開店の章

1.親子の絆・前編

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  【MC2080年5月1日。】


 全ては偶然と決断だった。

 しかし、どうあっても自分の選んだ道。

 始まってしまったのだ。第二の人生となる『酒場経営』が。


「始まっちまったなあ……」

「始まりましたねっ」


 ついに完成した店舗は、木造平屋建てに三角屋根の、小さな酒場だった。

 

 店内は4人掛けの丸テーブル席が5つと、6人まで座れるカウンター席が並ぶ。それぞれの席には丸型ガラスに包まれた蝋燭の形を模した少しお洒落なランプが1つずつ置いてある。また、カウンター席の奥にはキッチンと、綺羅びやかな酒瓶が並ぶ大きな棚が併設され、注文を受けたアロイスがその場で酒や料理を出せるようになっていた。


 出入り口前には使い古しの木樽なんかも置いたりして、一見すればオシャレなバーに見えなくも無いだろう。


 ところが、扉を開けばお世辞にも綺麗とはいえないテーブル席と、狭いカウンター席ばかり。更には廃材を利用したため、壁や柱なんかも少し色褪せた箇所がある。


 率直に言って、古臭いのだ。


 ……ただ。

 この店は、それでいても、どこか輝いていた。

 

「この店が俺の店か。信じられないよなぁ」


 一ヶ月前、この地に振ってきた自分が、まさか酒場経営をやるなんて夢にも思わなかった。流れるまま酒場店主となった分、まだ少しフワフワとした現実味がない感じがしていたが。


「なんか色々とあっという間でしたね。お店、頑張りましょうね」

「ああ、出来る限り頑張るよ。これから宜しくな、ナナ」

「はいっ♪ 」


 とにかく始まってしまった以上はやるしかない。

 アロイスは「頑張ろう」と手を差し出す。

 ナナは笑顔でそれに応じ、互いに厚く握手を交わした。


「うむ、頑張ろう。それじゃ何はともあれ、これからどうするか話し合おうか」

「はいっ」


 二人は店内の中央の4人掛け丸テーブルの椅子に腰を下ろす。

 アロイスは「よし」と、懐からペンとノートを取り出した。


「ではこれからどうするべきか、何をすべきを話そうか」

「何をすべきかですか~……」

「経営について何か感じたり、不安に思ってた事だったり、何でもいいから話し合いたいんだ」

「あっ、そういうことですね」


 ナナは、ぽんっ! と手を叩いた。


「うん。それじゃナナがお店について不安だったり、意見があったり、聞きたい事があったら、教えてほしい」


 アロイスが尋ねると、ナナは少し考え込むが、正直何を言えば良いのかすら思い浮かばなかった。


「ごめんなさい、意見と言われても、何を言えばいいのかわからない状況ないっていうか……」

「む、そ……そうだな。確かに、言われてみればそうかもしれん」

「はい。だから、まずはお店の経営方針とか……って、あっ、そうだ! 」


 ナナは何か思い浮かんで言った。


「一つだけありました、とっても大切なことで聞きたいこと! 」

「おっ、何だい! 」

「アロイスさんて、料理……出来るんですよね?」


 アロイスは「ああ」と、答えた。


「そういえば料理について話をしたことが無かったっけな」

「はい。ヘンドラーさんは、アロイスさんが料理を出来るって言ってましたけど……」

「俺は料理は人並みくらいに出来ると思ってるよ。レシピがあれば大体のものは作れるしなぁ」

「え……」


 アロイスの台詞に、ナナは驚く。


「レシピだけあれば作れるって、プロの言う言葉ですよ!」

「む、そ……そうかな」

「そうですよ。ていうか、考えてみたら……」


 彼が家に来た初日。昼食を出した際に、ポタージュやサラダの隠し味や調理法を、アロイスはスラスラと当てていた。


「アロイスさん、凄く料理上手って事じゃないですか!」

「上手いかどうかは分からないが……」

「絶対に上手ですよ!」

「そうかねぇ。でも、そんな事を言ったら冒険者はみんな料理上手ってことになるな」

「えっ!」


 冒険者のみんなは料理が上手い?

