開店の章エピローグ:行ってらっしゃい
【 そして、5時間後。 】
今宵、ネーブル家には、実に6年ぶりとなる両親を交えた家族団らんの姿があった。
そこには、彼らは血が繋がっていなくとも、真に『 家族 』と認められたアロイスも笑顔で居た。
「ははは、今日は最高の夜だ。アロイスさん、もっと食べて下さいよ! 」
食卓には、ナナ、リリー、祖母が用意したご馳走が並ぶ。
アロイスとカイはそれをツマミに安いウィスキーを飲み交わし、高揚したように楽し気に会話していた。
「言われずとも、たくさん食べています。リリーさんの料理は最高ですね」
「そうでしょう、自慢の嫁です! ハッハッハ! 乾杯しましょう! 」
「ええ、何度でも! 」
何度も靡く乾杯の声。その声を耳に入れながら、リリー、ナナ、祖母の三人はキッチンに立っていた。
「はあ~……全く。カイったら酔っぱらっちゃって……」
「バカ息子ですまないねえ、リリーさん」
「ふふっ、お父さんはお母さんことが大好きなんだよ」
明日にアロイスとの別れが控えているのは分かっていても、こうして母親や父親、そしてアロイスという家族の時間は、ついつい楽しいと思ってしまう。
「……ナナ。長い間、寂しい思いをさせてゴメンね」
リリーは皿を拭きながら、呟くように言う。
「ううん。お婆ちゃんが居たし、アロイスさんも居たから、寂しくなんか無かったよ」
「……そっか。そう言われると、母親としては逆に少し寂しいかなっ? 」
「あっ、うそ! 本当は凄く寂しかった! お母さんたちが居ないことに、本当は凄く寂しかったから! 」
「あははっ、そんな慌てなくても。分かってる、寂しい思いをさせちゃったこと、本当に悪いと思ってる」
「……うん」
ナナは、うつむきながら、小さく返事した。
……と、リリーはそんなナナに、単刀直入に有る事を尋ねた。
「ナナは、アロイスさんが本当に好きなの? 」
「えっ!? 」
思わず、目を見開いた。
「雰囲気に飲まれたり、いっときの感情で流されているわけじゃないんだよね、ナナ」
「……どうしてそんなこと言うの? 」
「二年。好きな人と離れている時間は決して短くない時間だってこと、ナナは分かってるよね」
「痛いくらい分かってる……」
時間というものは、重い。
私は、時間という概念は誰しもに平等だと思っていた。
でも、それは違った。
時間は不平等なものだ。
(お母さんが帰ってこない時間は、不幸と不安、悲しみに押しつぶされそうだった……)
周りが笑っていた時、自分は両親を失って泣き続けていた。寂しがっていた。
他のみんなの笑顔が疎ましく思うこともあった。
どうして自分はこんなに不幸なんだろう。
もう、一生、笑うことは無いんじゃないかって思うくらい。
それくらい、両親を失ってからの時間は、長く、重かった。
(逆に、アロイスさんと出会ってからは、こんなに幸せで良いのかって思えるくらいに最高の一年だった)
幸せだと思える時間は一瞬だった。
きっと、今日の夜も気づけば終わってしまうのだろう。
あれほど眠れずに長かった夜が、今はほら、一分ですら惜しいと思う。
明日も、こうしてアロイスさんと父親の笑い声を聞きながら料理を作ってあげたいのに。
「―――でもね、お母さん」
私は、決めたから。
「私ね、アロイスさんが大好きだから。二年どころか、一生待ってても良いと思ってる。それくらいに大好きなの。アロイスさんが傍に居ない人生なんて、もう、考えられないくらいに―――」
ナナは恥ずかしげもなく、青春いっぱいの台詞を口にした。
それを聞いたリリーは、祖母と共に微笑む。
「……そう。そこまで覚悟があるなら、私は何も言わない。最高の男を手中に収めちゃいなさい」
「うん。二年後に、アロイスさんから付き合って欲しいって言われるくらい、私も自分を磨いてみせる! 」
キッチンで、ワイワイと会話を交わす三人。
しかし、高々としたその声は当然のように食卓に座る二人に届いていた。
「……自分を磨く、か。ウチの娘が堂々と女らしくなりやがってなあ」
