準備章エピローグ:開店の合間に
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それは、ナナとアロイスが、店舗に関し、工務店カパリ一家の建築する様子を見学しに来ていた時のこと。
廃屋の解体と建築骨組みが終了し、外装工事に入った状況で、カンコンカンコンと軽快なリズムのように木を叩く音を聴きながら二人は会話を交わしていた。
「建物が組み上がってきましたね。いよいよって感じですね♪」
「町の皆が協力してくれたおかげであっという間だったな」
「ですね。……言葉は悪いですけど、あの事件が有りきっていう事もあるんでしょうか」
「あまり大きい声じゃ言えないが、そうだろうなぁ……」
町で起きた、冒険者が人質を取って暴れた例の事件。
あの事件はカパリを始めとし、町民全員の話題となった。ヒーローのように扱われたアロイスの評価のおかげで、経営に向けた必要だった各々の条件など、町民らの手伝いもあって、あのヘンドラ―も驚くほどスムーズに事が運んだのだった。
「もう本当は目立つような事をするつもりはなかったんだけどもな……」
「ふふっ。でも悪い噂話というわけじゃないんですから、良しとしましょうよ」
「そうだな。前向きに考えるよ」
「はいっ。折角お店を開くんですから、何事も前向きに行きましょうっ」
ナナは、両拳をぎゅっと閉じて突き出して言った。
「ああ、前向きにいくさ。……それにしても、ナナは本当に良かったのか」
「何でしょうか?」
「俺の店の手伝いだよ。働いてくれるっていう話だ。大変だぞ、きっと」
「今さらですよ。それに、アロイスさんが私と働くのが嬉しいって言ってくれたのが嬉しくて……ごにょごにょ」
最後のほうは少し恥ずかしくなって言葉を小さくして言う。
アロイスはすかさず「なんだ、聞こえなかったぞ」と突っ込むが、ナナは「気にしないでください」と顔を赤くして言った。
「そうか……?」
「は、はい。本当に気にせず……」
あまりこの話は恥ずかしくてしたくない。
ナナは話題を変えようと、カパリたちが組み立てている建物の付近に並べて在る、古い木材を指差して話を切り出した。
「そ、それよりアロイスさん。あれなんですけど……」
「あの木材がどうかしたのか?」
「あれは前家の木材ですよね。あれ、使うことにしたんですか……?」
実はアロイスは、建築開始前の着工打ち合わせの際に、どうしてもというお願いで前家に使われていた木材で使える物は極力使うよう依頼していた。
当初、その話を聞いたカパリ一家だけでなく木材を扱う町民から
「あんたなら新品の木材くらいプレゼントするよ」
と、言われたにも関わらず、アロイスは気持ちだけ受け取らせてくれ、開店したら遊びに来てくれれば嬉しいです、そう言って断っていた。
「新しい木材を使っても良いと思うんですけど、どうして古い木材を?」
「……ん。そんなの、決まってるじゃないか」
アロイスは温かな目で、廃屋横に並んでいる古い材木を見ながら言った。
「ナナとお婆さんにとって思い出の土地だからな。出来る限り形を残しておきたかった。……余計な世話かと思われるかもしれないけどね。そしたら、カパリさんには悪いけどまた改築でもお願いするだけだな、ははは」
ちょっと照れて言うアロイス。それを聞いたナナは、彼の気持ちに一歩ばかり、また惹かれた。
「アロイスさん……。本当に有難うございます……」
「ああ、お酒も大事に扱わせて貰うよ。それと、時間がある時には、一緒に酒を飲もうな」
「……はいっ♪」
オレンジ色の髪の毛をぴょこんと動かして笑みを浮かべる姿は、きっと、誰が見ても天使のように可愛らしかった。
すると、その天使は微笑みながら「あっ」と思い出したように言った。
「そうだ、アロイスさん。ご迷惑じゃなかったら、もう1つ聞かせて欲しいというか、お願いがあるんです」
「どうした。遠慮せずに何でも聞いてくれ」
