1.親子の絆・後編


「私が覚えているお話は、以上です」


 全てを伝え終えたナナ。

 アロイスは「ふぅむ」と、頷き、口を開いた。


「なるほどな。そういう話だったか」

「はい。冒険者になるというのは、大工技術を磨くことにも繋がるのですか?」

「なるかならないかで言えば、なる」


 アロイスは腕を組み、仁王立ちして説明した。


「冒険者の潜るダンジョンは、基本的に朽ちた古代遺跡だ。当然、補修技術を始めとして建築知識が必須になる。実践を通して多種多様なダンジョンに対応した建築知識と実践技術を学ぶには、これ以上ない経験になるだろうな」


 話を聞いたナナは「なるほど……」と、返事をし、それを思い出す。


(そういえば、アロイスさんも廃屋の片付けだけじゃなくて酒蔵の補修作業をしてくれたっけ)


 冒険者とは、命を賭して夢を追う。その為に必要な知識は、幾らあっても足りるものではない。


「じゃあ、やっぱりラダさんが仰ってたように、冒険者になる意味はあったんですね」

「そうだな。ナナの言った通り、親父のカパリさんも、きちんと息子さんの話聞いてあげてれば……」


 朝からこんな大騒動も起こらなかったのに。

 カパリさんの事だから、ろくに話も聞かずに怒り狂い、息子は飛び出していってしまったんだろう。


「やれやれ……」


 アロイスが困ったように頭を抱えると、その時。

 ゴブリン工務店の扉がゆっくりと開いて、カパリが顔を覗かせた。


「あっ、カパリさん」


 アロイスが言う。と、カパリは「今の話は本当か」と言った。


「……本当です。お話、聞いていらっしゃったんですね」

「店の前でこれ見よがしに話してりゃ、嫌でも耳に入るわい。それより、ラダがそんな事を……?」


 カパリは、ナナを見つめた。


「あ、はい。間違いなく聞きました。立派に後継ぎするためだって」

「……あの馬鹿。そんな事をしなくても、最高の後継ぎだと思っているというのに」


 そう言って深く溜息を吐いたカパリに、アロイスは「何だ…」と安心した。


(やっぱり、仲睦まじい親子じゃないか。カパリさんも息子の話をもっと聞いてあげれば良いのに……)


 職人気質の親子らしい喧嘩といえば、彼等らしいが。

 すると、三人が話をしている時、少し遠くから、ゆっくりと歩いてきたラダの姿が見えた。


「あ、ラダさんが戻ってきたようですよ」


 先に気づいたナナ。アロイスも彼に目を向ける。

 彼はかなり若いゴブリン族で、父親を若くしたような姿をしていた。若い分、背の高さや象徴的な筋肉は強く脈打っているようだったが。


「……親父」


 戻ってきたラダは、ゆらりと父に近づく。

 父が「なんじゃ」と返事をすると、歯を食いしばって、父に喋り掛けた。


「俺さ、今、このまま町を出て行こうと思ったんだ。だけどダメだ。やっぱり、親父に認めてもらってから出て行きたい」

「……謝りに来たかと思えば、まだそんなことを言いに来たというのか」


 カパリの額に、ビキリと血管が浮き立つ。


「お、俺は冒険者になりたいんだ。でも俺は俺の考えがあるから、聞いてくれよ!」


 両腕を拡げ、大げさなジェスチャーを振る舞って言う。

 カパリの顔は明らかに苛立って見えるが、アロイスたちの話を聞いた分、彼に耳を傾けることが出来ているようだった。


「い、言ってみろ……」


 両拳を血が滲むのではないか、というくらいにギチギチと鳴らす。

 ラダは父親の様子に気づきながらも、自分の夢の為、必死に訴えた。


「話……聞いてくれるのか。なら、聞いてくれ。親父、俺は店の為に冒険者になりたいんだ。冒険者になって、世界を回って、色々なダンジョンで経験を経て、いつか立派になってこの店に戻ってきたいんだ。頼む、俺が冒険者になることを認めてくれ!」