酒に酔って顔を赤らめたカイは、グラスに注がれたウィスキーを揺らしながら言う。アロイスはナナの言葉に何とも言えず苦笑いするが、カイは、アロイスの無言を許さない。
「アロイスさん、黙ってないで何とか言ってくれよ。ウチの娘、貰ってくれるのか? 」
「ハ、ハハ……。酔っぱらっていますねカイさん」
「こんだけ飲めば酔うだろそりゃあ! ……で、どう思ってんだ、ウチの娘のコト」
「どう思ってると、言われましても」
「道端で抱き合うくらいなんだ、その覚悟くらいあるんだろうなァ! 」
カイは手に持ったグラスをアロイスの顔に近づけ、睨みつける。
「……それをココで聞きますかぁ」
そういう話は親御さんの前では喋りづらい。
しかし、言うまで許してくれそうにもない。
仕方なく遠回しに、それを伝えることにした。
「覚悟ですか。カイさん、それは愚問というべき内容です」
「おん? 」
「俺は帰ってくると約束をした。それは、ナナと俺の間にある決意だと思って下さい」
「……どういう意味だ」
「俺が"そういう言葉"を苦手としているコトや、揺らぐ決意をナナは汲み取ってくれたんです」
「だから、どういう意味だ」
眉をひそめるカイ。アロイスは「ハハ」と笑い、グラスをかち合わせた。
「ハハ、もう勘弁して下さいよ。それより、飲みましょう。まだ、イケるでしょう」
「んあっ。だーれに言ってるんだ、まだまだ飲めるぞ! 」
「夜は長いようで短い。いっぱい飲んで、いっぱい笑い合いましょう」
「おうよっ! 」
酔っ払いに話をすり替えるのは難しい話じゃない。
アロイスはカイの質問を上手く
そして、その後で。
ナナと祖母、リリーも食卓を囲み、五人は笑顔に満ちた家族団らんの時間を過ごした。
―――そうして、夜も更けて。
全員が寝静まった深夜二時過ぎ。
アロイスは、明日の旅立ちを前に、居間の窓傍に敷いた布団に
(今日は随分とキレイに満月が夜空に
ちびちびと余ったブランデーで喉を燃やし、ブラックチョコレートを
真ん丸なお月様もサカナにすれば、夜更けまで充分に飲んでいられそうだ。
「……んっ? 」
と、不意に床が軋む音。
アロイスが振り返ると、そこには薄手のパジャマに身を包むナナが立っていた。
「ナナ……。どうした、こんな夜中に」
「どうしても寝れなくて、お水を飲みに来たんです。そしたら、アロイスさんが起きていて」
「そういうことか」
「アロイスさんも眠れないんですか? 」
「……そうかもしれないな」
そう言って、一口ばかりウィスキーを喉奥に流し込んだ。
ナナはそんなアロイスに近づくと、小声で「隣、良いですか」と尋ねる。
「勿論だ、と言いたいが……今の俺は本当に酒臭いぞ」
「構わないです」
「それなら全然座ってくれ。むしろ、俺の膝の上にでも座っちまうか? なんてな、ハハハ」
「あっ。今の聞きましたよ。嫌だって言っても知らないですからねっ」
ナナはいそいそとアロイスに近づくと、組んだ胡坐の間に腰を下ろす。厚い胸元を壁代わりにして背をつけ、すっぽりハマる形で座り込んだ。
「えへへ、ピッタリですね。……でも、ホントにお酒臭いです」
ジト~っとした半目で、わざとらしく言った。
「むむっ、だから先に言っただろォ! 」
アロイスはグラスを置いて、ナナの頭に手を乗せてわちゃわちゃと髪の毛を弄った。
ナナは「きゃあ~! 」と笑顔で叫び、子供がじゃれ合うように二人は何とも楽しそうに笑い合う。
「ううっ、髪の毛がごちゃごちゃですよお……」
「お前が悪い。俺は謝らんっ」
「あ~、子供っぽい! 」
「……その口が言うかね。それに別に良いんだ。冒険者は子供っぽいヤツが多いもんだ」
「それは……アロイスさんを見ていれば分かります! 」
「ぐむっ。言うようになったな……」
「えへへっ♪ 」
アロイスは「やれやれ」とため息を吐く。
今度は静かにナナの頭に手を乗せ、グシャグシャにした髪の毛を直しながら、優しく撫でた。
「ナナ。何度も言うけど、俺はお前と出会えて本当に良かったと思ってる」
