34.of my mind『終わりの始まり』灯し火


 ―――【 アロイスたちが激突して一時間後。 】

 氷竜の墓、本山にて。

 ダンジョン入口から直ぐに広がるエリアは、通常『 一層 』と呼称されている。


 外には荒れ狂う吹雪が舞っているものの、氷竜のダンジョン一層においては、洞窟のような形状になっているため、影響は少ない。

 また、深部に向かうにつれて洞窟は縦横に拡がることで、ダンジョンを訪れた冒険者たちのベース・キャンプとなっていた。それに伴い、現在はベースで各冒険者群が至る箇所で暖を取っていたが、どうやら、顔色や会話の内容は明るいものではなかった。


「まだ、先陣隊は帰ってこないのか……」

「早く応援を呼ばないと、このままじゃ……」


 全員が、沈んだ顔色で虚ろな瞳のまま火を眺め続けている。

 今、この場所に居る全員が『 選ばれた冒険者 』でありながら、あまりにも弱気過ぎる発言だと思われるかもしれない。だが、それも仕方ない事だった。


「いつになったら、深層部三層に向かった連中は帰ってくるんだ? 警衛隊に応援を求めに外へ出て行った連絡隊は? 一体、どうなっているんだよぉっ! 」


 地下に向けば氷竜の餌食となり、外に出れば操られた魔獣の餌食となる。極寒という極限の大地で、食糧は確実に減っていく。どれほどの実力者であろうとも、正気を保っていることが限界に近い状況であった。


「三層に向かったクロイツのメンバーですら帰ってこないんだぞ。俺らじゃ、どうしようもないだろう! 」


 確かに、残された面子でも外に蔓延るトロールやアイスタイガーを討伐することは可能だろう。しかし、それも長くは続かない。どれだけの相手が外をうろついているか熟知しているのだ。


「もう、世界の終わりだ。英雄冒険家ヘルトが遺したダンジョンを下手に突くべきじゃなかったんだ。俺たちがイタズラに刺激した所為で、氷竜の目覚めを早くしたんじゃないのか? いっその事、氷竜なんか見つけなければ良かったのに―――! 」


 冒険者の悲愴な声がダンジョン内に木霊する。

 ―――だが、その声に反して、ある声が、辺りに響き渡った。


 ……それでも冒険者か、お前たちは。弱気な冒険者も居たものだなぁ……ッ!


「な、何……!? 」

「誰だ! 」


 罵倒の声に、冒険者たちは怒りを覚えて立ち上がり、声の方向に振り向いた。

 ところが、声の主を見た冒険者たちは、目を点にして、言葉を失う。

 何故ならば、洞窟の入り口には、世界の最後の希望が、立っていたからだ。


「なんだ、怒れる力はあるじゃないか。なら、諦めるな。お前たちは、最期まで戦う覚悟を持ってこの場所に来たんだろう! 」


 全身に返り血に浴びて、真っ赤に染まった防寒具を身に着けた大男。

 元世界一の部隊長アロイス・ミュール、本人であった。


「……あ、あの方は」

「まさか!? 」


 冒険者ならば、誰もが知っているアロイス・ミュール。しかし、反応は思ったほど大きいものでは無かった。


「ア、アロイス……さん……? ほ、本物なのか……」

「いや、アロイスって男は引退して田舎暮らしだって聞いたぞ……? 」

「じゃあ偽者か!? 」

「それは無いと思うが……。この場所に辿り着く実力があるというのなら、やっぱり本人じゃないのか」


 この場所に、本物のアロイスが現れる筈がないと、そう思われていたのだ。

 それでも、ザワつく冒険者たち。

 すると、そのタイミングで、アロイスの背後から同じく全身を血に赤く染めた小柄なツインテールの戦士リーフがひょっこりと顔を出して、叫んだ。


「アロイスさんを偽者だって疑うとは良い度胸してるッスねえ! リーフも偽者っていうッスか? 疑うなら、外に倒れている魔獣でも見てくると良いッスよ! 逃げたいヤツは、逃げれるように魔獣をぜ~んぶ倒してきたッスから!! 」


