34.of my mind『終わりの始まり』冒険

・・・・・・・・・・・・・・・・


 【 2081年5月22日、朝6時。 】

 アロイスがセントラルに向かって4日後。

 ネーブル家の電信機がジリリ、と鳴り響いた。


「はい、ネーブルです」


 受話器を持ち上げたのは、ナナ。

 そして、その相手は、セントラルに赴いているアロイスからであった。


「おー、ナナか。俺だ、アロイスだ」

「……アロイスさん! 」

「うん。実は、ちょっとお前に話しておかないといけない事があるんだ」

「えっ? 」


 話がある、という前置きに、ナナは「もしかして」と思った。

 まさか、もうカントリータウンに戻ってこないつもりなんじゃないかという、一抹の不安である。

 だが、アロイスはそれを払拭するようにして、言った。


「別にかしこまった話じゃないんだ。ただ、少しばかり帰るのが遅れそうだってハナシさ」

「遅れそう……なんですね」

「リンメイの向かったダンジョンに行くことになってね」

「……やっぱり。そうなる気はしていました」


 大剣を背負って出て行った時から、アロイスはダンジョンに赴くつもりなんだろうということは分かっていた。


「うん。ま、すぐに帰るから待っててくれな」

「はいっ。無理はしないで下さいね」

「大丈夫さ。……っと、オイオイ」

「え? 」


 受話器の向こう側で、アロイスが何か慌てた様子で言う。

 なんだろう?

 と、思うと、今度は、受話器から響いてきたのは、元気の良い女の子の声。


「ナナー、おはようッスー! 」

「あっ、この声! リーフさんですか! 」

「へっへ~、大当たりッス! アロイスさんから電信機を奪ったッス! 」

「ふふっ、リーフさんもアロイスさんと一緒に居たんですね」

「そうッス。リーフも一緒にリンメイさんのこと助けに行くッスから」

「気を付けて下さい。お二人なら大丈夫かと思いますが……」

「アロイスさんもいるし大丈夫ッスよ。心配無用ッス! 」


 リーフの元気の良さは、なんだか癒される。

 すると、再び受話器の相手はアロイスに入れ替わる。


「ゴホンッ。えー、そういうわけだ。いま、冒険団本部の近くにある宿で一泊したところでな。今はセントラル空港なんだ。出発前に連絡しておこうと思ってな」


「そうだったんですね。わざわざ有難うございます。アロイスさんの声が聞けて嬉しいです♪ 」


 ナナは笑顔で言う。


「うむ。ダンジョンに潜る日数にもよるんだが、帰宅するのは最短でも1週間以上は掛かりそうだ。2週間……いや、1ヵ月くらいは必要と思って貰っても良いかもしれん。かなり複雑というか、難解なダンジョンらしくてな」


 1ヵ月。思いの外、随分と長い時間だ。


「……1ヵ月もアロイスさんが居ないとなると、寂しいな」


 不意に、口走る。


「おっ……。え、ああっ。ハハ、嬉しいことを言ってくれるね! 」

「えっ!」


 アロイスの反応で、自分が思わずつぶやいた言葉に気づいて、赤面した。


「わわ、忘れて下さい! 今のは、えっと、その! 」

「いーや、忘れないね。俺もナナと会えないのは寂しいからな。早く会いたぞ」

「……~~ッ! 」


 遠い地に居る相手アロイスだというのに、ナナは悶絶させられた。


「う、ううっ。なんか卑怯です、アロイスさん」

「卑怯、そうか? 」

「……卑怯です! だから、早く、帰ってきてくださいね! 」

「おうっ。それじゃ、もうそろそろ出発だから」

「はい。行ってらっしゃいです。お気をつけて、アロイスさん」

「行ってきます……」


 ガチャリッ。ツー、ツー。

 アロイスの声が途切れ、通話が切れる音だけが耳を突く。

 ナナは受話器を置いて「はぁ……」と溜め息を吐いた。


(そっか。やっぱり、アロイスさんがダンジョンに……。でも、大丈夫だよね。アロイスさんだもん。リーフさんだっているし! )