 一体、どういうことなのか。

 ナナは「冒険者さんは皆上手なんですか?」と、尋ねる。


「まぁ……そうなるな。冒険者ってのは、長期間ダンジョンに潜ることが多いから、持ち運ぶ食べ物はほとんどが保存食なんだ。保存食ってのは質が悪いのも多いし、味が濃すぎたり薄すぎたりする。だから、自分なりにアレンジして美味しく食べるために研究する人も多いんだよ」


 事実、冒険団には必ずと言っていいほど『冒険調理師』が存在する。また、高額な報酬を受け取る代わりに臨時的にパーティに入り、どんな状況下でも栄養ある旨い飯を提供する『流れの冒険調理師』なんてのも居た。


「そ、そういうことですか。確かに言われてみればって感じです」

「うん。だから俺も現役だった頃とか……特に冒険団に入りたてだった新人の時代には、先輩に旨い飯作るために勉強したんだよ」


 昔を思い出してまざまざと語るアロイス。ナナは、静かに感嘆した。 


「それならアロイスさんは料理が上手に決まってますね……。でも、そしたら私って要らないんじゃ」

「……えっ。いやいや、ナナは居てもらったほうがいいぞ」

「でも、料理もお酒もアロイスさんが準備したら私はお役に立てませんよ」


 少し自分の存在意義がなくなった気がしてしょんぼりする。

 するとアロイスは、その様子に笑みを浮かべて言った。


「俺はナナが居てくれたほうが楽しく仕事が出来るんだよ。ゆっくりと時間かけて、色々と覚えていけばいいじゃないか。さっきも、これから一緒に頑張ろうって言い合ったばっかじゃないか。自分が要らないなんて事は言わないで欲しいな」


 それを聞いたナナ。

「あっ……」

 と、自分が言った失礼な言葉に気がついた。


「す、すみません。折角アロイスさんが私を必要だって言ってくれていたのに、悲観して変なこと言っちゃいました」


 彼が「一緒に頑張ろう」と決意したばかりだったのに、てっきり口にしてしまった「自分が要らない」なんて台詞。そんなこと言っちゃいけないのに。ナナは頭を下げて謝った。


「おいおい、謝らなくていいよ。頭を上げてくれ。良いんだよ、色々と考えてしまうのは仕方ないことなんだ。酒場なんて先も分からないことを初めて始めるっていうのに、不安や色々と話が出てくるのはしょうがないと思うよ。だからこそ、この話し合いの場を設けたってのもあるわけだからね」


 ペンでノートの表面をトントンと突きながらアロイスは言った。


「はい。今から始まるっていうのに、変なこと言っちゃ駄目ですね」

「そういうこと。ま、でも何かあったら我慢して溜めずに言ってくれたほうが嬉しいな」

「善処します。アロイスさんも何かあったら仰って下さいね」

「ああ、遠慮なく言うさ」


 二人は頷き合った。

 無論、目標に向かって仲良く歩みを進めるのは大事だ。但し二人の時間が増える分、きっと互いに不満を持つところもあるだろう。そんな時、我慢して飲み込み続けた想いが最悪の結果を招くことがある。だから、お互いに言いたいことは言える仲でありたいと思った。


「ふふっ、分かりました。遠慮なく言いますね」

「ああ、頼むよ。それじゃ……話に戻ろうか。俺の料理の腕の他に、何か気になる事はあるかい」


 アロイスが尋ねると、ナナは言った。


「そういえば、お店っていつから開くんですか。今日から始めるんでしょうか」

「あ……そうだったな。店は完成したけど……」


 開店は、建築完了イコールではない。

 まぁ、だからこそ今のような会議時間を設けたのだが、そう言われると厳密な開店スケジュールについて先に決めておいたほうが良いだろう。


「さすがに今日ってのは無理だな。開店する際は、町で皆にもアピールはしたいし」

「そうですね。告知でもして、皆さんに来て頂きたいですよね」

「うむ。だけど、いきなりの開店で上手く料理を作ったり酒を振る舞えるかがちょっと心配なんだよな」


 料理は作れるし、酒の知識もある。話術だってある。

 それでいても酒場の経営はアロイスやナナにとって初めての体験だったし、不安はあった。


「うーん」


 アロイスはペンをテーブルに投げ、腕を組んで考えた。

 さて、開店をいつにするか。そもそも自分たちが上手く客商売が出来るのか。建築してから考えるっていうのもアホな話かもしれないが、それくらい急展開を迎えてしまっているのだから仕方ない。