 リーフは鼻息をフンフンと荒げて叫ぶ。

 冒険者の一人は苦笑いして「冗談だろう」と、リーフの言う通りダンジョンの外に顔を出した。

 ……と、冒険者は、口をあんぐりと開き、叫んだ。


「う……うそ。ホントに?…… み、みんな。外に……魔獣が……全部、倒れているぞ……。こ、この人、本気でアロイスさんだぞ。本物じゃないのか!? 」


 その反応を見た他の冒険者は、同じように急いでダンジョン入口に立って、外の様子を伺う。

 そこには、自分たちがあれほど手を焼いたトロール、アイスタイガー、ジャックフロストなどの遺体があちこちに散らばり、近くに一切の魔獣の気配が消失しているあたり、アロイスとナナが本人であると裏付けるには十分過ぎる証拠であった。


「……う、うおっ!? じゃあ、やっぱりこの二人は本物のアロイスさんとリーフさんだろぉっ!! 」



 冒険者の一人が歓喜の声を上げて、アロイスの元に駆け寄った。続いて、周りの冒険者たちも同じようにワラワラと集まり始めた。


「ほ、本物……。本物のアロイスさんとリーフさんなんですか! 」

「引退していたって聞いていましたが、復帰していたんですね!? 」

「リーフさん、俺、ずっとファンだったんです。大好きなんですッ!! 」

「握手してください。疑ったりしてすみませんでしたァッ! 」


 アロイスとリーフが本物であると認識した冒険者たちは、わちゃわちゃと二人を取り囲む。


「お、おいおい。待て待て、落ち着け! 」


 アロイスは落ち着くように促して、まずは状況について尋ねた。


「誰か、今の状況について教えてくれ。俺達はここに来たばかりで何も分からないんだ。クロイツのメンバーは居ないのか? フィズが既に到着していると聞いていたんだが」


 宥めるように訊くと、目の前に居る若い男性の冒険者が返事する。


「あ……。え、えっとですね。今、ここにはクロイツさんたちはりません」

「いないだって? もしかして先に深部に潜ったのか」

「はい。僕たちは待機組で、一層のこの場所をベース地として利用していました」

「なるほど。それは大変だっただろう。外にはあのレベルの魔獣が潜んでいる状況では……」

「あはは、それはもう……。日が経つにつれてドンドンと外の魔獣が強くなっちゃいまして……」

「ついに昨日、自分たちで対処しきれない魔獣のレベルにまで達してしまったというわけか」

「……全部お見通しですね。その通りです」


 アロイスの言葉に、辺りの冒険者たちは、しん……、と静まり返った。

 目の前の冒険者も同じように顔を俯かせたが、ハッとしてアロイスに尋ねた。

 

「あ、そうだ! アロイスさん、外に連絡隊を送ったのですが、お会いしていませんか!? 」

「連絡隊? 」

「はい! 食糧を尽きかけている今、警衛隊に現状を知らせて援護を送って貰おうと思って! 」

「ああ……」

「待機組のうち、強かった数名を送り出したんです。もしかして、その援護にアロイスさんが! 」


 もしかして、と、その冒険者は目を輝かせた。

 ところが、希望という二文字に、アロイスは現実を突きつける。


「違う。お前たちの言う連絡隊は、恐らく魔獣たちに全滅している。道中、助けようと思ったが間に合わなかったんだ」

「……そんな」


 再び、冒険者たちの瞳が曇り出す。

 また絶望に打ちひしがれるような空気が漂いだすが、アロイスは彼らの反応を見るやいなや、「はぁ……! 」とため息を吐くと、その辺の氷の岩場にドスンと腰を下ろした。


「なんだってんだ。どいつもこいつも浮かない顔をしていやがる」


 一言呟くと、今度はニカッと笑みを浮かべて、リーフを呼んだ。


「リーフ、取り敢えず腹減っただろ。お前も座って、新鮮なトロールの肉でも一緒に喰おうぜ」

「おーっ、良いッスね。今すぐ焚火の準備をするッス~♪ 」


 消沈した空気に包まれた一層フロアで、アロイスとリーフは笑い合って暖を取り始める。

 その様子に、先ほどの若い冒険者青年が目を丸くして、口を開く。


「ど、どうしてそんなに楽観的なんですか! 」

「楽観的? 何も楽観的じゃないさ。ただ俺たちは、この状況を『 面白い 』と思ってるだけだ」

「おもしろ……!? な、何が面白いっていうんですか!? 」

「ああ。何もかも面白いじゃねえか。俺は楽しんでるぜ、この状況をよ」

「ふざけ……! 」


 青年の瞳に、怒りの炎が宿る。


「ア、アロイスさん……。この状況を理解わかっていての言葉なんですか!? 」


 深部に戻った皆は戻ってこない。連絡隊は全滅させられた。

 このままでは世界が崩壊してしまう。

 何が、この状況に楽しむ余地があるというのか。


 『 面白い状況だ 』


 たった一言で、先ほどまで冒険者たちからアロイスに向けられていた羨望の眼差しが、急に憎しみに淀み始めた。中には、明らかに殺意を持った者ですら感じたが、アロイスは、焚火に当てたトロールのスジ肉を噛みながら、笑って答えた。