 ナナは、二人の無事を祈るばかりだった。

 ―――……そして、当の本人たちは。


「準備は良いな、リーフ」

「良いッスよお! アロイスさんと、またダンジョンに行けるとは思わなかったッス! 」


 冒険の準備は万端にして、二人は『 氷竜の墓 』に向かうため、セントラル空港より飛行船に乗船する。

 行先きは、北の大陸ノースフィールズの猛雪山である。


「リーフ、ノースについたらお前の実家に寄って行くのか? 」

「んにゃ~、リーフの集落から少し離れた場所ッスから、そのままダンジョンに行くッス」

「ブランや他の冒険団は既に向かっているんだよな」

「多分、リーフたちが最後ッスよ。行った頃には、攻略されていたりして……」

「リンメイが助かるなら、それはそれで構わん。が、それはちょっと悔しいな」

「にゃはは、悔しいッスか。やっぱりアロイスさんは根っからの冒険者ッスね~」

「ま、やるからには……な」


 久しぶりの『本気のダンジョン攻略』。

 アロイスの肉体と精神には、現役時代の熱意が戻り、強く燃え上がり始めていた。


(リンメイ。今、行くぞ)


 ………

 … 



 【 2081年5月26日。 】

 アロイスとリーフを乗せた飛行船は、首都フリーズシティにあるノースフィールズ国際空港に到着する。


 海を隔てて巨大な大陸を成している北方部は、一年を通して平均気温がマイナス20度、天候は雪日が多く、万年雪といわれる永久凍土の地である。

 特に、山沿い止むことの無い吹雪が荒れ狂い、危険地帯として知られ、その中で最も標高のある9,000メートル級の山岳を文字通り『 猛雪山 』として呼称している。


 なお、ノースフィールズの玄関口であるフリーズシティだが、そのような過酷な環境のために飛行船の往来は長年不可能であった。

 しかし、最近の錬金術の発展により、ようやく国際空港が建設された。従来、1ヵ月に往復する数本の大型船が唯一の交通手段であったため、国際空港の完成に伴い、冒険者や観光客は年々増えつつある。


「着いたッスー! いやあ、久しぶりッスねえ! 」

「……寒っ」


 飛行船を下りた二人を待ち構えていたのは、降りしきる雪による真っ白な雪景色。

 現在の気温はマイナス26度。

 それは、大気中の水分が凍結して細氷化さいひょうかしてしまう低さである。

 

 アロイスは魔法により耐寒性能を底上げした黒い防寒具を身に着けているが、リーフは薄いジャケットを羽織っているだけで、見ているこっちが寒くなりそうな恰好だった。


「お前、相変わらず寒いは平気なのな。一応、俺自身で耐寒魔法を出しててもそれなりに寒いっつーのに」

「リーフはどんな天候でも大体大丈夫ッスからね~」


 もともと彼女の出身地であるということもあるが、ドワーフ族は長けた魔力により屈強な肉体を持つ。夏場や冬場、どのような環境下でも適した体温や健康状態を保つことが可能であった。


「まあ、体温維持は魔力を消費するから、ダンジョンに潜るときは素直に防寒具を着用するッスよ! 」


 そう言って、空港内にある雑貨店に向かうリーフ。

 防寒具の販売店で値段も気にせず適当に見繕みつくろい、黄色で揃った上下の防寒着を着用した。

 

「えへへー、ふわふわッス」


 ふわふわとした暖かそうな生地のジャンパーやマフラー、手袋など、防寒具を揃えたリーフの姿は、やはりノースフィールズ出身者として雪ん子らしく良く似合っていた。


「おー、可愛いぞリーフ」

「本当ッスか! 抱き締めても良いッスよ? 」

「……さ、ダンジョンに行くぞー」

「ああっ、冷たいッス! 昔は撫でてくれたりしたのにぃっ! 」


 先に歩いて行ってしまったアロイスを、リーフは涙目で追った。

 