「……ふむ、そうか」


 すると、何か思いついたアロイスは指をパチンッ、と鳴らして言った。


「今日、ナナと俺で試験開店をしないか」

「試験開店……ですか?」

「誰かお客さんが来たと想定して、簡単な料理や酒を振る舞うんだ」

「あっ、良いですね。でもお客さんが来たと想定してって……どういうことですか?」

「お婆さんとかにお客さんをやって貰うとか、どうだろうか」

「それ、良いかもしれません」


 その提案に、ナナは頷いて言う。


「とはいえ、食材は手元に無いし、メニューとかまだ何も考えてないから、町に出て食材を見てから決めようか」

「そうですね。アロイスさんは何か作りたいメニューはないんですか?」


 ナナの問いに、アロイスは「そうだなぁ」と、考えつつ言った。


「普通、食べ物を提供する店は酒場に限らず、固定メニューと日替わりメニューがあるだろう。その辺も考慮して、まずは固定メニューに組み込むものから作るモノを考えたほうが良いんだろうけど……」


 酒場の固定メニューは、いかに簡単であるか、かつ、客が美味しく食べれるかが重要になる。特にアロイスの目指している大衆的な酒場であれば、値段は安く酒に合い、料理人の手間にならずあっという間に完成する料理が良い。


「例えば、どんな料理が定番なんですか?」


 ナナが尋ねる。


「定番といえば卵料理。料理の提供側としては、コスパ的に最高だな」

「確かに1個辺りが安いですね」

「大きい玉子焼きが500ゴールドで提供するとして、玉子の原価は大体1個7ゴールドくらいだし、破格なわけだ」

「なるほどですね」


 もちろん人件費や油代などの雑費を考えれば、そこまでの儲けはない。ただ、定番メニューとして考えると外せない一品だった。


「あとはポテトフライとかも良いな。パンに肉を挟んだ、ミートサンドウィッチなんてのも、実は気軽に作れて人気が出やすい一品だったりするんだよ」


 こうして考えると、固定メニューとしても様々な種類が存在している。

 幾重にも存在する多様な料理から、いかに客に受け入れられるメニューを作るか、考えるのは中々楽しくもある。


「作ろうと思えば作れそうなのは沢山あるし、考えるばかりではキリがないな」

「そうですね、机上でどうこう言うより、町に出て食材見ながら考えたり、実際に作ってみたほうが良いかもです」

「……そうするか」


 二人は立ち上がり、軽く背伸びする。


「……あっ、そうだ」


 と、アロイスが言った。


「思い出した。作りたい料理が1つあったんだ」

「何ですか?」

「あのキュウリサラダの作り方を教えてくれないかな」

「キュウリサラダって、うちで昼食を食べた時のキュウリサラダでしょうか?」

「そうそう、それそれ」


 この町に落ちてきた日、自宅で食べた様々な料理の中で、アロイスにとって際立っていたと思えたのがキュウリサラダだった。あの味を忘れられず、酒場を開くのなら是非出したいメニューの1つだと考えていた。


「あれなら簡単なものなので、すぐ作れますよ♪」

「おっ、そうか。なら町に出るついでに野菜売ってるキュウリを買おうかな」

「それがいいと思いますっ」

「うむ……。しかし、キュウリか……」


 アロイスは『キュウリ』に、何か考えたようで、ニヤリと笑う。


「ど、どうしました?」


 急に不敵な笑みを浮かべたアロイスに、ナナは不思議そうに尋ねる。


「いや何。キュウリといえば、面白いモノを思い出してな」

「面白いモノですか?」

「うむ。キュウリを買うついでに久々に作るか。ナナも、ぜひ飲んでみると良い」

「飲んでみる……? もしかして、ジュースですか! 」

「あはは、違う違う。ここは酒場だろ。酒場といえば、なーんだ」

「酒場といえば……って、もしかして」

「うん、そういうことだ」


 アロイスは笑いながら、言った。

 