「ああ、この状況を知っての言葉さ。だって、ワクワクするだろ。ココは、英雄冒険家ヘルトの遺した世界最高の遺産だぜ? 先陣を切った仲間たちや、お前たちも、楽しみにしていた心は無かったのか? 冒険者は、未知の世界を楽しんでナンボだろうが。一度は身を退いた俺ですら、この状況には心が躍って仕方ないね。それを正直に言っただけで怒られちゃ、同じ冒険者として悲しいぜ」


 リーフもアロイスの台詞に「そうッス! 」と笑顔を浮かべて言った。


「そ、そんな事……。確かに最初は楽しみでしたけど、仲間が次々死んでいく状況で楽しむ余裕なんか! 」

「そうか。それにしては、お前たちは無駄な怒りと殺意を俺たちに向けているな」

「無駄な怒り? 無駄な殺意ですって? 」

「その矛先は氷竜に向けるべきなんじゃないのか」

「……ッ! 」

「それとも、喧嘩がしたいなら付き合ってやる。俺に勝てるのか、本気でかかってこい」


 アロイスはゆっくりと立ち上がり、背負う大剣を握り締めた。

 もちろん、彼らに向ける気配は『 本気の殺意 』を仄めかして。

 

「うっ……!? 」


 咄嗟に、全員が、一歩ずつか、それ以上に退いた。

 あまりにも刺々しい殺意に、自然と慄いてしまったのだ。


「あん? なんだ、全員が逃げ腰か。面白くない。たかが一人の男にケンカする勇気も無いのか。……クククッ、だから、お前らは待機組程度に納められている雑魚なんだよ。ちっ、折角の新鮮な肉が不味くなる。もう、口も開くんじゃねえ、そこで黙っておけ」


 舌打ちし、その場で腰を下ろすと、堂々と食事を再開する。

 対面に座るリーフは我関せずという雰囲気でトロールの焼肉を頬張っていたが、内心、アロイスの態度に面白おかしくて仕方が無かった。


(あ~、思いっきり笑いたいッス! アロイスさん、相当楽しいみたいッスねえ。口調も、何もかも、ぜ~んぶ昔に戻ってるッスよ! でも、これは……うん。分かってるッス)


 ククク、とニヤける顔を隠すリーフ。

 一方で周りに居る連中はアロイスの殺意と罵倒にすっかりと大人しくなり、二人の食事を見守っているばかりになった…………と、思った、矢先のこと。


「ア、アロイスさん……っ! ゆ、許せない。ダメだ、今の言葉は許せませんッ!! 」


 ずっと話をしていた青年だけが、震える身体でアロイスの背中に立って、怒鳴り声を上げた。



「アロイスさんの言葉も分かります。だけど、少なくとも死んでいった皆を罵倒するような発言は絶対に許せません。いくら貴方でも、そんな態度を取るのなら、改めさせて貰いたいです……。例え、勝てないケンカだって分かっていても、謝らせてみせます! 」


 青年は細い銀の剣を抜き、アロイスに構えた。

 まさか、アロイスに楯突く者が現れるとは。予想しなかった周りの全員が、固唾を呑む。


「……あァ? テメェ、誰に物を言ってやがる。本気で殺されたいのか」


 アロイスは、ギロリ、と威圧感ある睨みを利かせる。

 一瞬、青年はビクリ! と身体を震わせたものの、押しつぶされず、矛先を向け続けた。


「ま、負けませんよ。睨んだところで、ボクは退きません! さあ、アロイスさん。望みの通り、ケンカをしましょう。だけど、万に一つ、僕が勝ったなら、土下座して死者を愚弄したことを誤って貰います! 」