「もー、冷たいッスよアロイスさんっ」

「知らん知らん。それより、このままダンジョンに向かうが問題は無いな」

「ちぇっ。問題ないッス。必要なものは揃えてあるッスからね」


 二人は大剣とハンマー、それぞれの武器を背負う。

 ポシェットやショルダーバッグには食料や治療器具などの必需品は詰めてあるし、準備に問題は無い。


「それじゃ、このまま登山道を登っちまうか。確か、五合目から禁止区域に入るんだったよな」

「えーと、そのはずッス。五合目の山小屋から先が進入制限区域ッスねえ」

「じゃ、そこからか」


 首都フリーズシティを抜けて、正面から山頂に伸びる登山道。

 基本的には五合目までしか登山は許可されておらず、その先は警衛隊や冒険連合により監視所を設けており、侵入制限区域としている。恐らく、そこまで登れば何か分かるはずだ。


「よっし。では、出発だ」

「行くッスよお! 」


 二人は、勢いよく、都市部から猛雪山に入山する。

 そのまま険しい道にも臆することなく、ドンドンと山を登って行った。

 やがて、アロイスが予想していた標高6,000メートル地点、五合目付近にて。

 身体の芯から凍りつきそうなひどい吹雪が吹き荒れる中で、二人は山小屋に辿り着く。


「あった、山小屋だぞ。だけど、ここは一般の登山客用だったな」

「そうッスね。リーフたちは、制限区域から先に行かないとダメッス。だから、あっちッスね」


 リーフが指差した方向には、山頂に向かって伸びる急こう配の道と、それを遮るように置かれた鉄のゲート、近くには監視所と警衛隊員がこの寒い中で番兵していた。


「うひっ、こんな場所でもしっかり警備してるとはご苦労さんだな」

「あそこに許可を貰って進まないとダメッスよ」

「だな。とりあえず、通して貰うようにお願いしに行くか」


 二人は監視所に近づいて、立っている警衛隊員に話しかけようとする。

 ……と、その時。

 監視所の扉がガチャリと開き、複数の隊員を率いたまさかの人物が姿を現した。


「今日の0時以降、猛雪山の全ての登山道入口を閉鎖しろ。危険な魔獣が現れたとでも適当に公表しておけ。特に冒険者が忍び込まないように注視しろ。良いな」


 周りの部下にクドクドと命令を下すのは、アロイスとリーフが良く知る人物。

 警衛隊セントラル本部大将ジンであった。


「……ジン! 」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 【 猛雪山 警衛隊監視所の応接室 】


「すまないな。仕事が忙しいのに、わざわざ休ませてもらって」

「コーヒー美味しいッス~♪ 」


 アロイスとリーフは、ジンの案内で監視所の応接室に腰を下ろす。

 淹れたてのコーヒーは吹雪の中で冷えた身体によく染み込んだ。


「別に構わん。しかし、お前がここにいるということは……」


 ジンが言うと、アロイスは頷いた。


「そうだな。全部、聞かせて貰ったよ。リンメイやスピカの事件の真相も、全てな」

「これから氷竜の墓ダンジョンに挑むということか」

「そうなる。監視所のゲートは通っても構わないか? 」

「訊くことじゃない。だがな、お前とて決して慢心はするなよ」


 ジンは脚を組んで、窓から見える荒れ狂う雪を見つめながら言う。


「アロイス。お前がここに辿り着く以前から、リンメイを含めて世界を牽引する冒険団がダンジョンに向かったのも知っているだろう。だが、どうやら俺たちが考える以上の難攻不落の地であると見える。……既に、多数の犠牲者が出ていると報告を受けている」