 ラダは、気をつけの姿勢から深々と頭を下げた。その際、ラダは頭を下げていて分からなかったが、アロイスとナナは、一瞬カパリの表情が戦闘態勢になりかけたのを見ていた。


「……ッ!」


 が、しかし。

 カパリは寸での所で怒りを沈め、「カァーッ!」と一言放った。


「お、親父……?」


 その声に反応したラダが頭を上げると、カパリは全身を震わせつつ目をギュっと閉じ締めて、ただ静かにこう言った。


「想いは……伝わったわい……。ただ、誰が……命を落とすような可能性のある場所に、息子を喜んで送り出せるというんじゃ……?」


 その通りだった。誰が好き好み、息子を危険な戦場に送り出せるというのか。どれだけの理由があろうとも、それを喜ぶ親などそうそう居るはずもない。


「親父……」


 父親の愛を感じたラダは、下唇を噛んで血を滲ませた。


「ラダ。お前は、本当に冒険者になる意味があるのか。ワシの下で、この町で腕を振るうだけではダメなのか」


 カパリはラダの瞳を見つめ、問い質した。

 だが、心の決まっていたラダは頷いて言った。


「俺、親父に負けないくらいの腕前になって帰ってくる。だから、信じて待っていてくれないか」


 もう今さら、その想いは変えようがないらしい。こうなれば、あのカパリも諦める他はなかった。


「……分かったわい。お前の熱意には負けたよ」


 カパリは細々と言った。


「お、親父……良いのか……」

「熱意に負けたわい。もう、ワシがどうとも言わんよ」


 認めるように小さく言う。ただ、忘れてはならないべきことだけは真摯に言った。


「ラダ。認めはするが決して不孝者にだけはなるな。これだけは約束してくれるな」

「……ああ。絶対に生きて、立派になって帰ってくるよ」


 そう言ってラダが手を差し出すと、カパリもそれに応じた。どうやら、熱い親子喧嘩は一件落着したらしい。


「何とか落ち着きましたね」


 ナナは小声でアロイスに耳打ちした。

 

「何とかな。だけど、カパリさんの息子さんが冒険者になるのか……」


 アロイスは「それならば」と、ある提案をした。


「ナナ。急なんだけど今日の予定をちょっと変更して良いかな」

「えっ、変更ですか?」

「試験開店のお客さん、やっぱり、カパリさんとラダさんにしようと思うんだ」


 突然の提案だったが、ナナは「もちろん構いませんよ」と答えた。

 早速アロイスは二人を呼び、店に来てくれないかと伝える。


「ん、ワシらがアロイスの店に来いというのか」

「はい。試験開店をしようと思ってまして、簡単なものしか準備できませんが……」

「店に行くくらいなら別に構わんぞ。なぁ、ラダ」


 ラダも「はい」と言った。

 

「よしっ。それじゃ準備があるので、午後4時くらいでどうでしょうか」

「少し遅いな。ま、それも構わんがの」

「有難うございます。それじゃ、お待ちしておりますね」


 アロイスが頭を下げて言うと、すっかり仲の戻ったカパリとラダは、「わかった」と仲良く工務店の店内に帰っていった。

 

 と、その後で、ナナは不思議そうに尋ねた。

 

「アロイスさん、急にカパリさんたちを誘うなんて、どうしたんですか?」

「丁度ね、今日の作るキューカンバーってお酒は中々に面白いものだったんだよ」

「……?」


 何が面白いというのだろうか。

 クエスチョンマークを浮かべたナナだったが、アロイスは「すぐに分かるさ」と答えは言わず、そのまま買い物へ向かった。

 

 ナナの疑問は晴れないままだったが、何はともあれ、予定通り野菜の商店でキュウリを購入した他、市場でライムジュース、生クリーム、少し高級な塩、その他食材を適当に買い込み、店に戻った頃には13時を過ぎていた。

 

 それからアロイスとナナは、料理談義をしながらキュウリサラダの作り方を教えてもらったり、酒についての座談をしているうち、午後4時を経過する。

 