 あまりにも弱気だが勝ち気な台詞だ。

 アロイスは座り込んだまま、暫く沈黙していたが、全員の視線が集まる中で、のっそりと立ち上がると、表情を一変させて真面目な顔つきで、言った。


「……なるほど、お前だけか」

「何がですか」

「いや、その、なんだ。つまり……悪い気分にさせてすまなかった」

「……は? 」


 突然アロイスは頭を下げ、青年と、死者を愚弄したことについて謝罪した。


「死者を愚弄するなどもってのほかだ。彼らは冒険者である以前に、世界を救うために犠牲になった命。決して罵倒してはならないものだ。それで気分を悪くさせてしまった全員に謝罪したい。申し訳ない」


 あまりにも不意打ち過ぎる謝罪に、青年だけでなく、全員が首を傾げる。

 その中で、アロイスは青年の左肩に手を乗せて、優しい口調で言った。


「本当に悪かった。俺は本気で死者を愚弄したつもりはないんだ。ただ、この現状で戦える味方が欲しかった。今は一人でも共に深部に潜ってくれる勇気を持つ冒険者が欲しかったんだ。……だが、誰一人として絶望するばかりで未来を見ている冒険者はこの場所に居ないと思った。だから、怒りを買って見定めるしかなかったんだ」


 そういうこと……だったのか。

 青年は剣を納めて、アロイスと同じく頭を下げて謝罪した。


「そ、そんな気持ちがあるとは露知りませんでした……。け、剣を向けて申し訳ありませんでした! 」

「構わない。それより、キミや死者を愚弄してしまった俺を許してくれるか? 」

「……は、はいっ。こちらこそ、本当にすみませんでした」


 和解した二人に、未だリーフはクスクスと顔を隠して笑っていた。

 アロイスが傲慢な態度を取っている辺りから、全てを理解していたからだ。


「ところで、キミの名前は? 」

「あっ……、レイ・クラドックと申します! 」

「そうか。レイ。ならば、キミに、いま一度、問いたい」

「は、はい! 」

「俺たちに着いてきて、世界を救う気はあるか。英雄になる気はあるか? 」


 ―――なんて、魅力的な言い方をするのだろう。

 レイは、短い赤髪を靡かせて、大きく、頷いた。


「はい! よ、よろしくお願いいたします! 」

「……んっ。任された。俺と共に世界を救うとするか」


 アロイスは、レイは厚く握手を交わした。

 すると、その時。

 周りで立ち尽くしていた冒険者たちが集まり始めて、アロイスに言った。


「お、俺も行きたいです。俺も一緒に戦いたいです! 」

「弱気だったのが間違いだと気づきました。俺も一緒に行かせて下さい! 」

「俺だって行きたいです! お願いします! 」

「私も戦います! 」


 場に居た全員の士気が、火山の爆発のように膨れ上がる。

 誰もが熱を失い、諦めかけていた空気が完全に入れ替わり、冒険者としての心に火が点いたのだ。


(……全員、やる気に満ちたか。本気の熱意、この空気が欲しかった)


 鼓舞した雰囲気に、アロイスは心の底から笑顔を見せた。


(今、この場に居るのは、例え待機組だとしても『 一流の冒険者 』には相違ない。少しでも、味方は多いほうが良い。正直言って、今回の敵は……俺が予想していた以上の相手のようだからな……)


 敵を舐めていたつもりはない。

 ただ、氷竜の存在がどれほど強大なものなのか、トロールを始めとする山の魔獣程度で、強者の片りんを見せられた。もしも、本体と相対した時、自分が無事で居られるのか。それすらも、不透明な状況であった。


(このダンジョンに挑んだ先人たちも敗北してしまうハズだ。それでも、俺は生きていると信じている。リンメイ、それとフィズ。みんな、無事でいてくれよ、今すぐ行くぞ! )


 全員の気持ちが一致した今。士気が高々と燃える中で、いよいよ、アロイスたちはダンジョン深部に歩みを進めるのであった。

 

 ………

 …



  【 出発後、二時間後 】

 アロイスたちは、入口のある一層から、奥深くに進み、より酷く形状が複雑となった二層に辿り着いていた。


「……思ったよりは広いが、複雑な経路みちだな」


 一般のダンジョンと比べて、道幅はかなり広い。

 但し、あちこちに氷塊が崩れていたり道を塞いでいたり、薄い氷の膜で隠れた竪穴がそこら中に形成され、足場を踏み抜けば何十メートルも地下に落下してしまう危険性もあった。