ナナは頭を下げ、あるお願いをした。
「あの、酒場でお仕事するのに私ってばお酒の知識が全然無いんです。だから、お酒について簡単な事でもいいから勉強したいなって思って……」
先ほどとは打って変わって、少し不安げな表情を浮かべるナナ。それをアロイスは、「ははは」と笑いながら答えた。
「別に心配しなくて大丈夫だ。だけどその気持ちは大事だし、ナナが安心出来るよう、そのうちお酒の勉強会でも開こうか」
「あ……、是非お願いします!」
ナナは、めいっぱい頭を下げる。と、アロイスは畏まらなくて良いよ、と頭を上げさせた。
「同じ家に住む者同士、あまり気負いせずに行こう。って、俺が言えた義理じゃないな」
「い、いえっ。その通りだと思います。じゃあ、私も気軽にいきますっ」
気軽に行く、というナナ。
ふと、それを聞いたアロイスに少し悪い考えが浮かんだ。
「おっ、気軽にいくって言ったな。それなら『教えろアロイス』みたいに、砕けた感じで言って欲しいんだけどなー? 」
意地を悪く言うと、ナナは「ええっ」と反応した。
「む、無理ですよう」
「でも気軽にいくと言ったばかりじゃないかー? 」
「それはそうですけど……ううっ」
ナナは自分の言った以上、無礼と恥ずかしさを呑んで言った。
「お、教えろよお、ア……ア、アロイスぅ……! 」
ナナは顔を真っ赤にして、子犬のようにぷるぷる震えながら必死になって小声で語った。次の瞬間には、アロイスが呆気に取られている間に、その場で屈んで顔を隠して「すみません、すみません」と、謝った。
「あ、あらっ。わ、悪かったナナ! ちょっと意地悪だった、そんな謝らないでくれ!」
ちょっと調子に乗りすぎた。アロイスも彼女に合わせて屈み、謝罪する。
するとナナは「う~……」と唸りながら、恥ずかしさと緊張で瞳に涙を溜め、憂いに満ちた表情で口を開いた。
「意地悪過ぎます。私で遊んでるんですか、アロイスさん……」
「い、いやぁ……調子に乗りすぎた。すまない、そこまで気にするとは思わず……」
「むぅぅ」
じとーっとした目でアロイスを睨んだナナは、すくっと立ち上がり、袖でゴシゴシと涙を拭いたなと思っていると、今度は笑顔になって言った。
「……へへ、なんて。別に気にしてません。泣いちゃったのは、自分が普段あまり言わないような言葉なのに、ついつい言っちゃった事に自分でびっくりして、何故か涙が出ちゃっただけです。アロイスさんになら、なんか普段できないような、ふざける事も出来ちゃいますね」
つまり、意地悪したアロイスは、逆に彼女に騙されたということだった。
「な、なにぃ! 俺の気持ちも弄んだというのかぁ!」
アロイスは両腕の筋肉をもりもりと盛り上げ、ゴリラのように憤慨して叫ぶ。だが、それも彼のおふざけであると分かっているナナは、嬉しそうに悲鳴を上げた。
「きゃーっ、先にやってきたのはアロイスさんですっ!」
「なんだとォー!」
それなりの時間を経て、打ち解けてきた二人。しかしその光景は傍から見れば、ただの恋人同士がじゃれ合っているだけにしか見えず。だが、その楽しげな雰囲気のさ中に突如、太く野太い声で「じゃかあしいわいっ!」と、聞き覚えある怒号が響き渡った。
「きゃあっ!?」
「な、何っ……!」
二人は驚き、声の方向に目を向けると、そこには、巨大なハンマーを片手で軽々と持ち上げて此方を睨む『カパリ』の姿があった。額にはピキピキと血管を浮かせている辺り、どう見ても平穏かつ楽しげに話しかけてくる様子ではない。
「あ、あら…カパリさん、何かご立腹な様子で…すが……」
アロイスが恐る恐る喋りかけると、カパリはブチっと音を立てて……。
「ワシらが仕事してる脇できゃっきゃウフフと喧しいんじゃァッ!!仕事の邪魔するなら出てかんかいッ!」
きゃっきゃウフフ、とな。
随分と古い表現を持ち出してきたものだ……。
「す、すみません!」
「ごめんなさいっ!」