 ガチャッ、ギィィ……。


「……いらっしゃいませ!」


 そして、きっかり約束の時間に訪れたカパリ親子に、アロイスはカウンター席に座るよう促した。

 親子は案内された席に腰を下ろし、アロイスは早速、持て成しの準備を始めた。


「ナナは、キュウリサラダを作ってくれるかな。後は適当に玉子焼き、なんかも頼むよ」

「えっ、私ですか。あ、はいっ、頑張りますっ!」


 昼間の件もあって、ナナにもナナの仕事の存在意義を持たせるため、彼女に任せられることは任せることにしたのだ。

 てっきり仕事は全てアロイスが行うと思っていたナナは驚いたが、すぐに元気良く返事をして、調理にあたった。


「……で、アロイス。誘われたまま来たけどの。一体、何を作ってるんじゃ」


 二人が調理を始めたのを見て、しかめ面するカパリは、キッチンに立つアロイスに尋ねた。


「すぐ分かりますよ。調理はナナが、酒は私が作ります。でも、私が作るのは面白いお酒ですよ。材料は、これらを使います」


 そう言ったアロイスが用意したのは以下。

 市販の安いウォッカ、ライムジュース、シュガーシロップ、キュウリの薄い輪切り、味の無い炭酸水。


「あと重要な材料として、こちら」


 細かく砕かれた氷『クラッシュ・アイス』を、キッチン下部の冷凍庫から出した。

 実は、カウンター・キッチン側の下部には、最新の錬金術で造られた大きめの冷蔵庫・冷凍庫が置いてあった。

 高濃度魔石で動作するそれらは決して安くないが、これはヘンドラーが、

「旨い酒を飲ませるなら保存する道具にも拘れや」

 と、彼の薦めであった。


「では、お作りします」


 U字グラスに氷を3/4ほど詰め、ウォッカを30ml、ライムジュースを5ml、シロップと炭酸水を僅かばかり入れる。続いて輪切りしたキュウリを2,3枚ほど投入してから、バー・スプーンで軽くかき混ぜる。最後にもう1度、薄く輪切りしたキュウリを用意してから、それらをグラスの縁に乗せ、酒と触れ合うように置いて、それは完成した。


