなかった。


(おかしいなー、変わった様子は無いぞ)


 寝室や衣装部屋など、別に怪しいような場所は無い。


(あとは、ここだけだ。でもなあ)


 そこは細長く狭い倉庫部屋だった。錆びたバケツや折れたホウキ類が散乱している辺り、掃除の用具室として使われていたのだろう。


(ここには何も無いや。一旦戻ってアロイスさんに報告しよう)


 何も無い事に半ば安堵しつつ、一階に向かおうとする。

 しかし、倉庫に背を向けた瞬間―――小さな女の子の笑い声が聴こえた。


『あははっ』


 こんな廃墟には相応しくない、愉快で楽し気な笑い声だった。


「ひぇっ!? 」


 背筋に寒気を覚え慌てて振り返る。

 ……だが、そこには誰の姿も無かった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る