 ジンの言葉に、アロイスは眉をひそめる。


「そうか……。そいつらがやられた理由は分かるか? 」

「長年放置された場所で複雑化したという理由もあるが、理由の大半は一つだ」

「……やはり、例の」

「その通り。氷竜の棲家とされる地下深部で冒険者たちが行方不明になっている」


 恐らくリンメイが行方不明になった地点も、その『 深部 』に違いない。

 アロイスは「ふぅ」と一息ついて、何ともいえない表情を浮かべる。


「氷竜か……。本当に数千年前もの古代時代から生きている魔族がそこに居るんだな」

「間違いない。6年前のスピカの事件で唯一生き残った冒険者の証言とも一致している」

「にわかには信じられない。だけど、事実、そういう事なのだろうな」

「俺も信じられないのは一緒だ。だが、実害が出る前に仕留めなければならん」

「……魔族をおとしめる強力な魔族か。クロイツオヤジから聞いたよ」


 氷竜の凶悪な催眠魔法は魔族を操る効果を持つ。いずれ世界を飲み込み、人間と魔族が対峙してしまう可能性があるという。もしも本当ならば、今でこそ平和な世の中をくつがえし、人間と魔族の戦争の引き金に成り得るのだ。


「全く、厄介な相手も居たモンだぜ」

「本当に厄介なヤツだ」


 ジンにしては珍しく、溜め息を吐いて言った。


「ハハハ、アンタが溜め息を吐くなんてな」

「それほどに気苦労しているんだ……それと、これは大げさでもなんでもない話だが」


 ジンは、アロイスとリーフを見つめる。


「俺としては、お前ら……特にアロイスが出てきた以上、ここで全てを解決したいと考えている」

「精一杯務めさせてもらうさ」

「お前たちに次ぐ実力者はそうそう居ない。つまり、世界の終わりと考えることも造作ない」

「ハハハ、そう褒められると嬉しいぞ、ジン。……さて、それじゃあそろそろ行くとするか」


 アロイスは用意されたコーヒーを流し込むと、立ち上がる。

 リーフも「そうッスね」と言って、一緒に立ち上がった。


「……アロイス。警衛隊を仕切る俺が、イチ民間人となったお前に頼むのも情けない話だ。だが、全てを……世界を頼む。お前なら出来ると信じている」


 ジンはアロイスたちに向かって静かに頭を下げた。

 アロイスは微笑を浮かべて、返事した。


「おいおい、ジンが折れに頭を下げるなんて異常事態だぞ。ま、問題は無いさ。ちょーっくら、俺が世界を救ってくるわ。ジンはコーヒーでも飲んで待っていてくれ」


 そう言って、ジンに背を向け、リーフと共に出て行った。

 そのあとでジンは窓際に立ち、雪山を登り始める二人の姿を見つめながら、もう一度、「頼んだぞ」と、呟いた。


 ………

 …



 ―――3時間後。

 監視所のゲートを抜けてから、アロイスとリーフは道なき道、猛吹雪の中を歩き続けたのち、クロイツに受け取っていた地図の『 洞窟付近 』に到着する。


「さて、この辺のはずだが……」

「雪山ばかりで何も見えないッス。もう少し進んだ先ッスかね」

「先陣したみんなの足跡が見えれば苦労も無いんだが、この雪ではな」

「そうッスねえ。でも、地図はこの辺ッスよね」

「みたいだ。ちょっとこの辺をウロウロしてみても良いかもしれな―――……おっ」


 その時、向こう側に何か黒い影が見えた。

 アロイスとリーフは「他の冒険者か」と思ったが、その異様な気配を察する。


「……アロイスさん! 」

「分かっている。違うな。冒険者じゃない。こいつは……」


 それに気づいたのも、つかの間。

 巨大な影はゆらりとこちら側に近づき、姿を現した。


「やはり。トロール……」


 その正体は、巨鬼トロールであった。

 鬼のような形相に、身長4メートルという巨体。極寒の地でありながら、下半身を覆う毛皮の一張羅のみ、浮き立ったボコボコという筋肉を晒している。右手には巨大なこん棒を握り締めているが、その、左手には。


