34.of my mind『終わりの始まり』決戦


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それは、あまりにも長い眠りであった。

 数千年前、魔族の王バルバトスにより命を受け、人と争った時代。

 あまりにも小さい存在だと思っていた人間たちは、範疇を越え、凌駕、魔族我らと対等に争った。


 そして、魔王バルバトスは、決戦の果てに命を落とし、戦いは人間たちの勝利に終わった。


 終戦後、魔族は人間と共存を結んだ者、反発した者、二分する。

 そこから気の遠くなるような時間を経て、現在いま。世は、平和の時代となった。


 それは、世界の礎、その全てに流れ、古代時代から甦った亡霊の如く、戦乱を呼ぶ者。

 この瞬間、再び、世界を保つ者たちと、相見える―――。

 


「……お前が、氷竜か」



 氷竜の墓ダンジョン、最深部。

 極寒の地の奥の奥。

 古代いにしえの覇者はゆっくりと、アロイスを見下ろした。


「……お前が、儂の眠りを妨げていた男か」


 氷竜は、透明感あるクリスタルのような氷塊を宿し、刺々しくも、華やかな煌めく容姿をしていた。

 今までアロイスが対した何者よりも巨大で、何者よりも勇ましく、何者よりも美しい。

 彼から輝く魔力の光は、深き地の底であっても、辺りを眩く照らす。

 そんな氷竜を、アロイス、リーフ、レイは、敵であっても、思わず見惚れるように見上げた。


(なんて巨大で、なんて美しいんだ……。これが……)


 古代の使者、氷竜。

 彼の前には、アロイスなど赤子のように小さき存在であった。

 その姿は全てが美しい。本当に彼が世界を淀ませようとしているなどと、信じられないほどに。


「どうした。儂は、お前の存在に気づいていた。今更、臆すような性格では無いだろう」

「……さあな。ところで氷竜。一つ、問いたい。お前は本当にこの世界を戦乱の世に導きたいのか」


 万に一つ、彼と共存の道があるのなら。

 そう願い、声を掛けた。

 答えは分かっていた筈なのに。


「愚問だと分かっている筈だ。今更、何を問う必要がある」

「……だろうな。でも、戦える前に一つ聞かせてくれ」

「我が場所まで辿り着いた土産に、答えよう」

「少し前、リンメイという女の冒険者が来たはずだ。ソイツは……どうした」


 アロイスが尋ねる。

 氷竜は「ふむ」と唸る。


「覚えているぞ。儂の魔力にも物ともせず、お前たちと同じくこの場所まで辿り着いた人間の冒険者だろう」

「ああ。前の部屋と同じように、永久凍土に閉じ込めていると思ったが、数名分、俺の知り合いの姿が見えなかったもんでな。教えてくれたら嬉しいんだがね」


 リンメイだけではない。

 先陣を切ったはずのフィズやライフなどの姿も見当たらなかった。


「……なるほど。お前の知り合いというわけか」

「知り合いより大事な身内だ」

「ククッ、そうか。その女の冒険者を始めとして、奴らは中々に楽しめたぞ」

「楽しめた……? 」

「だがな、所詮は人の子よ。所詮は、人の子……」


 氷竜は口を大きく開いた。

 その瞬間、目が眩むほどの輝きが満ちた。そして、氷竜を囲むように、『 彼ら 』を閉じ込めた氷柱が宙に現れた。


「リ……リンメイッ! フィズ……ライフ! そ、それに……まさか、あれはッ!!? 」


 アロイスにとって、彼の用意したある氷柱は、リンメイやナナの両親よりも、遥かに衝撃を受ける相手であった。額に大粒の汗を流し、その名を叫ぶ。


「レ、レグルス兄ッ!! 」


 アロイス、リンメイの義兄にして、クロイツ冒険団の初代部隊長。

 レグルスの姿が、そこにはあった。


「ナナの両親に続き、あまりにも意地が悪すぎるぜ……! 」

「あ、あれがレグルスさんッスか!? は、初めて見たッス……」


 アロイスも一瞬、見間違えたとも思った。

 だが、長い蒼色の髪の毛や端麗な顔立ちなど、間違いなく彼はレグルス本人である。そして、その驚きを見せた僅かな瞬きの間、それは氷竜にとって大きな隙を晒したに等しく。


「人間……隙を、見せたなッ! 」


 氷竜は大口を開いて、ゴバッ! と、青白い吐息を吐いた。太いビーム状に放たれた氷の魔力は瞬時に地面に着弾し、大爆発を起こす。周囲にはビキビキと氷塊の波が拡がる。絶対凍土が、地面を覆った。