「本当なら注意しながら進むのに、数日は掛かるレベルッスね。けど、先に行ったメンバーが正しい道を残してくれているおかげでスイスイ進めるッス」


 現在、アロイス、リーフ、レイの三名は前衛隊として隊列を組み進んでいる。後ろには、後続組が列を成し、十名の中列、更に後ろに更に十名の後列の隊が続く。


「へへっ、なんだか夢みたいですよ。アロイスさんと同じパーティで戦えるなんて」


 前衛でアロイスと共に歩む赤髪のレイは、嬉しそうに言う。


「それは俺も嬉しい言葉だよ」

「とんでもないです。でも、どうして俺なんかをパーティに選んで頂けたんですか? 」

「……簡単なことだ」


 アロイスは、荒れた道を先行しながら、レイとリーフだけに聴こえるよう言った。


「少し話したかもしれないが、俺は君の勇気を買った。今回のダンジョンは、何よりも強さがものをいう。だが、その強さは肉体的な話だけじゃなく、特に精神面がモノを言うと思った。だから、レイ。キミは、俺は『 死を覚悟しても 』向かってきた勇気を評価した。ダンジョンで起きた事故に臨機応変に立ち回れる逸材だと思ったからだ」


 あのアロイスに褒められた。

 レイは「嬉しいです」と、微笑みを見せた。


「ああ。……しかし」


 アロイスは、静かに足を止めた。

 後ろの全員に手で仰ぎ、同じく止まるように手で合図する。


「ど、どうしたんですか? 」

「静かに。前方を見ろ」

「前方ですか? ……って!? 」


 アロイスの指差した方向には、広いドーム状のフロアが拡がっていた。

 そこには、大量のトロールやアイスタイガーなどが蔓延っており、明らかに彼らから発せられるオーラは強化されたもの。レイは叫びそうになった声を必死に押さえた。


「な、何ですかコレ……! 」

「コイツらがこの階層に居るのは不自然だ。恐らく、氷竜がけしかけてきた相手かもしれん」

「こんなに凄い数を用意したというんですか!? 」

「どこからか引っ張ってきたんだろう。でもな、これは悪い話ばかりじゃないとも思えるが、果たして……」

「悪い話じゃないって、どうしてですか? 」

「氷竜は、まだまだ本調子じゃないんじゃないかって事だ」

「……えっ? 」


 レイは首を傾げた。

 それについて、アロイスの代わりにリーフが説明した。


「レイ、簡単な話ッスよ。氷竜は、魔獣に頼ってでもリーフたちを止めたいって事だろうって意味ッス」

「ああっ、そういうことでしたか。確かに、言われてみればその通りかもしれません」

「だけど氷竜自体はきっと強いから油断はできないッス」

「はいっ。でも、その前にここを突破しなくちゃいけないのは、少し骨ですよね」


 レイは、銀の片手剣を鞘から抜こうとする。

 アロイスは「待て待て」とそれを止めた。


「この程度の数なら、もう問題は無い。最初は驚いたが、実は対処方法も簡単なんだ」

「た、対処が簡単て…… あの強化獣相手にですか……? 」

「おう。まあ一人だと少し面倒だから、リーフには手伝って貰うけどな」


 ……さあ、やるぞ。リーフ。


 アロイスが言うと、リーフは「はいッス! 」と、すかさずハンマーを構えた。


「この数だと、リミッター解除した上で三割程度で十分ッスかねえ」

「全部まとめて出来るなら、力加減はお前に任せるよ。このダンジョンを崩壊させない程度にな」

「う~ん。それじゃあ二割に抑えておくッス」


 二人の会話に、レイや、話の聞こえている背後の冒険者たちはハテナマークを浮かべるが、その意味は一瞬のうちに分かることになった。


「ホイッ、せ~~~の~~~~ッ!!! 」


 リーフは、ハンマーに氷気を込めて、思い切り地面を叩いた。刹那、前方の凍結した地面に向かって、リーフの『 氷の波 』が上書きされるよう走った。わずかなうちに、ドームいっぱいに拡がった氷の地面は、トロールやアイスタイガーの足元に纏わりつき、動きを奪う。