「押し寄せた冒険者にくの匂いに釣られたのか……」


 トロールの左手に握り締められたのは、血に塗れた冒険者だった。

 視界不良の中、同じように道に迷い遭難した冒険者を襲ったのだろう。


(トロールは強い魔力に守れられた皮膚に、物理的、魔法的にも強靭だ。特に、雪山は魔法感知も高いトロールにとっては独壇場に等しい。だが、一つ腑に落ちないな)


 可笑しいと思ったのは、いくらトロールの独壇場であるとはいえ、この場所に集まっている冒険者はトップクラスの実力を持っていながら、どうして敗北してしまったのかということだ。

 もしや、このダンジョンの情報がどこからか漏れて、平均的な冒険者がダンジョンに挑みに来ている事も予想できるが。


「……理由は分からんな。ともかく、準備運動といかせて貰おうか」


 アロイスは、ゆっくりと拳を構えた。

 トロールは戦う姿勢を取ったアロイスに気づき、「ガオォッ!! 」と口を大きく開いて威嚇する。


「お前の領域テリトリーを犯したのは謝る。だが、この雪山は弱肉強食だろう。……行くぞ」


 次の瞬間、アロイスは足元に魔力を込めて、深い雪原で強く踏み込んだ。前のめりに拳を振り込み、トロールの腹部に一撃を喰らわす。

 ドゴンッ! 鈍重な音が響き、トロールは白目を剥いた。


「ガッ……フッ……! 」


 握っていたこん棒と、冒険者も手放し、グラリと身体を揺らして前方に身体を落とす。

 アロイスは、リーフも、その一撃で全てが終わっただろう、そう思った。

 ……だが。

 トロールは倒れ込むことなく、片足を目いっぱい動かして、その場に踏みとどまる。


「……なにっ! 」

「アロイスさんの攻撃に耐えたッスか!? 」


 完全に倒したと思った二人は、驚きの声を上げる。

 トロールは首を左右に振って意識を戻してから、アロイス目掛けて右腕を振り下ろした。


「ガァァアアッ!! 」

「……まだ向かってくるとは、随分と頑丈なトロールも居たものだな! 」


 アロイスは咄嗟に左腕を折り畳み、防御を図る。が……。


「ぬっ!? 」


 バガンッ!

 激しい打撃音。

 直後、アロイスは倒れることは無かったとはいえ、雪山の地面を数メートル滑らされた。

 アロイスの足腰をもってしても弾き飛ばされるとは、尋常ではない威力であったことが理解できる。、


「アロイスさんが吹っ飛ばされたッスか! ひ、久しぶりに見たッスよ! 」

「……ちっ。リーフ、油断するなァ! そのトロール、予想以上に力があるぞ! 」


 アロイスの注意が飛ぶ。

 リーフは「了解ッス! 」と叫び、背負っていたハンマーを構えた。


「これでも……喰らえッス~~ッ!! 」


 紅蓮色の炎を展開して、思い切りトロールの頭部を目掛けて振り抜く。

 ところがトロールはリーフの攻撃にすぐさま反応し、両腕に青色の氷気を帯びた魔法壁マジックガードを具現化。防御するどころか炎のハンマーに対して両拳を押し出して攻撃に転じて、バゴォッ! と、リーフもろとも吹っ飛ばした。