 しかし、アロイスとリーフは氷竜の攻撃を読み、咄嗟の判断で大きく飛び上がり、後方へと距離を置くことで爆発を避けることに成功する。だが、レイだけは、ついていく事が出来なかった。


「レイ……ッ! 」


 氷の爆発に巻き込まれたレイは、他の冒険者と同じように氷柱に身を封じられる。表情は、何が起きたかも理解していないように、ただ無表情で、彼の時間は永遠の中に閉じ込められているばかりだった。


「ほう。アロイスとリーフお前たちは、今の攻撃を避けたか。先の女の冒険者は、この男を見ただけで酷く動揺していたものよ」

「……俺だって動揺したさ。レグルス兄の顔を再び見ることになるなんて、未だに手が震えているよ」


 自分でも、レグルス兄を見てから動機が収まらない。

 だが、これでリンメイが敗北した理由も分かった。

 彼女にとって、愛していた男が目の前に現れたのだから、動揺し、その隙を氷に撃ち抜かれるに決まっている。



「……氷竜サマが、随分と卑怯な戦い方をしてくれるじゃないか」


 心理的に攻撃を仕掛けてくるとは、狡猾な相手だ。


「勝つことに過程など要らぬ。どうであれ、最後に欲を満たしてこその勝者だろう? 」

「それには冒険者として同意見だよ。だけど、考え方がちょっとばかし古いな。爺さん」


 アロイスは大剣を片腕で持ち上げ、剣先を氷竜に向ける。


「今は平和の世。戦争は終わったんだ。結果が全てじゃない。過程も大事な時代なんだよ」

「それなら、今のこの世で培った貴様たちの力を見せるが良い。だがな、儂は全てを知っている」

「何を知っていると言うんだ」

「現世に残る強者は、お前たちと雪山に居る一名を除き……もう、らぬだろう」


 氷竜の口元がククッと持ち上がり、嫌らしい程の笑みが浮かぶ。


「雪山に居る一名? ……ジンの事か。そうか、お前は、この場所から、色々と感知していたってのか」

「儂がこの世に目覚め始めてから、ずっと分かっていた。お前も、儂に挑むことも知っていた」

「恰好をつけるね。未来予知が出来るっていうのか? 」

「予知。そう言われると少し違う。儂にとっては、予感だった。無論、お前の力量は把握した上でのこと」

「俺の力量? それも、お得意の予知での話か」

「違う。我が指揮下に置いていた悪魔族バフォメットの幻影。それを倒した際に力量は把握させて貰った」

「バフォメット…… まさか、インマウンテンの時の話か」


 それは、アロイスとナナ、祖母、の三人で、年の瀬に家族旅行をした時のこと。

 魅惑の笛に操られた一件で、アロイスは確かに悪魔族バフォメットと対峙した経験があったことを思い出す。


「……思い出したぜ。あの時、俺の背中に感じた鋭い痛み。お前の視線だったというわけか」

「あの時、お前の力は見定めた。たかが冒険者一人、強者とは思うが儂の相手では無い」


 ニヤリ、と氷竜は笑う。


「さあ、御託は要らぬ。かかってこい、若造。一瞬のうちに永遠に閉じ込めてくれよう。そして、再びこの世界を戦乱の世に導く。魔王バルバトス様の念を、この世界に花開かせて貰う!!!」


 氷竜の全身から、真っ白な冷気がこうこうと溢れ出す。瞳は青白く輝き、邪悪な夥しい魔力が、辺りに零れ始める。常人ならば、気絶してしまうほどの気迫とオーラだが、アロイスとリーフは果敢に向かう。

 

「なんだ、その花は既に枯れているんじゃないか」

「リーフたちが負けるハズ無いッスよぉ! 」


 アロイスは姿勢を低く取って、リーフはリミッター解除の上で、全身全霊の雷魔力を込めた。

 そして、氷竜が口を開き、冷気を吐きかけた一瞬。アロイスとリーフは咄嗟に飛び上がり、それぞれ壁を駆け上る。示し合わせたように両脇から氷竜に向かい、『 本気 』の一撃を叩き込む。


「一撃で終わらせてやるッ! 」

「これでも喰らうッス~~ッ!! 」


 アロイス、リーフの左右からの同時攻撃。

 二人の力を重ね合わせた攻撃には、完全にったものと確信した。

 だが……。


「小賢しいッ!! 」


 氷竜は全身を覆うクリスタルから魔力を放ち、爆発を起こした。そして、信じ難い事に、爆音と衝撃波は二人を弾き飛ばし、アロイスとリーフは、壁際に思い切り叩きつけられてしまった。