「キューカンバーっていう、キュウリのカクテルさ」

 キュウリのカクテル。

 何と不思議な響きだろうと、ナナはおかしくて笑ってしまった。


「キュウリのカクテルって、キュウリのお酒ってことですか?」

「うむ。国によってはかなり有名なお酒なんだぞ」

「へぇー、美味しいんですか?」


 変わったお酒だが、そこまで有名ならきっと美味しいのだろう。しかし、その質問をぶつけた途端、アロイスは目を逸らした。


「それはー、後で飲ませた時のー、お楽しみってことでー、とりあえずキュウリやら食材の買い物に行こー……」


 アロイスは棒読みのように言って、耳を押さえ、あっという間に外に出て行った。


「えっ。ま、待ってくださいー!?」


 先に出て行ったアロイスを追って、ナナは慌てて外に飛び出す。そしてそのまま、カントリータウンの商店通りに向かってしまうのだった。


(な、何で教えてくれないんだろ……)


 その道中、二人は雑談を交わしたが、アロイスは決してキューカンバーについて触れず。結局、商店通りに到着しても、その味に関して一言も喋ることはなかった。


(キュウリのカクテルって、どういうことなのか気になるのにー……)


 あんな言い方されたら、どうしても気になる。

 だけど彼は何か考えがあって隠しているようだし、尋ねても答えてくれないだろう。


(気になるけど……まぁ、いっか)


 後で飲ませてくれると言っていたし。飲むことを楽しみにしていよう。


(……て、あれっ?) 


 と、ナナがそう思った時。

 向こう側に見えたゴブリン工務店から、何か怒鳴り声が聴こえてきた。


「また何か騒いでいないか、アレ」


 アロイスも気づいて、指差しながら言った。


「はい。何か騒がしいですね……」


 あの、カパリのゴブリン工務店が何やら、またまた騒がしいようだ。

 最初は「また他所者に怒鳴ってるのか」と思ったが、店に近づいた時、店の扉が開いて転がり出てきたのは、冒険者ではなく、カパリと同じゴブリン族の若い青年であった。


「ゴ、ゴブリン族か?」


 アロイスが驚く間もなく、そのゴブリンの青年は店内に向かって何か大声で叫ぶと、あっという間にどこかへと走り去って行ってしまった。


「なんだぁ……?」

「な、何でしょうか……」


 二人が呆気に取られていると、ゴブリン工務店内からのそりと誰かが現れた。それは工務長のカパリで、飛び出したゴブリンの青年の方を見たあと、こちらに気づき、彼はゆっくりと二人に近づいた。


「……なんじゃ、アロイスとナナか」

「あ、はい。おはようございます」

「おはようございます」


 アロイスとナナは頭を下げ、挨拶した。

 するとカパリは「はぁぁ」と深く溜息を吐いて返事した。


「おはよう。しかしなんじゃい、最悪なタイミングで来おって。格好悪いところ見せてしまったのう」


 彼はそう言うが、アロイスはその意味が分からない。と、そこでナナが口を開いた。

 

「カパリさん。最初、気のせいだと思ったんですけど、今の飛び出した方ってもしかして……」


 ナナは何か知っている様子で言う。それについて、カパリは静かに頷いて言った。


「ああ。息子のラダじゃよ」

「やっぱり……!」


 アロイスは知らなかったが、工務長カパリには息子『ラダ』がいた。

 彼はゴブリン工務店の跡継ぎ候補で、父親と同じく息子も腕利きと評判高く、部下たちの信頼も厚い男だった。カパリも息子ラダの腕を買って重要な役割を任せるほど互いに信頼し合い、仲睦まじいと有名であったはず…………なの、だが。


「カパリさん、ラダさんと何かあったんですか。飛び出していきましたけど……」


 どうみても喧嘩をしているように見えて、ナナが尋ねた。

 その途端カパリは「かぁーっ!」と言って、怒りを露わにした。


「どうもこうも無いわい。あの馬鹿息子がのう、、今朝方に突然、俺は冒険者になるって言い始めやがったんじゃ!」


 それを聞いたナナは驚きの声を上げた。


「えぇっ、あのラダさんがですか!?」

「ああ。本当にふざけおって。じゃから、あんなヤツ、破門だと言って追い出したんじゃ!」


 心底苛立ち、額に血管を浮き立たせて言うカパリ。

 確かに、跡継ぎまで任せようと思っていた息子が突然「家を出て冒険者になる」なんて言われたら怒鳴り声の一つも上げてしまうかもしれない。

 