「にゃああ~~っ!? 」


 弾き飛ばされたリーフは宙を舞うが、体勢を悠々と整えて雪地に柔らかく着地した。

 打たれ強いリーフにダメージはさほど無いが、その表情はアロイス共々「信じられない」といった様子だった。


「リーフ、お前の魔法が弾かれたのか……」

「結構な力と魔力で殴りつけたつもりッス。アイツ、思った以上に強いッスよ」


 トロールは余裕綽々に首のあたりを手で押さえながら、こちらを睨む。

 どうやら、相手も二人の攻撃を受けたはずが、ダメージはほぼ無いようだ。


「……なるほどな。ここに集まった冒険者がトロール程度に負けたことが不思議でならなかったが、あの強さなら納得する。下手を打てば、やられるやつもいるだろうな」


 このクラスのトロールが蠢く場所ならば、そんな事象も有り得るだろう。

 どうやら、生半可な相手ではないと瞳に真剣味が帯びる。


「しかし、不思議だ。リーフ、お前はこんなトロールを見た事があるか」

「無いッスよ。もしかして氷竜の話に関係しているのかもしれないッス」

「……鋭い読みだ。ああ、恐らく催眠魔法の類だろうな」


 氷竜の魔力により、魔族が操られてしまうという現象だ。

 もしかしたら彼も強い魔力を受けていることで、能力が覚醒状態にあるのかもしれない。


「リーフ、お前は大丈夫なのか。一応お前もドワーフ魔族の血筋だろう」

「んー、リーフは大丈夫ッスね。元々の魔力が高いおかげかもッス」

「中には魔族の冒険者も居るだろうに性能スペックが高い分、操られる事は無いか」

「でも、あんなのがウヨウヨしているとなると、面倒ッスねえ」

「もし氷竜が完全に目覚めたら、アレ以上の強さの魔獣や魔族が人間と対峙するということか……」


 これが、古代戦争時代の魔族の強さなのか。

 だとすれば、本気で止めねばなるまい。

 すると、リーフが寂しそうな顔でアロイスを見つめて呟いた。 


「いずれリーフも操られて、アロイスさんと殺し合うッスか? 」

「それは勘弁して欲しいモンだ」

「だったら、絶対に氷竜を止めないといけないッスよね」

「ああ。……おっと、来るぞ! 」


 喋っている間に、トロールは身を屈めたあと、高々と飛んで二人に襲い掛かった。

 すかさずアロイスは「うおおっ! 」と叫びを上げて右脚を鞭のようにしならせて顔面に叩き込み、左側に吹き飛ばす。そこにリーフがハンマーに氷気を展開し、地面を思い切り叩いた。キキィン、と甲高い音を立てながら氷の柱がトロール目掛けて何本も突き立ち、あっという間に、その肉体を氷柱に閉じ込めた。


「ガッ、グオッ!! 」


 ところが、トロールは氷柱の中でも肉体を震わせて脱出を試みようと暴れだす。

 そこにアロイスは間髪入れず、背負っていた大剣を構えて突っ込み、氷柱もろとも腹部から真っ二つに切り裂いたのだった。



 ……ドサドサッ!