「どうぞ、キューカンバーです」


 その酒は、ゴブリン族を象徴するカラーである緑色に輝いていた。


「おお、緑色の酒なのか。もしかして、俺らと合わせた酒か?」


 カパリが少し感心して言うと、アロイスは「ちょっと違います」と答えた。


「そうですけど、そうじゃないんです。たまたま緑色なだけで。……とりあえず飲んでみてください」


 カパリとラダは、言われた通りグラスを口に近づけ、酒を流し込む。


「んっ……?」


 グラスの半分ほど流し込んだところで、二人は口を離してグラスを置く。舌で唇をペロリと回して、不思議そうにカパリは言った。


「何だこの酒は。思ったより甘いな。キュウリが入ってるから、もっと塩っ気あるのかと思ったがの」

「はい。どちらかというとデザートやスイーツ系カクテルですね」

「まぁ普通に旨い。だけど、しかしのう……」


 カパリは、唸りながら、元も子もない事を言った。


「これ、キュウリいらないじゃろ。折角作って貰ってあれだけどな、ちょっと青臭さが残るんじゃ」


 何て気持ちが良いくらいにハッキリとした意見だ。失礼だと思ったラダは「親父!」と声を上げる。

 が、一方で作った本人であるアロイスはハハハと笑った。


「さすがカパリさんです。言うとは思ってましたが、そこまでハッキリと仰られるとは」

「何じゃ、わざと青臭いのを飲ませたのか」


 カパリは、アロイスを睨み付けた。

 同じキッチンで調理をしているナナは、その様子をハラハラしながら見つめる。


「いえ、わざとと言えばわざとなんですけど、このカクテルは、ここからが面白い所なんです。二人とも丁度良く半分くらい飲んでくれたので、そこに一味加えさせて頂きます」


 アロイスは手元で何かを摘むと、両腕を伸ばし、それぞれのグラスに『ある物』をほんの僅かに入れた。


「何を入れた?」

「まぁ、グラスを軽く回して飲んでみてください」

「面倒な酒じゃのう……」


 カパリは文句を言いつつグラスを軽く回す。


「ったく、わけの分からないモンを入れてどんな味になると言うのじゃ……」


 なんて文句を言いつつ、一口飲む。

 すると、その途端。カパリは目を見開き、同じく酒を飲んだラダと顔を見合わせた。


「……青臭さがなくなった、じゃと」

「親父、それだけじゃなくて凄く甘いよ。さっきより甘みがハッキリしてる気がする」


 味の変化に驚き、一気に飲み干してしまう二人。


「ど、どういう事じゃアロイス。何を入れたんじゃ」


 カパリは答えが気になって身を乗り出す。

 アロイスは、「これですよ」と、摘み入れたそれを小皿に乗せて二人の前に差し出した。


「これは……塩か!?」

「はい。かなり溶け易い塩ですけどね。青臭さが取れたのではなく、塩の強さで誤魔化してるだけに過ぎませんが」


 言われてみれば、確かに喉の奥には薄っすらと青臭さはある。しかし、僅かな塩でここまで味が変わるとは。


「いやいや、驚いたわい。あんな少しの塩でここまで味が変わるものなのか。正直悔しいが、驚きも相まって、旨かったわい……」


 気に入ってくれたようで何よりだ。

 ラダも「美味しいです」と喜んでいるようだし、提供側としても嬉しくなる。

 ただ、カパリは気になって尋ねた。


「しかしアロイスよ。お前、何故このカクテルをワシらに飲ませようと思ったんじゃ」


 薦めるには珍しい、キューカンバーという一風変わったカクテル。

 アロイスは、もう1杯を手元で作りながら、それを説明した。


「本当はこのカクテル、元々ナナだけに飲ませようと思っていたんです。まぁ、今こうやって作ってるのを飲んで貰いますけどね」


 次の1杯は、ナナの為に。

 調理しながら彼らの話に耳を傾けていたナナは、少しウキウキしているようだ。


「ふむ。それはどういうことじゃ」

「簡単なことですよ。カパリさんは最初、この酒を飲んだ時にどう思いましたか」

「ん、最初は少し青臭かったのう」

「では、塩を入れた後は?」

「素直に旨い酒じゃった」


 アロイスの手元で作り出されるキューカンバーを見て、舌なめずりしながらカパリは言った。


「ですよね。青臭いっていうのは、普通……若さとも言いますよね」

「ん、青臭い……若さか。まぁ、言うな」

「はい。でも塩というスパイス1つで若さは味わい深くなる。これって、凄いことだと思いませんか」

「……ん?何が言いたいんじゃ」

「少しお待ちを」


 話の途中で、アロイスは完成したキューカンバーをナナの前に差し出して、飲んでみろと促した。


「調理中だけど……いただきます」


 クピッと少しだけそれを飲んでみる。するとナナは、少し苦い顔をして「キュウリが強いです」と言った。


「ハハ、そうなんだよ。本当に青臭さが残る味なんだ。でもな……」


 アロイスが手を伸ばし、先ほどと同じように塩を入れてグラスを回してみる。


「飲んでみてくれ」

「はい、いただきます」


 次の一口は、シロップの甘さがいっぱいに広がる甘美な味わいだった。


「スッキリした甘さになりました。とっても美味しいです!」

「うん、そうだろう」

「少しの塩だけでこんなに味が変わるものなんて驚きです」

「ああ。少しの塩だけで味が大きく変わる。青臭さが抜けて、皆に愛される味になる」

「青臭さが抜けて、皆に愛される味……て、それって」


 その言葉を聞いて、ナナはハっとした。また、ラダもその意味に気づいたようで、手を叩いた。


「二人とも、気づいてくれたか」


 アロイスは頷いて、それを言った。


「青臭さは若さ。塩とは経験。どんなお酒でも塩ひとつまみと水一滴、それだけで味の世界が広がるように、若いうちに世界を駆けた経験は、ラダさんを必ず花開かせると思うんです」


 そして、ナナのほうを向いても一言。


「ナナ。そのカクテルは、塩を入れる前の味こそ今の俺らだ。だから、俺とナナが互いに切磋琢磨してさ、経験という塩を手に入れて、いつか最高の味わいを客に届けられるよう頑張ろうっていう、そういう意味で飲ませようと思ったんだ」


 そういう意味だったのか。

 ナナとラダは、その話に感嘆したようで「はいっ」と頷いたが、カパリは面白くなさそうに言った。


「何じゃ、そういうことかい」

「あ、あれっ。カパリさんには、お気に召さない話でしたか」


 外してしまったかな、とアロイスが心配すると、カパリは「違うわい」とテーブルを叩いた。


「納得してしまった自分に恥じただけじゃ!」

「はっ……」

「よもやアロイス如きの説法で納得させられるとはな。癪に思っただけじゃ」


 ツンッとそっぽを向いてしまうカパリ。だが、その味は気に入ってくれたらしく……。


「フン、さっさともう1杯作れ。それとツマミも早く出さんか。ナナ、さっさと作らんかのっ!」


 まさかの追加注文。カパリが認めてくれた。

 アロイスとナナは「はい!」と、声を揃えて言った。

 

 良かった。何とか接客的には上手くいったかな。


 アロイスが嬉しくなって内心喜んだが、そのタイミングで、あることが起きた。

 

 ガチャッ、ギィィッ……。


 ふいに、店の扉が開いた音がしたのだ。

 