「……それは私もです。もう、私の人生はアロイスさんなしじゃ考えられません」
あれほど恥ずかしく隠していた想いの数々が、今はこんなにも大胆に口に出来た。
「そういうコト言われると恥ずかしいんだが。しかし、まあ……俺もだ」
「本当ですか! 」
「そうじゃなかったら、待っててほしいなんて言葉を使ったりはしないだろ」
「……じゃあ、ちゃんと言って下さいよ」
ナナはアロイスに向かって唇を尖らせる。
「ばっ、それは二年後にきちんと伝えると」
「……聞かせてくれなくちゃ、私は誰か違う人とそうなっちゃってるかもですよ~? 」
「むっ……」
その言葉に、アロイスは一瞬揺らぐ。
心の奥底では、ナナが自分のような人間よりも、もっと安定して一生傍に居てくれる相手のほうが相応しいのではないかと思ったのだ。
しかし、ナナが別の
ふと、今までにない感じたことの無い感情がせり上がる。
「……それは面白くないな」
「えっ? 」
「今、お前が誰か別の男と酒場をしたり団らんする姿を思い浮かべた。それは……何か違うと思った」
「違う……? 」
「は~、嫌になるぜ。今の今まで、
「な、何がです? 」
「……うるさいぞ」
アロイスは、背後からナナの腹部に両手を回して抱きしめた。
当然ナナは「ひゃあっ! 」と驚くが、そのまま、アロイスはナナの首筋に顔を埋め、目を閉じ、すうっ……と匂いを感じた。
「あっ、ア、アロイスさんっ!? 」
彼にしては、あまりにも大胆な行動に、ナナは顔を真っ赤にした。
アロイスは首筋に顔を埋めたまま、ボソボソと言葉を呟く。
「……正直言う。俺は、今の今まで、リンメイを皮切りに、本気で女性を愛する想いをしたことが無かった。それ以来、自分が本当に好きなのか心を隠し続けていた。だから、昼間に、二年後まで"その言葉"を待って欲しいと言ったんだ」
「そ、それって……私だけが、片思い……。アロイスさんを好きだったってコトですか……? 」
「違う。俺はどこかで壁を作り、素直になり切れなかった。もし俺が二年後に帰ってこなければ、ナナは別の誰かと幸せになる未来もあるし、それを受け入れようとも思った」
「そんな!? じゃあアロイスさんは帰ってこないつもりで……」
「それも違う。でも、そういう未来もあって良いと思っていただけだ。だけどナナ自身から『 他の
彼女に言われて気づくなんて、本当に自分は馬鹿だ。
世界一と呼ばれる冒険者が女性一人に素直になれないなんて、なんて情けない。
きっと、明日の旅立ちの後で、遠く離れた時に気づくのかもしれないが、それでは遅すぎた。
ナナという女性を繋ぎとめるためには、素直に、言葉で、伝えておくべきだろう。
「ナナ。俺はお前が好きみたいだ。俺は男として、お前は女として、好きになっちまったらしい」
「―――……ッ!! 」
そんな。
まさか……。
今、この場で、そんな言葉が聞けるなんて。
思いもよらぬ台詞に、ナナは硬直した。
……だが、直ぐに。
言葉一つに心は溶け出し、今日何度目か分からない涙が頬を伝う。
ただ、この涙は、温かなものだった。
「ア、アロイスさんと知り合えて……。毎日が楽しくて、本当に楽しくて。何度も助けてもらううちに、いつの間にか好きになって……。お母さんやお父さんも帰ってきて、全部……アロイスさんのおかげで……。私は、もう、アロイスさんが居ない時間は考えられないのに……ッ」
ナナは立ち上がり、座るアロイスを見つめ、懇願した。
―――叶わぬ願いと分かっていても。
「嫌だ。やっぱり行かないで……。アロイスさん。せっかくその言葉が聞けたのに、二年も離れ離れになるなんて嫌だ。私はアロイスさんのためなら何でもできる。だから、行かないでっ……! 」
ナナの言葉は、涙に混じり、本気の愛を感じさせた。
アロイスも思わず「分かった」と言ってしまいそうなほど、今の彼女には"女"が見えたのだ。
「……ナナ。俺は必ず帰ってくるから……」
「それでも……」
「ああ。辛いな。やっと素直になれたっていうのに」