「うおっ、魔獣たちの動きが止ま……っ! 」


 レイが驚く間もなく、アロイスが「行ってくる」と飛び出す。その手には、大剣が握り締められて、凍結した魔獣たちの半身を瞬く間に切り裂いていく。


「ちょっ、すご……凄すぎますけど!? 」


 リーフとアロイスの豪快な戦闘技術に、レイは鳥肌を立てて叫んだ。


 すると、その時。


 レイの待機していた天井が突然崩落し、別の魔獣の群れが次々と落下してきた。

 リーフは「不味いッス! 」と、ハンマーでレイを狙った魔獣をぶん殴り弾き飛ばすしたが、落ちてきた数の全てには到底対処しきれず、魔獣たちは、一気に後続組を狙って雪崩れ込んだ。


「……うわわわ、不味いッス! 」


 既に遠くまで切り込んでいたアロイスは直ぐに戻ることは敵わない。

 しかし、リーフにとっても、この状況は『 何が出来る 』わけでは無かった。


「む、無理ッス! リーフの魔法じゃ、味方も全部巻き込んじゃうッス! 」


 地面を凍結させる事も、炎で燃やすことも、雷も、風も、全ての魔法において混戦した味方を巻き込んでしまう。だが、傍観しているだけでは味方は確実に殺されてしまう。


「う、うわあああっ! 助けて下さい、アロイスさぁんっ!! 」

「ひいいいっ、く、喰われ……うああああっ! 」


 まさに、阿鼻叫喚である。

 リーフは必死に目の前の敵は倒しはするが、その前に冒険者たちは次々と犠牲になっていく。

 アロイスも応援に駆け付けようと急いで戻ろうとしたが、再び天井が崩落して大量の魔獣が現れ、行く手を阻んだ。



「ぬうっ! まさか、氷竜が罠を仕掛けてくるとは! 」


 アロイスが道を戻るために戦い、リーフは味方を助けようと抗う。

 その間、既に味方の大半が魔獣の前に倒れて行った。


「な、何だよ……。何が起きているんだよ……」


 そして、レイは死んでいく仲間たちを見て、カタカタと震える。

 先ほどまで高く士気を持った仲間が息絶えて行く姿に、心の底から恐怖していた。


(お、おお、俺も死ぬのかな。こんな雪の底で、誰にも知られずに……ッ! )


 でも。

 ―――そんなのは、嫌だ。


(……ッ!! )


 俺は、アロイスに認められた男だから。

 こんな時に、動けないでどうするんだ。


(俺に出来ることは……戦うことは出来なくても、何かあるはずだ。リーフさんの手伝いに回るか、アロイスさんを早く戻ってこれるように援護するか……!ど、どれも簡単な話じゃない! だけど―――…………あっ! )


 アロイスの言っていた、レイの持つ判断力。

 それが、こんなにも早く活かせる瞬間が訪れた。


「リーフさぁん! 足元です! 足場は、氷の壁で出来ているだけで、深い竪穴になっています! もしかしたら、深層部まで一気に辿り着けるかもしれません! このままやられてしまうくらいなら、イチかバチか、崩壊させてしまいましょう! 」


 リーフは、その言葉に足元に目を向ける。

 確かに、今のフロアは、厚い氷の壁で形成されたばかりで、それを割れば底の見えぬ深層に落ちる竪穴が拡がっていた。


「……アロイスさん、リーフは出来るッスよ! 」

「足場を崩壊させる……!? 俺やリーフは大丈夫かもしれないが……! 」


 一気に深層部を狙える可能性も高いが、レイや他の仲間たちが助かる保証もない。

 しかし、このままでは雪崩れ込む魔獣に、味方が殺されてしまうのも事実だった。


「賭けるしかない、か……」


 アロイスは、リーフと、生きている仲間たち叫ぶ。


「リーフ! 五秒後、俺に合わせて地面を崩壊させるように叩くんだ! それと、生きているメンバーに告ぐっ! 落下に耐えれないと思ったヤツらは魔法か装備で壁に張り付けて回避しろ!! ここから先は、俺たちで行くッ!! 」


 叫ぶうち、五秒はあっという間に経過する。

 アロイスとリーフはタイミングを合わせ、地面を目いっぱいの力で叩き割った。

 あまりにも早い展開だが、そこは、やはり冒険者たちの代表者の集団だけあって、己が体力を限界だと思う者たちは、咄嗟に壁に張り付いて落下を回避。それ以外の自信を持つ者や、魔獣などは、奈落の底に落ちて行った。