「おや……」


 アロイスが出入り口に目を向ける。と、そこには商店通りで見た顔が数人立っていた。


「ど、どうしました?」


 アロイスは慌ててカウンターから飛び出した。

 すると、彼らの一人が、

「今日開店だろ。だから、遊びに来たんだ」

 と、言った。

 

「え……?」


 アロイスは唖然とした。

 何だと。開店とは、どういうことだろうか。


「えっ、待ってください。まだ通常の開店はしてませんよ」

「ん、おかしいな。カパリさんに今日から開店だから店に行けって言われたんだよ」

「は……?」


  咄嗟に首を回し、店内のカパリを見つめる。するとカパリは、自分の頭をパンッ!と叩いて言った。


「ああイカンイカン。今日は試験開店じゃったっけ。普通の開店と間違えて、言いふらしちまったわ」


 ハッハッハと高々に笑って言った。いや、そんな笑って言うような事じゃないぞ。

 

「嘘でしょ、待って下さいよ。そんな、食材も何も準備していないんですよ!」


 試験開店用に少しだけ食材を用意しただけだ。

 それなのに、既に店の前にはそれなりの客が詰め掛けているようだ。

 町中から遥々歩いてきたのは大変嬉しいし、持て成しもしてあげたいが、いかんせん全員に接客出来るような準備等していない。


(こ、ここは謝ってでも帰って貰うしかないか)


 持て成しが出来ないのなら、帰って貰ったほうがいい。

 そんな考えが過ぎるが、押しかけた客のうち、大きな袋を持っていた一人がアロイスの名を叫んだ。


「アロイスさん、食材もって来てるよ!」

「えっ?」


 そして、その一人を始めとし、客の数人が声を上げた。


「俺も持ってきたぞ!」

「昼間に買い物してたの見たけど、店のオープンに、あれしきじゃ足りないでしょ!」

「開店するなら前もって言ってくれないと。ウチの店から最高級の肉、いいところもって来たよ!」


 そう言った彼らは、どやどやと騒ぎ立て、アロイスの許可も得ないで客たちは店内に入る。彼らはスレ違い様にアロイスに次々と食材や酒瓶が詰まった袋を渡しながら、あっという間に店内は満員で埋め尽くされた。


「お、おいおい……。はは、本気かよ……」


 あまりの急展開。想定外な出来事に思わず苦笑した。

 やがて、座った客たちから言葉が飛び交った。


「アロイスさん、この前は町を救ってくれて有難うな。だけど、俺らは今日は客としてきたんだ」

「そうさ。今日、俺らの胃袋を掴めなかったらリピーターにはなってやらんぞ!」

「旨い酒、旨い料理、頼むぞ!」


 ……ああ。何だこれ。

 なんか、暖かいや。


(……これがカントリータウンの皆か)


 何て嬉しくなる。

 その様子を見たナナは微笑み、カパリも顔を隠して少しばかりの笑みを浮かべていた。

 最初は断ろうと思っていたのに、こうなったら、断るわけにはいかないじゃないか。


「……仕方ないな」


 アロイスは両手で髪の毛をかき上げ、まるで凶悪な獣と戦うかのように指の骨を鳴らした。


「こうなったら、俺も本気で皆さんと戦わないといけないようですね」


 戦う姿勢を見せるアロイスに、客たちは「いいぞ!」なんて歓声をあげた。


「覚悟してくださいよ。最高の料理と最高の酒、皆さんに味わって頂きますから。それじゃナナ、急な話になって申し訳ないが、最高の持て成しをしてやろうか。今日は大変だぞ、大丈夫だなっ!」


 アロイスの言葉に、ナナは「はいっ!」と気合を入れて頷いた。


「おうっ。それでは皆さん、これから始まるアロイスの酒場を、どうぞよろしくお願いしますっ!」


 それは本当に想定外な『正式オープン』だった。

 しかし、急な開店となってしまったとはいえ、アロイスとナナの持て成しに、その夜、店内は楽しげで暖かな雰囲気に包まれ、皆が大いに盛り上がったようだった。


 全てにおいて想定外かつ偶然が生んだ酒場経営だが、その始まりの日に、これほど明るく、楽しく、嬉しくなれるなんて。


 何と満ち足りた夜だったことか。

 

 この夜は、アロイスとナナの二人にとって、これからが「何て楽しみになれるんだろう」と。


 そう思える、素敵な開店初日となったのだった。


………


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