「アロイスさん……」
月明かりに照らされて、二人は、そっと顔を近づける。
影絵のように重なり合い、互いの気持ちを交わし合う。
「……ふふっ、やっぱりお酒臭いです、アロイスさん」
「む、すまん。ムードも無かったか」
「それでも、それがアロイスさんらしいですっ。えへへ、嬉しい……♪ 」
「どういう俺らしさだ」
ペシッ。
二本指で、ナナの頭部を優しく叩く。
ナナは「いたいっ」と、笑みを浮かべて言った。
「……明日の今頃、もうアロイスさんはここに居ないんですよね」
「今頃は、どっかのダンジョンにでも潜ってるかもしれないな」
「私はお母さんたちの酒場のお手伝いをして、ヘトヘトに寝ている頃です」
「無理はせずに、しっかりと休んで、病気になったりしないように注意するんだぞ」
「もちろんです。アロイスさんも、怪我をしたり無理しちゃダメですからね」
静かな夜。互いの距離を縮め合い、何気ない話の一つ一つが心打つ。想い合う二人の間には柔らかな時間が流れ、まるで揺りかごのようにユラユラと気持ちが揺らぎ、混ざり合っていく気がした。
「……なんだか、時間がゆっくりと流れている気がします」
いつまでも、この夜が続けば良いのに。
ナナは切願った。
すると、アロイスはナナの顔を見ながら、ある事を言った。
「……そうだ、一つ。お前に俺からカクテルを作らせてくれないか」
「カクテル……? 」
「ああ。お前に飲んで欲しい……いや、一緒に飲んで欲しいカクテルがあるんだ」
「もちろんです。どんなカクテルをつくってくれるんですか」
「はは、期待されると困るんだけどな。難しいものじゃないよ」
アロイスはナナの頭を撫でてから立ち上がると台所へ行き、いくつかの材料を持ち出す。それらをナナの近くの床に並べてから、自分も腰を下ろし、ナナの目の前でカクテルをつくり始めた。
「材料は安いブランデーに、レモンジュース、苦味のあるホワイトキュラソーのリキュールだ」
ブランデーをベースにして、残りは少量1:1でレモンジュースとホワイトキュラソーをショートグラスに注ぎ入れる。本来ならシェイカーで混ぜ切りたいところだが、事前の準備もない手前、今回はスプーンで簡単にステアした。
「簡単だけど、完成だ」
「わあっ、オレンジ色のカクテルなんですね。名前はなんていうんですか? 」
「……サイドカーだ」
「サイドカー……? 」
「ナナにとっては、かなり強く感じるかもしれないな。最初、飲んでみるか」
「はい、いただきますっ♪ 」
ナナはグラスを右手で掴み、そっと口に運ぶ。
最初、ブランデーの甘い香りに始まり、レモンとキュラソーの柑橘系の味わいが喉を潤す。しかし、その直後に度数30という高さのアルコール刺激が鼻を突き、ケホケホと咳き込んだ。
「こ、これ、思ったよりも強いです~! 」
「ハハハ、そうだろ。でも一口だけでも飲んでくれて良かったよ。あとは、俺が飲むから」
アロイスはグラスを渡すよう手を伸ばす。が、ナナはふとあることを考えて、グラスを握ったまま、アロイスに尋ねた。
「……待って下さい。このカクテル、意味があるんですよね」
「おっ。どうしてそう思う? 」
「旅立つ前に、私が飲みにくいカクテルをつくるのは意味があると思いました」
そう、さすがに長い付き合いだけあって、アロイスの考えも理解していた。
「参った、そこまで理解してくれていたか。飲んでから説明するつもりだったんだけど」
アロイスは苦笑いして言った。
「教えてください。このカクテルには、どんな意味があるんですか? 」
「う~ん、俺的には言い辛いというか恥ずかしい事なんだけど……」
「はい」
「そのカクテル言葉は『 いつも二人で 』という意味なんだ」
「……いつも二人で」
「そうだ」
アロイスは優し気な表情でナナを見つめて、小さく頷く。
「これから旅立つけど、俺の心はお前の傍に。また逆も然りだと思えるようにさ」
「アロイスさん……」
「って、恥ずかしい事を言わせないでくれ! ほら、あとは俺が飲むからさ」