とはいえ、仕事をしている脇で騒いでしまったのは事実。アロイスとナナは、さっと頭を下げた。
……すると。
「……フン、分かればいいんじゃよ」
そっぽを向くカパリ。
いつもなら連続した怒号が飛んでくると思っていたが、意外にもアッサリと怒りを鎮めてくれたものだ。
アロイスが(普段の調子じゃないな)と、驚いていると、カパリは巨大なハンマーで自分の肩をコンコンとツボ押ししながら言った。
「しかし……アロイス。お前も物好きじゃの」
「は……、私が物好き、ですか?」
「古い木材を使えという客はたまにいるがの、本当の廃屋のを使うのは物好きじゃろうが」
カパリは、ナナと同じように建築現場脇に並ぶ前家の木材を指差した。
「あー…はい。あれは思い出が詰まったものですから、大事に使いたかったんです」
「ワシらじゃなけりゃ朽ちる木材なんざ使えるもんじゃない。ワシらに感謝することだな」
「えぇ。それは勿論これ以上なく感謝しております」
アロイスは涼風のように気持ちの良い顔でお礼を伝える。カパリはフン、と鼻を鳴らす。
「分かってりゃいいわい。店ができた暁には旨い酒を飲ませることじゃな」
「はい、たっぷりサービスしますから是非お店に来て下さい」
「自分らの建築物を覗くのも仕事じゃ。当然、言われるまでもなく足を運ぶわい」
カパリはそう言うと振り返り、仕事に戻ろうとする。
……と、カパリはあちら側を向いたまま足を止め、ナナに言った。
「そういえば。言うのを忘れていたわ。ナナに伝えようと思ってたことがあってな」
「え、私ですか?」
「うむ。このお前の前家と、地下室な。……ワシが造ったんじゃ」
「えっ!?」
驚き、声を上げるナナ。
「まぁ、この界隈はウチの工務店でほとんどを請け負ってるから当然といや当然じゃがな。んで……その昔にな、地下室はお前の親父さんにこっそり造ってくれってお願いされての」
予想しないタイミングでの昔話。ナナは、アロイスでさえも彼の話に集中して耳を傾けた。
「そん時だったかの。お前の親父さんが、こう言ってた覚えがある」
ナナはゴクリと喉を鳴らす。
カパリは、当時のナナの父親の真似をして、それを伝えた。
『……今度、俺に娘が出来るんですよ。だから、娘がいつか酒が飲めるようになったら、この酒蔵で寝かした酒をいつか一緒に飲みたいなって思ってるんです。その時には、是非カパリさんも来て下さいよ。みんなで楽しく飲みましょう』
……と。
そしてカパリはそれを伝えた後、小さく呟いた。
「馬鹿モンが。その約束も果たせず娘を残して……。ワシはお前といつになったら酒を飲めるんじゃ……」
すべてを聞いたナナは沈黙した。
一方アロイスは、知らなかった過去を聞いて、とてつもない責任を背負ってしまったと思った。
(重いな。たかが酒場とも考えていたが、あのカパリさんがそれほど親交深かったとするなら、きっと町の皆にも親父さんは愛されていたんだ。それを、俺が引き継ぐってこと。重い……。だけど。だからこそ、中途半端なことは絶対に出来やしない、真剣にやるんだって身が引き締まる)
今さら逃げる事も、中途半端も許されない。
隣に立っている彼女の小さな肩、その全てを背負ったに等しいアロイスは決意する。
「……ナナ」
動かなくなった彼女の肩に手を乗せる。
すると、ナナは「大丈夫です」と、その手に自分の手のひらを乗せた。
「でも、凄く辛いです。一つ知るごとに思い出が蘇って、嬉しいのに辛いです」
「ああ。俺も全てを知っても逃げたりせんぞ。だから、一緒に酒場を頑張ろうな」
「はい。宜しくお願いします、アロイスさん……」
カパリは二人の声を聞いた後、ただ手を挙げ、静かに仕事に戻っていった。
ナナとアロイスは、その後ろ姿を追って、カパリたちによって描かれ形を成していく新たなスタート・ラインを、しばらく眺めていた。
…………
……
…
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