「ぬぁっ!? 」

「あ、あいたぁーっ!! 」


 壁に弾き飛ばされた二人は、鈍い痛みを感じながらも、隙を晒さないよう、直ぐに氷竜から距離を置く。最初の位置に戻って再び武器を構えたが、二人の面持ちは、信じられない、といった様子だった。


「リーフ、お前……さっきの魔法は手を抜いていなかったか……? 」

「アロイスさんこそ。久しぶりに本気だった一撃ッスよね……? 」


 二人は、揃えて氷竜を見上げる。

 彼は、ニタリ、と再び嫌らしい笑みを見せた。


「おいおい、参ったな。これが、古代魔族ってヤツなのか……」


 アロイスも笑って返すが、その台詞と表情は、動揺を隠しきれない。


「フハハ、若造。諦めて、凍らされる未来のほうがよっぽど楽だろう」

「そ、それには同意だね。ちょっとばかし、アンタの腕を侮ってたよ」


 たった一撃で嫌でも理解してしまう実力差。

 これほどまでに差があるとは、正直思ってもみなかった。


「ハハ、こりゃあ、世界は本気で滅ぶかもなあ……」

「ならば諦めて……永遠の時間に閉じ込められるが良い。我が氷像のコレクションに加えようぞ! 」


 氷竜は、口をパカッと開き、冷気を吐き出す。

 なみなみならぬ速度の氷気のビームだが、アロイスたちは回避して、再び壁を駆け上り、氷竜に二度目の本気の攻撃を仕掛けた。


「一度でダメなら、二度でも三度でも! 」

「当たるまで繰り返すだけッスよぉ~~! 」


 氷竜の両脇から仕掛ける大剣と、雷力の攻撃。氷竜は同じように全身から魔力を爆発させたが、アロイスは魔力を微量に込めて側面でそれを受け切り、リーフは全身に魔力防御を展開して流すように爆発をかわした。勢いは維持したまま、二人の攻撃は氷竜に届きかける。


「……ほう、やるではないか。だが、甘いわぁっ! 」


 二人の攻撃が氷竜の皮一枚に触れた瞬間、氷竜は身体を大きく唸らせ、攻撃を回避する。


「何ぃっ! 思った以上に機敏な動き……うおっ!? 」


 更に、回避しながら攻撃に転じる氷竜。尾っぽを鞭のようにしならせて、アロイスの全身に叩き込みを入れる。


「ぐっ、ぐあああっ! 」


 アロイスは空中で吹っ飛ばされ、地面に激突する。その後で、リーフにも同じように叩き込みをしてから、二人に目掛けて、口から冷気のビームを降り注いだ。

 辺りは氷がメキメキと音を立てて地面から幾つも生えて、ひどく白い雪煙が舞い上がった。


「グハハッ、さすがに死んだか! 」


 氷竜は、さすがに仕留めただろうと思った。

 しかし、打たれ強いアロイスとリーフは、雪煙から姿を現して、額から血を流しながらも、三度目となる壁登りからの攻撃を仕掛けた。


「まだ向かってくるのか。ならば、何度でも弾き飛ばしてやろう! 」


 クリスタルの暴走で防げないことを理解している氷竜は、最初から尾っぽを激しく動かして、二人を叩き落とそうとする。だが、二同じ手を喰らわない二人は、空中で尾っぽの攻撃を華麗に躱すと、ようやく、その皮膚に、それぞれの一撃をクリティカルヒットさせる。


「うぐおぉっ!? 」


 アロイスの斬撃、リーフの雷撃。

 肉体を貫く一撃に、氷竜は大きくのけぞった。

 


「よし、攻撃が入った……が、あれはっ! 」


 アロイスたちは攻撃を与えてから距離を置こうと後方に飛びながら、氷竜の傷口に目を向けて、ある事に気づく。


「アロイスさん、攻撃をした傷口、見えるッスか!? 」

「ああ、見えるぞ! 」


 二人の攻撃を受けた氷竜の皮膚は、青白いウロコが剥がれ落ち、緑色の血管が通う皮膚がドクンドクンと痙攣を起こしていた。若干だが、傷周りは薄っすらと緑色の血に染まっているようだ。


「そうか。氷竜ヤツは妙に攻撃を受ける事を嫌っていると思ったが、魔力は全盛期に戻りつつあっても、その肉体は、まだ脆いということか……」


 考えてみれば、氷竜の戦い方は、攻撃こそ防御の型、それを体現した戦法だった。彼が極端に攻撃を受けたくない答えがそこにはあった。


「くっ、貴様らァ! 」


 氷竜は、弱点を晒された事に苛立ちを覚える。逆に、アロイスは強気に叫ぶ。


「氷竜! お前の弱点は分かったぞ……。結局、どれだけ虚勢を張っても、俺たちが怖かったということだ! わざわざ心理的な攻撃まで仕掛けて、さっさと戦いを終わらせたかったんだろう! 」