「……くうっ、かなり深いな! リーフ、無事か! 」


 暗闇の中、感覚を研ぎ澄まし、落下しながら迫りくる壁や氷を器用に避けて行く。

 リーフは当然「大丈夫ッスよお! 」と返事をしたが、上部では避け切れなかったり、空中で魔獣の餌食になってしまった冒険者たちの悲鳴が木霊していた。


「くっ……! 」


 全員を助けたいと願っていたが、現実的には無謀すぎる話だった。


(しかし、これは……ッ)

 

 落下しながら、アロイスの身体がピリピリと痛み始める。

 どうやら、目論み通り、地面を叩いたことで、一気に氷竜の眠る深層へと向かっていると分かった。

 やがて落下を始めて二十秒ほど、落下距離は一キロ程、感覚的に、足場が近い事を察知する。


「アロイスさん、地面が近いッス! 明かりを点けるッスよお! 」


 リーフは、片腕に炎魔法を纏わせて落下方向に射出する。

 一本の炎の柱は、少し遠くの地面で衝突すると、花火のように四散した。

 その一瞬でそれぞれが安全な着地地点を確認し、アロイスとリーフはそれぞれ着地した。

 だが、一緒に落下してきた冒険者の大半は落下途中に、魔獣や氷柱などに犠牲となり、同じく着地出来たのはレイ、ただ一人であった。


「……ふうっ。何とか無事に着地出来たか」

「ぬ~、な、何とか生きてるッスねえ」

「お、俺も生きてますよ。本気で死ぬかと思いました……」

 

 三人は集まり、態勢を整える。


「やれやれ、かなり落ちてしまったがショートカットは出来たようだ。ちょっと消えた明かりを点けるから待ってくれ」


 アロイスは、いつの間にか壊されていたランプの代わりに、ポシェットから予備用ランプを取り出す。火魔石を目いっぱい出力すると、辺りは眩い輝きで満たされた。……が、落ち着くことが出来る場面でありながら、今自分たちが立った深層部を見渡した時、レイはもちろん、リーフ、アロイスですら目を丸くする光景が飛び込んできた。


「なっ……!? 」


 そこは、先ほど自分たちが戦ったドーム状のフロアと似たような場所。そこに、おびただしい数の、巨大な氷柱が地面から突き出していた。だが、異様だったのは、その氷柱が大きさではない。その氷柱からは、あまりにも強すぎる魔力が放たれていた上、その一つ一つに、苦痛の表情を浮かべた冒険者たちが閉じ込められていたのだ。


「こ、これは一体、何事ッスか!? 」

「何ですか、これは! 」


 リーフとレイは驚き、叫ぶ。

 アロイスは、一番近い氷柱に近づくと、凍結状態にある冒険者を見ながら、言った。


「この氷柱から放たれている魔力は、今までに感じた事が無い種類だ。恐らく、氷竜のモノだろう……。それに、信じがたい……こと……だが」


 額に、冷や汗を流す。


「コイツら……いや、この方たちの恰好は……まさか……」


 彼が羽織っているのは、膝までの長さがあるロングコート。黒をベースに、左胸に青白く光る一点の星が刺繍され、右胸には小さく北斗七星を彷彿とさせる七つの星が浮かび上がる。星空をイメージした、その衣装の主は、間違いなく。


「スピカか……! 」


 氷竜の攻略集団のうち、最初の犠牲者たちであり、ナナの両親が在籍してきた『 冒険団スピカ 』。紛れもなく、彼らのものであった。



「スピカ!? まさか、あのスターダスト事件のですか! 」


 レイは慌ててアロイスの傍に近寄り、同じように氷柱を見つめた。

 中には、噂に聞いていた通りの星空をイメージしたロングコートを羽織った冒険者が、苦しい表情で凍り付いていた。


「間違いない。そうか、行方不明だったのは、地下深くで氷竜の魔力で凍結させられていた為だったのか……」


 また、スピカの他にも、見た事のある有名な冒険団の衣装を羽織った者たちが氷柱に閉じ込められていた。彼らは、間違いなく、ここ最近で深部に向かった冒険者たちである。恐らくは、この場所で何らかの理由により氷竜の魔法を受け、凍結させられてしまったのだろう。


(ま、まさか。リンメイや、フィズたちも、ここの犠牲になったのか。だが、これは……)