ナナにグラスを渡すよう促す。
だが、何を思ったのか、ナナは「すうっ」と深呼吸したあとでグラスを両手で握り締め、そのグラスの半分の量を一気に飲み干してしまった。
「お、おいっ! 無理はするんじゃない! 」
アロイスは慌ててナナからグラスを奪う。
すると、夜中という空腹の時間に強いアルコールを摂取したことで一気に酔いが回ったのか、ナナの頬は紅葉色に染まり、頭部をフラつかせた。
「大丈夫か! 」
アロイスは倒れそうになったナナを抱き締めて、大きな腕の中に包み込むよう支えた。ナナはアロイスの腕に抱かれながら、酒に酔って潤んだ瞳でアロイスを見つめ、こう言った。
「どうしても、はんぶんこ、したかったんです。アロイスさんと、心をはんぶんこ、していたかったから……」
えへへっ、と健気に笑みを浮かべる。
瞬間、アロイスは彼女の微笑みに、出会った頃を思い出した。
(ああ、ナナは出会った頃から可愛らしく笑ってくれる娘だった。この笑顔を見る度に、俺も元気を貰ったんだ……)
アロイスは「ありがとう」と呟いた。
ナナは「どういたしまして」と返事すると、アロイスに身を寄せたまま、ゆっくりと、静かに、目を閉じた。
そして温かな感情に馳せたまま、表情は朗らかに、幸せな眠りに落ちていった。
アロイスはナナの寝顔を見つつ、グラスに残されたサイドカーを飲み干す。
そうして、眠ったナナを抱えて自分の寝床に横にすると毛布を掛け、その隣に座り込み、眠りについたナナを見つめた。
(ナナ。俺は必ず戻ってくるからな)
それからは独り、時が経つのを緩やかに待った。
……やがて、数時間後。
朝焼けが訪れる時刻、ナナが寝息を立てているさ中、ひっそりと、玄関に立つ。
誰にも悟られないように旅立とうとしたのだ。
しかし、いよいよ出発しようとした時、背後から声がした。
「……アロイスさん、出て行くのかい」
「お、お婆さん……」
そこに立っていたのは、まさかの祖母であった。
「どうやら、出発しちまうみたいだね。はあ、本当に寂しくなるよ」
「本当は誰にも見られたくないと思っていたのですが、まさか、お婆さんにバレてしまうとは思いませんでした」
「ふっふっふ、最後の見送りが、こんなババアで申し訳ないねえ」
「ハハハ、そんなことはありませんよ。むしろ、お婆さんにも沢山お世話になって」
「そうかい。そう言って貰えると嬉しいねえ。ちなみに、ナナに何か伝えることはあるかい」
「いえ。昨晩に別れは済ませましたから」
「分かったよ。……次にアンタと会うのは二年後だね。その間、顔出しすることは無いのかい? 」
「今回は世界の裏まで入り浸りになるつもりです。帰ってくるのは全てを終わらせてからになるでしょう」
「……そうかい。でも、アンタの家はココなんだ。必ず帰ってくるんだよ」
「もちろんです。では、もうそろそろ皆が起きる時間なので、その前に出発します」
玄関に立て掛けていた大剣を握り締め、戸を開く。
既に朝日は昇り始めており、夏場らしい温かさにサンサンとした光を感じる。
「では、行ってきます。……バアちゃん」
「……ふっふっ。行ってらっしゃいさね、もう一人の
祖母の見送りを受けて、アロイスは、再び冒険者としての一歩を踏み出した。
「―――おい、行くぞ! 」
アロイスが叫び、高々と右腕を振り上げる。と、どこからともなく、殴りつけていたワイバーンが姿を現し、アロイスの傍に降り立った。
「さあ、出発するぞワイバーン。今度は俺を落としてくれるなよ! 」
ネーブル家には振り返ることなく、ワイバーンと共に飛び去るアロイス。
太陽の中に消えていく後ろ姿に祖母は「なんとも派手だねえ」と笑った。
……そして、
布団の中でアロイスの残り香を感じながら、笑顔を浮かべて、こう呟いた。
「行ってらっしゃい」と―――。
…………
……
…
【 元最強冒険者が酒場を開いたら 終 】
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