 それは、当たっていた。アロイスの考え通り、氷竜は古代戦争の戦いで受けた傷は完治しておらず、それを危惧して魔獣を操ることで早めに決着を付けたいと願っていたのだ。

 しかし、あくまでも相手は『 魔王の右腕 』として君臨した竜族の始祖ともいうべき存在。いくら弱点が見えたところで、そう簡単にいく相手では無い。


「だから……どうしたァッ! 」


 氷竜は激昂し、魔力を纏った尾っぽを振り回す。アロイスは大剣の側面で防御を取るが、ガチン! と火花を交えた金属音と共に、大きく吹き飛ばされる。


「ぬあっ! 」


 強靭な足腰、洗練された魔力技術。

 それを用いても、アロイスの肉体は簡単に弾かれ、洞窟の側面に身体を思い切り打ち付ける。


「がはっ! ……ゆ、油断もさせてくれないか……そうだよな……」


 氷竜がアロイスに攻撃が集中した際、今度はノーターゲットとなっていたリーフが、今度は火炎のハンマーを氷竜のウロコに目掛けて撃ち込んだ。


「隙だらけッスよぉ、お爺ちゃんッ! 」


 ドゴォ! 鈍い音のあと、ハンマーから大爆発を起こし、氷竜は一瞬白目を剥いた。更にウロコがボロボロと零れ、更に生の肉体をさらけ出す。


「ぐうっ! 貴様ァ!! 」


 すかさず首を振りなおして気を保ち、口を開いてリーフに向けて氷気ビームを放つ。


「あうっ、これは不味いッス! 」


 殴り終えてから、空中に身を漂わせるリーフ。このままでは、回避できずに直撃を喰らってしまう。ところが、その寸前に、遠くに居たアロイスが「リーフ! 」と名前を叫び、大剣をリーフに対して思い切り投擲をしていた。


「あっ、助かるッス! 」


 リーフは、大剣に対して風魔力を込めたハンマーを繰り出す。大剣とぶつかり合うことで、磁石のエスとエヌのように弾き合い、リーフは後方へ飛ぶことで氷気ビームを回避し、大剣はアロイスの元に戻った。


「い、いちいち小賢しい真似を貴様らァ!! 」


 怒りに身体を震わせる氷竜だったが、その時。


「ゴホッ!? 」


 氷竜は咳き込み、口からダラリと緑の血液を垂らした。

 すると、彼の周りに浮かんでいた氷柱のうち、フィズの氷柱がバキン! と音を立てて崩れ、その身体が解放される。


「あっ、フィズが生き返ったッス! 」

「おおっ、フィズ! 」


 アロイスたちが叫ぶ。

 フィズは空中から落ちる自分に気づいていなかったが、すぐに我を取り戻し、地面に着地すると、辺りを見回して状況を確認した。


「な、何が……。俺は、氷竜に……はっ! 」


 遠くに見えた、アロイスとリーフの姿。

 近くには咳き込む氷竜と、氷柱に閉じ込められたリンメイたち。

 それだけで、どのような状況下を察したフィズは、氷竜が怯んでいる隙にアロイスの元に駆け寄った。



「アロイスさん! き、来てくれたんですね……」


 フィズは、アロイスを見て心底安心したように言った。


「良かった、生きていてくれたか」

「は、はいっ。俺とライフだけが辿り着いたのですが、凍らされてしまい……」

「大丈夫だ。分かっている。それより、今は目の前の敵に集中しろ」

「はいっ! 」


 フィズは長い髪をバンダナで纏めなおし、両手にそれぞれ短剣を握り、戦いの姿勢を取った。


「くっ、ガキどもがぁ……ゴホゴホッ! 」


 氷竜は咳き込み続け、ひどく吐血する。明らかに弱っている状態に、アロイスは「行くぞ! 」とフィズ、リーフに命令を下し、三人は氷竜に突撃した。


「氷竜、お前はこの時代にいるべき魔族ではないッ! 」

「リーフたちが、世界を守るッスよぉ! 」

「また三人で戦える日が来るとは思いませんでしたよ! 」


 かつての三人のように、文字通り三位一体となった一撃が氷竜を襲う。

 氷竜の肉体は潰されるように叩き付けられ、瞬間、身を包むウロコは次々と剥がれ落ち、ぐあああ! と悲鳴を上げて周囲に血を撒き散らした。また、リンメイとライフの氷柱が砕け散ることで、彼女たちも無事に解放される。