 アロイスが辺りを見渡していると、少し遠くに行っていたリーフが「アロイスさーん」と、手を振って名前を呼んだ。


「どうした? 」


 アロイスとレイは、リーフに近寄る。

 すると、リーフは「見て下さいッス」と、目の前の氷柱を指差した。


「ちょっと、気になる人が居たッスよ。この人ッス」

「何が気になるんだ? 」


 リーフが指差した氷柱内には、スピカの衣装を身に着けた二人の男女が凍結させられていた。うち、片側は中々の大男で、アロイスに似たような黒い短髪をした屈強な男性。片方は、オレンジ色の髪型をした可愛らしい女性であった。


「この人、アロイスさんに似ているな~と思って」

「ん、そうか? まあ、同じような髪型はしているけども。つーか、どっかで見たことある気がするな」


 アロイスは、眉間にしわを寄せて、二人の顔をまじまじと見つめる。


「似ているのもそうッスけど、アロイスさん。確証は無いッスけど、その、二人の、胸元のタグ……」

「タグ? 」


 リーフが言うのは、彼らが胸元にぶら下げていたドッグ・タグの事だった。

 ドッグ・タグは認識票と呼ばれ、自らの出身や名前などを刻まれ、被災した際、身元を確認するために扱われる。

 アロイスは、リーフの言う通り二人の身に着ける胸元の銀色のドッグ・タグを見てみる。

 ―――そこには、こう、刻まれていた。 


 EAST.F.Ctownイーストフィールズ・カントリータウン

 Kai Navel カイ・ネーブル

 

 EAST.F Ctownイーストフィールズ・カントリータウン

 Lili Navelリリー・ネーブル


「……馬鹿な」


 思わず、溜め息のように放たれた一言だった。


 ―――いや。

 それは、分かっていた事だった。


 最初にスピカの衣装を見つけた時から、予測はしていた。

 だが、目の前に本物が現れた時、あまりにも、背筋に冷たい稲妻が走った気がした。


(勘違いかとも思う。でも、あの時。ナナとお婆さんの寝室で見た写真は、確かにこの二人だった。だったら、間違いない。この二人は……)


 ナナの両親だ。


「カントリータウンって名前と、ネーブルっていう名前を見つけて……もしかしてと思ったッス」

「あ、ああ。間違いない。この二人は、ナナの両親だ……」

「……やっぱりッスか。こんな……地下深くで……」

「なんてことだ……」


 アロイスは、身体を震わせて、彼らを見つめる。

 それは、あまりにも悲壮に満ちた想いであったが、しかし。


「神様ってやつがいるならば。これは、恨むべきなのか、喜ぶべきなのか、分からなくなっちまうな」


 ククク、とアロイスは笑う。

 何故ならば、アロイス、そしてリーフもも、氷柱を見た時から、既に有る事に感づいていたからだ。


「そうッスね。この氷は、氷竜の持つ魔力が作り出した永久凍土ッスから……」

「氷竜。俺らの思いつかないレベルに居る存在で作り出した、溶けることの無い氷……」

「推測の域は出ないッスけどね。これが、魔力の塊だというのなら、そういう意味ッス」

「ああ。氷竜を倒しさえすれば……! 」


 完璧すぎる、氷竜の魔法。

 恐らく、氷竜が生きている限り凍らせ続ける氷柱群。

 逆に言えば、氷竜を倒しさえすれば、溶け出すだろうということ。

 その時、万に一つ、ある可能性を見出した。

 現代では決して成し得ないレベルの『 魔法技術 』だからこその、可能性である。


「氷竜の命と引き換えに、みんなは生き返る……ッ! 」


 凍結により、冬眠状態にあると、そう、考えたのだ。

 アロイスたちから見ても、この魔法技術は完璧を通り越している。

 術者が死なぬ限り維持され続ける魔法は、ある種、単純な凍結よりも、最早、封印術に近いものだった。


「だったら……」


 この戦いは、世界を救うため、もとい、彼らを救うためにも、より負けることは許されない。

 アロイスは、今一度、気合を入れた。


 ……そして。


 その、僅か先で。

 氷竜は、脈々と動く強者アロイスを感じ取り、彼もまた、臨戦態勢にあった。


 ―――来たか。

 ワシの目覚めの妨げる余計な冒険者どもめ。

 何度来ようが無駄な事。

 お前を倒し、この世を再び戦乱の場にしてくれる……。


 ついに、氷竜とアロイス、世界を二分する存在は相見える―――。


 ………

 …



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