「まぁ、そういうことだ。もうワシは、あんなヤツは知らん。今日は店じまいして寝るわい!」


 そう言ってカパリは店の中に消えようとする。

 ところが、ナナはそれを「待って下さい」と、止めた。


「なんじゃいッ!」


 カパリの怒鳴り声にナナは体を震わせる。が、負けずに口を開いた。


「あの、もしかしてのお話なんですけど……」

「何じゃ!」

「冒険者についてのお話で、ラダさん、何か仰ってませんでしたか」

「何かって、何じゃい!」

「あの、えっと……。例えば、冒険者になるのはお店の為だ……とか」


 訊いてみたが、カパリは、その場では聞く耳を持たず。

 一言「知らんッ!」と言うと、さっさと店に戻り、扉を閉めてしまったのだった。


「……っ!」


 バンッ!と閉められた扉に、再び身体を震わす。

 あまりの勢いと迫力で二人は暫く沈黙するが、少し後、アロイスはようやく口を開いた。


「ナナ、一体どうしたっていうんだ」

「アロイスさん……」


 カパリに息子がいたことも知らなかったが、ナナが彼に質問した意味も良く分からない。ただ一つ、アロイスが言えることといえば……。


「カパリさんに噛み付くなんて、止めた方がいいぞ。断片的にしか話は分からないが、今回の件についてはカパリさんが怒る理由も分かる気がするからな」


 先ほどの話を聞く限り、信頼しあっていた親子関係が崩れかねる発言をしたのは息子のラダだろう。

 アロイスは、今回の件に関しては彼らの問題であって部外者が突っ込むべき話じゃないと伝えたが、ナナは「違うんです」と首を横に振った。


「私、もしかしたらラダさんが冒険者になるって言った理由を知ってるんです」

「……理由?」

 

 ナナは「はい、多分知っています」と答えた。


「あっ、多分というか、絶対にそうだと思いますけど……」

「……どういうことかな?」

 

 それを尋ねる。

 ナナは「もう数ヶ月前の事なんですが……」と話を始めた。

 

「えっと、ラダさんが町のカフェでどなたかとお話をしていて……」


 ……それは、去年の11月のことだ。

 雪が降りしきる寒空の下、ナナが商店通りのカフェにインスタントのコーヒーパックを購入しに来ていた時だった。


「インスタントパック、5つください」

「はいっ、ありがとうございます!」


 店員が元気良くお礼を言う。ガラス棚に並んでいたインスタントのコーヒーパックをいそいそと取り出し、袋に詰める。

 その間、ナナはきょろきょろとカフェ店内を見渡していると、カウンター近くの椅子に腰を下ろしてラダを見つける。彼は、誰かと会話している様子だった。


「……だからさ、俺も冒険者になろうかなって思ってるんだよ」


 それが、彼から聞こえた第一声だった。 

 相手の姿は背を向けていて分からなかったが、服装から冒険者らしいとは分かった。


「へぇ、でもお前って親父の後継ぎするんだろ。どうして急に冒険者を目指すつもりなんだ」


 相手の男が訊くと、ラダは「簡単なことさ」と答えた。


「やっぱり親父が偉大だからだよ」

「……どういう意味だ?」

「結局さ、俺って今のままじゃ親父の後継ぎなんか絶対できないんだ」


 ラダは溜息がてら言う。


「いや、でもお前も腕利きで有名じゃん。カパリさんも認めてるんだろ?」

「それが相応しくないんだよ。俺はまだまだだからさ」


 悪いと思っていても、耳を傾けてしまうナナ。

 すると、このタイミングで店員が「お待たせしました」と、笑顔で袋詰めしたインスタントコーヒーを渡してきた。ナナは聞く耳を離し、お金を取り出して支払いを済ませると、店の扉を押し込み、店を去ろうとした。しかしその時、ラダが言った言葉を、ナナはよーく覚えていた。


「だから冒険者になるんだ。ダンジョンに潜って大工技量磨いてさ、世界各地で色々な建築技術見て、親父を超える大工になりたいんだよ」


 ……確かに、そう言っていた。

 

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