「おっと。わ、私は……! 」

「危ねぇっ! って、あ……あれっ? 」


 呆けるリンメイとライフだったが、フィズのように辺りを見渡すことで、状況をすぐさま理解する。


「ア、アロイス! お前、来てくれたのか……」

「アロイスさん! 」


 そして、リンメイは肉体術を得意とするナックル武器を、ライフは銀の長剣を抜いて構えた。


「リンメイ……。リーフ、フィズ、ライフ……。なんだなんだ、クロイツのメンバーが勢揃いじゃねえか」


 アロイスは笑う。氷竜の隣に未だに浮かぶレグルス兄を残し、旧世代、新世代の部隊長が揃い、氷竜に剣先を突きつける。誰一人として口を開かなかったが、それぞれが笑みを浮かべ、心の奥底では通じ合っているようだった。

 一方、氷竜は三位一体の一撃を受け、もだえ苦しんでいたが、未だその闘志は衰えていなかった。


「き、きき、貴様……貴様ら……。この儂を、儂をなんだと思っている……。儂は、魔王バルバトス様の右腕……ヴァヴェルであるぞッ!!! 」


 刹那、氷竜ヴァヴェルは肉体を丸めて、氷気を全身に纏う。

 辺りに漂っていた彼の魔力は肉体一つに濃縮され、何が起きるのかとアロイスたちは身構えた。

 しかし、彼の取った行動は、全員の予想の範疇を越えるものだった。


「貴様らだけは許さんッ!! 儂の命を削ってでも、本気で殺してやるわあっ!! 」


 周囲に満ちる魔力が、ヴァヴェルに吸収されるように集まり、一極化していく。彼の魔力の動きで、アロイスとリンメイが先に察する。


「リンメイ、あれを見ろっ! 」

「……分かっている。ヤツめ、命を削ってまで一帯を吹き飛ばすつもりだ! 」

「こんな地下深くで爆発されたら、いくら俺らでも不味いぞ! 」

「アロイス、止めるぞ! 」

「言われずとも! 」


 アロイス、リンメイは素早く武器を構え、ヴァヴェルに突撃した。

 大剣の振り下ろし、ナックルによる気合いの一撃、二人の強烈な攻撃がヴァヴェルの肉体を直撃する。


「ぐお……ぐおおおッ!! 」


 ヴァヴェルは悲鳴を上げた。

 蒼いウロコが次々と剥がれ落ち、高貴だった氷竜の姿が、おどろおどろしい姿へと変貌していく。

 ……しかし、それでもヴァヴェルの戦意は未だ失われず。

 その身に満ちた魔力の暴走を止めることは無く、自爆の姿勢は崩さない。


「これしきで、儂を止められると思うなァッ!! 」


 不味い。ヴァヴェルの攻撃が炸裂する。

 アロイスとリンメイは覚悟を決めて、舌打ちしたが、その時。

 二人に続いて、後方からリーフ、フィズ、ライフが連携を取ってヴァヴェルに追撃した。


「そろそろ倒れるッスよぉ、氷竜ッ!! 」

「アロイスさんの前で格好悪いところは見せられない。そろそろ死んでおけ……! 」

「この人らの前で、情けない姿は見せられねぇよなあ! 」


 アロイスリンメイの攻撃に耐え忍んだヴァヴェルだったが、三人の追撃には堪らず大きく仰け反った。更に、アロイスとリンメイは気を逃さず、二度、三度と全力の攻撃を加える。


 そして、ヴァヴェルが吐血して頭部をピンッ、と伸ばした瞬間。

 アロイスは両手に大剣の柄を握り締め、高々と飛び上がった。


「氷竜、ヴァヴェル。所詮、お前は古代遺物レガシーに過ぎない。取り残された遺物は、この時代から去れっ!! 」


 空中から、全身全霊の叩き付けを脳天に一発。

 ガゴォンッ!!

 打撃にも似た、激しい斬撃音。

 ヴァヴェルは「ガッ! 」と吐息のように漏らしたあとで、打ち付けられた頭部から、蒼い光が放たれた。

 

 光は、ヴァヴェルに蓄えられていた魔力の帯。


 ついにヴァヴェル自身が持つ魔力は、その身に保つことが出来なくなり、頭部から輝く光と共に、魔力がヴァヴェルの肉体から抜けていく。


「グオォォオッ!! ま、待て……。儂は、儂は、儂はあああぁぁッッ! 」


 眩く放たれた魔力の光は失われ、やがて、ヴァヴェルの瞳を白く濁った頃に、その巨体はズズン……と大地を揺らし、横たわったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る