 粉々に氷片ひょうへんとなって落下したトロールは、さすがにバラけた状態で動きだすことは無く、絶命する。

 アロイスは「ふう」と一息入れて大剣を背負い仕舞った。


「……やれやれ。ここまで面倒なトロールは初めてだったよ」

「でも、厄介ってだけで倒せない相手じゃなくて良かったッス 」

「この程度の相手ならな。だけど、ヘタな竜族なみに強いんじゃねえのか、コイツはよ」


 久しぶりに手ごたえを感じた相手に、少し口調が現役時代に戻るアロイス。

 が、すぐに先ほどトロールが引っ張っていた冒険者を思い出し、急いで冒険者のもとに駆け寄った。


「……このまま放置では可哀想だ。せめて、持っていた剣を墓に見立てて弔ってやろう」


 アロイスは片膝を着いて、冒険者の腰に携えた剣を抜き取ろうとする。

 ……だが、その時。


「むっ……。オイ、アンタ、生きているのか!? 」


 血に塗れた冒険者。完全に死んでいるものと思っていたが、身体に触れた時、わずかに生気を感じた。アロイスは冒険者を抱え、目を覚ますように訴える。


「オイ、しっかりしろ! 生きているなら、助かるぞ! リーフ、治癒魔法を頼む! 」

「冒険者サン、生きていたッスか!? 待って下さいッス、いまリーフが助けるッス! 」


 リーフは急いで両手をあてがい治癒を施そうとする。

 だが、冒険者は目を閉じたまま、凍り付いた唇をパクパクと動かして、か細い声で言った。


「も……無理だ……。俺は……間に合わない……」

「間に合わない事はないッス! 気をしっかり持つッスよ!! 」

「無理……だ……。もう、俺……は……」


 最早、喋ることもままならないらしい。

 必死にリーフは治癒術を施したが、やはり彼自身が言う通り限界だったらしく、リーフはアロイスを見つめて首を左右に振った。


「そ、そうか。せめて、魔法で痛みだけでも取ってやってくれ」

「分かったッス……」


 ダンジョンや危険た土地においては常である。

 だから、最期に立ち会うなら精一杯送り出してやることが、看取る者の定めでもあった。

 ―――だが。


「ま、待って……く……れ……」


 それは、死す者も同じであった。

 命尽きるからこそ、生きる者に託す言葉があった。

 冒険者は命の尽きる寸前、小さく咳き込みながら、アロイスたちに、いう。


「に、逃げ……ろ……。俺……は……もう、いい……」

「最期まで看取るッスよ。それがリーフたちに出来ることッスから」

「ちが……う……。じ、地獄なん……だ……」


 冒険者は最後の力を振り絞り、ガクガクと震える手で、自分がトロールに抱えられてきた方向を指差した。


「昨日……より……氷竜が……目を覚ましかけている……。誰も……外に出ること……すら……ッ! 」


 ―――ガクリ。

 言葉の途中で、冒険者はこと切れる。

 そして、その刹那。


「ッ!? 」

「なんの気配ッスか!? 」


 アロイスとリーフは、ピリリとした悪寒を感じて、咄嗟に顔を上げた。

 

「グルル……ッ」

「グォッ……! 」


 白い雪煙の合間より、赤い目を輝かせて現れる魔獣の集団。


 何十という数のトロールに、ライオンの二倍以上の体格を持つ氷気のアイスタイガー、触れるだけで氷と化す氷の精霊ジャックフロスト。

 気配を感じる限り、先ほどのトロールクラス、それ以上の力を持つ魔獣の集団が、アロイスたちに押し寄せて来ていた。


「……おいおい、こりゃあ壮観じゃねえか」

「あちゃあ、参ったッスねえ。逃げろってそういうことだったッスか」

「昨日から氷竜の魔力に充てられて、元々凶悪だった魔獣が一気に動き出したんだろう」

「氷竜の目覚めを邪魔する冒険者を撃つために、操られているって感じッスか」

「恐らくな。こりゃー、竜の棲家を退治した時より骨が折れるんじゃねえか? 」


 苦笑いするアロイスは大剣を引き抜き、右肩でトン、トンと鳴らした。


「でも、分かり易いッスよ。こいつらを倒して進んだ先に、氷竜の墓ダンジョンがあるって事ッスから」


 リーフは両手で強く魔槌を握り締めて、蓄積できる魔力の限界値を突破させる。本来のリーフ自身が持つ強力な魔力に完全対応するためのリミッター解除である。


「……その通りだ。しかし、この数。先陣切った奴らは無事なんだろうな」

「冒険者さんが亡くなる前、コイツらに囲まれてダンジョンから出れなくなったみたいな話してたッスよ」

「そうか。じゃあ生きてくれているな。ますますコイツら全てを倒さなくちゃいけないわけだ」


 相手は、何十、何百とも居るだろうか。

 前も見えない猛烈な吹雪に巻かれながら、竜族に匹敵する魔獣と終わりのない戦いを強いられている。普通なら、絶望にひれ伏してしまうところかもしれない。しかし、この二人は、違った。


「ハハハッ! それじゃ一発獣狩りとでも行くか、リーフ! 死んでも放置しておくぞ! 」

「フフフッ! こっちの台詞ッス。リーフが全部倒しても、文句言っちゃダメッスよ! 」


 高々と笑い合い、自ら、過酷な戦況に身を投じるのであった。


「……うおおおおぉぉおおおっ!!! 」

「あぁああああぁあああっ……!!!」


 ………

 …


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